魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者
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第三十三話 大切な事
ガジェットの脅威は去り、静かな夜が戻る。
ティアナに寄り添うなのは。静かに語り始める。
そのころ、アスカはヴィータに呼び出されれ……
魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者、始まります。
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しばらくして、フォワードの待機命令が解かれた。
無事に事件は解決したと言う事だ。
アスカは部屋には戻らず、休憩室で一人座っていた。ヴィータとの約束があるからだ。
一人静かに待っているところに、スバルが現れる。
ヘリポートでも何か言いたいような顔をしていたから、話をしに来たのだろう。
「アスカ、少しいいかな?」
遠慮がちにスバルが聞いてくる。
「ティアナについていなくていいのか?」
「あ、うん。ティア、一人になりたいって言って外に行ったから……ねぇ、アスカ。私ね、ずっと考えてたんだけど……」
「話すなら座れよ。オレが落ち着かないからさ」
アスカはそのまま話だそうとしたスバルに対し、対面の長イスを指した。
「あ、そうだね」
スバルは長イスに座り、少し俯き加減になる。そのまま話し始めた。
「アスカに、なのはさんが泣いていったて聞いて何で泣いていたのかってずっと考えてたの」
「答えは出たのか?」
「たぶん……最初は、教導の意味が私達に正しく伝わらなくて悲しかったとか、悔しかったとか思ってたんだけど、それは違うなって思って」
「じゃあ何だと思ったんだよ」
「うん……ティアがあそこまで追いつめられるって、私全然気づかなくって……なのはさんは、ティアが苦しんでいる事、追いつめられている事に気づかなかった事に、そして、ティアを撃墜しなくちゃいけなかった事に泣いていたのかなって」
「………」
「なのはさん、優しいから……ティアが悩んでいた時に気づいてあげられなかった事を一番気にしていたんじゃないかなって思ったんだけど、どうかな?」
言い終わったスバルがアスカを見る。
「分かんないよ」
「え?」
「オレは高町隊長じゃないから、それが正しいかなんて分からない」
「……」
黙ってしまうスバル。だが、アスカはそのまま放りっぱなしにはしなかった。
「でも、そう思ったんなら、次にやる事が見えてくるだろ。それでいいじゃん」
アスカはそう言って手を伸ばし、スバルの頭をワシャワシャと撫でた。
「え…ちょ、アスカ?」
突然の事に驚くスバル。
だが、抵抗はしなかった。思えば、以前もこうやって頭を撫でられた事があった。その時と同じように、全く嫌な感じはしない。
くすぐったいような、心地いいような。
「ちょっとだけ道が逸れたんだよ。でも、もう大丈夫。後はティアナが立ち直れば問題なしだ」
アスカがニパッと笑った。
なんだか、アスカがこうやって無邪気に笑う所を見るのは随分久しぶりのように思えるスバル。
「アスカ……うん、アリガト」
つられるようにスバルも笑う。本当に久し振りに、ホッと安心するような空気になる。
その和やかな空気を遮るように、シャーリーが休憩室に入ってきた。
「アスカ、ヴィータさんが呼んでいるよ」
その声は、どこか重たい。
「ああ、分かった」
アスカは短く答え、スバルに背を向けた。
「ヴィータ副隊長って?」
スバルがアスカを見上げる。
「オレはオレで、ケジメをつけなくちゃいけないんだよ。ティアナを頼むぞ」
そう言って、アスカはシャーリーと共に休憩室を後にした。
肩を並べて歩くアスカとシャーリー。
「シャーリー、アリガトな」
アスカは唐突に礼を口にした。シャーリーは何の事だか分からずに首を傾げる。
「シャーリーが止めてくれたおかげで、ティアナを余計に殴らずにすんだ。助かったよ」
それを聞いたシャーリーは、静かに首を振る。
「ウソね。私が止めなくても、アスカはあれ以上ティアナを叩かなかったわ」
「え?」
「ティアナが冷静になるまで、胸のモヤモヤとか、憤りとか、そう言うものが無くなるまでアスカは叩かせていたと思うわ。その証拠に、2回連続で殴られても手を出さなかった」
「買い被り過ぎ。オレはそこまでお人好しじゃねぇぞ」
