ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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外伝
外伝《絶剣の弟子》⑩〜rising hope〜(外伝最終話)
前書き
大変お待たせしました。これにて外伝は完結です。
木々の間を風が吹き抜けて行く。とは言ってもここはアルン高原であり、森というほど木が鬱蒼と茂っている訳ではない。十数人のプレイヤーで周囲を取り囲める程度の面積しかない。そして、今18人のプレイヤーがそこを囲んでいた。
「…………」
息を潜めながら索敵スキルの探知を何度もかけ直し、何度も数え直す。数は変わらず18人だ。
「……もうやだ」
うんざりしたため息を1つ吐き、音を殺しながら背中の剣を抜く。その刀身は鋼ではなく、半透明の結晶を剣の形に加工したような印象だ。実際にはリズベットさんが通常の鍛治の過程を踏んで作ってくれたのだが。
じりじりと囲いを狭めてくるPKプレイヤーたちは妙に統制が取れている。これは別の場所に指揮官がいると見て間違いない。
「…………」
まだ見ぬ指揮官を見つけようと、また探知を巡らすが範囲外に居るのか隠蔽のスキルに長けてるのか見つからない。PKプレイヤーに狙われるようになってからは索敵スキルの熟練度を意識して上げているが、未だ付け焼き刃の域は出ていないレベルだ。
そんなことを考えていると、木々の間を風が通り抜ける環境音の中に異音が混じる。低音で気付きにくいよう工夫されているが、ここまで静かだと低音の呪文詠唱でも分かりやすい。
「…………っ!」
しゃがんでいた木の枝に足をかけ、体を後ろに倒す。放たれた矢がさっきまでいた場所を通り抜けてどこかの木の幹に刺さる。矢は1本だけでなく、次々と撃ち込まれてくるが、その都度木々を遮蔽物にして凌ぐ。斉射は2分ほど続けられたが、何とか全て避け切った。
辺りからは苛立ちの声が聞こえ、散発的に矢や魔法の攻撃が飛んで来るが、当てずっぽうが当たるほど腑抜けてはいない。
PKたちは次に、剣を抜くと数人ずつ木々の中に入って来た。大人数が一度に入れるだけの広さはないので4人ずつの小集団が2つだ。元々ここへ逃げ込んだのはこの状況を作り出す為で、慌てることはない。
気配を悟られないように、隠蔽スキルで索敵を妨害し、同時に木々を跳び移る足音を消しながら小集団の背後に回る。
(後5歩……3歩、2歩……今!)
今立っている木の幹に取り付けられた紐を引っ張ると、眼下の小集団の中で最後尾を歩いていたプレイヤーが猛烈なスピードで浮上して来る。
「ガッ……⁉︎」
首筋の後ろが足下の木の枝に強く打ち付けられ息が詰まると共に、突然の事態が吊り上げられたプレイヤーを激しく混乱させる。
俺は剣を逆手に持つと、プレイヤーが思考を取り戻す前に急所である後頭部を貫いた。
体がリメインライトに変わっていくのを確認すると、小集団の後方に着地。その気配を悟られる前に最も後方にいるプレイヤーの心臓部分を突き刺した。声も挙げられないまま、そのプレイヤーはリメインライトに変わって俺の道を開ける。
次の1歩で次のプレイヤーを殺傷圏内に捉え、剣を横に薙いで首を斬りとばす。残りは1人だ。
最後の1人は何かを感じたのか、徐に後ろを振り向く。そこにあるのは後方に居た面々の死亡を表すリメインライト。即座に状況を悟ったプレイヤーは声を上げようとするが、それは叶わなかった。
後ろから取り付き口を塞ぐと、素早く顎の下から脳天へ剣を刺し込む。相手は痺れるような不快な感覚に構わず、声を上げるが篭ったような声は遠くへは響かなかった。
「……よし」
剣を鞘に納めると、索敵スキルを発動させてもう1つの小集団の位置を確認する。運の良いことに、こちらも予定位置に侵入していた。
ポーチから赤いガラス玉を取り出し、空に放り投げると再び抜刀してそれを斬りつけ、砕く。直後、小集団を察知した付近の空間から爆轟が響き、その反応が消失する。
木々の周りを取り囲んでいたPKプレイヤーたちは驚き、状況を確認する為現場に集まっていく。包囲は完全に解かれた。
「……逃げよ」
半数近くは葬ったし、これ以上の直接迎撃は危険だ。姿を現さなかった指揮官は気になるが、ここはもう逃げ切れるだろう。
爆発地点と逆に林を飛び出すと、首都のアルン向けて全力で翔んで行く。途中、高度を上げながら再びポーチから赤いガラス玉を取り出すと、今度は自然に落下させる。
数秒後、一際大きな爆音が後方で轟いた。
オフ会に行ってから今日で1週間。今日まで代わる代わる色々な人に修行に付き合って貰った。最初の頃とは違って、相手の攻撃に全く反応出来ないということは無くなったし、剣筋を目で追えるレベルにはなった。モンスターを相手取っても、感覚でどの程度の相手なのか、どんな動きや攻撃があるのかが分かるようになって来た。
それは、仮想世界に慣れて来たことに加えて、長いこと胸の内にあった後悔が少なからず取り払われたことによって、余裕が生まれたことに起因すると考えている。小学5年生のあの時からこの間まで、何をするにしても頭の片隅に、拭っても拭いきれない汚れのようにあった後悔が薄れたことは俺自身を驚くほど変えたのだ。
余裕が出来たことからまず最初に決めたのは、自分が巻き込まれているトラブルを解決することだった。《狩猟大会》というPKたちの非公式の催しについては昨日、ALOの運営から正式に「注意喚起」が出された。黙認とも言えなくもない対応に俺は驚いたが、カイトさんたちが言うにはこういった対応は珍しくないのだそうだ。プレイヤー間の問題に対して運営が裁量することは基本的に無く、プレイヤー間で解決することが推奨されている。解決の方法として戦闘による解決が示されていて、事実その方法が採られることが多いとか。
「まあ、群がってくるPKにいきなり1人で対処しろって言う程鬼じゃねぇ。相応の戦い方くらい教えてやんよ」
その方法とはシンプルで、簡単に言えば罠に嵌めて敵を混乱させ、その場から素早く離脱するというものだ。PKに対して馬鹿正直に真っ向から戦う必要は無い、と教えてくれたハンニャさんは言った。
罠を張って誘い込み、少人数ずつ確実に仕留めていけばこちらの損耗を抑えつつ相手の数を減らすことが出来る。
その教えの通り、ここ数日ALOで狩りをする時は、近辺に予め罠を張った上で索敵スキルの警戒網を敷いている。
装備も当初予定していた武器を、そこから発せられる音やエフェクトが減衰する改造を施し、金属系の装備をなるべく減らして隠蔽率を上げたりと、盾剣士でありながらシーフクラスに少し寄った装備と、技術指導も受けたりした。
まあ、そこまで自分の戦闘スタイルに強い拘りはないし、手札が増えることは良いことだと思うので自然に順応出来た。
流石に街中で襲われることはないので、アルンに着くと少し緊張を解く。アルヴヘイムは丁度日の出の時刻となり、東側から太陽が昇って来るのが見えた。
「……現実じゃもう夜更けなんだけどね」
欠伸を噛み殺し、宿への道を歩いていく。周りでもそろそろお開きという感じでプレイヤーたちが挨拶を交わしていた。
「ん……?」
「お?」
