入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第十話
上からエルフに狙われ、動くに動けない。僕から見えているのは二人だが、恐らく最低でも倍以上のエルフが僕を注視していると考えて良い。それだけ殺気が感じるのだ。
背後には出てきた通路がある。あそこまで行ければ向こうも手出しはしないだろう。
抵抗の意思の無さを示すために両手を上げ、ゆっくり下がる。退くには何もしないのか、エルフの殺気も少しだけ緩んでいる。僕は無害ですよ、だから帰してください。
じわりじわりと下がり、通路まで後少し、という所まで来て、森の茂みが揺れるのをエルフ達が振り向いて、驚いているのに思わず足を止めてしまう。まさか、モンスターなのか!?…いや、女性のエルフだった。
『姫様!?危険です、お下がりを!』
『コヤツもニンゲンにしては物分かりの良い方、態々労さずとも自ずと退きましょう!』
その通りですエルフ達。しかし、姫様と呼ばれたエルフは手の仕草一つで黙らせてしまう。
「善きか悪しきかは接すれば自然と分かる。彼の者は見ればこの地を訪れたばかり、斯様に排他性を見せれば我々が侮られよう」
静かだがよく通る声でそのエルフが語る。周りのエルフも従うようで、殺気が無くなった。
「者よ、無礼な真似をした。我が名は『リーシャ』、この者達を率いる長が長子。そなたの名を問いたい」
「…楠英司、ヨーンと呼ばれている」
僕の名乗りに、リーシャと名乗ったエルフは頷き、配下に何やら話している。にしても美形だよね、エルフって…、あの姫様は特にそうだ。まあ、エルフの女性は大抵スレンダーなのに彼女は豊満だけど。
ボンヤリと見ているとエルフ達が森の奥に入っていき、リーシャと僕が残される。??何なんだろう。
「フフッ…、身構えなくともよい。ただ人払いをしただけのこと。誰にも邪魔されず接したかったのでな」
二人っきりで接したい、ねぇ…。裏があろうがなかろうが、此処はエルフのテリトリーで、僕なんかその気になれば軽く処理できるのだから、他意はないのだろう。
「長らく他の種族と出会ってない故、我等は情報に飢えている。可能な限りで構わぬから、話してはくれぬか?」
「…その位なら…」
リーシャの要求も難しくはないので、知る限りの知識、情報を話していく。しかし、森の賢者とも時に言われるエルフは、知識に貪欲だった。
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「ヨーンよ、もっと知恵を授けよ!我等は知が増えるを何よりの喜びとする!」
「…あの、僕そろそろ帰りたいかなって」
出来る限りの筈が、気付けば要求が増えていて、寧ろせがまれる始末。コレなら本でも与えた方が良いかもしれない。
「帰る?…そうか、ヨーンは上からの到達者であったな。…次は?」
「あれ!?帰っていい流れじゃないの!?」
「ソレは…、分からぬ、何故だ?何故ヨーンを帰したくない…、この者を求めているのか?次代の長たるこのリーシャが…?」
答えに窮したようなリーシャは、俯くと自身に問い掛けるように呟き始めた。
「ヨーンが傍に…悪くない。だが、ヨーンにも日常はあろう…っ!?何だ…この痛みと苛立ち…、ヨーンの隣に自分以外が立つ姿を想像するのが、こんなに不愉快など…!」
声が小さすぎて何を言っているか聞き取れないが、表情が百面相をしている。貴重な光景だろう。
「駄目だ…出来ぬ!そなたを帰すなど出来ぬ!」
「アレェ!?アレェェ!?」
「我が心を揺さぶる、そなたは責任を取らねばならぬ!」
「僕何にもしてないよ!本当だよ!」
まるでリーシャを弄んだような発言に、必死に潔白を主張する。冗談じゃない、僕は帰るぞ!
是も非も無く通路に突入すると、リーシャも追ってきた。おい!エルフ達はいいのか!?
