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フロンティアを駆け抜けて

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天上のポートフォリオ

 フィールドは遥か天空、本来なら見上げるだけの雲が平行線に存在し温暖な気候が特徴だというのに空気は鋭く冷たく肌を刺す。そんな場所で、ジェムとダイバが相手にするのはフロンティアのオーナーと、それを乗っ取ったであろう支配者。
 戦いの火ぶたを切って落としたのは、現在の支配者でありフロンティアの破壊を目論む首謀者のアマノだった。カラマネロの瞳が、薄紫色に光る。

「さあ……覚めぬ夢に堕ちるがいい! 『催眠術』!」
「メタグロス、『コメットパンチ』」

 ダイバはそれに構わずメガメタグロスの拳を放つ。催眠術の光がメタグロスの瞳に入るが影響はなく、そのまま拳が打ち抜こうとして、見えない壁に弾かれた。

「『神秘の守り』か……!」
「『リフレクター』……それくらいは準備してたか」

 アマノと戦うことを予想としていたジェムたちはバトルの前に不意に催眠術を食らわないように、アマノはメタグロスの不意のバレットパンチを警戒して壁を張っていた。お互いに事前に策を練っていたことを確認する。問題は、フロンティアのオーナーでありダイバの父であるエメラルドだ。伝説のポケモン、デオキシスが胸の結晶体から強い光を放ち始める。

「さあ、やれエメラルド! 私の操るお前の力で、格の違いを思い知らせてやれ!」
「……デオキシス、『サイコブースト』!」
「ラティお願い! 『ミストボール』!」

 開始早々、デオキシスの胸の周りに集まったエネルギーが極光のレーザーとなってメガシンカしたラティアスを襲う。ラティアスは得意技の夢幻の霧を放ち、可能な限り威力を削ろうとするが――霧などものともせずにレーザーはラティアスに直撃し、その体をフィールドの外、足場のないところまで吹き飛ばした。

「ラティ、大丈夫!?」
「……ひゅうあん!!」

 メガラティアスは旋回してフィールドに舞い戻る。紫色の体は健在で、ダメージは少なかった。しかしジェムはラティアスでなくキュウコンだったらこのまま落ちてしまったであろうことを一瞬想像して身震いしてしまう。それをアマノは見抜いたのだろう、見下し嘲りを込めて聞いてくる。

「ふん……この程度で慄いたか? アルカを負かした時はよもやと思ったが」
「そうだけど……でも負けないわ。アルカさんのためにも、あなたを止めてみせる!」
「貴様こそあの娘の何がわかるというのだ……ふん、くだらん守りだ」

 震えた声で言うジェムに対してアマノが周囲の雲を見る。真っ白だった雲は、ラティアスの『ミストボール』の影響を受けて虹色に変わっていた。雲の成分はほとんどが水滴、霧を操るラティアスには強力な力の源になる。ダメージが少なかったのは、雲の水分を利用して『ミストボール』の効果を上げていたからだ。こうして話している間にもラティアスは空気中の水分を操り、まるでチルタリスのように雲を体に纏っている。

「あなたの攻撃は、私達で受けきってみせる!そうすれば……」
「エメラルドは攻撃しか能がない以上、ダイバが私を倒せる……か。見くびるなよ小僧ども!」

 アマノはダイバとメガシンカしたメタグロスを見る。デオキシスのレーザー発射に合わせてメガメタグロスはカラマネロに殴りかかっていた。カラマネロは『リフレクター』で応戦しているようだが、『瓦割り』を交えた四つの拳をすべて受けきるには壁が足りていない。

「エメラルド、望み通り攻めたててやれ!」
「……デオキシス、『サイコブースト』」
「ラティ、『影分身』!」

 デオキシスが二度目のレーザーをメガラティアスに放つ。それなりに威力が下がっているとはいえ当たれば脅威となる一撃。しかしそれは空を切った。雲を纏って見えなくなったメガラティアスは、自分の体を光の屈折によって隠すことでダミーの雲にレーザーを向けさせたのだ。

「威力は下がってる……! このままいけるよラティ!」
「『サイコブースト』は強力な威力を引き換えに使った後特攻が下がる技……お前の『ミストボール』も合わせりゃもうほとんどなけなしの火力。とはいえエメラルドは攻撃するしかないわけだが……」

 それがダイバから聞いたエメラルドの特徴だ。いついかなる時も徹底して攻め続けるが故に、最初は能力を下げることに集中すればひとまず戦えると。しかし守りに徹していたカラマネロが突然デオキシスに飛んでいき、頭の触手と遺伝子のような緑と赤の体が絡み合う。