中央広場へと続く街道をとぼとぼと歩いていると知り合いが立っていた。2メートル近い長身、布中心の軽装防具と、対称的にプレイヤーのアバターほどの刃幅がありそうな巨剣を背負った人物は兜を取り、手を挙げながらこちらに寄って来る。
兜の下は爽やかなイケメンだ。これがアバターの補正ではなくリアルフェイスだと言うのだから世の中の理不尽が伺える。
「リオさん。こんばんは」
「おう。今帰りか」
「はい……例のPKに途中で追われて逃げ切るのに手間がかかりましたけど」
「そりゃ災難だったな……」
同情するように肩をポンと叩いて来るが、リオさんは筋力強化系にスキル振っている脳筋ビルド。その衝撃は普通に立っているだけで困難だ。
「なんかもう、慣れましたけどね……」
「慣れちゃいけねぇよなぁ……まあ、今週中には終わるっぽいし、後少しの辛抱だ」
「ほんとですか」
「ああ。全く絡まれなくなるとは言わねぇが、今よりたち悪く付け狙われるってことはなくなるはずだ」
それでもホッと胸を撫で下ろしていると、目の前にメッセージウインドウが開かれる。宛先は目の前にいるリオさんだ。
「例のクエスト、その日で決まったんだが。都合、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。すみません、わざわざ調整して貰って」
「なに、良いってことよ。近々うちのギルドでも攻略しようって言っていたクエストだ」
技術面ではシーフクラスのようなことを教えられつつも、別に盾剣士をやめた訳ではない。装備の改修も最低限だけで方向性は最初と同じだ。
最初の頃、リズベットさんに勧められた盾を作るのに必要な素材をドロップするモンスターは尋常ならざる強さで討伐実績も数える程しか無いという。
その為、今回ばかりはオラトリオ・オーケストラの攻略に便乗してその素材を狙うことになっていた。
「んじゃ、そろそろ俺も落ちるわ。気を付けて帰れよー」
「あはは。リオさんもお気を付けて」
ギルドの支部でログアウトするリオさんと別れて、俺は何時も利用している宿に入ると、アイテムの整理もそこそこにベッドに腰掛ける。このまま寝落ちをしても良いが、生憎夕飯の洗い物がそのままなので、寝る前にしておきたかった。
ログアウト処理が終わり、仮想世界とは違う重力の感覚に体を慣らすとアミュスフィアを取って、椅子から立ち上がった。
部屋は少し前から様変わりしてして、一人暮らしを始めた頃の殺風景さは無くなった。棚は明るい色のものに買い替え、その上には小物が色々と飾ってある。窓際には観葉植物が飾られ、小さな花が咲いていた。
「……ああ、そうだ」
あまり水やりをしなくて良い品種の筈だが、確か最後にしたのは一昨日の夜だった。プランターの横に置いてある小さなジョウロに水を入れ、ついでに洗い物を終わらせてから少しずつ鉢の中に水を注いでやる。自分でも意外なことだったが、案外植物を育てるということは楽しく感じる。余裕が出来たらミニ家庭菜セット的なものでも買ってみようかと考えつつ、歯を磨いて寝る支度をする。
寝坊しないようアラームをきっちりセットして横になると、そのまま沈むように眠りへ落ちていった。
「なあ南」
「うん?」
土曜日。今日の夕方は例のクエストに行く予定になっている。長丁場になっても良いように、半日授業が終わると買い物を早めに済ませる為に急いで帰り支度をしていると、近くの席のクラスメイトが話しかけて来た。
最近になってよく話すようになって、最近ではVRゲームにも興味を示しているという。いつか一緒に遊べれば楽しいだろう。
「お前、少し前にゲームの中でたちの悪い連中に付け狙われてるって言ってたよな?」
「え……あ、うん」
その内容に少し驚いて小さく頷き肯定する。するとそいつは少し眉を顰めて顔を近づけて来た。
「多分、それっぽい掲示板見つけたんだけどな。一部の奴らがお前のリアルを割ろうとしてるって」
「な⁉︎……いや、でも俺……ゲームの中で個人情報を喋ったりしてないぞ?」
「ああ。見てる限り大した進捗はない。けど、お前がよくゲーム内つるんでる人たちに、"あのゲームの生還者達"が居るんだろ?そいつら、何でも当時のアカウントをALOでも使ってて、その影響でアバターとリアルの顔がほぼ一緒みたいなんだ」
最近知ったのだが、それはALOにおける公然の秘密のようなものだった。そもそも、ALOにあのSAOの舞台《アインクラッド》が実装された時に、SAOのデータそのものが残されているという事実が発覚し、ならばプレイヤーのデータも……ということを元に広まった説で、それが事実であるという証明も既に成されていた。
「まさか……そこから辿られる、とか?」
「ああ。オフ会とか、偶にやるんだろ?掲示板にそういう書き込みがあったから、ちょっと気をつけろよって」
「分かった。ありがとう、教えてくれて」
「いや、俺もそろそろバイト代貯まって来たからな。俺が始める時に知り合いが妙なことに巻き込まれてたら面倒だろ」
照れ隠しかそんなことを言うクラスメイトに再度お礼を言うと、今度こそ荷物をまとめて学校を出る。携帯に電源を入れると電話帳からカイトさんの連絡先を検索し、コールする。10秒ほど呼び出しが続くと「あいよー」と気の抜けた声が耳に入って来た。
「すみません、カイトさん。今大丈夫ですか?」
『おう。丁度今学校が終わったところだ。どした、今日のことか?』
「いえ、今日のことではなくさっき友人から聞いたんですけどーーー」
俺はカイトさんにさっき聞いたばかりの話を伝える。カイトさんは黙ってそれを聞き終えると、少し真剣な口調で答えた。
『ああ。そんな輩は帰還学校が始まった当初から居たよ。だからうちは普通の学校より警備員は多くいるし、セキュリティも最新式だ。校内に居る分にはほぼ安全なんだが、登下校中は何ともし難い。学校でも集団での登下校を推奨してるし、用心深い奴らは家族に送り迎えして貰ってる……ただまあ、俺らは精々集団下校程度だし、人数も点々ばらばらだ。危ないことには違いない』
「大丈夫、なんですか?皆さんは……色んな意味で有名ですし」
『そうだなー……今のところこれと言って危ない感じはしないな。まあ、忠告ありがとうよ。声のかかる範囲には注意しておくわ』
「はい。……じゃあ、今日はよろしくお願いします」
『おう。あ、そうだ。暇なら準備運動がてら集合時間前にデュエルでもしようぜ』
「あ、はい。喜んで」
元々早めにログインして装備を整えるつもりだったので時間が早まったところで特に問題はない。そうと決まればなおのこと買い物を早く終わらすべく、早足で駅へ向かった。
準備運動という名のデュエルは何故かバトルロワイアルの大乱闘に発展し、優勝したユウキさんがイェーイと出して来た手とハイタッチを交わす。少しは強くなったと思ったが、ユウキさんとは二合打ち合ったところで後はフルボッコにされ、敗退条件の3割以下までHPが削られてしまった。
「師匠越えはまだ厳しいみたいね」
「まだ当分無理っす……」
砥ぎ石にから武器を離したリズさんは、その刀身をススッとひと撫でしてからこちらに渡して来る。
「もう少ししたら、もう1段階強化してみる?その剣」
「えっと……そうですね。その時はリズさんにお願いします」
重みを確認して背中にそれを納めると、じっとリズさんがこちらを見て来る。心なしか少し頰の気色が良いような……?