アスカはバツが悪そうに頭を掻く。
「ティアナに平手打ちをした時、私は陰で見ていたけど、アスカは怒っているのに苦しそうな顔をしていたよ」
「……」
「それに、あのビンタはティアナを守る為にやった事でしょ?あれで、その場の意識が全てアスカに集まった」
「……勝手に言ってろよ」
図星を突かれたアスカは、おどけるように大げさに肩を竦めた。
ティアナの上官に逆らう姿を、同僚への暴力と言う形でアスカが引き受ける。それにより、ティアナの悪い印象が薄くなると考えたのだ。
そして、なのはに対しての暴言。これでその場の悪者はアスカと言う印象を皆に与えようとした。
それが分かっているから、シャーリーはヴィータに呼び出されるアスカを心配しているのだ。
「だから不器用って言ったのよ。少しは自分も大事にしなさい」
「はいはい」
シャーリーの注意を、アスカは軽くいなす。
「もう!私はアスカより歳も階級も一個上なんだからね!」
気のない返事をしたアスカに、いかにも心外だ、とばかりにオーバーアクションをするシャーリー。
「心配すんな。上官とも年上とも思ってないから」
アスカはシレッとシャーリーをかわす。
「それって酷くない?」
流石にその物言いに、シャーリーはちょっと落ち込む。
「上官とか年上とか関係なくてさ、シャーリーも大切な仲間だよ」
「ちょ……!」
いきなりの不意打ちに頬を赤く染めるシャーリー。
(ずるいよ!急にそんな事言うの…)
アスカに他意はない。
恋愛感情とかではなく、同じ部隊の仲間。だから大切だと言っているのは分かる。
だが他意が無い分、アスカの言葉がシャーリーにはストレートに響いてしまった。
シャーリーが落ち着くよりも前に、二人は隊長室にたどり着いた。
その頃、なのははティアナを見つけていた。
波止場に腰を下ろし、ずっと海を眺めているティアナ。その目には後悔の色が浮かんでいる。
なのははティアナに近づく。
その足音に気づいたティアナがなのはを見た。
なのはは優しく微笑み、ティアナの隣に座る。
お互いに黙ったまま。
しばらくの沈黙の後に、ティアナが口を開いた。
「……シャーリーさんや、シグナム副隊長に、色々聞きました」
なのはは夜空に目を向ける。
「なのはさんの失敗の記録?」
どこかおどけているような口調のなのは。
「じゃなくって!」
慌てて手を振るティアナ。
「無茶をすると危ないんだよ、って話だよね?」
その言葉に、ティアナは素直に頷いた。
「……すみませんでした」
謝罪を口にする。今までの、形だけの謝罪ではない。
本当に後悔し、本当に謝りたい。そういう気持ちが言葉から伺える。
「うん」
なのはは、それを受け入れた。
その二人の様子を、少し離れた繁みに隠れてスバル、エリオ、キャロ、フリードが心配そうに見ている。
そこに、アスカを送り届けたシャーリーも加わる。
「じゃあ、分かってくれた所で、少し叱っとこうかな」
なのはの口調は、あくまで柔らかだ。
「あのね、ティアナは自分の事を、凡人で射撃と幻術しかできないって言うけど、それ、間違ってるからね」
「え?」
その言葉に驚くティアナ。なのはは優しく諭す。
「ティアナもほかのみんなも、今はまだ原石の状態。デコボコだらけだし、本当の価値も分かりづらいけど……だけど、磨いていくうちにドンドン輝く部分が見えてくる」
なのはは言葉を続ける。
「エリオはスピード。キャロは優しい支援魔法。スバルはクロスレンジの爆発力。アスカ君は前衛での絶対防御。4人を指揮するティアナは、射撃と幻術で仲間を守って、知恵と勇気でどんな状況でも切り抜ける。そんなチームが理想型で、ゆっくりだけど、その形に近づいて行ってる」
「あ……」
ティアナは、昼間アスカに言われた事を思い出す。
”オレ達は同じ方向に向かっていたんじゃないのか?みんなで支え合って、一緒に強くなろうって、誰かの役に立つって、そう思ってたんじゃないのかよ!なに一人で、どこに進もうとしているんだ!”
(アイツ…分かってたんだ…それをアタシに教えようとしていた…なのにアタシは…)
それが分かると、後悔の念がさらに強まっていく。
なのはは話を続ける。
「昼間さ、自分で受けてみて気づかなかった?ティアナの射撃魔法って、ちゃんと使えば、あんなに避けにくくて、当たると痛いんだよ」
その声が、繁みにも届く。
「そういう事だったんだ…」
それを聞いたスバルが呟いた。
”何でクロスファイヤーだったんだろうな?”
