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女の執念

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第一章

                女の執念
 土佐の国の話である、時代は鎌倉時代のはじめ頃であろうか。この国の麓に成吉という者がいた。歳は四十位で猟師をして暮らしていた。この成吉にはお幸という女房がいたが成吉は村人達と飲む時によく愚痴っていた。
「とかくな」
「ああ、御前さんの女房はな」
「どうもな」
「あれだ、嫉妬深くてな」
 濁った白い酒を飲みつつ愚痴るのだった。
「大変だ」
「そうだな、あそこまで嫉妬深い女はいない」
「そうはな」
「滅多にいないぞ」
「だからじゃ」
 成吉はまた言った。
「困っておる、狩りに行く時もな」
「その時もか」
「御主について行くのか」
「そうしておるのか」
「信じられぬな、前はそうでもなかった」
 そこまで嫉妬深くなかったというのだ。
「しかし近頃な」
「特にか」
「嫉妬深くなってか」
「それでか」
「そうする様になったか」
「うむ」
 そうだというのだ。
「これがな」
「それはまた凄いのう」
「嫉妬深いにも程があるぞ」
「狩りにまでついて行くとは」
「そこまでとは」
「家の仕事もせずにじゃ」
 女房の仕事だがそれも捨ててというのだ。
「そうしてくる、どうしたものか」
「それは困ったな」
「家も荒れるな」
「それでは離縁してはどうじゃ」
「家のこともせずそんなことでは」
「どうにもならぬわ」
「今もついてきそうで怖かったわ」
 成吉は困った顔で濁った酒を飲みつつ言った。
「寺に行くと言って来たが」
「実際にそうじゃしな」
「こうして境内で飲んでおるしな」
「賭けをしながらな」
「そうしておるがな」
「そこまでついて行こうとしたのじゃ」
 とかくだ、お幸の嫉妬はそこまで凄まじいというのだ。
「どうしたものか」
「そこまで嫉妬深いのなら」
 ここまで話を聞いていた寺の住職の法善が言ってきた、住職自身は賭けには加わっていないが賭場を貸しているのでここにいるのだ。
 住職は般若湯という名の酒を飲みつつだ、成吉に話した。
「近いうちにです」
「近いうちとは」
「その嫉妬が心を蝕み頭や血にいって」
 そうしてというのだ。
「死に至るでしょう」
「そうなります」
「気を病めば身も病みます」
 法善は若い、まだ二十代だ。端整な顔であり背筋はしっかりしている。法衣も袈裟も実によく似合っている。 
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