北欧の鍛治術師 〜竜人の血〜
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プロローグ 始まりの咆哮
始まりの咆哮
ドイツ モンド・グロッソ会場近くの倉庫
「私・・・あなたを・・・愛・・・して・・・」
目を損傷してしまったのか、見えるものは暗闇だけ。音と手の感触を頼りに声のした方を探す。そして煤で汚れているであろう自分の頬に触れようとしたのだろうか、ポトリという音で最愛の人の手が地に落ちたのが分かった。二度と動かない体と、もうその人が目覚めないと言う現実。その顔に触れても、その名を呼んでも無意味。そんな事は分かり切っているのにどこか、ありもしない奇跡を信じる自分がいる事が妙に腹立たしい。
「殺す・・・必ず・・・アリアを奪った奴らを・・・見つけ出して・・・この手で・・・!」
焼け爛れた瞼から血混じりの涙を流しながら前に伸ばす手は虚空を掴むのみ。しかしその拳の中には確かに、誰も気づかないほど弱く、それでいて大きく揺らめく復讐の炎は燃えていた。その時、業、と火の手が強まった。疲労にさらされ続けてもなお意志の力で繋いでいた彼の意識はそこで途切れた。
北欧 アルディギア王国
数時間後、アルディギアの王宮に国を揺るがす一報が入った。現国王、ルーカス・リハヴァインはすぐに大臣を集め、緊急で会議を行った。報告の内容は古くからアルディギア王家に仕える一族の血が途絶えたというものだった。それが普通の臣下の家であれば大々的に葬儀をすればそれで済む。しかしその家はアルディギアにとって重要な役割を担う一族であり、代々その役目は受け継がれていた。会議は難航と混乱を極め、大臣たちの意見はバラバラ、挙句には個人的ないがみ合いに発展する始末。流石の国王もこれだけの喧騒を収めるのは骨が折れるようで、何度呼びかけてもそれが止まる気配はない。その時、会議室の両開きの扉が勢いよく開かれ、そこにいた人間がさっきまでの喧騒が嘘のように一様にそちらを向いた。
「国民から選ばれ、国の運営を預かるに相応しいと判断されたあなた達がそんな調子でどうするのですか!」
アルディギア王国第一王女ラ・フォリア・リハヴァイン。国王の娘でフレイヤの再来と言われるほどの美貌をもつ少女だ。齢15でありながら行動力は同年代の者達と比べても頭抜けており、昔はお付きの女中たちが消えたラ・フォリアを探してよく慌てていた。
「姫様・・・しかし!」
「ここで口を動かすだけでは何の解決にもなりません!いざとなれば私が直接ドイツに出向きます」
ラ・フォリアの衝撃の一言に会議室がまたざわめきだす。この中で一番肝が据わっているであろう国王でさえも驚きを隠せないようだった。
「おやめください姫様!御身に何かあった時は王宮がさらなる混乱に陥ってしまいます!」
「私は、あなた方が必ずやこの問題を解決してくれると信じています。あなた方も私を信じてください」
そう言われると強く出れない大臣たちは誰一人として王女の言葉に反論することはできない。ここで否定の意を示せば自分はこの国の王族を信用していないと公言するのと同義。王家に仕える者としてそのような発言すれば首が飛ぶのは確実であった。その時、大臣の1人が席を立ち、言った。
「姫様、この問題に関しては我々はここで口を動かすことしかできませぬ。しかし姫様自身があちらへ出向かれるというのであれば我らは・・・少なくとも儂個人としては姫様を全力でサポートさせていただきますぞ」
杖を片手にしわがれた声でそう言ったのはこの会議室にいる人間の中で年長者でありながら会議には一切口を出さなかった老齢の大臣、ガストン・ガラストス。ラ・フォリアがまだ1桁の頃から政務に追われて娘と遊べない国王の代わりによく女中とラ・フォリアの世話をしていた。ちなみにラ・フォリアからは昔の癖で爺やと呼ばれている。
「儂らがここにいるのは王家に仕え、サポートするため。その務めを果たすのに何の疑問がいりましょうか」
「助かります」
「姫様は姫様が正しいと思う事をなさるのです。この老骨ができるアドバイスはこれくらいですかな」
「すぐに飛空艇の用意を!彼女の遺体だけでも回収します。護衛騎士はカタヤ要撃騎士を含め50名、お願いします」
ラ・フォリアはそれだけ言うとすぐさま踵を返して会議室を出て行った。
「ふぅ・・・相変わらず元気なお方じゃ」
ガストンもそれだけ言うと杖を鳴らしながらラ・フォリアを追いかけるように会議室を後にした。そのままラ・フォリアたちは飛空艇でアルディギアを飛び立ち、遺体を受け取るためにドイツのとある病院に向かった。
ドイツ とある病院
ここでは現在、外科の医師と看護師が慌ただしく病院内を走り回っていた。運び込まれた急患の少年の処置に追われているためだ。身体中に火傷を負い、そのほとんどが皮下組織に火傷が達するⅢ度熱傷と診断。視覚も失っているであろうとされ、生存は絶望的かと思われていた。しかし、その少年と同時に運び込まれた少女の遺体はその急患とは同じ事故現場にいたとは思えないほど傷が少なく、少年の血と煤で多少汚れている程度だった。 この時、医師の誰かが言った。"少女の体を移植しよう"と。他の医師たちも少年を助ける方法はそれしかないと暗に承知してはいたのか、すぐに手術が開始された。手術自体は8時間ほどの時間をかけて行われ、結果は成功。少年の容体は安定しはじめていた。アルディギアから自国民の遺体の引き渡しを求めて使者が来たと伝わったのは医師たちの顔に疲労の色が浮かび、誰もがぐったりしている時だった。
アルディギア飛空艇
「なるほど・・・彼女の遺体は近くにいた少年に移植された、と」
現在、ラ・フォリアは機内で頭を悩ませていた。なんせ、回収するべき遺体は移植され、彼女の体はほとんど残っていないとのことだからだ。隣にはユスティナがおり、資料を纏めて報告しに来ていた。
「担当したとされる医師たちの証言を信じるならばそうなります」
「その少年の容体は?」
「安定傾向にあるとのことです。どうかされたのですか?」
「いざとなればその少年を連れて帰ろうかとも思案したのです。カタヤ要撃騎士。あなたはあの家の秘密は知っていますか?」
「?いえ、特に何も聞いておりませんが」
「そうですね・・・どこから話しましょうか。数百年前、アルディギアが成立して間もなかった頃の事です。現在のアルディギアの領土の中心にあたる地域にはある生き物の巣がありました。それも広大な範囲を誇るものです。それらは種族も個体も関係なく皆が皆に対して慈愛と共有の精神を持ち、上下関係を利用した圧政もありませんでした。そんな時、その近辺に住んでいた人間の部族が住処を追われてその地に流れ着いて来ました。後の私たちのご先祖に当たる方々ですね。そして人間たちはこの地を新たな故郷にしても良いかとそれらに尋ねました。先程も申した通りそれらは深い慈愛と共有の精神を持っていたので、快く人間たちの移住を認めました。もちろん、相互不可侵条約などの多少の制約はありましたが。ではカタヤ要撃騎士、ここで問題です。その生き物とは一体なんのことでしょう?」
「条約を結べるほどの知能はあったということ・・・。広大な範囲で繁殖可能な種族・・・。皆目見当もつきません」
「ふふ、でしょうね。少し意地悪な問題でしたか。私も小さな頃にお爺様にこの問題を出された時あなたと同じようになりました。では正解を言いましょうか。それらの正体とは、『竜』です」
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