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提督はBarにいる。

作者:ごません
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肉の日メニュー争奪戦・3

 (主に鶴姉妹のせいで)公開プロポーズ的な物をやらかしてしまってから1時間程経った頃。時刻は午後2時を回り込み、客足も疎らに来ていたのが完全に途絶えた。仮眠を摂ろうかとも考えたが、この時間でないと来られない客もいるのでとりあえず我慢、我慢。湧いてきた眠気をコーヒーと煙草で誤魔化していると店のドアが開かれた。

「……いらっしゃい、そろそろ来る頃だと思ってたよ」

「うふふ、また来ちゃいました♪」

「こ、今月も宜しくお願いします!」

「伊良湖ちゃん、そんなに畏まらなくても……」

 やって来たのは鳳翔、間宮、伊良湖。この3人は昼飯時には忙しく働いており、午後3時を回ると再び艦娘達のオヤツタイムに突入するので忙しくなる。その為、この時間帯しか肉の日メニューを食べに来る事が出来ない。

「まだ残ってますか?」

「あと20人前無い位だな。良かったな、今月は全員分あるぞ」

 何度も言っているが肉の日メニューは早い者勝ち。人気が高いメニューだったりすると、この時間には無くなっていたり、残っていても僅かだけなんてのがザラにあるのだ。

「先月の『豚の角煮』の時には2人分しかありませんでしたもんね」

「でも、『角煮饅』にして分けて食べられたから良かったじゃない?」

 先月の肉の日の事を思い出して苦笑いを浮かべる伊良湖と間宮。この3人は揃って訪れる事が多く、人数分よりも残っている量が少なければ仲良く分けあって食べるのだ。ウチの食いしん坊連中ならば殴り合いのガチバトルに発展してもおかしくない事案なのに、実に平和的だ。

「さぁ今月の肉の日メニュー『ビーフストロガノフ』だよ」

 そう言ってビーフストロガノフを皿に盛り付けてやり、3人の前に出してやる。

「やっぱり疲れている時はお肉ですねぇ……♪」

「スタミナが付きますからねぇ~……」

 間宮と鳳翔は味を堪能して顔が蕩けている。中々見られない表情で貴重な時間だ。戦場へ出なくとも、大人数を支える厨房はさながら戦場のような忙しさになる。体力勝負のキツい現場だ、食事は数少ない安らぎの時間なのだろう。

「ほうほう、ふむふむ……」

 そんなホンワカした空気の2人とは対照的に、伊良湖は俺の料理を味わいながら何やらノートにメモを取っている。時津風の口癖みたいな事を無意識に口走っているが……

「もしかして、俺の料理を分析してんのか?」

「うぇあ!?は、はい……提督さんのお料理はとても参考になるので、そのぉ……」

 そのモジモジとした様子は何となく、『悪いことをしているのを見つかった少女』のように見えてしまう。

「別に悪いとは言わねぇよ。ただ、俺の料理を分析しても大した勉強にはならんと思うがなぁ?」

 俺がそう言うと、鳳翔と間宮が『何言ってだコイツ』という顔でこちらを見てくる。

「提督、申し上げにくいのですが」

「フォンドヴォーから手作りする料理を趣味だと断じる人はいないと思われますが?」

「……そういうモンかねぇ、俺ぁ割と凝り性だからなぁ」

 なので、そこからは伊良湖から質問攻めにされた。ちなみにフォンドヴォーはレトルトパウチで市販されてるから、自作する必要は無いぞ、とも伝えておいた。





 遅めの昼食でスタミナを補充した3人は、足取りも軽く自分達の戦場へと戻っていった。そこからはほぼ客足は途絶える……と言っても、定時組の仕事が終わる午後5時までの話だが。それまで俺は椅子に腰掛け、うつらうつらと船を漕ぐ。

「店長、起きて下さい。そろそろお客様が来る時間です」

「……ん、おぉ。もうそんな時間か?悪いな早霜」

 肉の日の夜の部の始まりを告げるのは、決まって早霜だ。遠征で居なければどうしようも無いが、業務終了5分前位には店に来て、大概寝ている俺を起こしてくれる。全く、良くできたアシスタントだぜ。

