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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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捜索

それなりの感慨(かんがい)を抱いて街並みを眺めている。

感覚を振り払うように頭を一振りすると、俺はキリトに抱かれるユイの頭を覗き込んだ。それと同時に、キリトの傍らに立つアスナがユイに訊いた。

「ユイちゃん、見覚えのある建物とか、ある?」

「うー……」

ユイは難しい顔で、広場の周囲に連なる石造りの建築物を眺めていたが、やがて首を振った。

「わかんない……」

「まあ、《はじまりの街》は恐ろしく広いからな」

キリトがユイの頭を撫でながら言った。

「あちこち歩いていれば、そのうち何か思い出すかもしれない。とりあえず、中央広場に行ってみようぜ」

「そうだね」

「………」

頷き合い、3人は南に見える大通りに向かって歩き始めた。

それにしても、歩きながらアスナは(いぶか)しい気持ちで改めて広場を見渡した。意外なほど、人が少ない。

《はじまりの街》のゲート広場は、2年前のサーバーオープン時に全プレイヤー1万人を収容しただけあってとてつもなく広い。完全な円形の、石畳(いしだたみ)()()められた空間の中央には巨大な時計塔が(そび)え、その下部に転移ゲートが青く揺らめいている。塔を取り囲むように同心円状に細長い花壇(かだん)が伸び、その間に瀟洒(しょうしゃ)な白いベンチがいくつも並ぶ。こんな天気のいい午後には一時の(いこ)いを求めるプレイヤーで賑わってもおかしくないのに、見える人影は皆ゲートか広場の出口に向かって移動していくばかりで、立ち止まったりベンチに腰掛けたりしているものはほとんどいない。

上層にある大規模な街では、ゲート広場は常に無数のプレイヤーで乱している。世間話に花を咲かせたり、パーティーを募集したり、簡単な露店を開いたりと、(たむろ)する人々のせいでまっすぐに歩けないほどだった。

「ねぇ、キリト君」

「ん?」

振り向いたキリトに、アスナは訊ねた。

「ここって今プレイヤー何人くらいいるんだっけ?」

「うーん、そうだな……。生き残ってるプレイヤーが約6000人、《軍》を含めるとその3割くらいがこの街に残ってるらしいから、2000弱ってとこじゃないか?」

「その割には、あまりにも人が少なすぎる。妙だな」

周りに眼を向けていた俺の一言は確かだった。

「……マーケットか何かにでも集まってるのかな?」

広場から大通りに入り、店舗と屋台が建ち並ぶ市場エリアに差し掛かっても、相変わらず街は閑散(かんさん)としていた。やたらと元気のいいNPC商人の呼び込み声が、通りを虚しく響き渡っていく。

それでもどうにか、通りの中央に立つ大きな木の下に座り込んだ男を見つけ、アスナは近寄って声を掛けてみた。

「あの、すみません」

妙に真剣な顔で高い(こずえ)を見上げている男は、顔を動かさないまま面倒くさそうに口を開いた。

「なんだよ」

「あの……この近くで、尋ね人の窓口になってるような場所、ありませんか?」

その言葉を聞いて、男はようやく視線をアスナに向けてきた。遠慮のない眼つきでアスナの顔をジロジロ眺めまわす。

「なんだ、あんたよそ者か」

「え、ええ。あの……この子の保護者を探してるんですけど……」

背後に立つキリトの腕に抱かれ、ウトウト微睡(まどろ)んでいるユイを指し示す。

クラスを察しにくい簡素な布服姿の男は、チラリとユイを見やると多少眼を丸くしたが、すぐにまた視線を頭上の梢へと移した。

「……迷子かよ。珍しいな。……東7区の川べりの教会に、ガキのプレイヤーがいっぱい集まって住んでるから、行ってみな」

「あ、ありがとう」

思いがけず有望そうな情報を得ることができて、アスナはペコリと頭を下げた。物はついでと、更に質問してみることにする。

「あのー……一体、ここで何してるんですか?それに、なんでこんなに人がいないの?」

男は渋面を作りながらも、満更(まんざら)でもなさそうな口調で答えた。

「企業秘密だ、と言いたいとこだけどな。よそ者なら、まあいいや……。ほら、見えるだろ?あの高い(えだ)

