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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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救出依頼

「ミナ、パン1つ取って!」

「ほらっ、余所見(よそみ)してると(こぼ)すよ!」

「あっー、先生!ジンが目玉焼き取った!」

「代わりにニンジンもーらい!」

食事という楽しい時を過ごす子供達。

「これは……すごいな……」

「そうだね……」

「多いな……」

俺、キリト、アスナの3人は、眼前で繰り広げられる戦場さながらの朝食風景に、呆然と呟きを交わした。

《はじまりの街》、東7区の教会1階の広間。巨大な長テーブル2つに所狭しと並べられた大皿の卵やソーセージ、野菜サラダを、20数人の子供達が盛大に騒ぎながらパクついている。

「でも、すごく楽しそう」

少し離れた丸テーブルに、俺、キリト、ユイ、サーシャと一緒に座ったアスナは、微笑しながらお茶のカップを口元に運んだ

「毎日こうなんですよ。いくら静かにって言っても聞かなくて」

そう言いながら、子供達を見るサーシャの眼は心底愛しそうに細められている。

「子供、好きなんですね」

アスナが言うと、サーシャは照れたように笑った。

「向こうでは、大学で教職課程を取ってたんです。ほら、学級崩壊とか長いこと問題になってたじゃないですか。子供達を私が導いてあげるんだーって、教えてて。でもここに来て、あの子達と暮らし始めたら、何もかも見ると聞くとと大違いで……。むしろ私が頼って、支えられてる部分のほうが大きいと思います。でも、それでいいって言うか……。それが自然なことに思えるんです」

「何となくですけど、わかります」

アスナは頷いて、隣の椅子で真剣にスプーンを口に運ぶユイの頭をそっと撫でた。ユイの存在がもたらす温かさは驚くほどだ。キリトと触れ合う時の、胸の奥がギュッと切なくなる愛しさとはまた違う、眼には見えない羽根で包み、また包まれるような、静かな安らぎを感じる。

昨日、謎の発作を起こし倒れたユイは、幸い数分で目を覚ました。だが、すぐに長距離を移動させたり転移ゲートを使わせたりする気になれなかったアスナは、サーシャの熱心な誘いもあり、教会の空き部屋を一晩借りることにしたのだった。

今朝からはユイの調子もいいようで、アスナとキリトはひとまずしたが、俺はこの状況にどうにも馴染めなかった。

かすかに戻ったらしきユイの記憶によれば、《はじまりの街》に来たことはなく、そもそも保護者と暮らしていた様子すらないのだ。となるとユイの記憶障害、幼児退行といった症状の原因もまるで不明。これ以上何をしたらいいのかも思いつかなった。

しかしアスナは、心の奥底では気持ちを固めていた。

これからずっと、ユイの記憶が戻る日まで一緒に暮らそう。休暇が終わり、前線に戻る時が来ても、何か方法があるはず。

そんな気持ちを胸の奥で決意すると、俺はお茶のカップを置き、話し始めた。

「サーシャ」

「はい?」

「……軍のことだが、俺が知る限り、あの連中は専横(せんおう)が過ぎることは何度もあったが、治安維持をしていたはずだ。だが昨日の奴らは、むしろ極端的にオレンジプレイヤーに近い。いつからああなった?」

サーシャは口元を引き締めると、答えた。

「方針が変更された感じがしたのは、半年くらい前ですね……。徴税と称して恐喝(きょうかつ)まがいの行為を始めた人達と、それを逆に取り締まる人達もいて。軍のメンバー同士で対立してる場面も何度も見ました。噂によると、上にほうで権力争いか何かがあったみたいで……」

「……今の軍メンバーは、1000人以上いると聞く。昨日みたいなことが日常的に行われてるなら、奴が放置するとは思えないがな……」

「奴?」

奴、という言葉の嫌そうな響きでそれが誰を意味するか察したアスナは、笑みを噛み殺しながら言った。

「知ってる、んじゃないかな?《ヒースクリフ》団長は軍の動向にも詳しいし。でもあの人、何て言うか……ハイレベルの攻略プレイヤー以外には興味なさそうなんだよね。ネザー君のこととかは昔からあれこれ聞かれたけど、殺人ギルドの《ラフィン・コフィン》討伐の時なんか、任せる、の一言だけだったし。だから多分、軍をどうにかするために攻略組を動かしたりとかはしないと思うよ」

