堕天少女と中二病少年
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黒騎士たるもの、いかなる時であろうと余裕にあふれていなければならぬ(黒騎士談)
エネルギー補給の憩いこと、昼休み。
緩やかに流れ込んでくる風はやや涼しく、もうこれまでの肌寒さはほぼ感じぬ。太陽の熱線も、微かに攻撃的な暖かさを帯びている。
初夏が到来しつつあるのだろう。春もいよいよお役御免か。
そんな中我は――
「43……44……」
立ち入り禁止ゆえにいつも無人であるここ、学校の屋上にて腕立て伏せをしているッッッ!
時たま疲労により体から力が抜けそうになるが、めげてはならない。こうして厳しい鍛練をするのには重要な意味があるのだ。
約2週間前の遠足予定日――我は空を相手に大敗北を喫し、屈辱を味わった。
あれからというもの、戦闘技術の向上に繋げるべく身体の基礎強化に励んでいる。 無論、元から黒騎士として日々鍛練は積んでいた。だが、あの日以来その量をできる限りまで増やした。二度とあんな思いはしないために。あと――また何かあったときに堕天使のことを助けられるように。我は奴の友達なのだから。
ぷるぷると震えて地面へと崩れ落ちそうな腕に、再度残り少ない力を巡らせるよう努める。
「45っと……そして、もっと強くなるために――」
「何考えてたか知らないけど、思いっきり口に出てるわよ」
「おっと、確かにな。 ……はわっ!?」
冷静たる指摘で我に返ると、堕天使が呆れた様子でこちらを見下ろしていた。「見下ろしていた」というのは、彼女が腕立て伏せする我の上に座っているからである。
しかし我は心の声を表に発してしまったことなど別段気にならず、
「……何故、加えていつ我の体に乗った?」
漠然と驚くばかりであった。
そもそも我は堕天使と共に屋上へ来たわけではない。むしろ鍛練は見られたくなかったので教室に置いてきたぐらいのものだ。
けれども、どういうことだろう。堕天使が接近してきていたら普通にわかるはずなのだが……こいつは騒がしいし、尾行や隠れも上手くない。
「最初からいたわよ……湧丞がトレーニングに夢中すぎて気付かなかっただけなんじゃないの?」
言葉を続け、ため息をつく堕天使。なるほど納得した。そして我は、彼女へと至急告げる。
「重い、降りてくれ」
コレ一択である。途中から明らかに体が重く感じたのは間違いなく堕天使が乗ったからなのだ。彼女の存在を知覚していなかったさっきまでは、自身に体力がないと渇を入れて粘っていたが――事情を理解した今は別である!
「っ……鍛えたいあなたにはちょうどいいんじゃない?」
対して聞いたこの堕天少女、降りるどころか表情を強張らせた。しかも声色がどこか不機嫌っぽいものに変化した。
一瞬迷ったが、押し黙っても仕方ないので我は思っていることを口にする。
「言われてみればこのお前の質量は重りとしてぴったりかもしれぬ。ほどよく重いからな」
「デリカシーなさすぎ!」
と、我慢できなくなったように堕天使が叫び、むくれた。
……わからぬ。自分から重りだというようなことを告げておきながら、いざこちらが重りとして称賛したらヘソを曲げてしまうとは。
「おい、我が気に障ることを口走ったか?」
「自覚ないし……」
訳がわからなかったので訊いてみる。すると興醒めした様子で堕天使は答え、我の体から降りた。
駄目だ、どうしても我にはわからぬ。女心は難しいぞッッッ!
面倒な状況になってきたので、我は苦し紛れながらも話題を動かすことにした。
「お、おい。このままでは埒が明かなさそうだから話を変えるぞ。もうすぐテストとかいう障壁があるが、勉強は進んでいるか?」
「へ?」
ところが、である。
我が適当に堕天使へと持ちかけた――“テスト“についてのこと。それを耳にするなり、堕天使が固まったのである。
すぐに堕天使は平静を取り繕い、
「ヨハネが遅れをとることはないわ……」
顔を引きつらせながらそんなふうに呟いたが――我は彼女の動じっぷりに、一抹の不安を覚えた。
~~‡~~‡~~‡~~
時は流れ、1週間が経過。テスト初日が終焉した。
学校には、クラスメートをはじめ死に物狂いになっている奴がわんさかいた。今日で2教化分済んだためか緊迫は多少マシになったが、空気が弛緩したと言うには到底及ばない。まだ3日テストがあるので、無理もない。
「焦っている者ばかりだな……」
我は彼らとは真逆で余裕にあふれている。テストになんて負ける気がしないのである。民々を見ると思うのだ。前々から準備しておけばこうはならないだろうに、と。
――それよりも早く帰らねば。
我は足早に教室をあとにするのだった。
「いましがた帰還した!」
道を暫し歩き家へ戻ってきた我は、ドアを通ってから宣言して即行で自室へ入り、ベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
柔らかな感触に包まれる中で、誰にも聞こえない声で愚痴を吐く。
「まったく解けなかったぞ……これは詰みやもしれぬ」
遅れて部屋の向こうから「おかえり」と母の声が返ってくるのを耳の片隅に捉えながら、我は自分の顔から血の気が引いているのをひしひしと感じていた。
――危ういのは我の方だったのだ。鍛練に集中するあまり勉強の方をかつてないほど放棄してしまっていたッッッ!!
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