非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第58話『逸脱』
境界すらも見えない広大な草原に、晴登は立っていた。空は雲一つない快晴であり、照りつける日光が眩しい。
風に吹かれてたなびく草は鮮やかな緑色であり、空もしっかりと青みがある。
普段ならば、この清々しさを満喫するのだが・・・
『俺はまた来ちまったのか』
吹き抜ける風に揺られながら、驚くというか、むしろ呆然として晴登は呟いた。
この不思議な体験をするのも、もう四度目になる。原因や周期は解らない。ただ一つ言えることが、ここは『夢』の中であるということ。
『今回は"晴れ"ってことか』
もう晴登の着眼点は違う所にある。
というのも、毎度天気が違うのがこの夢の特徴なのだ。意味が有るのか無いのか、そこすらも曖昧である。
『変な事が起こる前に、早く出たいな…』
最初と二度目の夢を思い出して、晴登は身震い。もう誰かが奇怪に出てくるのだけは勘弁してほしい。
しかし、晴登はここから出る術を知らない。知らずとも、勝手に出てしまうのだ。
『誰も居ないよな…』
辺りを注意深く見渡すが、晴登以外の人物は見つからない。草丈は低いから、隠れていたとしても見落とす可能性は無いに等しいだろう。
『少し探索してみるか』
戸惑うことがなかったせいか、今回はヤケに滞在時間が長い気がする。だから、今までできなかった取り組みをしようと考えたのだ。
『・・・といっても、歩いたところで景色が変わらないんだよな…』
広がる草原はもはや無限。地平線の先でも景色が変化する兆しはない。体感で数分程度歩いてみると、不思議と疲れは全く出ないが、どうしてもマンネリ化してくる。
『ん…?』
ある変化に晴登は気づいた。自分の影が消えているのだ。
空を見上げると、さっきまで燦々と輝いていた太陽は厚い雲に姿を隠している。
『急に天気が…?』
山の天気は変わりやすいというが、多分その領域を超えている。瞬きをした瞬間に、と言っても過言ではない。
『妙に不吉だな──』
ガサッ
『っ!?』
背後から人の気配がした。
──さっきまで誰も居なかったのに。
一体誰だ…?!
* * * * * * * * * *
「──あれ?」
意識が現実へと強制的に引き戻され、晴登は目覚める。
確か今しがた、背後の謎の存在の正体を確かめようと振り返ろうとしたはずだ。
どうやら、今回もまた惜しいタイミングで起きてしまったらしい。
「オチが引っ張られるだけ引っ張られて、こっちとしては不愉快だけどな」
頭を掻きながら、晴登はボヤく。
窓の外を見ると、当然の如く雨が降っていた。これもまた、気分を下げる原因となる。
しかし、四の五の言ってられない。なぜなら、今日はテスト当日なのだ。妙な倦怠感が身体に残っているが、気を引き締めなくてはならない。
「ハルトー朝だよー」ガチャ
「あ、結月。おはよう」
「うん、おはよう!」
朝から元気な結月の挨拶に、たまらず笑みが溢れる。
そういえば、この日常も当たり前になってきた。初めは、智乃以外の誰かに挨拶されたということで新鮮さを感じたが、今はもう生活のピースとして定着している。
そう思うと、少し寂しい気がしてきた。
「ハルト、今日は頑張ろうね!」グッ
「そうだな」
結月が言っているのはテストの事だろう。実はここ数日での努力で、彼女はメキメキ学力を付けている。
確か今は、テスト範囲にはギリギリ及ばないが、中学の勉強に入っていた。ちなみに、心配の種であった課題も終わらせてある。
「こうして並べてみると、結月って凄いな」
「え、惚れちゃう?! 止めてハルト、恥ずかしいよ…!」
「…病院行くか?」
* * * * * * * * * *
雨の中を傘を差して歩き、二人は登校する。
教室に入った時には、もう大半の人が席に座って自習していた。