「別に軍をどうにかしてくれなんて、(はな)から頼むつもりはない」

俺にとって、軍の有り様などどうでもいいのだ。元々はユイという少女の正体を探るためにキリト達に付き添っただけに過ぎない。面倒事に首を突っ込めば、それが必ず自分に更なる苦しみを与えることになり()ねない。

顔をしかめて物思いに(ふけ)ってる俺が、不意に顔を上げ、教会の入り口のほうを見やった。

「誰か来る。1人……」

「え……。またお客様かしら?」

サーシャの言葉に重なるように、館内い音高くノックの音が響いた。





腰に短剣を吊るしたサーシャと、念のために付いていったキリトに(ともな)われて食堂に入ってきたのは、長身の女性プレイヤーだった。

銀色の長いポニーテールに束ね、怜悧(れいり)という言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちの中で空色の瞳が印象的な光を放っている。

髪型、髪色、更に瞳の色までも自由にカスタマイズできるSAOだが、大元の素材が日本人であるため、このような強烈な色彩設定が似合うプレイヤーはかなり少ないと言える。俺の場合、自分は西洋人だから関係はない。

鉄灰色のケープに隠されているが、女性プレイヤーが身に纏う濃緑色の上着と大腿部(だいたいぶ)がゆったりとしたズボン、ステンレススチール風に鈍く輝く金属鎧は、間違いなく《軍》のユニフォームだ。右腰にショートソード、左腰にはグルグルと巻かれた黒革のウィップが吊るされている。

女性の身なりに気づいた子供達も一斉に押し黙り、眼に警戒の色を浮かべて動きを止めている。だが、サーシャは子供達に向かって笑いかけると、安心させるように言った。

「みんな、この人は大丈夫よ。食事を続けなさい」

一見頼りなさそうだが、子供達からは全幅の信頼を置かれているらしいサーシャの言葉に、皆ホッとしたように肩の力を抜き、すぐさま食堂に喧騒(けんそう)が戻った。その中を丸テーブルまで歩いてきた女性プレイヤーは、サーシャから椅子を(すす)められると軽く一礼して椅子に腰掛けた。

事情が呑み込めず、視線でキリトに問い掛けると、椅子に座ったキリトも首を傾げながら俺に向かって言った。

「ええと、この人……俺達に話があるらしいよ」

銀髪の女性はまっすぐな視線を一瞬俺に向けた後、ぺこりと頭を下げて口を開いた。

「初めまして、《ユリエール》です。ギルド《ALF》に所属しています」

「ALF?」

始めて聞く名にアスナが問い返すと、俺が説明した。

「《アインクラッド解放軍》の略称だ」

「あ、なるほど」

アスナを納得させた後、ユリエールに視線を向け、彼女に問う。

「自己紹介の必要はあるか?」

と言った途端、ユリエールは落ち着いた(つや)やかな声で言った。

「いいえ。必要ありませんよ、ネザーさん」

自分の名を呼ばれた途端、やはりこの女も知ってるのか、と内心で呟きながらエメラルドグリーンの瞳を見張った。

「攻略組所属のトップソロプレイヤーにして、《神速》の異名で知られていることは、私も存じております」

真っ先に煙たがられると思っていたが、ユリエールの場合は尊敬しているように見えた。こういった人間の相手は正直、面倒に思える。

「そんな大した者じゃない」

謙遜(けんそん)な素振りを取るが、ユリエールはそれを受け入れずに続けた。

「いいえ、大した者ですよ。連中をあしらったのも、あなたの活躍だと聞いております」

連中、というのが昨日の暴行恐喝集団のことだと悟った俺は、警戒心をより強く抱きながら言った。

「……昨日の件で抗議に来たのか?」

「いえいえ、とんでもない。その逆です、よくやってくれたとお礼を言いたいくらい」

「………?」

事情が掴めず沈黙する俺と、キリト、アスナに向かってユリエールは姿勢を正した。

「今日は、あなた方3人にお願いがあって来たのです」

「お願い……?」

銀の髪を揺らして頷き、軍の女性剣士は続けた。

「はい。最初から、説明します。軍というのは、昔からそんな名前だったわけじゃないんです。軍ことALFが今の名前になったのは、かつてのサブリーダーで現在の実質敵支配者の《キバオウ》という男が実験を握ってからのことです。最初はギルド《MTD》という名前で……、聞いたことありませんか?」