男が伸ばした指の先を、アスナは眼で辿った。大振りな街路樹は張り出した枝々を鮮やかに紅葉させているが、眼を()らしてみるとその葉影にいくつか、黄色い果実が()っているのが見えた。

「もちろん街路樹は破壊不可能オブジェクトだから、登ったって実は(おろ)か葉っぱのの1枚も千切れないんだけどな」

男の言葉が続く。

「1日に何回か、あの実が落ちるんだよな……。ほんの数分で腐って消えちまうんだけど、それを逃さず拾えば、NPCに結構な値で売れるんだぜ。食ってもうまいしな」

「へええー」

料理スキルをマスターしているアスナは、食材アイテムの話には一方(ひとかた)ならぬ興味をがある。

「いくらくらいで売れるの?」

「……1個、5コルだ」

「え……」

男の得意げな顔を見ながら、アスナは思わず絶句した。その値段の、あまりの安さに驚愕したためだ。それでは、丸1日この樹に張り付くひ労力とまるで釣り合わない。

「あ、あの……それじゃあんまり割に合わないっていうか……。フィールドでモンスターの1匹も倒せば、30コルにはなりますよ」

そう言った途端、今度は男が眼を丸くした。頭がおかしいんじゃないのか、という感じの視線をアスナに向けてくる。

「本気で言ってるのかよ。フィールドでモンスターと戦ったりしたら……死んじまうかもしんねえだろうが」

「………」

アスナは返す言葉がなかった。確かにこの男の言うように、対モンスター戦には死の危機が常に付きまとう。だが現在のアスナの感覚では、それは現実世界で道を歩く時、交通事故に()うのを四六時中(しろくじちゅう)に心配するようなもので、怖がっても始まらないと言うしかない。

SAO内での死に対する自分の感覚が鈍磨(どんま)しているのか、男がナーバスすぎるのか、咄嗟(とっさ)に判断することができずにアスナは立ち尽くした。多分、どちらが正解というものではないのだろう。《はじまりの街》では、きっと男の言うことが常識なのだ。

アスナの複雑な心境(しんきょう)など気にも留めない様子で、男は喋り続けた。

「で、何だっけ、人がいない理由?別にいない訳じゃない。みんな宿屋の部屋に閉じこもってるのさ。昼間は《軍》の徴税(ちょうぜい)部隊に出くわすかもしれないからな」

「ちょ、徴税(ちょうぜい)……。それは一体何なの?」

(てい)のいいカツアゲさ。気をつけろよ、奴らよそ者だからって容赦しないぜ。おっ、1個落ちそうだ……。話はこれで終わりだ」

男は口を(つぐ)むと、真剣な眼差しで上空を睨み始めた。アスナはペコリと頭を下げると、今の会話中ずっと俺とキリトが沈黙していたことに気づき、後ろを振り返った。

そこにあったのは、真剣な眼つきで黄色い木の実を見据えているキリトと、ただ腕組みをしたままアスナの方に眼を向けていた俺の姿だった。どうやらキリトは、次に落ちる実を全力で奪取するつもりらしい。

「やめなよもう!」

「だ、だってさ、気になるじゃん」

「そう思うのはお前だけだ」

アスナはキリトの襟首(えりくび)を掴むと、ズルズル引きずりながら歩き始め、俺はその後をついて行くだけだった。

「あ、ああ……うまそうなのに……」

未練たらたらなキリトの耳を引っ張って無理矢理振り向かせるアスナ。

「それより、東7区ってどの辺?協会で若いプレイヤーが暮らしてるみたいだから、行ってみよう」

「ああ」

「……はぁい」

すっかり眠りに落ちてしまったユイを受け取ったキリトは、しっかり抱き、俺とアスナはマップを覗き込みながら歩くキリトの横で速度を合わせた。





相変わらず人影の少ないだだっ広い道を、南東に目指して数十分も歩くと、やがて広大な庭園めいたエリアに差し掛かった。色づいた広葉樹(こうようじゅ)の林が、初冬の寒風の中わびしげに梢を揺らしている。