「その程度の策で私を止められると思うな! カラマネロ、『ひっくり返す』!」
「……ッ、まずい! ジェム、守りを――」
「ラティ、私達を守って!!」
「もう遅い! やれぇ!」

 『ひっくり返す』は一体の能力変化を不思議な力で反転させる技だ。デオキシスの特殊攻撃力は自身の『サイコブースト』とメガラティアスの『ミストボール』によって大幅に減少している。それが反転し、ラティアスの集めた雲のエネルギーが全てデオキシスに吸収されていく。旨の水晶体に、最初の何倍ものエネルギーが膨れ上がり、フィールドの全てを薙ぎ払うように体を振り回し広範囲を焼くレーザーとなって発射された。

「ひゅうああああああん!!」

 メガラティアスが『サイコキネシス』でジェムとダイバの前に念力の壁を作る。レーザーはメガメタグロスを吹き飛ばし、更に念力の壁を直撃してメガラティアスの体を焼いた。念力の壁は壊されはしたものの、中のジェムとダイバを直接焼くことはしなかった。しかしそのエネルギーはまだ体の軽い子供を吹き飛ばすには十分で。
 ダイバのように重い靴を履いているわけではないジェムの体が、風に吹かれた花びらのように吹き飛んだ。最初のラティアスと同じように足場のないところまで、正真正銘の空中に浮く。


「あっ――――――」


 悲鳴を上げることも出来なかった。観覧車の一番上から放り出されたような自分を支えるものが何もない恐怖。落下し始める身体、フロンティア全体が見渡せてしまうほどの高さから落ちるジェムの脳内は、アルカの毒を受けた時よりもずっと鮮明に【死】のイメージを焼き付ける。

「い、や――」
「メタグロスッ!!」
「グオオオオオオオオオッ!!」

 メガラティアスは一番最後に吹き飛ばされて助けられない。窮地を救ったのはメガメタグロスの拳だった。残り三つの腕でがむしゃらにカラマネロとデオキシスを殴りながら、残りの一本を『念力』と合わせて落下するジェムを下から支える。そのまま腕に乗せてフィールドの中まで戻し、ダイバのすぐ隣まで移動させる。ダイバがジェムを受け止め、力強く声をかけた。

「……ジェム、落ち着いて!」
「……ダイバ、君」

 ジェムの歯の根はあっていなかった。体もまるで雪山に遭難したかのように震え、顔は真っ蒼になっている。当然だ。まだ幼い子供が、高所からの落下という明確な死を突き付けられたのだから。同じ体験をさせられたらダイバだって平静ではいられないだろう。

「パパ! なんでここまで……アマノだってジェムを殺す気はないんだろ! チャンピオンの娘をパパが死なせたらどうなるかなんて、パパが一番よくわかってるはず!」

 ジェムを落ち着かせようと強く抱きしめながらダイバは叫ぶ。エメラルドがチャンピオンと友人関係だからとかそんなことではない。バトルフロンティアという施設内でのバトルである以上、オーナーであるエメラルドには参加者の命を守る義務があるのだ。ましてやこの地方のチャンピオンの娘を自分で殺してしまったら、施設としての信頼を失うどころの話では済まないはずなのに。やはりエメラルドの表情は不敵な笑顔のままだ。むしろアマノの方が焦っている始末だ。

「そ……そうだ、倒せとは言ったが殺せとまでは言ってない! ここで娘を殺してしまえば、チャンピオンを止める手立てがなくなってしまう!」
「へっ、心配いらねーよ。なんてったってそいつとコンビを組んでるのは俺の息子なんだからな! お前なら助ける、お前なら俺とこの野郎とコンビくらいなら倒せるって信じてるからこそ俺様もこの状況で本気が出せるってわけだ」

 親指を立てた拳を突き出して、何の迷いもなく言い切る。その言葉はどこまでも自分と、そして息子であるダイバへの圧倒的な自信に満ちていた。

「ち……バトル中は勝手な真似をするなと命じたはずだ! とにかく『相手を殺しかねんことはするな』!」
「ったく、これだから凡人は……命の危険のないクライマックスなんて、何の緊迫感もありゃしねえじゃねえか」