アスカが医務室でスバルに言った言葉。あの時は分からなかったが、なのはが答えを教えてくれた。
「一番魅力的な所を蔑ろにして、慌てて他の事をやろうとするから、だから危なっかしくなっちゃうんだよ、って教えたかったんだけどね」
なのはが苦笑いを浮かべる。
再び、ティアナの脳裏にアスカの言葉蘇った。
”もっとわかりやすい強さを求めた。自分のいい所を捨てて、付け焼き刃の武器を手にしたんだよ、お前は!”
(アスカは…ちゃんと見ていてくれてたんだ…アタシの良い所を…)
胸にこみ上げてくる物があった。
乱暴な言葉ではあった。でも、アスカは自分を心配していた。
無視をして、酷いことしたのに、それでも見捨てずに居てくれた仲間。
真っ正面からぶつかって、それでもアスカは側に居てくれた。
それを理解したティアナは、静かに俯く。
「まあ、でもティアナが考えた事、間違ってはいないんだよね」
そんなティアナを見て、なのはは彼女の傍らにあるクロスミラージュを手にする。
「システムリミッター、テストモードリリース」
《YES》
クロスミラージュがなのはの言葉に反応する。
「命令してみて、モード2って」
ティアナのクロスミラージュを手渡すなのは。
「え…」
受け取ったティアナが戸惑い気味になのはを見る。
なのはは優しく頷く。
「モード…2」
ティアナは海に向かってクロスミラージュを構えた。すると…
《Set up Dagger Mode》
ティアナの命令を受け、クロスミラージュが変形を始めた。
グリップの角度が浅くなり、銃口から魔力のブレードが突き出る。
更に、グリップエンドからアーチを描くように銃口へとつながる魔力刃。
ティアナが自分で組み上げた物よりも完成度の高い近接戦用の形態。
「これ…!」
ティアナはモード2に移行したクロスミラージュに驚く。
「ティアナは執務官志望だもんね。六課を出て執務官を目指すようになったら、どうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ」
なのははクロスミラージュに手をやり、待機モードに戻す。
(将来を…考えて…アタシの……真剣に考えてくれてた!)
なのはどれだけ自分の事を思っていてくれていたのか、ティアナは理解した。
そして、それが分かると、もう堪える事はできなかった。
「う…うぅ……」
両目から涙がこぼれ落ちる。
なのはは嗚咽を漏らすティアナを抱き寄せる。
「クロスもロングも、もう少ししたら教えようと思ってた。だけど、出動は今すぐにもあるかもしれないでしょ?だから、もう使いこなしている武器を、もっともっと確実な物にしてあげたかった…だけど、私の教導は地味だから、あんまり成果が出てないように感じて苦しかったんだよね…」
なのはは泣いているティアナにそう語る。
そして、最後にこう言った。
「ごめんね」
ハッと顔を上げるティアナ。
(違う!悪いのはアタシなのに!)
うまく言葉が出なかった。ティアナはなのはの胸で声を上げて泣いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい!」
何度も、何度も謝りながらティアナは泣き続け、なのははそれをしっかりと抱きしめて受け止めた。
シャーリーはポン、とスバルの肩に手を置く。
「もう大丈夫だよ」
シャーリーの言葉に、スバルはコクンと頷いた。
「よかった。ティアさん、なのはさんと仲直りできたんですね」
少し涙ぐんだキャロが鼻声で言う。
「うん、もう大丈夫。いつものティアだから…」
スバルがボロボロ涙を流しながらも、笑って答えた。
「よかった…あ…」
エリオも安心したように言い掛けたが、もう一つ解決しなくてはいけない問題を思い出してしまう。
それを察したシャーリーが、エリオの頭を撫でる。
「大丈夫。アスカは初めっからティアナの事を怒ってないから」
そう。アスカなら、ティアナを許すだろう。
だが、シャーリーには大きな不安があった。
(アスカ…早まってバカな事をしないでよ……)
時間は少し遡る。
アスカとシャーリーは隊長室の前にいた。
「「失礼します!」」
二人が中に入る。
「あぁ、来たか」
隊長室には、イスに座って腕を組んでいるヴィータと、壁に寄りかかっているシグナムの副隊長二人がいた。
フェイトの姿は見あたらない。
「シャーリー、ご苦労だった。下がっていいぞ」
シグナムがシャーリーに労いの言葉をかける。
「え…と、あ、あの…」
下がっていいと言われたが、シャーリーは今、アスカの側を離れたくなかった。
廊下を歩いている時から、アスカは覚悟を決めた目をしていたからだ。
今回の騒ぎの責任を全て一人で背負って、管理局をやめると言い出すのではないかと思っていたのだ。
(アスカなら言いかねない……でも、そんな事をしたら余計にティアナが苦しむ事に…)
しかし、そんなシャーリーの心配をよそに、
「シャーリー。ティアナの様子を見ていてくれないか?たぶん、スバル達もいると思うから」
アスカはそう言ってきた。
「う、うん…じゃあ、後でね」
アスカを気にしつつも、シャーリーは隊長室から出て行った。
シャーリーが立ち去って、しばらく沈黙があった。
アスカは二人の様子を注意深く見ている。
(どう出てくる?)