とりあえずという気持ちで、晴登は一人に近づく。
「ん、おはよう晴登」
手を上げて挨拶してきたのは大地。彼は自習している様子でもなく、というか特に何もしていない。
「おはよう大地。余裕そうな顔だな」
「出会い頭でその言葉ってどうよ。別に余裕って程もないけどな」
「ふーん」
大地の事だから嘘だと疑いたくなるが、そうも言ってられない。人に余裕を問うている余裕こそ、今の晴登は持ち得ないのだ。
つまり、今の会話はただの気の紛らわしだ。
「大丈夫、ハルト?」
「…何が?」
「隠す必要なんかないよ。ハルトってば、朝からずっとソワソワしてるもん。どうしてか知らないけど…何とかなるって!」
「結月…」
自分の方が厳しい状況にあるにも拘らず、励ましてくれる結月。その優しさに触れて、元気を出せない奴がどこに居ようか。
「…頑張ろう、結月!」
「うん!」
「」ニヤァ
「うおっ、莉奈!?」
「いや〜お熱いね。見てる私たちがお恥ずかしいよ」
晴登はその言葉を聞き、慌てて辺りを見渡す。
すると、クラス中の視線が晴登と結月の絡みに集まっていたことがわかった。要は、今までのやり取りを全て見られていたのだ。
決して目立ちたい訳ではない晴登が羞恥を感じるには、十分過ぎる攻撃である。
「晴登、一応お前らはそういう目で見られてるんだから、少しは時と場合を考えろよ?」
「……お、おう」
大地の言葉に、思わずしどろもどろ。
そういう関係になったつもりはないが、そうとして見られているとなると、やはり周囲の目も気にしなければならないようだ。
「え、何の話?」
「いやさ、俺たちが──」
「皆さん、席についてください」ガラッ
天然を顕にする結月に説明を試みようとした瞬間、山本が教室に入ってくる。時間を見ると、もう朝のホームルームの時間だ。
仕方なく、話の締まらないまま晴登も結月も席につく。
「それでは予告していた通り、今日はテストを実施します」
その一言でクラスは静まり返る。果たして、それが緊張によるものなのか絶望によるものなのか、原因は定かではない。
「5分後に始めます。各自、準備をして下さい」
そう言うと、山本はテスト用紙の整理を始めた。
──しばしの静寂。
各々は一体何を考えているのだろうか。
「ねぇ晴登」コソッ
「ん?」
「やっぱりボクも緊張しちゃうな…」
そもそものテストのルール自体、異世界人の結月は知りえなかった。晴登は一応教えているが、実際に結月がテストを受けるのはこれが初めて。
言ってしまえば、テストでルールを気にする必要はない。しかし、初体験というのは何だかんだで緊張するのだ。晴登が人に話しかけることができないことも然り。
だけど、晴登は笑顔で言った。
「大丈夫だって。結月もそう励ましただろ?」
「……そうだったね。うん、頑張る!」
晴登の言葉に安心したのか、結月も笑顔を返した。
ちょうど緊張が解けたところで、テスト用紙の配布が始まる。晴登は問題用紙と解答用紙を前から受け取り、背後の結月に回した。
「ふー……」
いざ解答用紙を目の前にすると、どうしても鼓動が早まってしまうだから晴登は深呼吸をして、リラックスを図った。
「皆さん、しっかり行き渡りましたか? それでは、テスト開始!」
──長いテストの時間が、幕を開けた。
* * * * * * * * * *
キーンコーンカーンコーン
「解答を止めてください。では、後ろから回収をお願いします」
終了のチャイムを起点とし、クラス全員が機械の様に用紙を回していく。
そして、回された用紙を山本が受け取ると、彼は時限の終わりを告げた。
「・・・終わったー!」
晴登は両腕を伸ばし、張り詰めていた気持ちを緩める。やはり、テスト後の開放感はとても心地良い。
「結月、出来はどうだった・・・って、おい!?」
「ふぇぇ……」グタッ
後ろを振り向いて見えたのは、無気力に机に突っ伏す結月の姿だった。今にも溶けたり、蒸発したりしそうなくらいに。