「……な、何ですか?」
「……いや、無いわね」
「え?」
「何でもなーい。ほら、とっととレイドの編成して来なさい!」
鉄製のガントレットを装備したその拳でドン、と胸をど突かれ追い払われる。
「何も殴らなくても……」
HPダメージが適用されない絶妙な力加減だったのか、視界の端にあるバーに変化はない。鈍い衝撃を受けた感覚を手でさすりながら紛らわしていると人だかりが見えた。
集合場所になっている《オラトリオ・オーケストラ》のアルン支部前には約60人のプレイヤーが集結している。内、今回の戦闘に参加するのは49人の1レイド上限一杯だが、他のメンバーは《オラトリオ・オーケストラ》の整備部隊だ。戦闘に参加するメンバーで《オラトリオ・オーケストラ》以外のメンツはユウキさんが率いる《スリーピング・ナイツ》+アスナさんのパーティー、キリトさんの友人だと言うサラマンダーのクラインさんが率いる《風林火山》、それと何故か自分がリーダーということになっている、リズさん、リーファさん、シリカさん、シノンさん、エギルさん、セラさんの3パーティーだ。
「あの、キリトさんは?」
いつもこのメンツを率いている(ように見える)人の名前を出してみると、代表して妹のリーファさんが答えてくれた。
「お兄ちゃん、直前になって都合が悪くなったって言って……急遽代打で私が来たんです」
「唐突なのはいつものことだけど、無責任なのは珍しいわね?しかも、あいつがゲームより優先する用事?」
中には初聞きの人も居たらしく、シノンさんが小首を傾げながら言う。
「いやそれが……ALOには居るらしくって、なるべく早く合流するって」
「はあ……?」
「期間限定のクエストとかでしょうか……?」
「今そんなのやってなかったと思うがなぁ?」
その言には他の面々も首を傾げるが、居ない人のことをいつまでも気にしていたら始まらない。とりあえず言いたいことを言わせてもらう。
「何故、俺がパーティーリーダーなんですか」
「それはあんたの師匠の意向だから」
「俺の意思なんてなかった……!」
そもそも今回のターゲットすら見たことのない俺がパーティーリーダーなんぞやって良いものなのだろうか。交戦経験のあるリズさんやリーファさんがやるべきなのではないかと思う。
しかし、抗議しようにもメンバーたちはそのことを特に気にしていない様子でアイテムの確認なんかを始めてる。
「大丈夫ですよ、ライトさん。何事もチャレンジです!」
「私も出来る限りフォローします」
軽く絶望に浸ってるとシリカさんとセラさんが慰めてくれる。2人とも歳は近いはずだが、属性的に何となく妹に囲まれている感じがして癒された。実際には居ない故の感想かもしれないが。
「じゃあ、頑張ってみますよ……」
気乗りはしないが、何事もチャレンジというシリカさんの言葉には一理ある。幸い周りの人たちは自分より実力者である訳でフォローも期待できる。練習と思えば良いのだ。
しばらくするとカイトさんから号令がかかり、出発の空気が漂う。次いで陽気な音楽と歌が響いて来て、飛行速度が上がるようなバフがかかる。聞こえてくる方向を見てみれば、カイトさんの横で副リーダーのホルンさんが楽器を演奏しながら歌っていた。出発前のファンファーレとは少し小洒落ているが、ステータスとは別に気合いも入るというものだ。
そして、出発時刻丁度。49人のプレイヤーたちは順に翅を展開すると次々と飛び立って行った。
今回の標的、《The brightridge》はALO屈指の巨体を持つモンスターで、その大きさは実際に火山を1つ背負っているという。輝く嶺という名前はここから来ているらしく、付近のプレイヤーたちには火山弾を降らせ、遠方のプレイヤーには角から熱線攻撃を行う。その他、ストンプ攻撃の余波で周囲の地形からの落石、その巨体をも浮かび上がらせる力強い羽ばたきからの岩石嵐など厄介な攻撃が目白押しだと言う。
少し前までこのモンスターが出現するのはとあるお使いクエストの途中で、倒すことが困難なレベルのモンスターとして出て来ていたが、丁度俺がALOを始めた頃に専用の討伐クエストが用意されたらしい。アルン高原南部の竜の谷の一角でそのクエストは発生しており、クエストフラグを立てる直前で一度休憩が取られていた。
「……あの、セインさん」
「どうしたんだい?」
「出発前は時間がなかったので今訊くんですけど……正直パーティーリーダーの役割が分からなくて」
「ああ。無茶やらされてるみたいだね」
ご愁傷様、と。セインさんが苦笑いする。セインさんはパーティーリーダーではなかったのであわよくば代わってくれるんじゃないかと淡い期待があったがそんなこともなく……。
「うん。ライトは難しく考えなくて良いんじゃ無いかな?」
「……どういうことですか?」
「例えば……君の師匠のユウキちゃんはギルドリーダーでパーティーを組む時も大体リーダーになるけど、実際あのパーティーの指揮を執ってるのはシウネーやアスナさんだし、ユウキちゃん自身は皆んなを鼓舞したり、先陣切って斬りかかったりしてるだけなんだよ。パーティーの空気作り、というのかな?リーダーっていうのは何も一から十までをコントロールする存在じゃないんだ」
「……つまり、自分に出来ることをする、という?」
「簡単に言えばそうだね。ライト君は最近、色んな人の戦術や技術に触れて来た筈だよね?それもまた活かして、ライト君の出来るリーダーをやれば良いんじゃないかと思うよ」
自信には繋がらなかったものの、セインさんのおかげで肩の荷が下りたような気がする。何となくだが、戦闘中にどんな立ち回りをすれば良いのかが見えて来た。
「ありがとうございます、セインさん」
「気にしないで良いよ。無茶をよく押し付けられる仲間のよしみってことで」
「あ、はは……」
笑えない冗談である。
と、そんな話をしている間にクエストフラグが立てられたというメッセージが表示される。そろそろ出発するらしい。
以前、大ムカデ《The tenfoldcentipede》と戦った時よりはるかに多い人数が参加してる。これだけの規模のレイドに参加するのはもちろん初めてだった。
ボス攻略というものは、基本的に人数が多ければ多いほど戦略幅が広がる。大人数だからこそ出来る作戦や採れる戦術があり、編隊飛行もその1つだった。
編隊飛行というのは要するに飛翔する際の陣形のことで、パーティー規模の人数用からレイド規模の人数用で幅広く設定されていた。