極力落ち着こうと努めるアスカ。
「アスカ」
それまでイスに座っていたヴィータが立ち上がり、アスカの前に立った。
「は、はい!」
返事をしたと同時に、ヴィータはクラーフアイゼンの柄の先をアスカの顔に突きつける。
「ヴィータ!何をする!」
それを見ていたシグナムが声を荒げたが、ヴィータは取り合わない。
「自分が何をしたか、言ってみろ」
ヴィータは目を逸らさず、アスカを見ている。
「……」
クラーフアイゼンを突きつけられたアスカも、ヴィータから目を逸らさない。
「どうした、言えないのか」
ヴィータが追求する。僅かな沈黙の後、アスカは答えた。
「同僚への暴力行為。そして、上官への侮辱罪です」
「……歯ぁ喰いしばれ」
ヴィータの言葉に、アスカを歯を食いしばり、顎を引く。そして……
バシィッ!!
ヴィータはクラーフアイゼンの柄でアスカを殴りつけた。
そのまま吹き飛ばされ、壁に激突するアスカ。
「やめろヴィータ!自分が何をしているのか分かっているのか!!」
シグナムがヴィータの掴みかかって止めに入る。
「分かってる。コイツはこうでもしなきゃ自分自身を許す事ができねぇんだよ」
そう呟くヴィータに、殴られたアスカは驚いたように目を見開いた。
「殴られて少しはスッキリしたろ。今回の件はコレで帳消しだ」
ヴィータは見抜いていた。
ティアナを庇うために暴力行為をし、なのはを出撃させる為に暴言を吐いた。
その事にアスカが苦しんでいる事を。
何のお咎めもなく許したとしても、アスカはずっと気に病む事になるだろうと。
だから殴りつける事でアスカ自身に罰を与え、一区切りとしたのだ。
不器用ではあるが、一番アスカにあっているやり方だった。
「寛大な処置、感謝いたします!」
顔を腫らしたまま、アスカは敬礼をする。胸にあったモヤモヤがスッキリとしたのだ。
「と、ここまでは、さっきの事だ。お前を呼んだのは、むしろこっちの方だ」
「え?」
終わったと思ったら、まだ続きがあるらしい。油断したアスカに緊張が戻る。
何がある、と身構えていたら…
「今回はすまなかった!」
ヴィータがいきなり頭を下げた。
「へ?」
突然の事に、アスカは反応できない。
「私からも謝罪させて欲しい。お前に苦しい思いをさせてしまった。すまない」
シグナムも頭を下げる。
「えぇぇぇぇ!?」
訳が分からず、ストレートにパニックに陥るアスカ。
「や、やめてください!頭を下げないで!何でです?」
アスカは清々しいまでに取り乱している。
「いや、本当ならティアナの暴走を止めなきゃいけないのはスターズの副隊長のアタシでなきゃいけなかったんだ」
「なのは隊長を止めて、無理矢理にでも任務に行かせなくてはいけなかったのも、我々の仕事だった。なのに、その全てをお前に背負わせてしまった。憎まれ役をやらなくてはいけなかったのに、アスカにそれをやらせてしまった。許して欲しい」
ヴィータとシグナムが、頭を下げたまま謝罪の言葉を口にする。
「な、仲間の暴走を止めるのは当たり前だし、隊長はティアナ絡みだからオレが止めて当然ですから!とにかく頭を上げてください!」
アスカは半泣きでアワアワする。
普段軽口は叩いているが、アスカはヴィータもシグナムも上司として尊敬している。
その二人が自分に謝罪をするとは思いもしなかった。ましてティアナの暴走を止められなかったのは自分だ。
責任は自分にあると考えていたアスカだ。
ある意味、シャーリーが懸念していた事は正しかったが、ヴィータとシグナムはアスカの斜め上どころか、ブッチギリの予想外の行動をしたので混乱してしまったのだ。
「「いや、ここは下げさせて欲しい!」」
「やめてえぇぇぇぇぇぇ!」
……全く別の意味で、アスカは修羅場を迎えていた。
同刻
泣きやんだティアナを見て、なのはが話し出す。
「そうだ。ティアナには、私の秘密を教えておくね」
「え?」
「これから話す事は、フェイトちゃんもはやてちゃんも知らない事。知っているのは、私とユーノ君だけ」
「あ、あの…いいんですか?アタシなんかに…」
戸惑うティアナ。
「うん。ティアナには聞いて欲しいんだ。私の失敗、間違いを。人は忘れちゃうから」
笑って、なのはは話し始めた。
「もう知っているだろうと思うけど、私は魔法に出会う前は普通の女の子だったの」