「えーと、マップではこの辺が東7区なんだけど……。その教会ってのはどこだろう?」

「あそこだ」

俺は、道の右側に広がる林の向こうに一際(ひときわ)高い尖塔(せんとう)を見つけ、視線でその方向を示した。青灰色の屋根を持つ塔の天辺に、十字に円を組み合わせた金属製のアンクが輝いている。間違いなく教会の印だ。各街に最低1つはある施設で、内部の祭壇(さいだん)ではモンスターの特殊攻撃《呪い》の解除や対アンデッドモンスター用に武器の祝福などを行うことができる。魔法の要素がほとんど存在しないSAOにおいて、最も神秘的な場所と言っていい。また、継続的にコルを納めることで教会内の小部屋を借り、宿屋の代わりに使う場合もある。

「あ、ちょっと待って」

教会に向かって歩き出そうとする俺とキリトを、アスナはつい呼び止めた。

「ん、どうした?」

「これからって時になんだ?」

「あ、ううん……。その……もし、あそこでユイちゃんの保護者が見つかったら、ユイちゃんを……置いてくるんだよね?」

キリトの黒い眼が、アスナを(いた)わるように(やわ)らいだ。近寄り、両腕でそっと、眠るユイごとアスナの体を包み込む。

「別れたくないのは俺も一緒さ。何て言うのかな……ユイがいることで、あの森が本当の家になったみたいな……そんな気がしたもんな。でも、会えなくなるわけじゃない。ユイが記憶を取り戻したら、きっとまた訪ねてきてくれるさ」

「ん……。そうだね」

小さく頷くと、アスナは腕の中の言うユイに頬をすり寄せ、意を決して歩き出した。

教会の建物は、街の規模に比べると小さなものだった。2階建てで、シンボルである尖塔も1つしかない。最も《はじまりの街》には複数の教会が存在し、ゲート広場近くのものはちょっとした城館ほどのサイズがある。

俺は正面の大きな2枚扉の前に達すると、右手で片方の扉を押し開け、中へと足を踏み入れる。公共施設なので当然、鍵は掛けらていない。内部は薄暗く、正面の祭壇を飾るロウソクの炎だけが(いし)()きの床を弱々しく照らし出している。一見したところ人の姿はない。

「誰もいないのかな?」

入り口から上半身だけ差し入れたアスナが首を傾げながら言うと、俺が低めた声で否定した。

「いや、人を気配を感じる。右の部屋に3人、左に4人……。2階にも何人かいる」

「……《索敵スキル》って、壁の向こうの人数までわかるの?」

「俺には《索敵スキル》の熟練度なんか関係ない。ただ気配を感じる。それだけだ」

「人間離れすぎじゃないか……」

ようやくキリトもそっと教会内部に足を踏み入れながら言った。シーンとした静寂は周囲を包むが、何となくその中に人が息を潜める気配がある気はしていた。

「あの、すみません、人を探してるんですけど!」

アスナは少し大きな声で呼び掛ける。すると、内部の右側のドアがわずかに開き、その向こうから細い女性の声が響いてきた。

「……《軍》の人じゃ、ないんですか?」

「違います。上の層から来たんです」

俺はいつも通りの戦闘服と装備を身につけているが、キリトとアスナは剣は(おろ)か戦闘用の防具1つ身に着けていない。軍所属のプレイヤーは常にユニフォームの重武装を(まと)っているので、格好だけでも《軍》とは無関係であることがわかってもらえたはずだ。

