フルメタ妄想最終回
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01
アマルガムに接収され、発電電力の大きさからも「ウィスパードが出現しなかった正常世界への帰還」を目指して空間へのアクセスが行われる装置が、この島にも用意され、カナメがその中心となるように準備調整されていた。
いつもならレナード・テスタロッサでも来て、気取った顔で何かご高説を垂れるか、何か嘲笑うような顔でもしながらマザコン野郎に笑われる時間だったが、今日は何故かカリーニン少佐が訪れ、カナメと話そうとしていた。
「やあ、カナメ君、気分はどうかね?」
「カリーニンさん、こんなとこまで連れ回されて、いい気分の訳ないじゃないですか? ここ、一体どこなんです? 北半球、西半球? ソースケは? テッサは?」
「順に説明しよう、ここは、あの懐かしのメリダ島だ」
「えっ?」
ソースケのアーバレストも壊され、テッサやマデューカスさんも行方不明。
トゥアーハー・デ・ダナンとか言う、一度自分がレディチャペルから操船した潜水艦も、どこにいるのか、生きているのかも分からなかった。
前回、自分を救出に来てくれたソースケやテッサを、ロシアの実験地で自分の体で射殺しようとしたのは記憶している。
だが重ね合わせの観測結果が違って、二人は生きている模様。
あの時間や空間がイカレてしまった原初の実験場所で、ウィスパード同士が会話したり接触すると、何かが壊れて時間が戻り、繰り返し、反響して、またやり直す。
そこからは何かに操られ、乗っ取られた体、それでもカリーニンさんは「君の意思で決めて欲しい」と言って、何かに乗っ取られた状態を嫌ってカナメの記憶と体を取り戻させてくれた。
「ソースケやデ・ダナンはここに向かっている、当然君を取り返し、我々の計画を邪魔するためにね」
「はあ」
そこで、どうしても確認したい話があり、それをカリーニンにぶつけて見た。この場所、この時間になら、何故か答えてくれそうな気もした。
「あの、どうしてみんなを裏切ったんですか? いつから、どうして?」
「ああ、私もそれを聞いて欲しくてここに来た。君は予言、ウィスパードが出現しなかったらどんな世界になっていたか、それを書き記した書類を見たことがあるかね?」
「いいえ」
「よく見給え」
カリーニンに手渡された資料には、年表に事実無根の情報を並べたような、冗談としか思えない物が並んでいた。
「え? 月着陸とか何ですか? ペレストロイカ、ベルリンの壁崩壊? ソヴィエト崩壊? ユーロ? ユーゴ、ルワンダ? 何の冗談です?」
「それこそが本来起こったとされている歴史だ。ブラックテクノロジーによる利益とドルを流し込まれ、アメリカの不安定化工作によって、ロシアと中国で共産国崩壊や内戦が起きているが、それが起こらなかった世界。核戦争による相互確証破壊も起こっていない世界。つまり「数千万人の死者や数億人の中国人難民が存在しない、平行世界を夢見た者が言い遺した、それこそが本来の歴史」なのだよ」
あまりに荒唐無稽だったが、カリーニンの迫力と本気の表情に押され、現実離れした自分の思考力とブラックテクノロジーの知識を動員すると、平行世界も存在し、ウィスパードなり「預言者」の類に薬物を投与して、リーディングなどでアカシックレコードに接触させ、星の図書館やブラックテクノロジーにアクセスし、異世界なりこの世界の本当の歴史を調べさせれば良い、その薬物が後遺症もなく、安心して使用できるなら自分で使って歴史を調べても良いと思った。
「それ、私にも見れます?」
「残念ながら、これを見た預言者は脳神経が焼ききれて死んだよ。この世界の歴史を記憶している図書や星の記憶ではなく、異世界の歴史書を調べたのだから、当然のように脳が破壊され、狂死する所を安楽死させた」
ミスリルには絶対にできない非人道的行為で、志願者か金銭によって契約して、遺族に大金が渡るよう手配して死なせたのだと理解した。
「そう、なんですか……」
もし東西陣営の核戦争によって、人類が滅びるような歴史なら、書き換えを断固拒否して自殺でもする。
しかしそれが数千万の死者が存在しない世界、数億人のロシア人と中国人が難民と化し、現在も流浪の生活をしていない世界が存在するなら?