「あの者達には父が居る、そなたも是非父に紹介しよう!」
「今度でいいってば!」
ホット・ペッパーでグリーヴを点火、一気に通路を駆け抜ける。森では被害が怖かったので使えなかったが、石造りの通路以降なら問題ない。
「…って、はっや!エルフ超速い!僕もかっ飛ばしてるのに!」
「狩人として名高い我が一族でも、最優と称えられたこのリーシャを甘く見られては困る!」
エルフも広く定義すれば亜人に属しはするが、もう少し大人しい印象があった。エルフ元気すぎ。
通路を通り、下ってきた階段を昇り、見知ったダンジョンの中を飛び回る。それでも振り切れない。
「楽しいな、ヨーン!時にはこんな『遊び』も良い!」
「僕は楽しくないよ!」
出鱈目にフェイントを入れながら猛スピードでダンジョンを昇っているが、気分が高まりすぎたか、リーシャはいつの間にか手に槍を携えていた。
空気を貫く音と共に、質実剛健な拵えの槍が僕の周りを掠めていく。物凄く怖い。本気で動けなくする気満々である。
逃げるだけではどうしようもないと、僕はホット・ペッパーを構えた。
「戦士の気概も良し。ヨーンよ、このリーシャの槍を捌ききれるか?」
「やるさ、この炎で!」
意を決してリーシャとぶつかり合おうとした瞬間、リーシャが『糸』に絡め捕られていた。
「糸…蜘蛛さん!?復活していたのか!?」
リーシャを捕獲したのは、以前食べられていたスカルスパイダー。ボスモンスターは一定の期間で再度出現するので、現れてもなんの不思議もない。問題は生態である。
スカルスパイダーは産卵期に獲物に卵を産み付けるのだが、産み付けかたが、その、卑猥だったりする。Rが18なコンテンツだ。そして獲物は女性を好むので、冒険者の女性からはすこぶる嫌われている。糸が高級品なので、高額で取引されはするのだが。
で、その蜘蛛さんにリーシャが捕まったのだが、かなり大変な事態である。
「くっ、殺せ!辱しめを受けるより死ぬ方がましだ!」
こういう系統でお決まりの台詞を言ってくれるリーシャ。リーシャに近付く蜘蛛さん。…やれやれ。
「燃えろっ!!」
ホット・ペッパーで蜘蛛さんとリーシャを包む糸を焼く。少し熱いけど我慢してよね!
「ヨーン!…ヨーンッ…!」
「大丈夫、離れないで!」
自由になって僕に駆け寄り、背にしがみつくリーシャ。強がっていても、怖かったに違いない。
炎の中から蜘蛛さんが出てくる。焦げて弱ってはいるが、行動に支障は感じられない。でも僕の武器はホット・ペッパーだけじゃない。
「鳴神!」
蜘蛛さんに、鳴神最大の雷をお見舞いする。素材は惜しいが、リーシャの安全を省みれば、一番の選択だろう。雷により、蜘蛛さんが跡形も無くなったのを確認し、鳴神を戻す。
「…また今みたいな事になるかもしれない、リーシャ、動ける?」
「ヨーン…ヨーン…」
しがみついて震えたまま、僕を呼びながら動かない、動けないリーシャ。無理もない。僕が居なければどうなったか、身をもって体験したのだ。リーシャの反応が普通である。
「仕方無いか。リーシャ、ゴメンね」
「あっ…、よ、ヨーン…!」
リーシャをお姫様抱っこで抱える。軽いな、女の子って。
「少し恥ずかしいだろうけど、落ち着くまでコレで行くね。」
「…うん…」
僕の首に手を回し、安心したようなリーシャ。ともかくは安全な場所、受付に向かおうと僕は歩き出した。
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「…ヨーンさんのお話は分かりました。エルフの事も、ご本人が居られるので、事実と受け止めます」
「…………」
「また機会を見て訪れます。リーシャも送らなければならないですし」
首尾よく転移陣で受付まで帰還し、不満げなリーシャを横に説明に勤しむ僕。100階の先には森があり、エルフが居たという話はともすれば笑い話にされそうだが、リーシャが高らかに肯定した為に、真実として受け止められた。
「ですが青春ですね、ヨーンさん。モニターに写ってくる甘酸っぱさに、キュンキュンしましたよ?」
「?青春…ですか?…リーシャ分かる?」
やけに生暖かい視線を沢山感じるので、リーシャに訊くが、ソッポを向かれてしまった。
「やりますなぁ、ヨーン!」
「甘ったるさも時には悪かねぇな」
「エルフの姉ちゃん、ヨーンを宜しくな!」
各々好きに声を掛けてくる。リーシャが真っ赤になっていたが、どうしたのかな?
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事情があるとはいえ、リーシャを連れ出してしまったし、時間も遅いのでリーシャを泊める事になった。最初は女同士のほうがとリアさんにお願いしようとしたが、リーシャが強く僕の家がいいと主張し引かなかったので、僕が折れた。
そして寝るときは別々だったのに、気がついたらリーシャが隣で寝ていて飛び上がりそうになったりして、夜は開けていった。
そして、結果どうなったかと言うと…、僕の家にエルフが住み着きました。
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