やがて、ドアがキイッと開くと、1人の女性プレイヤーがおずおずと姿を現した。

茶色のショートヘア、黒緑の大きなメガネをかけ、その奥で怯えを(はら)んだ深緑色の瞳をいっぱいに見開いている。簡素な濃紺のプレーンドレスを身に纏い、手には鞘に収められた小さな短剣。

「本当に……軍の徴税隊じゃないんですね……?」

アスナは安心させるように女性に微笑みかけると、頷いた。

「ええ、わたし達は人を探していて、今日上から来たばかりなんです。軍とは何も関係ありませんよ」

その途端。

「上から!?ってことは本物の剣士なのかよ!?」

(かん)(だか)い、少年めいた叫び声と共に、女性の背後のドアが大きく開き、中から数人の人影がバラバラと走り出してきた。直後、祭壇の左のドアも開け放たれ、同じく数名が駆け出してくる。

呆気にとられた俺達が声もなく見る中、メガネの女性の両脇(りょうわき)にズラリと並んだのは、どれも幼い少年少女と言っていいくらいの若いプレイヤー達だった。下は11歳、上は13歳と言ったところだろう。皆が興味津々(きょうみしんしん)に3人を眺め回している。

「こら、あなた達、部屋に隠れてなさいって言ったじゃない!」

慌てたように子供達を押し戻そうとする女性だけが20歳前後と思われる。最も、誰1人として命令に従う子はいない。

だが子供達はキリトとアスナが私服姿でいることから2人は剣士ではないと認識し、失望した感じになった。

しかし、お馴染みの戦闘服と片手剣を装備していた俺だけはしっかり剣士として認識され、子供達の注目の的になった。

赤毛の短髪をツンツン逆立てた少年が真っ先に叫び声を上げた。

「スゲェー!兄ちゃん、本物の剣士なの!?かっこいいじゃん!」

「あ……その……」

子供達の顔はなおも輝き続け、「何かやって」「剣を振って」などと口々に言い(つの)られ、俺は珍しく戸惑う羽目に追い込まれた。

「こらっ、初対面の方に失礼なこと言っちゃダメでしょう。すみません、普段お客様なんてまるでないものですから……」

いかにも恐縮したように頭を下げるメガネの女性に向かって、謝罪するのは当然か……、と思いながら一応納得した。

それよりも、自分より幼い子供達にこれだけ注目されることが不思議で仕方なかった。

自分が剣士だという理由で子供達に注目されてるのはわかってるが、顔の傷痕を見ても煙たがり、忌み嫌うような様子はなかった。むしろこの2本の傷痕を《かっこいい》や《勇ましい》という感じに認識しているようだ。大人の中で同じようなことを言うのはせいぜいクラインかエギルくらいだ。

まだ幼い子供だからわからないだけだと思うが、人間は自分達が理解できない存在や出来事に対して恐れを抱き、拒絶反応を示す傾向のある生き物だ。だが現状は、自分に注目し続ける彼らに戸惑ってばかりいる上、ただ何かを言い掛けるように口をパクパク動かしながら顔を下に向け、子供達と眼を合わせないようにすることしかできなかった。

「すみません、本当に……」

メガネの女性が、困ったように首を振りつつも、喜ぶ子供達の様子に微笑みを浮かべて言った。

「……あの、こちらへどうぞ。今お茶の準備をしますので……」





礼拝堂の右にある小部屋に案内された3人は、振舞われた熱いお茶を一口飲んでハッと息をついた。

「それで……人を探してらっしゃるということでしたけど……?」

向かいの椅子に腰掛けたメガネの女性が、小さく首を傾けて言った。

「あ、はい。ええと……わたしはアスナ。この人はネザー。そしてこちらはキリトといいます」

アスナが自分とそれぞれに手で指しながら紹介した。

「あっ、すみません、名前も言わずに。私は《サーシャ》です」

ペコリと頭を下げる。

「で、この子がユイです」

膝の上で眠り続けるユイの髪を撫でながら、アスナは言葉を続けた。

「この子、22層の森の中で迷子になってたんです。記憶を……なくしてるみたいで……」

「まあ……」

サーシャという女性の、大きな深緑色の瞳がメガネの奥でいっぱいに見開かれる。

「装備も、服以外は何にもなくて、上層で暮らしてたとは思えなくて……。それで、《はじまりの街》に保護者とか、この子のことを知ってる人がいるんじゃないかと思って、探しに来たんです。で、こちらの教会で、子供が集まって暮らしていると聞いたものですから……」