「大丈夫か?!」
「うん、大丈夫大丈夫……ただ、ちょっと疲れた……」
「ちょっとじゃないだろ!?」
ちょっとどころか、かなり消耗してる様子の結月。初めてのテストでここまで疲れるものなのだろうか。
昔の自分がどうだったかは思い出せない。
「さて、皆さん疲労が溜まっていることと思います。しかし、まだ一日は終わっていません。今から採点した分のテストを返却します」
「「「えぇっ!!?」」」
クラス全体の驚きの声が重なる。無論、晴登もその一人。
未だかつて、今日やったテストを今日受け取るなんて経験はない。
「静かに。今のところ、さっきやった数学のテスト以外は採点を終えています。これの見直しをしてる間に、数学の採点も終わることでしょう」
「どういう仕組みだよ…」
指摘せずにはいられないので、ボソッとツッコむ。
一体どんな採点システムが有るのだ、この学校には。
「では、まずは1時限目の国語から返します。名前を呼ばれたら受け取りに来てください。まず、暁君」
「はい」
気だるそうに席を立ち、解答用紙を受け取る伸太郎。その表情は終始揺るがず、どんな点数を取ったかなんて予想はできなかった。
尤も、そんな反応は伸太郎だけのようで、他の人たちは嬉し顔も苦い顔もオープンでわかる。
ちなみに、大地も反応は少し薄かったが、莉奈に至っては点数が低かったということが丸分かりな態度だった。
そしていよいよ・・・
「三浦君」
「は、はい」
晴登は緊張の面持ちで、山本のいる教卓に向かう。席が教室の後ろということもあり、教室の前にある教卓に向かう際は視線がよく集まって落ち着けない。
そしてやっとの想いで辿り着き、解答用紙を受け取った晴登は、点数を見て絶句する。
「は……89点…?」
決して、この点数が低いから驚いている訳ではない。むしろ逆だ。自分にしてはとても高い。
「夢か何かか…?」
しばらく点数を眺めてボーッとしてると、山本に席に戻るよう言われ、慌てて戻る。
「最後に、結月さん」
山本の結月への呼び方が変わったことはさておき、いよいよ結月が呼ばれる。彼女にとって、初めてのテスト返却だ。
少々動きのぎこちない結月が教卓に向かう。
「よく頑張りましたね」
「あ、ありがとうございます」
震える手で解答用紙を受け取った彼女は、真っ先に席に戻った。
その後、山本によって見直しの時間が設けられた。
「ねぇハルト、何点だったら良いの?」
「それは毎度異なるけど・・・80点取ってれば充分じゃないかな。ただ、結月の場合は難しいと思うけど……」
何せ彼女は、日本語を学び始めてから間もない。
それで国語で良い点数を取ることは、さすがに困難を極める。
「えーっと……ボクの点数は73点みたいだね」
「あーそっか・・・って、だいぶ凄くね?」
「間違ってる所は・・・記述問題ってやつみたいだけど」
「なら、漢字とか基礎はできてる訳か」
結月の理解力には本気で脱帽。まだ短期記憶が凄いって可能性も捨て切れないが、彼女は間違いなく逸材である。
約一週間で一つの言語を憶えるとか、とりあえずヤバい。
「これは他の教科も期待できそうだな。俺負けんじゃね?」
「え、ハルトを負かしたくない!」
「いや別に良いんだよ?」
本気でアタフタし出す結月を軽く諌め、晴登は次のテスト返却に備える。
国語だけが良くて、その他がダメダメ、だなんてことには成りたくないが・・・どうだろうか。
* * * * * * * * * *
「それでは、最後に数学のテストを返却します」
国語のテスト返却から1時間が経った。言い換えれば、この間に数学の採点が終了したようだ。早い。
ちなみに、今まで貰った他教科の点数についてだが・・・凄かった。本当かと疑うレベルで。
晴登は机の中から、社会と英語と理科の解答用紙を取り出す。その紙にはそれぞれ、
社会『86』
英語『83』
理科『80』
と点数が示されていた。