今回の戦闘は屋外なので勿論、翅が使える訳だが全員が無節操に目的地に向かって行けば、これだけの大人数なので途中で引っ掛けるモンスターを引きずって行ってしまうということになりかねない。故に、第1にエンカウントを避けること、第2に引っ掛けたモンスターは素早く処理することが肝要となる。
この一帯では上空に行けば行くほどモンスターとのエンカウント率は下がり、出て来るものも然程厄介ではない。ただし目的のモンスターが出現するポイントは地上なので、そこまでは高度を保ちつつ移動することになった。
《竜の谷》に入ってから20分後、レイドパーティーは予定していた降下地点に辿り着いた。先頭を行くカイトさんのパーティーから合図があり、螺旋を描きながら49人のプレイヤーたちが地上へと降りていく。《竜の谷》はアルン高原からサラマンダー領付近に抜ける最も近い通り道だが、野良プレイヤーたちは種族以外のプレイヤーに対して攻撃的なサラマンダーたちの領域へは滅多のことでは近寄らない。この谷というか、渓谷といった印象を受ける場所もフィールドの難易度も相まって普段から閑散としていた。故に、
「……っ⁉︎全員止まれ‼︎ぼうーーー」
その場の誰もがカイトさんの警告に対応出来なかった。
閃光が周囲を包み、飛行バランスを崩され揉みくちゃにされる。悲鳴と怒声、吹き飛ばされた誰かと衝突し、また誰かを巻き込んで、上下左右どちらとも知れぬ方へ飛ばされる。
恐らくは10秒にも満たない短い時間だったのだろうが、突然の出来事への混乱が収まらぬ中全身に鈍い衝撃が伝わり、地面へ落下したことを悟った。
「な、にが……!」
周囲にはリズさんたち、自分のパーティーメンバーたちも倒れている。HPは全員、半分を割り込んだところ。
「皆さん、大丈夫ですか⁉︎」
「おう……クソ、一体……」
咄嗟に軽装のパーティーメンバーを守ったのはタンクビルドのエギルさんのようだった。何らかのスキルなのだろうが、シリカさんやシノンさんのHPの減り方は軽装だった割に重装装備のエギルさんの減少値と然程変わらない。
「……光属性魔法の《フラッシュ・ボム》でしょうか。発動のタイミングを任意に設定出来るので罠として使えた筈ですが……」
セラさんが冷静にそう分析しながら得物を抜く。その様子にハッとし、反射的に索敵スキルを発動して辺りを見回す。
「な……これは……!」
付近にいるプレイヤーは60人以上。次にレイドパーティーの様子を見てみればその半数近くがHPを全損させていた。人数が減った筈なのに増えている。
「まさか……」
「……待ち伏せからの撹乱。常套手段ね……そして次に来るのはーーー」
「みんな、上を見て!」
上空に小規模ながらも無数の魔法陣が展開される。あれは敵の頭上に岩石を召喚して落として来る魔法。魔法陣の展開から岩石の落下が開始する時間が長いため、回避され易く使い所が限られて来るが、あれだけの数があればそれも関係ない。幸い、この辺りには直撃しないようだがーーー
「他の皆んなが!」
その真下にはユウキさんやカイトさんといった他のレイドメンバーの生き残りの大半が居る。
「魔法を使ってるやつらを見つけないと……!」
リズさんが焦ったように辺りを見回すがその姿は見えることなく、岩石が徐々に落下を開始する。あれだけの人数だ。一度に逃げようとすれば混乱するのは必至だった。
「逃げーーー⁉︎」
無駄だと分かりつつ叫ぼうとし、途中で絶句する。俺たちのパーティーの焦りとは裏腹に、オラトリオ・オーケストラの幹部陣は既に反撃を開始していた。魔法陣が出現してからこの間、僅か10秒も無かっただろう。だが、それは十分な時間だった。
集団のほぼ中央から黄金のオーラが立ち昇る。フィールド全域を揺らすような振動と共に放たれたのは二条の衝撃波。それは一撃で岩石に罅を入れ、二撃目でそれを完全に粉砕した。同時に風に乗って楽器の演奏が響いて来る。緑色のベールがレイド全体に広がり、HPが回復して行った。
「合流しましょう!」
遠目にだが、主要メンバーの何人かは生き残っているのが分かる。今の反撃もレオンさんとホルンさんだろう。
「カイトさん!」
「おう、ライト無事だったか」
「あの、これは……」
「ああ。連中、ついに形振り構ってられなくなったみたいだな」
アルン高原側から見積り20人程のプレイヤーが姿を現わす。更に渓谷の上の両端に10人ずつ。装備はまちまちでギルドタグも数人ずつが同じで後はバラバラ。しかし、全員が異様にギラついた視線をしていた。
「カイトさ「謝んじゃねーよ」……え?」
「別にお前は悪かねぇ。俺らだって少なく無い賞金掛けられてんだ……普段から目の敵にされてっからな」
バシン、と背中を叩かれつんのめる。そして大きく息を吸い込むと大声を放つ。
「全員、戦闘開始!」
言うなり、先陣を切って飛び出す。矢や魔法がカイトさんを狙い撃つが、次の瞬間その場にカイトさんは居ない。圧倒的スピードで敵陣に到達すると、最前列に居た2人のプレイヤーの首を纏めて刎ねた。
「続け!」
次いでレオンさんが号令をかける。正面と上空の敵、三方向に向かってレイドメンバーたちが殺到していく。正面と左翼を担うのはオラトリオ・オーケストラ。右翼を風林火山が攻めていた。人数こそ僅にPK集団の方が優っているが、こちらは高難度クエストに挑む為に集まった精兵。半数を削られようと戦力は劣らない。
「ライト!」
「ユウキさん……」
こんな時でもどこか楽しそうな表情をしているユウキさんに毒気が抜かれ、僅かに緊張が解ける。
「なんだか、楽しそうですね……」
「楽しい、とはちょっと違うかもだけど。なんだか、大人数で合戦だー!みたいでわくわくはするよ…………まあ、でも……」
「?……っ⁉︎」
次の瞬間、すっ、とユウキさんの顔がほんの少し曇る。普段が朗らかなだけに、それだけで少し背筋が伸びるてしまうような表情。
「皆んなが楽しんでいること邪魔をするのは、ちょっとだけ頭に来るかなぁ」
そして後方を見やると、無言で剣を構える。振り向くとそこにいつの間にかは20人程の集団が展開していた。
「こ、これ程の人数、一体どこへ隠れていたのでしょうか?」
「スキルじゃ無いわね……何か特別なアイテムかしら?」
「ま、わざわざ出て来たってことは正面から戦えるってことでしょ!」
「クエストの邪魔したお礼、たっぷりと返してやる!」
「でも慎重にね」
スリーピングナイツとアスナさんもユウキさんに倣って得物を構える。シウネーさんも後方で呪文を唱え始めた。
俺たちのパーティーも加われば人数はこちらもほぼ互角。新たな罠さえ警戒すればなんてことはない。
「……リズさん、シリカさんそれからエギルさんはアスナさん、シウネーさん、シノンさんの護衛をお願いします」
「了解よ」