アスナには聞き覚えがなかったが、俺とキリトが答えた。

「確か、《MMOトゥディ》の略だったな」

「SAO開始当時の、日本最大のネットゲーム総合情報サイトで、そのギルドを結成したのが、そこの管理者だったはずだ。確か名前は……」

「《シンカー》」

その名前を口にした時、ユリエールの顔がわずかに歪んだ。

「彼は、決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけではないのです。ただ、情報や資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……」

その辺りの《軍》の理想と崩壊についてはアスナも伝え聞いていた。多人数でモンスター狩りを行い、危険を極力減らした上で安定した収入を得てそれを均等に分配しようという思想自体は間違っていない。だがMMORPGの本質はプレイヤー間でのリソースの奪い合いであり、それはSAOのような異常かつ極限的状況にあるゲームに於いても変わらなかった。

いや、むしろだからこそ、と言うべきか。

(ゆえ)に、その理想を実現するためには組織の現実的な規模と強力なリーダーシップが必要であり、その点に於いて軍はあまりにも巨大すぎたのだ。得たアイテムの秘匿(ひとく)が横行し、粛清(しゅくせい)、反発が相次ぎ、リーダーは徐々に指導力を失っていった。

「そこに台頭してきたのが、先ほどおっしゃったキバオウでした」

ユリエールは苦々しい口調で言った。

「彼は、シンカーが放任主義なのをいいことに、同調する幹部プレイヤー達と体制の強化を打ち出して、ギルドの名前を《アインクラッド解放軍》に変更させました。更に公認の方針として犯罪者狩りと効率のいいフィールドの独占を推進したのです。それまで、一応は他のギルドとの友好も考え狩場のマナーは守ってきたのですが、数の力で長時間の独占を続けることでギルドの収入を激増し、キバオウ一派の権力はほとんど強力なものとなっていきました。最近ではシンカーはほとんど飾り物状態で……。キバオウ派のプレイヤー達は調子に乗って、街区圏内でも《徴税》と称して恐喝(きょうかつ)まがいな行為すら始めたのです。昨日、ネザーさんが痛めつけたのもその連中の急先鋒(きゅうせんぽう)だった者達です」

ユリエールは一息つくと、サーシャの入れたお茶を飲み、続けた。

「でも、キバオウ派にも弱みがありました。それは、資財の畜積(ちくせき)だけにうつつを抜かして、ゲーム攻略を(ないが)しろし続けたことです。本末転倒(ほんまつてんとう)、というキバオウを批判する声が大きくなりました。その不満を抑えるため、キバオウは配下の中で、最もハイレベルのプレイヤー達による攻略パーティーを組ませ、最前線のボス攻略に送り出したんです」

「コーバッツ……」

俺は、思わずキリトとアスナの顔を見合わせた。第74層迷宮区のフロアボス《ザ・グリームアイズ》にロクな準備もせずに挑み、無残に散った軍所属プレイヤー《コーバッツ》の一件は記憶に新しいところだ。

「いかにハイレベルと言っても、元々我々は攻略組のあなた方に比べれば力不足は(いな)めません。……結果、パーティーは退散、隊長のコーバッツ氏が死亡という最悪の結果にキバオウは強く糾弾(きゅうだん)され、もう少しで彼をギルドから追放できるところまで行ったのですが……」