 行儀は悪いが、キッチンの流し台で冷水をジャブジャブ使って顔を洗う。顔を拭き、眠気を飛ばせば準備は完了だ。

「料理の残りは20人分も無い。短い営業にはなると思うが、宜しく頼む」

「はい」

 そんな短いやり取りを終え、俺達は仕事終わりの飲兵衛達を出迎える。肉の日メニューの料理で一杯。ウチの飲兵衛共には何とも魅力的な話だろうが、それなりのリスクが伴う行為だ。非番の奴以外は日中の営業では酒を出さない。飲みたいと思ったら昼間の営業中には食べられない。しかし夜に来たら無くなっていた、なんて可能性は高い。でも肉の日メニューは食べたい……と、何とも究極的な選択を迫られるのだ。それでも尚、ギャンブル的に『肉の日メニューは夜しか食べない』なんて自分ルールを作っている奴もいるのだが。

「いや~、今月はツイてたわねぇ!」

「全くだ。ここの所私は3ヶ月連続でありついていなかったからな」

「私は今月も逃したら半年よ?半年!でも良かったわぁ♪」

 ワインとウィスキー片手に料理を楽しんでいる那智と足柄も、『肉の日メニューは夜』というルールを課している連中の一部だ。残る面子は……まぁ、ウチの常連でもある飲兵衛達を想像してもらえば大体あってる。

「おいおい良いのか?可愛い彼氏が泣くぞ?」

 俺が足柄をそう言って茶化すと、

「良いのよ、今日はあの子先輩達と飲みに行くって言ってたから」

 サラリとそう言ってのけて流された。どうやら交際は順調らしいな。相談されてから少し気にかけたりはしていたのだが問題は無さそうだ。

「お?随分としおらしいじゃないか。私の所に泣きついて来たのは誰だったかな?」

「んにゃっ!?ななな、那智姉!それは黙っててって……」

「『あの子をディナーデートに誘ったのに断られちゃったぁ~!私、飽きられちゃったのかなぁ?』だったか?」

「んにゃあああぁぁぁぁ!」

 那智が繰り出したモノマネに、足柄は真っ赤になって悶絶している。どうやら、彼氏と2人で来ようとしていたらしい。しかし、足柄をここまで骨抜きにするとは……中々のやり手のようだ。そして那智よ、お前絶対妹に妬いてるだろ、羨ましくて。

「ま、何にせよ御馳走様ってトコだな、うん」






 さて、時刻は午後8時。用意していたビーフストロガノフは100人前を綺麗に売り切って、残るは後片付けという状況。しかし俺はキッチンに立たずにカウンターに腰掛け、人を待っている。服装もいつものラフな格好ではなく、黒のタキシードで。

「ハーイ、お待たせしましたか?」

「馬鹿言え、女が着飾るのに時間は掛かるモンだ。その位待てにゃあ男が廃るぜ」

 やって来たのは正妻でもある金剛。しかしその出で立ちはいつもの改造巫女服ではなく、艶やかなイブニングドレスだ。営業時間は肉の日メニューが無くなった時点で終了なので、ここからは特別な夫婦の時間だ。

「早霜、頼む」

「了解です」

 早霜に盛り付けを任せて、嫁と会話を楽しむ。中々2人だけの時間が取れないからな。こういう短時間のコミュニケーションも重要だ。

「どうぞ、ビーフストロガノフです」

「Oh!今月も美味しそうですネー!」

「当然だ、酒も頼むぞ」

 そう言って早霜に錨の形を象った鍵を手渡す。キッチンのとある場所に設置された鍵穴に差し込んで回すと、俺の秘蔵の酒蔵が姿を現す。ここには店にも出していないような貴重な酒がゴロゴロ唸っている。早霜にチョイスを任せて、金剛の姿を褒める。

「しかし、毎月気合い入ってるよなぁ」

「ンフフー、そりゃdarlingとのディナーデートですから?気合いMAXデース!」

 そう。肉の日の営業が終わってからは金剛との水入らずのディナーデートへと洒落込む。実は100人前ではなく102人前仕込んでいるので、俺達2人の分が無いという事は無いのだが、それは製作者と発案者の特権、という事でひとつ。

「……では提督、ごゆっくり」

 空気の読めるアシスタントは、赤ワインをグラスに注いだら退散してくれる。さぁ、楽しもうか。

「金剛に」

「darlingに」

「「乾杯」」

 2人だけの店内に、グラスのぶつかる音が響いた。 
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