リズさんが代表して答え、2人も無言で頷いてくれる。
「セラさんとリーファさんは上空を抑えて援護を」
「承りました」
そして、ユウキさんの背中を見る。最初は親切を受けていただけ。いつしか、並び立ちたいという欲求が生まれてからはその小さな背中を追いかけて来た。まだまだあの人の隣は遠い。それどころか多分、その隣にはもう大きな影がいる。叶わぬ夢、無茶な望み。そう割り切って諦めるのは簡単だ。逃避は、俺の得意なことなのだから。
まだ短いALOでの中のたくさんの思い出。その中でも古いものの1つ、確かあれは、そうーーー
『ユウキさんでもクリア出来ないクエストがあるんですね』
『あはは。流石にレイドボスを1人で倒すのは無理だよー。楽しいけどね!』
前、試しにやった時は10秒と保たなかったなぁと続けるユウキさんに内心「やったんかい!」とツッコんだ。
『ま、その時は皆んな集めて一緒に挑戦すれば良いんだよ。1人で出来ないことも、仲間とならきっと出来る!だからライトーーー』
そう。多分、この時に俺はソレを志したのだ。ユウキさんの期待に応えたい。もっと自分を見て欲しい、褒めて欲しい。同い年の女の子へ思うのは少し、いや、かなり恥ずかい想いと共に。
『ーーー強くなって、一緒に戦おうね!』
そして今、一歩を歩み出す。今、この時だけ……いやどれだけかかってもいつかそう在りたい場所に足を踏み入れる。
ユウキさんの隣に、並び立つ。
「…………」
「…………」
互いに無言、しかしその体は示し合わせたように、連動して動き出す。
短く息を吐いて、敵陣へ飛び出す。一瞬遅れて敵も動き出した。槍と大盾を持ったプレイヤーが前に躍り出て、鋭い突きを繰り出す。俺はそれを左の盾で凌ぐと、跳んでプレイヤーを突こうとする。しかしそれは大盾に阻まれ、両者が後退。その隙にユウキさんが飛び込んで槍持ちのプレイヤーを始末した。ユウキさんはそのまま深追いすることなく、素早く駆け回って敵を撹乱する。注意がユウキさんに集まってくると、空中から援護の魔法が降り注いだ。
「オラァ‼︎」
「ふっ……‼︎」
刀を持ったプレイヤーが横から斬りかかって来る。一度罠に嵌めたことのある、見たことのある顔だ。途中で軌道が代わり、危うく受け損なうところだったが、なんとか盾で防ぐ。
「……やめた方が良いですよ。俺はともかく、他の人はあなた達よりずっと強い」
「うるせぇ!こっちだってお前がおとなしくやられてさえいればこの連中に喧嘩売ることなんかしねーよ!」
「それはどうも……すみませんねっ‼︎」
踏み込みながら距離を詰めて体当たりを見舞う。バランスを崩したところで鎧の継ぎ目に剣を刺し、怯んだところで斬り裂いた。
形勢は最初から一方的だった。5分とかからず半数以上を仕留め、残りは逃走した。
「…………?」
やけにあっさりしている。不自然な程に。それは誰もが感じたことなのか、アルン高原側で戦っていたメンバーも騒ついていた。
「何か……」
何かを見落としている気がする。可能性の1つとしてカウントし損ねている、何かを。
世界を揺るがすような地響きがその考えを妨げる。
「んな……!」
転倒するまででは無いが、お腹の底に響くような振動につい気を取られてしまう。
「あれは……!」
リズさんの指が指す先には赤白い、尖った岩石ーーーいや、あれは角だ。とてつもなく巨大な角。
《The brightridge》と、カーソルには表示される。だが、おかしい。
「クエストの開始ログは出てないのに……!」
そもそもまだここはスタート地点ではない。では、何故あのモンスターは現れたのか…………
「み、皆さん!あのボスモンスター、テイムされてます‼︎」
「な……」
今度こそ絶句だ。しかし、そのカーソルの色を見てみればシリカさんが冗談で言ってるのではないことが分かる。そしてその首には大きな首輪が付けられていた。この距離にいるのにも関わらず、非アクティブの色のまま悠々と近づいて来る。さらに、
「《商会同盟》……そうか、やつらが《狩猟大会》のパトロンか」
カイトさんが隣に来て、ボソっと呟く。その言葉通り、アルヴヘイムで最も大きな商業ギルド《商会同盟》のエンブレムが描かれた旗がブライトレッジの背の各所で掲げられていた。
「悪いな、ライト。こりゃ本気で俺らのせいだったな」
「どういう……?」
「まあ、簡単に言うとあいつらにとって俺らのギルドの資金繰りシステムは大敵なんだよ」
なるほど、と腑に落ちた。《オラトリオ・オーケストラ》団員の商業活動にはリスクが極限まで減らされていて、短期間で莫大な利益を生み、技術も得ることが出来る。
「ブライトレッジの首にある、あの首輪……《グレイプニル》だな」
アルセさんが嫌なものを見たかのように顔をしかめてブライトレッジを睨む。グレイプニルの名は有名だ。アルヴヘイムの舞台となっている北欧神話にも登場する品で魔狼フェンリルを捕らえているとされている。
「ちょっと前にやつらが伝説級武器を手に入れたとか噂を聞いたが、また面倒なものを……」
そのブライトレッジの頭の上で、豪奢な衣装に身を包んだプレイヤーが手を挙げ、振り降ろす。
「ちっ問答無用か!……伏せろ‼︎」
身を前に投げ出すようにして伏せた瞬間、背を巨大な熱量が焼いた。
光の奔流が収束し、後ろを振り向くと、すぐ後ろの地面は溶け、溶岩となっている。後方に居た仲間のプレイヤー達の姿は跡形もない。それに驚愕している間も無く、ブライトレッジの背から重低音の詠唱が響き始める。移動が制限されたところで魔法で焼き払うつもりなのだ。
「散開しろ!追撃を振り切って撤退だ!」
生き残ったのは20人少し。対して新たに現れた《商会同盟》のプレイヤーは40人以上は居るだろう。
翅を広げ、宙に飛んで魔法の爆撃を避ける。そこへブライトレッジの火炎弾ブレスが炸裂し、仲間が巻き込まれた。
「くっ……‼︎」
炸裂した後も飛び散る火の粉にもダメージ判定があるらしく、がくっとHPが削れる。もう、残りは3割だ。
ブライトレッジの背から降り注ぐ火山弾、ブレスによる火炎弾、熱戦、プレイヤーの魔法攻撃は間断無く続いた。
「ぐぁ⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
ノリさんとタルケンさんが火炎弾を回避し損ね、リメインライトへと変わる。
「エギルさん⁉︎」
エギルさんが、リズさんとシリカさんを庇って撃ち落とされる。
「こんのぉ……‼︎」
「これ以上、やらせるか!」
反撃しようと転身し、距離を詰めて行ったアルセさんとジュンさんが落ち、
「きゃ……⁉︎」
「…………ッ‼︎」