「はい」
なのはの話に耳を傾けるティアナ。
「実家でお店を始めてすぐの頃に、お父さんが事故にあって生きるか死ぬかって事があったの」
「え!?」
ティアは突然の展開に驚く。
「だから、お母さんがお店を切り盛りして、お兄ちゃんとお姉ちゃんが必死にお手伝いして…でも、私はまだ小さかったから手伝う事ができなかったの。それが凄く悲しくてね」
「……」
「寂しそうにしていると、みんなが心配するから、だからみんなの前では笑っていたの。本当は寂しいのに、寂しくないよって笑って…そんな自分が凄く嫌いでね。何もできない、笑うことぐらいしかできない自分はいらない子じゃないかって、変な風に考えちゃったりしてたの。
お父さんの怪我が治って生活が普通に戻っても、その時に感じた悲しさがずっと忘れられなくてね」
そう語るなのはの横顔を、ティアナは不思議そうに眺めていた。
「なのはさんでも、そんな事があったんですね…」
「もちろんそうだよ。たくさん悩んで、つまづいて、迷って…そんなある時、魔法と出会ったの。そして、大きな事件に関わった」
「ジュエルシード事件…」
「うん…私がフェイトちゃんと出会った事件。多くの悲しみ、苦しみがあったけど、解決して、私には凄い自信になったの。
それまで笑う事しかできなかった私が、今度は誰かを助けられるって、それがもの凄く嬉しくて。
ジュエルシード事件が解決してから、毎日無茶なトレーニングをしてたの」
「無茶って…どれくらいですか?」
ふと、単純な疑問を口にするティアナ。
「9歳の頃は、朝は4時半には魔法の練習を始めて、それが2時間くらい。学校に行っている時は、マルチタクスで授業を受けながら魔導戦のシミュレーション。学校が終わってからは、家の手伝いがない時は夕ご飯まで外で結界を張っての実魔導戦。
夕飯後も空戦訓練とかかな?その全てがレイジングハートに魔法負荷を掛けてもらってやっていたの」
「自殺行為ですよ!アタシより無茶してる!」
「うん、そうなんだ。日曜日も無く、とにかく訓練しまくっていたら、近所に住む魔導師のお兄さんに叱られたの」
「え?」
「そんな無茶をしちゃダメですよって。
でも、その時の私は、魔法のスキルを伸ばすのが楽しくて、それが正しいって思っていたの。だから、お兄さんの話しなんか全然聞かなくて、訓練を続けていた。そうしたら、そのお兄さんが本気で怒って。
じゃあ、模擬戦をして私が負けたら、日曜日は全休にしなさいって言ってきたんだ」
「そのお兄さんとなのはさんとでは、どのくらいの実力差ってあったんですか?」
「正確に比べた事は無いんだけど、ユーノ君が言うには、その時の私がAAA弱くらいで、お兄さんはB+からA-くらいだったんだって」
「それじゃ話しにならないんじゃないんですか?」
「うん…ユーノ君も経験差で補えるレベルじゃないって言ってたから、その条件を飲んだの。そうしたら、負けちゃった」
「えぇっ!?」
「スターライトブレイカーまで出してね。しかも、その時のお兄さんは、デバイスもバリアジャケットも無い状態で模擬戦をして。その人に負けちゃったんだなぁ…」
懐かしむように語るなのは。
聞いているティアナは信じられないと首を横に振る。
「もの凄く悔しかったな…負けた事にじゃなくて、自分が正しいと思ってやっていた事を否定されたのがね」
「あ…」
自分と同じだ、とティアナは思った。
「悔しくて、悲しくて、八つ当たりしちゃったなぁ…どうして強くなる事がいけないのって。やっと見つけた、自分が役立てる事を、なんで否定するのって泣いて、お兄さんから逃げ出したっけ」
「それって…」
「うん。ティアナと同じ事だと思うんだ。だから、ティアナの気持ちはよく分かるつもりだよ?」
なのはは、はにかんだ笑みを浮かべる。
「そうしたら、お兄さんが追いかけてきてくれて、答え合わせをしてくれたの」
「答え合わせ?」
「なんで私が負けたのかって。要約すると、疲労が溜まって反応が少しずつ鈍ってて、そこを突かれて焦ってしまって、判断力が無くなったって事なんだけどね」
(まるでアタシと一緒だ)
「ちょっと長くなるから省くけど、ようはちゃんと休憩をとりなさいってしかられたの。お兄さんに、お兄さんの事を嫌いになってもいいから、ちゃんと休みなさいって言われたの」
(あれ?)