 アマノがエメラルドに命令する。文句を言いつつも拒否しないあたり、本当に命令は有効なのだろう。ならばやはり今のエメラルドはアマノに操られているはずだ。しかし二人の言動からはやはり違和感を拭いされないでいると、ジェムがダイバの体に寄りかかりながらも立ち上がる。まだ体は震えて、表情は今まで見たことがないほど苦しみに歪んでいた。

「はあ……はあ……!」
「ジェム、無理はしないで……僕一人でも、倒してみせる」
「ううん、それは……違うよ」

 荒く吐き出される白い息、真っ青な顔で無理やり笑顔を作って、ジェムはダイバに必死に訴える。

「ダイバ君は、一人じゃないよ……私も……ラティにキュキュも……それに、メタグロスやガルーラがいる。私もちょっと怖かったくらいで……こんな悪い人に、負けられないよ。だから……一緒に、ね?」
「……わかった。でもせめてここにいて」
「うん……お願い」

 ダイバがジェムに肩を貸す。ジェムの足はまだ小鹿のように震えている。でもそれをダイバは馬鹿にせず出来るだけしっかりと支えた。メガメタグロスの猛攻に対してひたすらリフレクターで守りを固めるカラマネロと体を平たく分厚くして守りに入っているデオキシスを見る。デオキシスは状況に合わせて攻撃にも防御にもスピードにも能力を特化させられるポケモン。だが半面攻撃態勢の際の防御力は極端に低いため、ひたすら『バレットパンチ』を使い続ければあの『サイコブースト』は打てない。

「いつまでも攻め続けられると思うな! カラマネロ、『馬鹿力』!」

 カラマネロがデオキシスの体に隠れて力を溜め、本来以上の力でメタグロスに突進する。素早い分威力の乗っていない拳を弾き飛ばし、メタグロス本体を弾き飛ばした。その隙を突き、デオキシスが攻撃態勢に入る。

「さて、次でお前のメタグロスに止めを刺してやろう! 終わらせてやれ!」
「確かにもう一発喰らえば僕のメタグロスでも耐えられない……でも、僕達のメタグロスなら話は違う。『コメットパンチ』だ!」
「なら見せてみな、『サイコブースト』だ!」

 デオキシスの胸に四度目の極光が溜まっていく。それに対してメガメタグロスは主と仲間を信じ全力で四つの拳を振り上げ、ひとまとめにした巨大な隕石のような一撃を放つ。そこへデオキシスのレーザーが直撃する直前――ジェムが指示を出した。

「ラ、ティ……『ミラータイプ』!」
「ひゅうああん!」
「ここで『ミラータイプ』だと!?」

 アマノが驚く。ラティアスの瞳がカラマネロを移し黒く光った。その瞳でメタグロスに思念を飛ばし、メタグロスの体も黒に染まる。

「これでメタグロスは悪タイプになった。エスパータイプの『サイコブースト』はダメージを与えられない!」
「グゴオオオオオオォ!!」

 メガメタグロスの拳がレーザーを真ん中から突っ切り、攻撃態勢のデオキシスに直撃して胸の水晶を粉砕する。腕の螺旋が狂ったようにひしゃげていき、赤と緑が混じりあってどろどろになった。床の汚れのようになったデオキシスをエメラルドはボールに戻す。

「ち……カラマネロのタイプを利用するとは小癪な真似を……!」
「やるじゃねえか。お前達が出会って三日……ようやくいいコンビになったってわけだ」
「……」

 時折放たれるエメラルドの言葉には含みがあるように感じたが、その内容はわからない。それを考えるよりも大事なことがある。

「ラティ、『ミスティック・リウム』!!」
「しまった……!」

 メガラティアスが再び雲の水分を集め、カラマネロの体を水球で取り込む。イカのような体をしているがカラマネロは水タイプではない。その体が溺れ、念力で圧縮されてダメージを受ける。序盤からメタグロスからの執拗な攻撃を受けていたカラマネロの体が倒れ、どさりと地面に落ちた。

「これでそっちは残り一体ずつ……このまま決めるよ」

 ダイバが一旦手持ちを倒された二人を睨む。ジェムが吹き飛ばされたのは焦ったが、ともかく順調に勝利へ向かっているはず。追い詰められたアマノが、顔を真っ赤にしてエメラルドに叫んだ。