「そうだったんですか」

サーシャは両手でカップを包み込むと、視線をテーブルに落とした。

「……この教会には、小学生から中学生くらいの子供が20人くらい暮らしています。多分、現在この街にいる子供プレイヤーのほとんどだと思います。このゲームが始まった時……」

声は細いが、はっきりした口調でサーシャが話し始めた。

「それくらいの子供達のほとんどは、パニックを起こして多かれ少なかれ精神的に問題を(きた)しました。もちろんゲームに適応して、街を出て行った子供もいるんですが、それは例外的なことだと思います」

当時のレギンには覚えのないことだった。宿屋の一室に閉じこもることも精神崩壊することも一切なく、《はじまりの街》から《ホルンカの村》へ一直線に向かった。そのため、サーシャの話には飲み込めない部分がある。

「私、ゲーム開始から1ヶ月くらいは、ゲームクリアを目指そうと思ってフィールドでレベル上げしてたんですけど……ある日、そんな子供達の1人を街角で見かけて、どうしても放っておけなくて、連れてきて宿屋で一緒に暮らし始めたんです。それで、そんな子供達が他にもいると思ったら居ても立ってもいられなくなって、街中(まちじゅう)を回っては独りぼっちの子供に声を掛けるようなことを初めて……。気づいたら、今のようなことになってたんです。だから、なんだか……あなた方みたいに上層で戦ってらっしゃる方もいるのに、私がドロップアウトしちゃったのが、申し訳なくて」

「そんな……そんなこと」

アスナは首を振りながら、一生懸命に言葉を探そうとしたが、喉が詰まって声にならなかった。後を引き継ぐようにキリトが言った。

「そんなことないです。サーシャさんは立派に戦ってる。俺なんかよりも、ずっと」

「ありがとうございます。でも、義務感でやってるわけじゃないんです。子供達を暮らすのはとっても楽しいです」

ニコリと笑い、サーシャは眠るユイを心配そうに見つめた。

「だから……私達、2年間ずっと、毎日建物を見て回って、困ってる子共がいないか調べてるんです。そんな小さい子が残されていれば、絶対気づいたはずです。残念ですけど……《はじまりの街》で暮らしてた子じゃないと思います」

「そうですか……」

アスナは俯き、ユイをギュッと抱きしめた。気を取り直すように、サーシャの顔を見る。

「あの、立ち入ったことを聞くようですけど、毎日の生活費とか、どうしてるんですか?」

「あ、それは、私の他にも、ここを守ろうとしてくれる年長の子供が何人かいて……彼らは街周辺のフィールドなら絶対大丈夫なレベルなので、食事代くらいは何とかなってます。贅沢はできませんけどね」

「だが、さっき街で話しを聞いた時、フィールドでモンスターを狩るのは常識外の自殺行為だと言っていた」

俺の言葉に、サーシャはコクリと頷いた。

「基本的に、今《はじまりの街》に残ってるプレイヤーは全員そういう考えだと思います。それが悪いとは言いません。死の危険を考えれば、仕方ないことなのかもしれないんですが……。でも、ですから私達は相対的に、この街の平均的プレイヤーよりお金を稼いでいることにもなるんです」