なのはの話を聞いていて、ティアナはアスカの顔を思い浮かべた。
今回の事と全く同じだったからだ。
「お兄さんが真剣に私の事を心配しているのが分かって、私は仲直りして約束したの。ちゃんと休息もとりますって。
でも、お兄さんが自分の世界に帰って、それから時間が経つと、少しずつその約束を忘れてちゃってたんだ。そして……撃墜事件になったの」
「そうだったんですか……」
「だから、ティアナも忘れないで欲しいの。無茶をしなくちゃいけない時は確かにあるけど、それでも身体を気にかけてねって」
ティアナは、なのはが本当に自分を気にかけてくれている事を知り、感謝の念を抱いた。
「はい…もう、無意味な無茶はしません、絶対に」
しっかりと、今度こそティアナはなのはと約束をした。
そして、フッと笑みを浮かべる。
「でも、そのお兄さんって、まるでアスカみたいですね」
その言葉に、なのはも笑う。
「そうだね。だから聞いちゃったもん。アスカ君にお兄さんいない?って。そうしたら、ミッドでも地球でも一人っ子って言ってたよ」
「え?それってどういう事ですか?」
「あ…!」
うっかり口を滑らせてしまったなのはが口を押さえるが、時すでに遅し。
ここで隠す訳にもいかなくなってしまった。
「……これは、絶対に誰にも言っちゃダメだよ?」
念を押して、なのははティアナにアスカの過去を話した。
アスカが地球の日本人で、次元漂流者である事。
1年間ミッドチルダにいて、帰った時には両親が亡くなっていた事。
099部隊長に引き取られた事。
山崩れの事故の事。
病院での事。
全てを話した。
それを聞いたティアナは、小さく肩を振るわせる。
「あのバカ…自分の事を心配しなさいよ!」
涙を拭ってティアナが呟く。
「アスカ君はティアナの事を心配していたんだよ。何とか力になりたいって思っていたんだよ。だから…」
「……明日にでも、ちゃんと謝ります…アタシが何をしていたか、ちゃんと話して謝ります。でも、アスカが許してくれるでしょうか?アタシ……アスカに本当に酷い事ばかりしちゃったし…」
「アスカ君は怒ってないよ、大丈夫。ちゃんと話し合えば、絶対に分かってくれるから」
優しくなのはが言う。
「なのはさん…はい!ちゃんとアスカと話し合います。今度こそ、ちゃんと」
ティアナの声に力が戻ってくる。
なのははそれを感じ、ニコリと笑った。
ティアナと別れたなのはは、隊長室へと向かった。
ティアナと分かり会えたからか、その足取りは軽い。
隊長室につながる廊下に差し掛かったとき、ゲッソリとしたアスカが壁にもたれ掛かっているのを発見してまったなのは。
「え…と、アスカ君?どうしたの?」
なのはは疲労困憊のアスカに声を掛ける。
「え…?あ、た、高町隊長!」
ビシッと直立不動になるアスカ。
「あ、あの!先ほどの暴言、大変失礼いたしました!」
敬礼して謝罪するアスカ。
アスカの六課に来てからの謝罪は、もはや数え切れないくらいしている。
「ううん。あれは私がいけなかった事だから…ごめんね。アスカ君には嫌な思いをさせちゃって…ってアスカ君!?どうしたの??」
なのはが謝った瞬間、アスカはヘナヘナと床に崩れた。
「もう謝罪はいいですから…いえ、さっき副隊長に呼ばれて、怒られ…はしたけど、その後に謝られまして…いっそ怒鳴られた方が楽でした」