「馬鹿な……私の計画が、こんな子供に追い詰められるなど……エメラルド、貴様本気でやっているのだろうな!?」
「おいおい、お前が催眠術であいつらを本気で倒せって命令したんだろ? お前は自分の唯一の武器である催眠術さえ自信が持てないっていうのか? ……そんなんで、俺とあいつの子供が倒せるとか思ってんのかよ」
「く……!」
「そもそもお前は自分の能力がたかがしれてるから蠱毒の娘を引き入れ、ドラゴン使いの女を操ってこのフロンティアを破壊しようとしてるんだろ? そいつらはもうこの二人が倒したんだ。残ったお前の力で倒せるって思う方が図々しいんじゃねえか、なあ?」
「だ、まれ」
「パパ……?」

 操られているはずのエメラルドが、アマノをはっきり侮辱している。ポケモンバトルの最中ゆえ黙らせることは出来ないのであろうアマノの顔が醜く怒気に歪んでいく。

「チャンピオンとオーナー、そしてその子供。更には蠱毒と四天王の娘……全員が特別な立場と力を持ってる。お前はそれらの力を従わせることで頂点に立とうとしたんだろうが、所詮凡人にはここまでが限界――」
「黙れええええええええええええええええ!!」

 アマノが恥も外聞もなく叫び、マスターボールを開く。そこに現れたのは漆黒の穴。悪夢を具現化するように穴から這い出るモノクロのポケモンは、ダークライ。

「私は確かに何の特別な力もなかった人間だ……だからと言ってただ人を笑わせるために私の研究者として成果も……誇りも……全て奪った貴様らを許してなるものかあ! 私はどんな手を使ってでも貴様らに私と同じ絶望を味あわせてやる……これがそのための力だ! ダークライ、この場にいるものすべてに悪夢を見せろ!」

 自分の仕事場と誇りを奪われたがゆえの復讐。それがアマノの全てだった。本人のいう所によればポケモンの力を無理やり引き出して武器にするようなものらしい。ジェムはそれは良くないことだと思う。ポケモンや人を傷つける仕事が正しいとは思えない。でもそれを否定していいのかはわからない。だがエメラルドは、当然のように一笑に付した。

「笑わせてくれるじゃねえか、ポケモンの力を戦争に使うための研究者が誇りなんてな。……ま、それじゃあクライマックスと行くか! 出てこい、俺様の最強の僕……レックウザ!」

 エメラルドが指を大きく鳴らす。すると今ジェムたちがいる場所よりさらに高みから、緑色の龍が下りてきた。とぐろを巻いたようなその姿は、荒々しくも神々しい。ダークライも本来レックウザに引けを取らないほど強力な伝説ポケモンでありアマノはそれを操っているはずなのに……ジェムには、アマノの存在はとても小さく憐れに見えた。

「……終わりにしよう、ダイバ君。私達の手で」
「させん……そんなことは断じて認めない! 認めて、たまるかあ!! ダークライ、『ダークホール』!!」

 ダークライの両腕から黒い渦が発生し、メガラティアスとメガメタグロスの眼前にも同じものが出てきて夢の世界へ誘い込む。ラティアスとメタグロスの瞳が閉じ、動きが止まった。

「これで終わりだ……あとはレックウザが貴様らを蹂躙するだけ! さあ、やれエメラルド――」

 焦りに震えながらも必死に勝ち誇るアマノ。しかしエメラルドは肩を竦めた。アマノが振り向き、天を見るとレックウザまでもが眠っていた。これでは当然攻撃が出来ない。

「な……何!? どういう、ことだ……」
「……『サイコシフト』を使ったのよ。眠っていても使えて、眠り状態を相手に移すことが出来るわ」

 見ればダークライでさえも『サイコシフト』の効果を受けて眠らされていた。メガラティアスとメガメタグロスは目を覚ましている。必殺の催眠術を逆用され、二体とも眠り状態にされ、アマノは後ずさる。

「聞いてくれないかもしれないけど……アルカさんは、あなたにこんな危ない真似なんてして欲しくないって言ってたわ」
「やめろ……やめろ! 何故だ、ここに至るまでの計画は万全だった。ダークライの入手もアルカを味方につけたのも、バーチャルの欠陥情報を入手するのも、驚くほどスムーズに運んでいたはずだ! それなのに、ここにきてなぜこんな……!」
「その問題は、僕達がけじめをつける……だからもう、これで終わりだ!」

 ダイバは何らかの確信を持った言葉とともに、メガメタグロスに命じる。ジェムもメガラティアスに、フロンティアの破壊という遠大な計画を試みた男への最後の一撃を与えた。

「『コメットパンチ』!」
「『竜の波動』よ!」

 銀色の渦巻く波動と、鋼の拳がダークライを直撃し、後ろのアマノごと吹き飛ばす。アマノの体が倒れ、まるでこれまで倒してきたヴァーチャルポケモンのようにダークライの体は溶けていった。アマノは魂が抜けたように項垂れる。