確かに、この教会の客室を常時借り切っているなら、1日あたり100コルは必要になるだろう。先刻の木の実ハンターの男の日収を大きく上回る額だ。

「だがら、最近眼を付けられちゃって……」

「……誰にです?」

サーシャの穏やかな眼が一瞬厳しくなった。言葉を続けようと口を開いた、その時。

「先生!サーシャ先生!大変だ!!」

部屋のドアがバンと開き、数人の子供達が雪崩れ込んできた。

「こら、お客様に失礼じゃないの!」

「それどころじゃないよ!!」

先ほどの赤毛の少年が、眼に涙を浮かべながら叫んだ。

「ギン兄ぃ達が、軍の奴らに捕まっちゃったよ!!」

「!!……場所は!?」

別人のように毅然(きぜん)とした態度で立ち上がったサーシャが、少年に訊ねた。

「東5区の道具屋裏の空き地。軍が10人くらいで通路をブロックしてる。コッタだけが逃げられたんだ」

「わかった、すぐ行くわ。すみませんが……」

サーシャはレギンとアスナとキリトの方に向き直ると、軽く頭を下げた。

「私は子供達を助けに行かなければなりません。お話はまた後ほど……」

「俺達も行くよ、先生!!」

赤毛の少年が叫ぶと、その後ろの子供達も口々に同意の声を上げた。少年はレギンの傍に駆け寄り、必死の形相で言った。

「なぁ、傷痕の兄ちゃん、その剣を貸してくれよ!それがありゃ、軍の連中もすぐに逃げ出すよ!」

「いけません!」

サーシャの叱責(しっせき)が飛ぶ。

「あなた達はここで待っていなさい!」

その時、今まで無言で成り行きを見ていた俺が椅子から立ち上がり、自分の腰に装備された剣を手で示しながら子供達を見た。

「この剣は俺以外には扱えない。必要パラメータも高いため、お前らじゃ装備するのは無理だ。……だから俺が行く」

珍しく誰かを助けに行く感じに言った途端、キリトとアスナは互いの眼を合わせて頷き、椅子から立ち上がってサーシャに向き直って口を開く。

「俺達にも手伝わせてください」

「少しでも人数が多いほうがいいはずです」

「……ありがとう、お気持ちに甘えさせていただきます」

サーシャは深く一礼すると、メガネをグッと押し上げ、言った。

「それじゃ、すみませんけど走ります!」





教会から飛び出したサーシャは、腰の短剣を揺らして一直線に走り始めた。俺とキリト、そしてユイ抱いたアスナもその後を追う。走りながらアスナがちらりと後ろを振り返ると、大勢の子供達が付いてくるのが見えたが、サーシャも追い返す気はないようだった。

木立の間を縫って東6区の市街地に入り、裏通りを抜けていく。最短距離をショートカットしているらしく、NPCショップの店先や民家の庭などを突っ切って進むうち、前方の細い路地を防ぐ一団が目に入った。最低でも10人はいるだろう。灰緑と黒鉄色で統一された装備は、間違いなく《軍》のものだ。

躊躇(ちゅうちょ)せず路地に駆け込んだサーシャが足を止めると、それに気づいた軍のプレイヤー達が振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。

「おっ、保母さんの登場だぜ」

「……子供達を返してください」

硬い声でサーシャが言う。

「人聞きの悪いこと言うなって。すぐに返してやるよ、ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな」

「そうそう。市民には納税の義務があるからな」

わははは、と男達が甲高い笑い声を上げた。固く握られたサーシャの拳がブルブルと震える。

「ギン!ケイン!ミナ!そこにいるの!?」

サーシャが男達の向こうに呼びかけると、すぐに怯えきった少女の声が返ってきた。

「先生!先生……助けて!」

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

「先生……ダメなんだ……!」

今度は、絞り出すような少年の声。

「くひひっ」

道を塞ぐ男の1人が、引き攣るような笑いを吐き出した。

「あんたら、随分な税金を滞納してるからなぁ……。金だけじゃ足りないよなぁ」

「そうそう、装備も置いていってもらわないとなぁー。防具も全部……何から何までな」

この《徴税隊》は、3人の子供達に、着衣も全て解除しろと要求しているのだ。かつての、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》や犯罪者プレイヤーを思い出させる。