アスカは隊長室での出来事をなのはに説明した。ヴィータに殴られた事は黙ってはいたが。
それを聞いたなのはは、思わず吹き出してしまった。
「そりゃないでしょう、隊長~!オレ、結構真剣に悩んでいたのにぃ~」
「ごめん、ごめん。でも、これでほとんど解決かな」
アスカの件も一区切りで、なのはは安心したように言う。
「じゃあ、ティアナとは…」
「私はちゃんと仲直りできたよ。あとは、アスカ君だね。明日にでも、ちゃんと話しを聞いてあげてね?今度は大丈夫だから」
「はい、ありがとうございました!」
アスカもそれで安心したのか、いつものニパッとした笑みを浮かべた。
それと同時に、アスカの腹が豪快に鳴った。
「あー、なんか安心したら、腹減ってきちゃいました」
「あれ?ご飯食べてないの?」
「いろいろ心配事があって食欲が無かったんですけど、これでメシが食えます。ちょっと食堂に行ってきます!」
「今の時間って、食堂やってないよ?」
「レトルトの自販機があるから、それで済ませます」
そう言ってアスカは歩きだそうとしたが、改めてなのはの方を向いた。
「隊長。オレ、隊長の…隊長達の部下で本当に幸せです。こんなにオレ達を想ってくれている人達がいてくれて」
「アスカ君…」
「へへっ、失礼します!」
顔を赤らめ、照れ笑いを浮かべたアスカは急ぎ足でなのはの前から立ち去った。
その場に残されたなのは、
「幸せ、か」
その言葉を、嬉しそうに呟いた。
バッタリと出会うとはこの事だろう、と後にアスカは語る。
寮の入り口で、アスカとティアナは鉢合わせしてしまったのだ。
「「あ」」
二人とも明日話し合おうと思っていたので心の準備が出来ていない。
「あ、え、と」「う、あ、い」
ティアナもアスカも何か言わないと、と思っていても意味不明な音しか出てこない。
気まずい空気が流れる。
(早いって!まだ何も考えてないよ!)
(え?アスカ?ど、どうしよう!!)
明らかにテンパっている二人。
(こ、こうなったら!)
何もされてないのに追い詰められたアスカが行動に出る。
「その……ティアナ!ゴメン!」
「え?」
いきなり頭を下げるアスカに戸惑うティアナ。
「オレ、結局ティアナの事を何にも考えてなかった!自分の考えだけ押し付けていた!ゴメン!」
(全然言葉が足りねぇ!なんでもっと上手く言えないんだよ、オレは!)
不意打ちを喰らったとは言え、言いたい事を伝えられない事にアスカは焦る。
もっとも、焦っているのはティアナも一緒だった。
同じく不意打ちを喰らった上にアスカの先制攻撃に対応しきれないティアナ。
だからだろうか。ティアナは素直な気持ちを口に出した。
「な……何でアスカが謝るのよ。アンタは全然悪くないじゃない!」
「いや、だってもっと言い方って言うか、色々……」
「今回の騒動はどう考えたってアタシが悪かったでしょ。なのはさんにも、みんなにも迷惑をかけちゃったし」
「だ、だけどよ……」
「それに、アスカに一番迷惑をかけた。アタシの我が侭に正面からぶつかってきてくれて、反対側に立っていたのに、ずっと側にいてくれた。そんなのにも気づかないくらいアタシは焦って周りが見えなくなっていたのよ」
ティアナはそこで言葉を切り、アスカを見つめた。
「ごめんなさい、アスカ」
素直な気持ちで言った瞬間、ティアナは胸のモヤモヤが晴れたような気がした。
逆にアスカはと言うと……
バタッ!