セインさんも庇ったシウネーさんと一緒に落ちていく。
「……やめろ、ライト」
「ッ!……でも‼︎」
「敵う状況じゃない。せめて生き残れ」
納得が行かなかった。だって、おかしいじゃないか。俺たちは何1つ間違ったことはしていない。今日だって、ただ楽しくゲームをして、それで終わるはずだった。なのに、こんな……
「……ライト」
「ユウキさん?」
先を飛んでいたはずのユウキさんが隣に並んで来る。俯いて、暗い表情をしているので落ち込んでいるようにも見える。
「ごめんね、ライト。会ってから、怖い思いばかりさせて。ちゃんと、楽しいこと教えてあげられなくて…………無事に逃げられたら、しばらくALOはお休みした方が良いよ」
「いや、そんな……俺はーーー」
「さあ、行って!」
パァン‼︎と隣で空気が弾け、ユウキさんが消える。急いで振り向くと、鮮やかな紫色の光が魔法の弾幕を抜け、火炎弾と熱線をかわして、ブライトレッジへと肉薄していく。すると、その巨躯の背から数十名のプレイヤーが飛び立ってユウキさんに襲いかかった。
「ユウキさん……‼︎」
「ライト、ダメだ‼︎」
カイトさんの制止を振り切り、一心不乱に距離を詰めていく。集中すると、魔法や火炎弾の弾幕がスロー映像のように減速し、最適な回避ルートを直感で選んでいく。
自分が行ってどうにかなることではない。むしろ足手まといかもしれない。しかし、それでもーーー
「貴女の……ユウキさんの、隣で戦うって………‼︎」
そう、決めたのだ。
「おおおおおおぉぉぉぉッ‼︎‼︎」
ノーム族の巨体を持ったプレイヤーに盾を前面に出して全力の体当たりをする。そのプレイヤーは振りかぶった大剣に逆に振り回され、バランスを大きく崩した。
「落ちろ!」
動きの止まったプレイヤーの翅を切り落とし、溶岩となった地面に落下させる。
「そこを……!」
襲撃に気付いたプレイヤー2人がこちらに向き直り、威嚇するように得物を振り回す。それに構わず、剣を大きく引くと黒いエフェクトが生じた。
「どけッ‼︎」
片手剣、単発重攻撃の《ヴォーパル・ストライク》が続け様に2人のプレイヤーの喉元を串刺しにする。それを更に盾で弾き飛ばして首を引きちぎり、突破口を開いた。
「くぁっ‼︎」
肩に魔法矢が刺さり、HPが全損寸前まで減る。反射的に突進系ソードスキルの《ソニック・リープ》のモーションを取り、その矢を放ったプレイヤーに肉薄すると、胴体を斜めに割った。
「ライト……何で……‼︎」
「何でじゃありませんよ‼︎師匠とは言え女の子に守られてばかりじゃ、情けないですから‼︎」
「へ……⁉︎」
トドメを刺そうとまとわりついてきたプレイヤーの意表を突き、体術スキルの蹴りを見舞って怯ませ、剣を刺し込んで追撃する。後は拳を固めてめちゃくちゃに殴り、HPを全損させる。
そのバーサーカーっぷりに敵がドン引きして下がって行く隙に、ユウキさんに近づく。少しの間だった筈なのに、ユウキさんは全身にダメージエフェクトを散らせ、鎧は半ば砕けていた。
「俺も戦います……と言っても、後1撃でも擦れば死にますけど」
「あ、あはは……なんか、レイに似て来たなぁ……」
「……噂を聞く限り、相当な変人とお見受けしますが。多分、そこまで酷くないです」
本人が居ないことを良いことに、そんな冗談を言って互いに笑う。
「でもまあ……」
「これは無理くさいですね……」
各種弾幕はしばらく止んでいた。それは即ち、全ての攻撃を一斉に放つことが出来るということだ。唯一逃れられそうな上空には先ほどのプレイヤーたちが簡単には抜けられそうにない壁を作っている。
ブライトレッジの角と背に乗るプレイヤーたちから一際強い光が溢れる。
「帰ったら、反省会ですね」
「そうだね。美味しいものいっぱい食べて、次は頑張ろう!」
いや赤字だしそこは慎ましく……などと突っ込む間も無く、辺りは光に包まれてーーーー
ーーー世界が、撓んだ
頭上を熱線と魔法が駆けて行き、上空にいたプレイヤーたちの一部が蒸発する。
目の前のブライトレッジは背中に巨大な赤褐色の大剣が刺さり、地面へと縫い付けられていた。
「……何が⁉︎」
「あ…………」
まだ生きていることを不思議に思いつつ、状況を把握しようと忙しなく辺りを見回す。対照的に、ユウキさんはある一点を見つめていた。
まず、あの巨剣の柄部分にひらりと降り立ったのは俺になんちゃって暗殺術を教えてくれた、ハンニャさん。上空を見れば、巨龍・レックスを駆ってプレイヤーたちを蹂躙しているヴィレッタさん。
「せえああああっ‼︎」
隕石のような落下速度でブライトレッジの角に衝突しゴキン、とそれを切り落としたのは黒衣のスプリガン、黒と黄金の剣を両手に携えたキリトさん。そして、
「悪い、遅くなった」
白髪……と言っても老いたような白さではなく、雪のような鮮やかな白髪、少しだけ浅黒い肌に紅の瞳。黒を基調とした革装備とズボンに、血のように赤いマントという出で立ちをした、初見の青年がユウキさんの目の前に降り立ち、優しく抱擁する。
「レイ、さん?」
「ライト、だな?しばらくぶりだな」
そう言う間も、胸に抱いたユウキさんの頭を優しく撫で続ける。
「レイ……」
「アレだ。うん、時間が無いからお小言は帰ったから、な?」
「ばか……」
「ごめんって」
レイさんはふわっと離れると今度は俺に向かって何かを言いかけて、言葉を探すように口籠る。
「あー、なんだ。急に出て来て色々言って悪いが、しばらくユウキのこと、よろしくな」
「あ、はい……あのーーー」
「ごめんな、本当に時間ないから。また今度」
《商業連合》はブライトレッジが戦闘不能になったと見るや、それをあっさり放棄して直接こちらを叩きに来る。後方では20人近いメイジが再び魔法の詠唱を始めている。
「やれやれ……こちとら病み上がりなんだ、少しは労ってくれよ」
こちらに殺到する剣士たち、それから後方のメイジたちを睥睨しながら、レイさんはなおも自然体だった。
「大丈夫」
「え?」
ユウキさんはレイさんの背に信頼を込めた目を向けながら、呟くように言った。
「レイは、強いから」
それが聞こえたのか、レイさんはピクッと肩を揺らし、多分恥ずかしさを紛らわす為に頰を掻くと、軽く身を屈めた。
刹那、空気が張り詰める。レイドボスを目の前にしたような、空気が焦げ付く感覚。
「ふっ……!」
殺到して来るプレイヤーたちに向かって飛び出したレイさんは勢いそのままに集団へ突っ込んだ。怒号が飛び交い、時折人が弾け飛んでは儚い炎へと変えられて行くその様子は、映画のワンシーンのようで。振り下ろされた剣はいなされ、不可視の速度のソードスキルさえも、まるでその動きを逆手を取るように反撃を打ち込む。その背にある大太刀すら抜かず、徒手だけで数多のプレイヤーたちを圧倒していた。