男達の下卑(げび)な笑いを見て、とうとう我慢の限界に達したと思われる俺の中に、殺意と言ってもいい(いきどお)りが芽生え、不意に後ろからサーシャの右肩を掴み、後ろへ下がらせた。

「え、あの……ちょっと、ネザーさん?」

「サーシャ、話すだけ時間の無駄だ。こんな奴ら、痛め付けて無理矢理言うこと聞かせればいい」

サーシャの肩を放し、ジャンプで軍メンバーの頭上を軽々と飛び越え、四方に囲まれた空き地へと降り立った。

「うわっ!!」

その場にいた数人の軍メンバー達が驚愕の表情で飛び退(すさ)る。

空き地の片隅には、10代前半と思しき2人の少年と1人の少女が固まって身を寄せ合っていた。防具は既に解除され、簡素なインナーだけの姿だった。俺は無表情のまま、子供達に歩み寄り、いつもより冷徹な口調で言った。

「見っともないから、さっさと装備を戻せ」

眼を丸くしていた3人はすぐにこくりと頷くと、慌てて足元から防具を拾い上げ、ウィンドウを操作し始めた。

「おい……おいおいおい!!」

その時、ようやく我に返った軍プレイヤーの1人が喚き声を上げた。

「なんだお前は!軍の任務を妨害……!」

その男、リーダーの喚き声が最後まで終えることはなかった。喚き声が上がった瞬時に、俺は眼にも止まらないほどの速さでリーダーの正面に近づき、左足で腹に強烈な(ひざ)()りを喰らわせた。

「ぐはっ!!」

周囲を染める蒼色の膝蹴り。爆発にも似た衝撃音。リーダーの(いか)つい顔が仰け反り、その場に尻餅(しりもち)をついた。

「お前らみてぇなクズ野郎のくだらねぇ話を聞くほど……俺は暇じゃないんだよ!」

リーダーの前まで歩み寄ると、俺は腰の後ろから片手剣を抜き、ソードスキルを発動させた。刃が蒼く輝き出し、再度の轟音(ごうおん)が放たれた。リーダーの体が弾かれたように後ろへ転がる。

「本当なら殺してやりたいところだが、あいにくここは《圏内》だからな。HPが減ることはない」

揺るぎない歩調で近づく俺の姿を見上げ、リーダーはようやく意図を悟ったように唇をわななかせた。

犯罪防止コード圏内では、武器による攻撃をプレイヤーに命中させても不可視の障壁に阻まれてダメージが届くことはない。だがこのルールにも裏の意味があり、つまり攻撃者が犯罪者カラーに落ちる心配もないということになる。

それを利用したのが《圏内戦闘》であり、通常は訓練での模擬戦(もぎせん)として行われる。しかし、攻撃者のパラメータとスキルが上昇するにつれてコード発動時のシステムカラーの発光と衝撃音は過大なものとなり、またソードスキルの威力によってはわずかながらノックバックも発生する。慣れない者にとっては、HPが減らないとわかっていても耐えられるものではない。

「ひあっ……や、やめっ……」

俺は手加減する様子を一切見せず、リーダーを剣撃によって地面に打ち倒す。

「お前らっ……見てないでなんとかしろっ……!!」

その声に、ようやく我に返った軍メンバーが次々と武器を抜いた。

南北の通路からも、予想外の事態に察したブロック役のプレイヤー達が走り込んでくる。半円形に首位を取り囲む男達に、俺は異名通りの《神速》になったように爛々(らんらん)と光る眼を向けた。