ユリエールは高い鼻梁(びりょう)(しわ)を寄せ、唇を噛んだ。

「追い詰められたキバオウは、シンカーを罠に掛けるという強攻策に出ました。……シンカーを、ダンジョン奥深くに、置き去りにしたんです」

「え……!?」

「転移結晶は!?」

アスナは驚愕。反射的に訪ねたキリトに、ユリエールは小さく首を横に振った。

「シンカーは好い人過ぎたんです。キバオウの『丸腰で話し合おう』という言葉を信じたせいで、非武装で出かけてしまって……。3日前のことです」

「じゃあ、シンカーはどうなったんだ?」

俺の問いに、ユリエールは俯いたまま答えた。

「《生命の碑》の彼の名前は無事なので、おそらく安全地帯に身を潜めていると思います。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので身動きが取れないようで……ご存知の通りダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルドストレージにアクセスできませんから、転移結晶を届けることもできないんです」

出口を死地ど真ん中に設定した回廊結晶を使う殺人は《ポータルPK》というメジャーな手法で、当然シンカーも知っていたはずだ。しかし、反目していたとは言え、よもや同じギルドのサブリーダーがそこまでするとは思わなかったのだろう。あるいは、思いたくなかったのか。

「……ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作できるのはシンカーとキバオウだけ。このままシンカーが戻らなければ、ギルドの一事や会計まで全てキバオウにいいようにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは、彼の副官である私の責任です。しかし、彼が幽閉されたダンジョンはとても私のレベルでは突破できませんし、キバオウが睨みを利かせる中では、軍の助力はアテにできません」

ギュッと唇を噛んでから、俺を、そしてキリトとアスナをまっすぐに見つめてくる。

「そんなところに、恐ろしく強い剣士とその連れが2名街に現れたという話を聞きつけ、その剣士が《神速》とうたわれたネザーさん、そして連れの2名が《黒の剣士》キリトさんに《血盟騎士団》副団長アスナさんだということを知り、居ても立ってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。ネザーさん、キリトさん、アスナさん」

ユリエールは深々と頭を下げ、言った。

「お会いしたばかりで厚顔きわまるとお思いでしょうが、どうか私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか?」

長い話を終え、口を閉じたユリエールの顔を、アスナはじっと見つめた。

悲しいことだが、SAO内では他人の言う事をそう簡単に信じることはできない。特に俺は、誰よりも人を信じることができない。今回のことにしても、俺とキリトとアスナを圏外におびき出し、危害を加えようとする陰謀である可能性は捨てきれない。通常は、ゲームに対する充分な知識さえあれば騙そうとする人間の話にはどこか(ほころ)びが見つかるものだが、それでも俺はユリエールを簡単には信用できない。《軍》の内情に関して無知であるならなおさらだ。

3人は一瞬眼を見交わして、アスナは重い口を開いた。

「……ユリエールさん、わたし達にできることなら、力を貸して差し上げたいと思いますが、そのためには、こちらで最低限のことを調べてあなたのお話しを裏付けしないと……」