「ユウキさん……」
「うん、行こっか」
先ほど飲んだポーションによる回復状況は50%程。もう十分に戦える。
見ているだけなんて出来ない。ここで見ているということは、さっきの自分の決意に嘘を吐くことになる。それだけは、もう2度とごめんだ。
あの人、レイさんもきっと、自分と同じで1人じゃ何も出来ないタイプだ。強がって見栄を張って、でも心の中で弱音を吐いてる気がする。今だって暴れまわってるが、さっきのあの表情、あまり具合が良く無さそうだった。きっとフルダイブも禁止されているのではないだろうか。
「はっ!」
「やあっ!」
レイさんに引き付けられた注意の外からユウキさんと奇襲を敢行する。 レイさんはこちらをチラッと見ると、少し呆れたような顔をしつつも、ニヤリと笑った。そして、抜刀。
「悪いが急いでるんだ。また今度来てくれよ」
言うなり、目の前のプレイヤーを真っ二つにする。その次も、また次も一撃一殺で仕留め、あるいは無力化する。
(剣筋が、見えない⁉︎)
あのユウキさんのものですら、薄っすらと見えた筈なのにレイさんの剣筋は全く見えなかった。
いや、それだけではなく全てのスピードが明らかに人外じみていた。両手武器を使いながら、あのスピードは明らかにおかしい。
「……っ!」
あらかた仕留め終わったレイさんが突如苦悶の表情を浮かべ、その動きが電池が切れたように停止する。それを好機と感じたのか、残りのプレイヤーたちは集中攻撃を仕掛けて来た。
「レイ……!」
「レイさん!」
それに割り込んで迎撃する。両手斧の重量のある攻撃を凌ぎながら、チラリとレイさんを見る。なんとか飛んではいるが、体に力が入っていない様子で先程までの頼もしさは鱗片もない。
「大丈夫ですか⁉︎」
「ああ…………いや、そうでもないな……思ったより、時間が無かったみたいだ」
死にはしないけどな、と。冗談交じりに微笑む。
「ライト、もし、お前が力を望むならば……それを、この世界の誰よりも強く、確かに切望するならば……必ず応えは返ってくる」
「え?」
「強く願え、望め。そうすればーーー」
言葉は最後まで続かず、最後に俺の背中をドン、と叩くと、レイさんのアバターは力を失って墜落して行く。
「ちょ、レイさん……⁉︎」
目の前の敵に専念せざるを得ず、それを追う余裕は無い。
(強く、望む……)
何を?
この状況を打破する力を。
力とは?
技術や経験?
どれもこれも一朝一夕でどうにかなるものではない。
では何だろうか。何をこの瞬間に得ることが出来るというのだろうか。
剣を振るい、敵を退ける。丁度片手剣の熟練度が域値に達したのか、新しいソードスキルを習得した、というメッセージが目の前に出る。
「……そういう、ことか?」
その時、ずっと沈黙を続けていたブライトレッジが咆哮を上げ、背中の火山から火山弾を放つ。先程までのものより大きい塊がやまなりに迫って来ていた。このままでは防ぐことも、避けることもままならないだろう。
(強く、望む……!)
望むのは守る力。そのための力を…………‼︎
ーーーならば君にはコレが相応しい。
低く静かな声。それが耳元で聞こえたような気がした。
【エクストラスキル《神聖剣》を習得しました】
「……ッ‼︎」
それがどんなものなのか、考える余裕は無かった。盾を突き出し、火山弾を迎え撃つ。盾が淡い緑色のエフェクトを発し、それが膜となって前方に広がって火山弾を受け止めた。
「くっ……ぉ……‼︎」
押し込もうとするそれを全力で押し返す。脳が焼き切りれるのではないかと思うほど、必死に前へ前へと信号を送り、抗った。
「っ、だぁっ‼︎」
勢いを完全に受け切ったところで、火山弾を弾く。押し返された火山弾はそのままブライトレッジに向かって跳ね返り、炸裂した。
「グゴオオオオォォォ………」
巨剣に刺し貫かれたまま、顔面が砕かれ弱り切った声を上げる様子は後ひと押しだと言うことを表しているように思える。しかし、他人のテイムモンスターを倒したところで素材が手に入る訳でもなく、倒すことに大した意味はない。
「ライト!」
「カイト、さん……」
周囲に居た《商会同盟》のプレイヤーたちはいつの間にか火の粉となって散り、周囲ではレイドメンバーたちの蘇生が始まっていた。
「さっきのは……」
「あ、えっと……」
ステータスウィンドウを開き、スキル欄を見てみる。通常のスキルスロットとは別に設けられるエクストラスキルの欄には【神聖剣】の文字が確かにあった。
「この《神聖剣》ってスキルの技だと思うんですけど」
「…………そう、か。まあ、そんなこともあるか」
「え?」
「ああ、いや。今回は助かった、感謝する」
「いえそんな……」
それっきり、カイトさんは肩を落としてレイドメンバーの元へ戻ってしまった。
掛ける言葉が見つからず、収束した戦場をあてもなく歩いていると、そわそわしているユウキさんとばったり会う。
「ユウキさん?」
「あ、ライト……えっと」
「どうかしました?」
「……お願い!すごい勝手だけど、ボクのアバターが消えるまで見ててくれる⁉︎」
「え……あ、はい。お気をつけて」
「ありがとう!」
と言うなり、すぐログアウトしてしまう。きっと現実世界のレイさんの様子を見に行ったんだろう。具合が良くないのに、大分無茶をしていたみたいだし、何ともなければ良いのだが。
通常、フィールドでログアウトしたアバターはしばらくそこに留まり、10分程で消える。戦後処理は多分もっとかかるし、俺は特にやることも無いので少しここで休ませて貰うことにした。
やがて、蘇生や回復を済ませたリズさんたちが戻って来て同じように寛ぎ始める。
「皆さん、すみません……なんか、結局リーダーっぽいこと出来なくて」
「今回は状況が状況です。仕方ないかと」
「まーでもライト、最後凄かったじゃない」
「あれは、なんか土壇場で新しいスキルが」
「へー。盾系のスキルであんな強力なやつが」
「はい。《神聖剣》って聞いたこと、あります?」
途端、周囲に沈黙が降りる。リズさんやシリカさん、エギルさんがこっちをじっと見たまま停止し、リーファさんやシノンさん、セラさんは停止とまでは行かないが困惑の表情を浮かべている。
「あの……?」
突然現れたそのスキルの正体を、意味を、俺が知るのは少し後の話ーーー
《商会同盟》の頭目であるウィランは顔を歪ませながら竜の谷を自身の種族領であるサラマンダー領に向けて飛翔していた。屈強な戦士然としていることが多いサラマンダー族だが、ウィランはどちらかと言うと、丸っこい。それなりに愛嬌のある顔をしていたので、体型には目を瞑り普段は商人のロールプレイグをしていた。