もし国外に逃げられたり、レイプされたとしても生きているものはまだ幸せで、飢餓の中で草の根を齧ってでもまだ生きている者、奴隷として売られた者、食料にされる順を待つ者よりは、命だけでも永らえている分幸せなのだと思えた。
「君も知っているだろう? 難民キャンプでは公然と人肉の塩漬けが市場に並び、奴隷商人が子供も少年少女も売る、そして「使い終わった」者は分解されて西側に臓器として出荷され「部品取りした廃品」はスナッフビデオにでも出演する、見てみる勇気はあるかね?」
「やめてっ、見せないでっ、触らせないでっ」
そんな恐怖が接近してしまったので、カナメの恐怖はオムニスフィアに接続してしまい、現実に行われた悪魔教徒より酷い惨劇を垣間見せた。
「いやっ、イヤアアアアアアアアアッ」
英語で会話していたカナメは、日本語で悲鳴を上げた。嘔吐し、泣き叫び、被害者に同化してしまって狂い、その痛みを分かち合った。
かなり長い時間、カリーニンは待ち続け、カナメが回復するのを待った。
「続けて構わないかね?」
「は、はい……」
吐くものが無くなり、水を飲んでも吐き、また飲んで吐いたが、接続を切られて恐怖や苦痛が去って、嘔吐感にも終わりが来た。
「私にも妻と息子がいた。「本当の歴史」ではどうなっているかは分からない。それでも国を離れてからも、祖国や別れた妻を心配するのは理解して欲しい。知人を頼って祖国の現状を知ろうとしたが困難でね、それでもある日、ある組織から通知が来て、妻の末路を教えてもらったよ」
空虚な表情がすべてを語っていた。内戦で碌でもない死に方をして、爆撃で粉々になって、いつ死んだかも分からないで故郷の土に帰れたならまだ幸せで、辛い、苦しい死が待っていて、生まれてきたのが間違いだったと思わされる非業の死、それがカリーニンの妻にも息子にも降り掛かっている。
「別れた妻は、侵攻してきた共産軍に陵辱され、西側の外貨を得る方法がある売春婦として始末され、広場で高い場所に吊るされた」
子供もなくし、困窮し尽くした別れた妻からの惨めな手紙に答え、ドルや紙くずのようなルーブル紙幣、郵便局で盗まれて届かない食料を送ったと思われるカリーニン。
それこそが外資で体を売った売女として、妻を殺してしまったのだと教えられ、カナメも新たな嘔吐感に襲われた。
「私たちは平和に暮らしていた。朝の六時にラジオから国歌が流れ、貧しくても、配給がなくてもだ。息子を亡くし、妻と別れ出国して傭兵となるまでは、贅沢な食事も商品が尽きないスーパーマーケットも見たことが無かった。ブラウン管テレビも見れなかった、それでも、それでも内戦までは幸せだったんだ」
涙を流し、静かに語りかけてくるカリーニン。結論を出すのは急がれなかったが、自分や両親が核の炎に焼かれずに済み、今聞いた全ての悲劇が無かったになるなら、自分自身が生まれて来なくても良いとまで思った。
ウィスパード全員が生まれて来ず、テッサもレナードも存在せず、ソースケと会わずにいたとしてもそれは悲劇ですら無い。最初から居ないのだから。
「カリーニンさん」
「済まない、感情的になってしまった。この地獄を続けるか、全く違った歴史を送った世界に生きるか、どのような世界にするかは君が決めてくれ、それでは失礼する」
感情が抑えられなくなったカリーニンは、静かに退出してドアを閉めた。
自分にカリーニンのようなことが起これば、世界を呪って消してしまうだろう。核の炎が全世界に降り注ぎ、呪われた人類がこの世に存在しないよう、人間達が望んだ「誰も生きていけない世界」をプレゼントしてやろうと思う。
それでも一瞬、自分が切ってやったボサボサ髪、目だけがギラギラ光るような精悍な少年、その思いだけが一瞬よぎり、サイードも死なず、子供の頃の砂漠の仲間達も失わないで、幸せな人生を送らせてやりたいとも思った。
「サイードって誰だっけ?」
カナメの体と胃袋に、休息が必要だった。まだ昼だが昼食は食べられそうにない。