「終わった……私には……やはり、無理だったのか……」
「良かった、これで……終わったんだよね」

 これでひとまずフロンティアの危機は去ったのだ。自分に言い聞かせるようにジェムは呟く。失意にくれるアマノを見てジェムの胸は正直痛む。勿論アマノにはひどいことをされたしそれを許してなどいない。それでも支配したはずのエメラルドに散々馬鹿にされ、小さな子供に計画を潰され絶望する彼の姿はとても見ていて気持ちのいいものではなかった。一言で言うなら可哀想だった。でもそう思えるのは、ジェムが特別な環境に置かれて純粋に育ったからに他ならないだろう。


「いーや、まだ終わってなんかねえぜ。本当の勝負は……ここからだろ!!」


 ……そう、ジェムだからこそということに、まだ気づいていなかった。眠らされているネフィリムをいつの間にか抱きかかえ、今までよりもさらに気力に満ちた口調でエメラルドは宣言する。眠りから覚めたレックウザの体が、メガシンカの光に包まれていく。

「……ジェム、まだ気を抜かないで」

 ダイバも、注意深くエメラルドを見ながらジェムに囁く。ジェムにはその理由がわからなかった。

「忘れちまったのか? お前達がこの塔を昇ってきたのはあくまでシンボルを獲得するためだろ。だったら俺様の切り札を倒さないとバトルタワーを攻略したなんて言えねえよな! このバトルフロンティアの支配者はあくまでこの俺、ホウエンの空を切り裂くエメラルド・シュルテンなんだからよ!!」

 レックウザの体がさらに巨大化し、顎が髭というには鋭すぎるほどの突起が出来が金のラインが体のあちこちに走る。メガレックウザへと姿を変えた相棒を背に、エメラルドが怪物のような、人間の枠を超えてしまった笑顔を浮かべる。発生した乱気流がジェムやダイバ、アマノの体を吹き付けた。ジェムとダイバはお互いを支え合っているが、もはやすべてのよりどころを無くしたアマノに暴風を防ぐ術はなく――

「う……うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――……!!」

 あっさりと。つい先刻まで曲がりなりにも支配者として敵になっていたのが全て嘘だったようにあっさりと、まるで枯草を吹き飛ばすようにフィールドの外まで放り出して。誰にも助けられることなく、落ちていった。ジェムがその様から目を逸らすよりも早く、視界から消え悲鳴も聞こえなくなった。

「ひ、ひどい……!」

 自分が宙に浮いた時の感覚がフラッシュバックし、また青ざめるジェム。あそこから落ちて生きていられるわけがない。アマノが悪いことをしたのはわかっている。それでもあそこまで当然のようにしてしまうのかわからなかった。混乱の極みのようなジェムに対しダイバは平然と……いや、努めて平静を装っている風に言った。

「大丈夫……僕の考えが間違ってなければ、アマノは死なないはず」
「え……本当、に?」
「……多分。理由は説明できないけど……今は僕を信じて、一緒にパパを倒すのに協力してほしい」

 ダイバと目を合わせ、彼の深緑色の瞳を見つめる。ジェムを安心させるために嘘をついているわけではないはず。そう信じる。

「わかった。後でちゃんと聞かせてくれるよね?」
「……うん」

 ダイバは目を逸らした。ならこの頷きは嘘かもしれない。でもそれは逆に、考えがあることは間違いないのだろう。

「フロンティアの象徴であるバトルタワーに君臨するメガレックウザ、そしてそれを倒すお前らこそ俺様が天上に描いたポートフォリオ……期待を裏切るんじゃねえぞ?」
「ポートフォリオ……?」
「パパみたいなお金持ちがいくつかに分けてる資産の全てのこと。このバトルフロンティアやパパの力の象徴であるメガレックウザは確かにパパが持つ資産の集合体。だけど、もう一つの意味は……」

 ダイバはそこで口をつぐんだ。やはり詳しいことは言いたくないらしい。でも構わない。それはもう、意地悪や拒絶ではないと知っているから。

(アマノさんの計画は止まった。そしてきっとアマノさんは死んでない、アルカさんとアマノさんはまた会えるはず! なら私はダイバ君と一緒に……勝ってみせるわ!!)

 状況は激変し、新たなステージへと突入していく――  
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