「無理なお願いだということは、私にもわかっています……。でも、黒鉄宮の《生命の碑》にシンカーの名前が、いつ横線が刻まれるかと思うと、もうおかしくなりそうで……」

ユリエールの、気丈そうな瞳が(うる)むのを見て、アスナの気持ちは揺らいだ。信じてあげたい、と痛切に思う。しかし、以前俺がアスナにこう言った。

己の感情や感傷だけで動くのは危険だ。空回りする感情は狂気にもなりうる、と。

その言葉が、動くことの危うさへ大きく警鐘(けいしょう)を鳴らしている。

アスナがキリトに眼を向けると、彼もまた迷っているようだった。次いで俺を見るが、彼の赤い眼は迷いと言うより、困惑の心を映してるようだった。

その時だった。今まで沈黙していたユイが、フッとカップから頭を上げ、言った。

「だいじょうだよ、ママ。その人、うそついてないよ」

アスナは呆気にとられ、まじまじとユイを見つめた。発言の内容もさることながら、昨日までの言葉のたどたどしさが嘘のような立派な日本語である。

「ユ……ユイちゃん、そんなこと、わかるの?」

顔を覗き込むようにして問いかけると、ユイはこくりと頷いた。

「うん。うまく……言えないけど、わかる……」

その言葉を聞いたキリトは右手を伸ばし、ユイの頭をクシャクシャと撫でた。アスナを見て、ニヤッと笑う。

「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。行こう、きっと何とかなるさ」

「相変わらずのんきの人ねぇ」

首を振ってそう答えながら、アスナは未だ決断を下せていない者の顔を見た。

「ネザー君は、どうする?」

傷痕剣士の眼には、先ほどまでの困惑の色がなくなり、既に決断した色になっている。しかし、その口から告げられた答えはアスナとキリトが期待したものではなかった。

「……行く必要があるとは思えないな」

「なんでだよ?」

キリトが訪ねると、非情な言葉を吐いた。

「遅かれ早かれ……人はいずれ死ぬ。俺にとって……軍の有り様など、どうでもいいことだ」

助けに行く気がないと察したユイが、不意に俺の左手を取って言う。

「お兄ちゃん……おねがい。たすけてあげて」

「………っ」

悲しそうな表情で言うユイに、俺は思わず眼を見開いてしまう。

数秒という時の中で《親友》のことを思い出してしまい、それが引き金になったかのように右手を振りながらユイを静め、一度ため息を吐いて言った。

「……わかった、わかったから……そんな眼で俺を見るな」

無理矢理やらされるような形で賛成した途端、ユイの悲しい表情が一気に大口を開けた笑顔に変化した。

そんな様子を見ていたキリトとアスナも笑顔で、ネザーも幼い子供の押しには弱いんだな、と互いに脳裏で呟きながら貴重な様子を拝見した。

3人が賛成になったところでアスナはユリエールに向き直り、微笑みかけながら言った。

「微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたいって気持ちは、わたしにもよくわかりますから」

ユリエールは、空色の瞳に涙を溜めながら、深々と頭を下げた。

「ありがとう……ありがとうございます……」

「それは、シンカーさんを救出してからにしましょう」

アスナがもう一度笑いかけると、今まで黙って事態の成り行きを見守っていたサーシャがポンと両手をを打ち合わせた。

「そういうことなら、しっかり食べていってくださいね!まだまだありますから、ユリエールさんもどうぞ」





初冬の弱々しい陽光が、深く色づいた街路樹の梢を透かして石畳に薄い影を作っている。《はじまりの街》の裏通りは行き交う人も少なく、無限とも思える街の広さとあいまって寒々しい印象を隠せない。

俺のようにしっかり武装したアスナと、ユイを抱いたキリトは、ユリエールの先導に従って早足に街路を進んでいた。

アスナは、当然のこととしてユイをサーシャに届けてこようとしたのだが、ユイが頑固に一緒に行くと言って聞かなかったので、やむなく連れてきたのだ。無論、ポケットにはしっかりと転移結晶を用意している。ユリエールには申し訳ないが、いざとなれば離脱して仕切り直す手筈になっている。

「あ、そう言えば肝心なことを聞いてなかったな」

キリトが、前を歩くユリエールに話し掛けた。

「問題のダンジョンってのは何層にあるんだ?」

ユリエールの答えは簡素だった。

「ここ、です」

「……?」

アスナは思わず首を傾げる。

「ここ……って?」

「この、《はじまりの街》の中心部の地下に、大きなダンジョンがあるんです。シンカーは……多分、その一番奥に……」

「マジかよ」

キリトがうめくように言った。

「ベータテストの時にはそんなのなかったぞ。不覚だ……」

「そのダンジョンの入り口は、黒鉄宮……つまり軍の本拠地の地下にあるんです。おそらく、上層攻略の進み具合によって解放されたタイプのダンジョンなんでしょうね。発見されたのはキバオウが実験を握ってからのことで、彼はそのダンジョンを自分の派閥で独占しようと計画しました。長い間シンカーにも、もちろん私にも秘密にして……」

