飛べない揚羽蝶
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第五章
「あんた自身はね」
「もう、ですか」
「揚羽蝶よ」
立派なとだ、私は彼女に言った。
そしてその夜だ、弟がこの日も芋虫達に餌をあげるのを見ながらその弟に対して彼女のことを思い出しつつ聞いた。
「絶対にサナギから蝶々になるのよね」
「うん、成長したらね」
こう私に言ってきた。
「なるよ」
「そうよね」
「その為にも食べてもらってるんだよ」
餌をというのだ。
「今もこうしてね」
「たっぷりあげてるわね」
それもいつもだ。
「そうして大きくなってもらって」
「後ね環境とかにも気を付けてるし」
「病気とかにならない様に」
「うん、そうしていったらね」
「サナギになって」
「蝶々になるよ」
こう私に話した。
「絶対に」
「そうなのね、何時かは」
「なるよ、まあ芋虫達も努力してるしね」
食べてそうしてというのだ。
「育てる方だけじゃなくて」
「サナギ、蝶々になる為に」
「そう、努力しているんだよ」
「そうなのね」
「うん、そして食べて成長する努力をすればね」
「その結果なのね」
「蝶々になるんだ」
「じゃあ私も」
弟の言葉を聞いてからだ、私は自分のことも話した。
「努力して翻訳家になって」
「陸上に大会も出るよね」
「その為に頑張ってるのよ」
「じゃあ頑張ってね」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「いや、まだまだ揚羽蝶にはね」
あの娘のあの気品と色香を備えたそれでいて天然な笑顔も思い出して言った。
「七歳からなってる娘もいるからそっちもね」
「そっちもって?」
「こっちの話よ、まあそれは彼氏出来てからね」
「お姉ちゃん彼氏いないんだ」
「そうなの」
「早く作りなよ、僕もいるし」
「えっ、あんたいるの」
今日二度目の驚きだった、あの娘の時程ではないにしても。
「そうなの」
「うん、いるよ」
あっさりとした調子で返してきた。
「キスはまだだけれどね」
「それでもいるのね」
「そうだよ」
「まさか弟に先越されるなんて」
「悔しいとか?」
「悔しくはないけれど」
それでもだとだ、弟に返した。
「驚いたわ」
「そうなんだ」
「そっちも頑張らないといけないわね」
自分で思った、そのうえで弟がやった餌をむしゃむしゃと熱心に食べる虫達を見た。やがてサナギから蝶々になっていくその子達を。
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