「……やっぱおかしくないかな、これ」
普段平均点の常連である晴登が、こんな平均点らしからぬ点数を取っても良いのであろうか。もちろん採点ミスも疑ったが、全然そんなことも無い。
──自分の実力で取った。
そう結論づけるしかないのか。だとしたら…超嬉しい。
「三浦君」
「はい」
自分の名前が呼ばれたので、返事をして解答用紙を取りに行く。不思議と足取りが軽く感じられた。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
晴登はその場で点数を見ることはせず、席に戻った。
「結月さん」
「はい」
今度は結月が解答用紙を貰いに行く。
ちなみに、彼女の他教科の点数も決して悪くはなかった。例えるなら、従来の晴登が取るような点数ばかり。
尤も、今回の晴登は今までとはひと味違う。
「この流れなら、きっと数学も良い点数なんだろうな・・・」ピラッ
その瞬間、晴登の指が止まった。
「なんってことだ……」
「ねぇねぇハルト、どうだった?」
解答用紙を持ち帰った結月が、驚きを隠せていない晴登に問う。晴登はギギギと機械の様に結月を振り向くと、震える声で伝えた。
「ヤバい、92点って・・・」
自分で言ってて、身体が熱くなるのを感じた。
90点と云えば、勉強できる奴の類だ。その中にようやく自分が入ったことが、とても嬉しい。いわば、有頂天状態──
「あれ、ボク95点だけど・・・」
「……え?」
晴れた気分は何処へやら、一瞬で晴登の表情は曇った。
* * * * * * * * * *
「それでは、テストの合計点、クラストップ3を発表します。今回は5教科ですので、満点は500点となります」
山本がそう告げたのは、テスト返却が終わってすぐのことである。結月に数学の点数で負けたことを引きずりながら、晴登はその話を聞いていた。
「それでは1位から・・・って、皆さんの予想通りです。暁君で500点!」
「「「おぉー!!」」」
クラス中でどよめきが起こる。確かにこれは予想通りだ。
それにしても、ずっと満点を取っていたのに表情を崩さなかったとか、慣れてるとしか思えない。恐ろしや。
「2位もこれまた妥当、鳴守君で486点!」
やはり大地か。特に勉強している素振りは見せないのに、この高得点。凄いの一言に尽きる。
「そして、今回はよく頑張りました。3位、三浦君で430点!」
「あー凄いな……って、へ!?」ガタッ
あまりの衝撃な出来事に、思わず席を立ってしまう。
……しまった、周りの視線が痛い。
晴登は一瞬で何事も無かったかの様に座り直す。
「俺が、3位…?」
万年平均点のこの自分が。例えクラスだろうと学年だろうと、中間の順位を取っていたこの自分が。
──まさかの、クラス3位?
そう察した晴登は、机の下で小さく──かつ、力を込めてガッツポーズをする。数学の件など、もうどうでも良い。とにかく"脱平凡"ができたことが、とてつもなく嬉しいのだ。
「凄いじゃん、ハルト!」
「そうだな・・・って近い」
「むっ…」
後ろから結月が机を乗り出して、どアップで近づいてくるもんだから、少し手で押さえる。彼女はムッとした顔をするが、如何せん仕方のないことだ。
ま、賞賛は素直に受け取っておこう。
「成績表は後で個別に配布します。今日はお疲れ様でした。では、来週も頑張ってくださいね
こうして、今日のテストは幕を閉じた。
「ん、来週…?」
そう、『今日の』は。
後書き
半月経ってようやく更新。テスト週間入って、忙しいったら有りゃしない。波羅月です。
・・・特に書くことありません。強いて言えば、テストは筆記試験だけじゃない、ということですよ。
ではでは早速、次回を書き始めますか。それじゃあ、また今度お会いしましよう!
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