最高の妙薬
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第一章
最高の妙薬
イヴァン=ドストエフスキーはこの時すっかり塞ぎ込んでいた、塞ぎ込むには普通は理由があるが今の彼はというと。
「まただよ」
「またなんだね」
「うん、まただよ」
沈んだ顔と声で家の中の安楽椅子に座ったうえで同居している学友のアレクセイ=タガローコフに答えた。
「何もないのにね」
「今度は君がだね」
「こうなったよ」
こう言うのだった。
「タスカーになったよ」
「やれやれだね」
「全くだよ」
その大柄な身体を安楽椅子に横たえさせたうえで言う、蜂蜜色の髪は癖があり顔は白い。灰色の目の光は今は弱い。
そのうえでだ、アレクセイの黒い髪と顎髭が印象的な顔を見つつ言った。彼も大柄でありしっかりとした体格だ。
「何もないのにこうなる」
「ロシアはね」
「何もしたくなくなるし」
「暗くなる」
「何だろうね、これは」
「まあ昔からあるからね」
それこそロシア文学では常に出て来る言葉だ。
「タスカーは」
「ソ連時代もね」
「あるからね」
「言っても仕方ないかな」
「ロシアにいれば」
それこそというのだ。
「やっぱりね」
「逃れられない」
「そうしたものだよ」
タスカー、それはというのだ。
「塞ぎ込んでしまう」
「時々意味もなく」
「そうなることはね」
こう二人で話す、そしてだった。
そのタスカーに罹っているイヴァンはアレクセイにだ、あらためて言った。
「暫くこうしていようか」
「タスカーが去るまではだね」
「どうしたものかな」
「何か予定はあるかい?」
「実は明日彼女とデートの約束があるんだ」
イヴァンは安楽椅子の上に寝そべったままアレクセイに答えた。
「だから出来ればね」
「明日までにはだね」
「タスカーを解決したいけれど」
それから逃れたいというのだ。
「やっぱりね」
「それじゃあ何とかすべきだね」
「どうしようかな」
「そうだね、サウナに入って来たらどうだい?」
アレクセイはまずこちらを提案した。
「そうしたらどうだい?」
「サウナかい」
「どうだい?」
「そんな気分でもないね」
塞ぎ込んでいる顔での返事だった。
「とにかくね」
「何もしたくないんだね」
「そうした気持ちだよ」
「まさにタスカーだね」
「明日もタスカーに罹ったままだと」
「デートどころじゃないね」
「うん、だから何とかしたいけれど」
イヴァン本人としてもだ、ロシア独特の厚い壁と三重の窓に覆われた冬の寒さのことを十二分に考慮した部屋の中で言う。
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