その時、ブロック役だった軍プレイヤーの1人が俺の顔を見た瞬間、失われた記憶を思い出したように顔に恐怖の色が浮かび上がった。

「お……おい、まずいぞ!」

怯えるその声につられた他の軍プレイヤー達が一気にその男に注目する。

「こ、こいつ……《攻略組》の最強ソロプレイヤー……《神速》のネザーだ!!」

軍プレイヤー全員がその名を聞いた瞬間、全員の顔に恐怖の色が浮かんだ。どうやら俺の噂はこの《はじまりの街》にまで届いているようだ。しかし、当の本人には喜ばしくないことだった。

軍の男達は全員、俺の正体を知った途端から怯え続け、一歩ずつ後ろへ引いた。

「ね、ネザーって……マジかよ!?」

「でも、噂じゃ……顔に2本の傷痕があると聞いたぞ!」

「確かに……こ、こいつの右頬……傷痕があるぞ!間違いなく本人だぜ!」

「自分が戦う相手に対して、決して手加減せず……完全に殺すまで戦い続けるって聞いたぜ!例えそれがプレイヤーだったとしても!」

男達が次々と神速の噂を口から吐き出す中、本人はいい加減ウンザリしてきた。

「おい!!」」

大声で叫び、軍を一斉に静粛させる。

「戦う気、あるのか、ないのか……はっきりしろ!」

そう言われて自分達の身の危険を確信した軍プレイヤーの1人が「に、逃げろ!!」と叫び、それに連なって他の軍全員が一斉に南北の通路へ向けて逃げ出した。その場に残った軍プレイヤーは1人もいなかった。

「口先だけのバカどもが……」

剣を腰の鞘に収め、気づけばそこには、絶句して立ち尽くすサーシャと、教会の子供達の姿があった。

「………」

俺は周囲の子供達の様子を見た。先ほどの、殺意に身を任せた荒れようはさぞかし子供達を怯えさせただろう。自分の醜い部分を、見せてしまったのだから。

ところが、子供達の先頭に立つ赤毛で逆毛の少年が、眼を輝かせながら叫んだ。

「すげえ……すっげえよ兄ちゃん!!初めて見たよあんなの!!」

「言っただろ、このお兄ちゃんは無茶苦茶強いって」

ニヤニヤ笑いながらキリトとアスナが進み出てきた。アスナは左手でユイを抱き、キリトは右手に剣を下げている。どうやら数人は彼が相手をしたらしい。しかも俺のことを、無茶苦茶強い、と吹き込んだらしい。

「………」

相手を殺すつもりで剣を抜いたというのに、責められるどころか、むしろ褒められている。眼を丸くする俺に、子供達がわっと歓声を上げて一斉に飛びついてきた。サーシャも両手を胸の前で握り締め、両眼に涙を溜めて泣き笑いのような表情を浮かべている。

その時。

「みんなの……みんなの、こころが……」

細いが、よく通る声が響いた。アスナはハッとして顔を上げた。自分の腕の中で、いつの間にか目覚めたユイが宙に見やったが、そこには何もない。

「みんなの……こころ……が……」

「ユイ!どうしたんだ、ユイ!!」

キリトが叫ぶとユイは2、3度瞬きをして、きょとんとした表情を浮かべた。アスナも慌てて、ユイの手を握る。

「ユイちゃん……何か思い出したの!?」

「……あたし……あたし……」

何かを思い出そうとするかのように顔を(しか)め、唇を噛む。すると、突然。

「うあ……あ……あああ!!」

その顔が仰け反り、細い喉から高い悲鳴が(ほとばし)った。

「………!?」

ザ、ザっという、SAO内では初めて聞くノイズ()みた音がアスナの耳に響いた。直後、ユイの硬直した体のあちこちが、崩壊するように激しく振動した。

「ゆ……ユイちゃん……!」

アスナも悲鳴を上げ、その体を両手で必死に包み込む。

「ママ……こわい……ママ……!!」

(ぼそ)い悲鳴を上げるユイを、アスナはギュッと胸に抱きしめた。数秒後、怪現象は収まり、硬直したユイの体から力が抜けた。

「何だ……今の……?」

(うつろ)な俺の呟きが、静寂に満ちた空き地に低く流れた。
 
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