「未踏破ダンジョンなら、一度しか湧出(ポップ)しないアイテムも多い。儲けるとしてはいいだろうが……あの連中はおそらく……」

「ええ、お察しの通りです」

分析力を発揮する俺に、ユリエールは痛快といった口調で答えた。

「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンの難易度は恐ろしく高くて……。基本配置のモンスターだけでも、60層あたりのレベルがありました。キバオウ自身が率いた先遺隊は、散々追い回されて、命からがら転移脱出する羽目になったそうです。使いまくったクリスタルのせいで大赤字だったとか……」

「ハハハ、なるほど」

キリトの笑い声に笑顔で応じたユリエールだが、すぐに沈んだ表情を見せた。

「でも、今は、そのことがシンカーの救出を難しくしています。キバオウが使った回廊結晶は、モンスターから逃げ回りながら相当奥まで入り沈んだ所でマークしたものらしく……シンカーがいるのはそのマーク地点の先なのです。レベル的には、1対1なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなんですが、連戦はとても無理です。失礼ですが、あなた方3人は大丈夫なのですか?力を疑うわけではありませんが」

「俺達はすでに70層以上まで達している。何も問題ない」

「何とかなると……」

「思います」

俺の言葉を引き継ぐように、キリトとアスナが頷いた。60層配置のダンジョンを、マージンを充分取って攻略するのに必要なレベルは70だが、現在アスナはレベル87、キリトはレベル90に到達し、俺に至っては100を越えている。キリトは、これならユイを守りながらでもダンジョンを突破できるだろうと思い、ホッと肩の力を抜く。だがユリエールは気掛かりそうな表情のまま、言葉を続けた。

「……それと、もう1つだけ気掛かりなことがあるんです。先遺隊に参加していたプレイヤーから聞き出したんですが、ダンジョンの奥で……巨大なモンスター、ボス級の奴を見たと……」

「………」

俺は、顔を少し斜め下に向けた。

「60層のボスモンスターと同等の奴か……」

「あそこのボスは確か……石でできた鎧武者みたいな奴だったな」

ボスの特徴を告げたキリトは、ユリエールに向かってもう一度頷きかける。

「まあ、なんとかなるだろう」

「そうですか、よかった!」

ようやく口元を緩めたユリエールは、何か眩しい物でも見るように眼を細めながら言葉を続けた。

「そうですか……。あなた方3人は、ずっとボス戦を経験してらしてるんですね……。すみません、貴重な時間を()いていただいて……」

「いえ、ネザー君はともかく、わたしとキリト君は休暇中ですから」

アスナは慌てて手を振る。

そんな話をしているうちに、前方の街並みの向こうに黒光りする巨大な建築物が姿を現し始めた。《はじまりの街》最大の施設、《黒鉄宮》だ。正門を入ってすぐの広間にはプレイヤー全員の名簿である《生命の()》が設置され、そこまでは誰でも自由に入れるが、奥に続く敷地(しきち)の大部分は軍が完全に占拠してしまっている。

ユリエールは宮殿の正門にむ向かずに、裏手に回った。高い城壁と、それを取り巻く深い掘が侵入者を拒むべくどこまでも続いている。人通りはまったくない。

数分歩き続けた後、ユリエールが立ち止まったのは、道から掘の水面近くまで階段が降りている場所だった。覗き込むと、階段の先端右側の石壁に暗い通路がぽっかりと口を開けている。

「ここから宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入り口を目指します。ちょっと暗くて狭いんですが……」

ユリエールはそこで言葉を切り、気掛かりそうな視線をチラリと腕の中のユイに向けた。するとユイは心外そうに顔を(しか)め、

「ユイ、こわくないよ!」

と主張した。その様子に、アスナは思わず微笑を 漏もらしてしまう。

ユリエールには、ユイのことは「一緒に暮らしてるんです」としか説明していない。彼女もそれ以上のことは聞こうとしなかったのだが、さすがにダンジョンに伴うのは不安なのだろう。

アスナは安心させるように言った。

「大丈夫です、この子、見た目よりずっとしっかりしてますから」

「うむ。きっと将来はいい剣士になる」

キリトの発言に、アスナと眼を見交わして笑うが、俺は「人の未来なんて……わかるもんじゃねぇよ」としか言えない。

ユリエールは大きく頷いた。

「では、行きましょう!」
 
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