ALOを始めて1年で《商会同盟》を結成し、ALO全土に展開した。《ドラウプニル》や腰に帯びた伝説級武器も自身で手に入れたのではなく、その財力によるものだった。
今回の《狩猟大会》や《オラトリオ・オーケストラ》襲撃は最近力を付けて来て、商売の障害になって来た連中を叩いて均すだけのことだった。プレイヤー個々の力など問題にならない、質と量の暴力で叩き潰すはずだったのだ。
しかし、量で勝ることは出来ても質は届かなかった。というよりは、奴らの質というものが、非常識なまでに高かった。
(いや、あれは……)
質が違ったとか、そういう次元の話では無いのかもしれない。虎の子であった邪神級ボスモンターもあっという間に無力化され、部下の精兵たちはたった数人にやられた。
「分からない、奴らを叩き潰せるイメージが全く湧かないって顔だな、あんた」
「⁉︎」
行く先に立ち塞がったのは黒衣の剣士。ブライトレッジの角をへし折ったやつだった。
「な、何か用か!」
「大した用事じゃ無いさ。あのボスモンターにかかってる首輪《ドラウプニル》だったか?アレを欲しがってるやつが居て、置いて行ったなら貰っても良いかっていう確認だ」
「な……」
あれも一種の伝説級武器だ。それを易々と手放したくはない。しかし、一刻も早く逃げ出したい今は、そんなことも言っていられない。
「あ、ああ!構わんとも!その代わり、私をこれ以上追うのはやめて頂きたい!戦うのは苦手なんだ!」
「それならそれで良いよ。俺もこんな追い剥ぎのようなマネは好きじゃないしな……」
「う、うむ。ではな」
狙い通りあっさりと通される。しかし、先ほどまでとは変わって恐怖から解放されたウィランの飛び方には余裕があった。
しかしそこで再び黒衣の剣士が言葉を発する。
「ところであんた。戦闘が苦手という割にはその剣、使い込んでるみたいじゃないか」
「な、何を……」
この伝説級武器の銘を《ダーインスレイヴ》と言いう。その能力は『斬りつけた相手のステータス値を奪って自分の能力値を上げる』というものだ。
「あんたのところの商人のギルド員、異様にステータス値が低いって話だが?」
「し、知らん!もう良いだろう!私は行くぞ!」
ウィランはギルドを結成する時、数十人の商人たちを騙して襲撃し、不意打ちで全員からステータス値を奪った。そうすることで抵抗する力を奪い、返して欲しくば自分のために働くよう強要した。
従わない者たちも、初期値より低くなったステータスでは何とも出来ず消えて行く。どちらにしろ、商売敵が居なくなって得をするのはウィランだった。
「所有者がリリースするか、その剣が破壊されればそれらは元にもどるんだったな」
背後で剣が抜かれる音がする。背筋が凍り、油の切れた機械のようにぎこちなく振り返る。
ウィランが戦闘が苦手というのは本当のことだった。数十人分のステータス値を搾取し、強化されたダーインスレイヴは比類無き性能を誇っているが、その扱い手が素人では宝の持ち腐れだった。
「適当なことを言うのもいい加減にしたまえ!それに、もし私がそんなことをしていようとも、この伝説級武器を壊すことなど出来はしない!」
「そいつはどうかな」
黒衣の剣士が左手に携えるのは黄金の直剣。その銘をウィランはよく知っていた。そして連鎖的にその持ち主の名も思い出す。
「《聖剣エクスキャリバー》……黒ずくめか……!」
「ああ、そうだ」
話は終わりとばかりに黒ずくめは腰に帯びた剣を狙って来る。必死の思いで飛び下がり、黒い刀身を抜く。
「も、もう知らんぞ!この剣は抜いたら最後、敵を倒すまで力を増幅し続けるっ!」
「そりゃすごいな」
黒ずくめのエクスキャリバーを受け止め、鍔迫り合いになる。両者の剣のオーラがぶつかり合い、甲高い音と火花が散る。拮抗は僅か一瞬、エクスキャリバーがダーインスレイヴの刀身に食い込み始めた。
「な⁉︎」
「エクスキャリバーの能力は『全ての武器能力の解除、無効化』。打ち合った時点でもうその能力は解除され始めている」
「そ、そんなデタラメな……‼︎」
「デタラメでも何でも、人のものを奪って遊んでいるのは、絶対に許されないことだ」
ミシッ、ミシッ、とダーインスレイヴに皹が広がり、黒い瘴気が吹き出ていく。
「う……ああああああああああ‼︎」
ウィランはその剣を放り出すと、一目散に逃げていく。後ろから突くのは簡単だったが、黒衣の剣士はそうはしなかった。
「……似合わないことをするもんじゃないな」
第一、こういう時の役目はあいつの担当なのだ。ガラじゃないことをしたせいで表情筋や肩が凝ってしまって仕方ない。
「帰るか」
ダーインスレイヴを拾うと、皆んなに合流する為、黒衣の剣士ことキリトはレイドパーティーの方へ戻って行った。
後書き
はい。いかがでしたでしょうか。随分とまあ長くかかってしまった外伝もこれにて一件落着です。
次回からは(恐らく)コラボ編になります。
後1話!後1話で終わるよ!と前回言いましたが、この文量、実は3話分に相当します。実質終わってませんね!
最後のキリト先生のシーンは当初もっともっと長くなる予定だったのですが、体力の限界ということもあってこんなもので。
特にこの最終話はとても多くのキャラが出てきて数人は空気になってしまっていました。私の処理能力という話もありますが、普通はこんな大人数のキャラにをいっぺんに描写しようとはしません。
空気になってしまっているキャラたちは何となく頭の中で補完する感じでオナシャスw
さて、この外伝のコンセプトのようなものを改めておさらいしておきますと、もしユウキが誰かにものを教えようとしたら、その弟子がどんな感じで伸びていくか、というような話です。後半になるにつれて、ライトがどんな成長をして行くかに重点を置きました。
結果的に、ライトに色々教えていたのはユウキ以外の人でもありますが、彼はそれらを吸収し、最後には『自分の大切なものを守りたい』という揺るぎない意志(願い)を持ち【神聖剣】を習得します。
習得する条件のようなものは拙作オリジナルです。決して公式ではないので悪しからず。
拙作に登場した用語やオリジナル設定を纏めて説明していく場も設けようと考えていますので、その時に話すことが出来ればと思います。
とまあ、そんな感じで。コラボ編はある程度書き溜めてから投稿を開始したいと思います。
ではではノシ
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