ベッドに横になったカナメは、目を閉じて休息した。
眠っている間にも、無駄な情報が流れ込んでくる。クリアランス、清掃、浄化、アメリカ大陸で行われた民族浄化、インディアンと呼ばれた人々の終わり。天然痘の毛布をプレゼントされ、家族も恋人も、兄弟も親戚も、皆等しく命を奪われこの世を去った。
ホロコースト、せっかく救われた人も、西側で固形物を胃に詰め込めるだけ詰め込むと、胃痙攣で死んだ。本当の飢餓を知っているロシア人は、ポーランドなどで救い出した終末収容所で、スープやシチューから与え、決して暴飲暴食させ無かったので、死者が少なかった。
彼が叫んだ「人民の食料である穀物を食い荒らす、スズメは人民の敵だ!」軍隊と農民一同でスズメを狩って食べた。害虫を食べて生きていたスズメが、害虫を食べなくなって草も木も枯れ果てて2千万人死んだ。今までで一番沢山死んだ。
ウクライナ人は不要、そう考えた彼はシベリアに送り込んだり、食料の配給を止めた、1400万人死んだ。
モンゴルでは共産主義になって3分の1が粛清や政治犯として亡くなり、もう3分の1は強制収容所で死んで、戦前の3分の1だけが生き残った。
ユーゴ、ボスニア、ルワンダ、スーダン。ああ、彼らはこの汚れた世界から救われ、清潔な世界へと旅立ったのだ、では私もその手伝いをしよう、そうだ、そうしよう!
「決めた、人類を滅ぼそうっ」
爽やかな気分で目覚めたカナメは、満面の笑顔でそう言った。
生きていたくない人類には、まずは相互確証破壊で核戦争。人類全滅には少々足りないが、旧型のICBMはどちらも同盟国に飛ぶ、敵じゃない、もちろん味方に。
それから僻地やシェルターにいる奴をどうやって全滅させるか? 核の冬でも死なない、赤道で涼しく過ごす奴もいるだろう。
疫病でも死なない、イナゴの大群でも死なない、ツァーリボンバでも出させて、本気で爆発させて地球の軌道でも変えてやろうか? 隕石か月でも落として粉々にしてやろうか?
「まず魚類が上陸したのが間違ってるな? あんな獰猛な肉食魚、何かおとなしいの無いか? まあここは虫だろうな」
生物が魚類から進化し、川から陸に上陸して、爬虫類、哺乳類、霊長類になったの自体が間違っている。
虫をベースにした、単独では感情も持たない機械、群体として初めて成立するような生き物、それが「この星を継ぐもの」としてふさわしいと考え至ったカナメは、魚類まで絶滅させる良い方法は無いかと考えた。
「海から獰猛な生き物を進化させ、この星を支配させると同じになる。まあ酸素濃度でも減らすか、ベテルギウスでも爆発させて、ガンマ線バーストこっちに向けるかな?」
新しい世界を作るのに、どんな世界が最適か? そう考えると人類ではダメで、別の生命体が必要になる。
何しろ自分は新しい世界の神なのだから、何でも思い通りに出来る。破滅でも破壊でも、でも悲劇はダメ。
午後に会ったレナードにこの考えを伝えると、最初はキョトンとしていたが、大爆笑してくれた。
この世にこんな面白い話、素晴らしくて楽しい話があるのかと笑い、今までの人生で一番楽しかった話だと喜んで協力を言ってくれた。
ほんの数百万年余計にかかるが、人類としてではなく、虫の一種としてミツバチやスズメバチのような生活をして、蟻のような群体として生きる。
カリーニンも予想を超えた話で度肝を抜かれたようだったが、やがて穏やかに笑って賛同してくれた。この世を仲間とは争わない、イジメも差別も何もない世界にしよう。
「え? あんた達だって「おい帰国子女、学校嫌なら三階から飛び降りろよ、死なないで骨が折れるだけだから飛べよ」って言ってたじゃない「冗談冗談」って笑ったでしょ? うん、軽い冗談、冗談で人類滅ぼすだけだから、あんた達も笑って死になよ、きゃはははははははっ」
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