つんのめるように崩れ落ちた。
「えぇ!?アスカ??」
慌ててアスカを起き上がらせるティアナ。
「……謝んなくていいよ、分かってくれたんなら。つーか、今日はもう謝んな」
「何があったのよ?」
「……色々!」
ヤケクソ気味にアスカは隊長室での事や、なのはに謝られた事を話した。
「何なのよ、アンタは?謝られたら死ぬ病なの?」
「条件反射だよ、今日は!」
ブーたれた途端、アスカの腹が鳴る。
「「…………」」
一瞬の沈黙の後、
「フフ」「アハハ」
それまであった気まずい空気は吹き飛び、二人は笑いあった。
「オレ、まだメシを食ってないんだよ。ティアナは?」
「さっきまで食欲なかったけど、なんか出てきた」
「じゃあ、一緒に食おうぜ」
「うん!」
アスカとティアナは人気のない食堂に行き、自販機の食べ物を購入した。
アスカはレトルトのチャーハンで、ティアナはサンドイッチだ。
二人は並んでテーブルに着く。
何気ない会話が、今のティアナには心地よかった。その時、
カラン
アスカは掴もうとした備え付けのスプーンをテーブルにポロリと落としてしまった。
「もしかして、痛むの?」
怪我を負わせてしまったティアナが、後悔の色を顔に出す。
「だからそんな顔すんなって。痛みはそうでもないんだけど、握力が全然入らないんだ。シャマル先生が言うには、ダメージが抜ければ元に戻るってんだから、大丈夫」
心配そうに見るティアナに言うアスカ。
実際、痛みは殆ど無い。違和感があるくらいで、そんなに心配されても困るくらいだ。
「そう……そ、それじゃ」
ティアナは新しいスプーンを持ってきて、チャーハンをすくってアスカの口元に運んだ。
「へ?テ、ティアナさん??いったい何を?!」
突然のティアナの行動にうろたえるアスカ。思いっきり動揺している。
「な、何って、アスカが食べづらいみたいだから、食べさせてあげてるんじゃないの」
強がって言ってるが、ティアナの頬は赤く染まっている。
「い、いやね、でも…」
アスカも赤面しながら、オロオロとしている。
「いいから早く口を開けなさい!」
「は、はい!」
ティアナに怒鳴られ、アスカは素直に食べさせてもらう事にする。
二人とも、顔が真っ赤だ。
それでもアスカは運ばれるまま無言で食べ続ける。
「……おいしい?」
「ごふっ!」
ティアナが聞いてきて、アスカはせき込んだ。
耳まで真っ赤になるティアナ。
「ごふっ!げふっ!……今のは無しだろ…」
新婚じゃねぇんだぞ、の言葉を飲み込むアスカ。そんな事を口走ったら、この、こそばゆい空気がさらに加速するんじゃないかと思ったからだ。
「ごめん。今のはアタシが悪かった。間が持たなかった、つい」
と、何やらイチャイチャしている様子を、遠くから眺めている二つの影があった。
「なんや、うらやましい事してるなー」
ニヤニヤと眺めているのは、はやて部隊長である。
当然、アスカとティアナはそれに気づいてない。
「ダメだよ、はやて。邪魔しちゃ」
フェイトもはやてを窘めつつ、二人の様子を伺う。
「ま、色々あったみたいやけど、あれなら大丈夫やろ」
いやらしい笑みから、優しい微笑みに変わるはやて。
「そうだね。なのはが上手くまとめたみたいだね。アスカもがんばってたし」
フェイトも優しい眼差しで二人を見つめる。
「……なんか、あの人を思い出すな…」
ふと、フェイトが呟く。
「え?」
「ううん、何でもないよ。さあ、明日も頑張ろう」
そう言うと、フェイトははやての首根っこを掴んでズルズル引きずってその場を離れた。
「フェイトちゃん、最近私の扱いがゾンザイになってへん?」
後書き
また文章が長くなってしまいました…申し訳ありません。
読んでいただいて、それがモチベーションになってます。これからも、読んでいただけるように努力していきます。
さて、これで長かったティアナネガティブキャンペーンが終わりました。
実はすぴばるに乗っけていた時と展開を一部変えています。
読み返していた時に、妙にアスカが上から目線だったので修正しました。
当初の予定通り、ティアナのヒロインゲージがグンと貯まりました。
……まあ、色気はなかったですね。
アーンして、の筈が、口を開けろって怒鳴るって、ティアナさん、もっとヒロイン力つけようよ…
さりげなく、シャーリーさんのヒロインフラグも立っているような気がするー!
フラグ回収できるのか、コレ?
とりあえず、この小説でのヒロインは誰か!と思ってチェックがてら読み返してみたのですが…
1位 アルトさん
2位 ティアナさん
3位 シャーリーさん
参考 シグナムさん
なんだコレ?隊長3人娘がかすってもない…もっと頑張れ、主人公!
文中、なのはが言っている”魔導師のお兄さん”と、フェイトが言っている”あの人”は同一人物です。
温泉回でシグナムが回想していた人物でもあります。
3人娘の中では、フェイトが一番その人物に対して思い入れがある設定となってます。
まあ、魔導師のお兄さんが出てくるのはもっと後ですので、もうしばらくお待ち願います。
…この伏線も、回収しきれるかな~?
次の話は短めです。ネガティブキャンペーンのエピローグ的な感じでやってみたいと思っております。
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