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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第4章
3節―刹那の憩い―
  見るべき人々

「来たかソウヤ、おはよう」

 次の日の朝、ソウヤはかなり早く起きて朝食を摂ると城門前に来ていた。
 そこで会ったのは偶然にも…ではなく、事前に聞かされていた集合場所がここだったので、誰かが居るのは確実だったのだが――

「一番最初がお前か、エレン」
「あぁ、初めからこの日にしたいと思っていたんだ」

 ――それがエレンだったのは、少しばかり意外だった。

 こうなった理由は、明日から休暇と言われた日の夜…つまり休暇の前夜のこと。

「1日に1人…というのは無理だけれど、時間を区切ってソウヤと2人の時間を作った方がいいわよね」

 と、レーヌが言い出したことから始まった。
 その提案に―ソウヤ以外―全員が賛同し、ソウヤに明日の朝のこの時刻に城門で集合と伝えるだけ伝えて、皆で部屋に籠ってしまったのである。

 ―俺の意見は無視か…なんて思ったけど、よくよく考えてみれば俺の方だって皆と話せる機会なんてもう少ない訳だし、これはこれで良かったのかもな。

「誰がどの時間なのか決まったのか?」
「あぁ」

 ソウヤの問いにエレンは「大荒れしたが」と苦笑しながらも答えた。

「と、誰がどの時間担当なのかは伝えることを許されていない。すまないな、ソウヤ」

 丁度教えてもらおうとしていたソウヤは、その付け加えるように言われた言葉にくぎを刺される。
 だがまぁ、よく考えれば“自分と2人の時に違う人のことを考えてほしくない”という気持ちの表れなのだろう。

 ―流石にそこまで分かってない…なんて鈍感は発揮しないさ。

 はっきり言おう、ソウヤに着いてきてくれた仲間のほとんどはソウヤに好意を向けていると言っていい。
 ただの尊敬や親愛の者もいるだろうが、少なくともルリやルビは―告白してきたので―確実だ。
 そしてその気持ちを蔑ろにする、なんていう選択肢はもうソウヤのどこにも存在しない。

「じゃあ行こうか、エレン」

 ソウヤはそう言ってエレンに手を伸ばし、笑いかける。

 ただただ目の前の仲間に真摯に向き合う。
 それがソウヤの今できる最善であり、最高の付き合い方。

 自身の手をエレンが取るのを確認して、ソウヤは歩きはじめた。

「んで、エレンはどこに行きたいんだ?」
「それも始めから決めていたんだ、それは――」




「――ここだよ、ソウヤ」
「――――」

 朝早くから開いていた店で、大量の食品を買ったエレンが向かったのは城下町の隅。
 そこは魔物、魔族や天使…そんな存在によって家を追われ、家族を亡くし、生きる術を失いかけた人々が集う場所だった。

「…スラム街、か」
「貧民街、ともいうな」

 生きる希望を失った人々、その暗い瞳に見定められてソウヤは息を呑む。
 そうして初めて、ソウヤは“スラム街”という場所に入ったことがないことを思い至った。

「…ソウヤは初めてか、明るい街の影を見るのは」
「あぁ、きっと俺は“見て見ぬ振り”をしていたんだと…思う」

 ちょっと目を凝らせば見えてくる真実。
 それに目を背け、表面しか見ようとしなかったのは…誰でもないソウヤだった。

 ―きっと、思いたくなかったんだ。こんな不幸な人がいるんだって。

 自身より不幸な人なんて多くいるのだと…そう思えてしまえる場所を知るのが嫌だった。
 自身より不運な人なんて多くいるのだと…そう分かってしまう場所に来るのが嫌だった。

「ありがとう、エレン。…俺の為、なんだろう?」

 昔なら、確かにそう思って見るのも…知るのも嫌がって目を背けていただろう。
 けれど今は違うのだ。

 その事実を受け止めきれなかった心は強く、しっかり見据える度胸が無かった精神は硬くなっている。
 きっと今のソウヤなら大丈夫なのだと、そう思ってわざわざ自分の時間を切り崩してここに訪れてくれたエレンの気持ち…それを今、ソウヤは凄まじく尊敬した。

 人を気遣い、必要とあれば支え、必要とあれば無視をする。
 だからこそ成長出来るのだと思える瞬間があれば、その為に全力を尽くす。

 “民の為の騎士”。
 それがエレンの、強く誇らしく…なにより気高い魂だった。

「知ってほしかった。この世には辛く苦しい出来事を強制的に合わされたの人がいるのだと」
「あぁ、今…それをエレンに知らされた」
「分かってほしかった。ここにいる人たちの分だけ、私たちが…君が“救った人”なのだと」
「ぁ――」

 あぁ、そうだ。
 そうなのだ。

 確かに彼らの瞳は暗く、生きる術が無い。
 けれど、確かに彼らの瞳には“絶望”も無かった。

 “そこは魔物、魔族や天使…そんな存在によって家を追われ、家族を亡くし、生きる術を失いかけた人々が集う場所だった”。
 その魔物や魔族を追い払ったのは誰?
 その襲い来る天使から護ったのは誰?

 ――誰でもない、自分たちなのだ。

 今気付く。
 確かに彼らの瞳には“希望”があった。

「諦めて、いないのか」
「あぁ、生きていれば何度でも立ち上がれる。どれだけ切羽詰まっていても、立ち上がれるんだよ」

 彼らは決して諦めない。
 だって、彼らを脅かす存在は“もういない”と思っているから。

 災厄を巻き起こす魔族や天使は、もう姿を現していない。
 家を追った魔物はその力を急速に弱め、弱体化している。
 彼らの命を脅かす存在はいないのだから、どうやったって立ちなおせるのだ。

 摘まれた草木は、もう一度生やせるのだ。

「…そっか。諦めてないのか」

 当然、未だに“世界神(ウィレスクラ)”という勝てるかも分からない存在が、まだいる。
 けれど、そんなの変わらない。

「なら、俺は護らなきゃな」

 “倒せば関係がない”のだから。

 握り拳を作るソウヤに、エレンは肩に手を置いた。

「“俺”ではないだろう、“俺たち”だ」

 そう言って好戦的な笑みを作ったエレンに、ソウヤも釣られて笑う。

「あぁ、そうだな。俺たちが、護るんだよな」
「それが私たちにしかできない“こと”だ」

 「だがその前に」とエレンは大量にある食料品を持ち上げた。

「ここの人に、たくさん食べ物を贈るとしよう」




 “英雄”は凄い。
 いつも誰より前に立ち、普通の人々が行えないことを普通にやってのける。

 でも、とソウヤは嬉しそうに食べ物を貰う人々を見て思う。

 “人”はもっと凄い。
 どんな酷い目にあっても、絶望しても、最後には「これでもか」と立ち上がって見せる。

 だからこそ“英雄”であるソウヤは思うのだ。

 ――立ち上がる人々を、陰から支えたいのだと。 
 

 
後書き
――私たちが本当に”見るべき人々”は、英雄ではなく不幸でも立ち上がる人々だ。 
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