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SNOW ROSE

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乙女の章
  Ⅵ-a.Air


 天には数多の星々が掛かり、その一つ一つが語るかのように瞬いている。
 先日より三人の神父達は、森の外にある街の大聖堂へと赴いていた。その大聖堂で、乙女達にも音楽が奏せるようにと談判に行ったのである。
 森の教会で音楽を始めてから早二年もの年月が流れ、乙女達の腕もプロ宛らになっていた。
 しかし、こうして周囲は未来へと進み行く中で、街の大聖堂と市当局は頑ななまでに旧き教義を守っていた。尤も、三人の神父もそう易々と認められないとは誰も思っていたのではあるが…。
 そんな三人の神父が苦心して大司教らに言葉を紡いでいる頃、森の教会では礼拝堂で神へ音楽が捧げられていた。
 これは、三人の神父が無事に帰ってこれるようにとの願いも込められていたのであった。いつもは祈りだけであるが、それならばと音楽を奏でたのである。
 演奏を終えて暫くすると、ラノンが徐に口を開いた。
「私は間もなく、聖所へと籠らなくてはなりません…。しかし、音楽を絶やさないため、私は歌いましょう。楽器は無くとも、声という最良の楽器があるのですから。」
 その言葉を聞いた一同は皆淋しげに俯いたが、ラノンはその様な皆に微笑んで言葉を繋げた。
「私は神に捧げる新しき歌を作ります。来るべき時のため、そして未来のために…。」
 ラノンの微笑みに陰りは微塵もなく、ただ神に捧げられるものを見つけた喜びに溢れていたのであった。
 皆はラノンの微笑みを見て笑顔を取り戻し、今一度音楽を奏したのであった。
 だが、その心境は複雑であったに違いない。あと三月もすればラノンは聖所へと赴き、最期の月を迎える。そうなれば、最早シュカには会うことすら叶わなくなるのである。
 ラノンはこの日々をシュカと共に、まるで輝ける星のごとく飾っていた。そして、神がこの出会いを忘れぬ様、天に向かって祈り続けていたのであった。

- また、いつの日か出会えますように…。 -

 この年、大聖堂で乙女の音楽が響くことはなかった。それは神父達の言葉を司教達が撥ね除け、乙女を森の外へと出すことを拒絶したからであった。
 それどころか…危うく、この三人の神父は不敬罪に問われるところであったのだが、その場に居合わせたこの国の王に助けられたのである。
 この時代の王であるハンス・レオナルディ=リューヴェンは若くして王座に就いた王であり、この時は未だ二十一歳であった。
 しかし、多くの才の持ち主であり、民の間では“賢王ハンス”の名で敬われ、また広く親しまれてもいたのであった。
 この大聖堂へ何故に王が訪れていたかと言うと、この日が七年に一度の“星宿の儀式”の日であったからである。
 この儀式は預言者が星を読み解き、そこから王が国をどのように導けば善いかを伝えるというもので、今はその儀式のやり方は伝承されてはいない。
 この儀式が行われてから三月の後、次の乙女が選ばれる“星落の儀式”が行われるのである。
 それゆえに神父達は罪に問われる事を覚悟で、この大聖堂へと赴いてきたのであった。
 しかしながら結果は散々なもので、落胆する他なかった。
「神父達よ。貴殿方の言い分は解るが、それには時が必要ではなかろうか?私が玉座にある間に、貴殿方の願いを必ずや実現させよう。それ故、暫し待たれよ。原初の神も音楽に憤ることもあるまいし、私は貴殿方の言葉と誠意を信じる。いずれ、この大聖堂で音楽を奏させることを約束しよう。」
 丁重に神父達を森の入り口まで送り届けた王が、別れの際に言った言葉である。だが、この言葉が叶うことはなかったのであった。
 それは後の話しで語られる。
 さて、神父達は教会の門まで辿り着いたものの、この話をどうシスター達に伝えようかと思案していた。
「全くもって、どう伝えたらよいやら…。」
 ゲオルク神父は深い溜め息を吐いた。
 礼拝堂からは音楽が響き、食堂からは夕食の良い香りが漂ってくる。
 この光景はあまりにも幸福に満たされており、その中にあまり良いとは言えない知らせを持って行くのは忍びなかった。
 三人はそれぞれ天を見上げると、数多の星々が美しい輝きを放ち、地上を見つめているようであった。
 その時…不意に、一つの星が南へと流れた。
「これは…善い兆しじゃ…。」
 それを見たゲオルク神父は微笑んで呟いた。
 旧き時代の書物によると、流れ星は幸福を呼び寄せるとされていたようで、特に南へと流れる星は、神の祝福をもたらすとされていたのであった。
「あ、神父様方お帰りなさい!何をぼんやりと空なんか見てらっしゃるんですか?」
 神父達が空から善き知らせを受けていた時、正面扉からシュカが出てきた。
「さぁ、早く中へ入って下さい。もう少しで夕食の支度が整いますから。シスター・アルテに言われて来てみて良かったわ。」
 そう言われた神父達は互いに微笑み、シュカの開いた扉から中へと入っていったのであった。
 その日の夜中である。乙女達が眠ったことを確認すると、神父とシスター達は執務室へと集まった。
「ゲオルク神父。そのご様子ですと、やはり…無理でしたか…。」
 話を切り出したのはシスター・ミュライであった。その言葉に付け加えるかのように、次にシスター・アルテも口を開いた。
「解っていたことです。皆様、大変ご苦労様でした。」
 シスター達の前に座る三人が同時に溜め息を洩らしたため、二人のシスターはそれが可笑しくて、つい笑ってしまった。
 そうして後、シスター・アルテが昨日のことを語ったのである。
「神父様方、そう気を落とさずに。これは解っていたことではありませんか。それよりも昨日、ラノンは一つの光を見つけたのです。」
「光…とな?」
 シスター・アルテの言葉に、ヴェルナー神父が口を開いた。
「ええ、ラノンは自ら新しき歌を創り神に捧げるそうですよ。」
 それを聞き、神父達は目を見張った。
「なんと!?誰が作曲法を?」
 次に口を開いたのはマッテゾン神父であった。
 彼は作曲法と和声法も学んでいたのではあるが、乙女達には一度も教えてはいないのである。
「ラノンは独学で修得したようです。学ぶために、教会にある楽譜を全て写していたのです。今では穴だらけの楽譜を使わずとも、ラノンの美しい筆写譜で演奏出来ますわ。」
 神父達は驚き、感嘆の溜め息を洩らした。
「まさかそのような…。勤勉であるとは思っていたがなぁ…。」
 ヴェルナー神父は腕を組み、沁々とそう言ったのであった。
 その後、今度はシスター・ミュライが周囲を驚かせる番となった。
「シュカは今、ラノンのために詩を編んでおります。もう少ししたら新しき神への歌が形創られましょう。」
 これにはシスター・アルテも驚かされた。
 この時代に「新しき歌」と言えば、古い詩に新しい曲を付けたものを指して言った。その上、詩を書く人物は極端に少なく、未だ発展途上の段階に置かれており、ここに集まった五人にも詩には全くと言ってよいほど知識がなかったのである。
 それ故、シュカが詩を創作しているということは、大いなる驚きとなり得たのであった。
「どのような歌が生まれるのかのぅ…。」
 ゲオルク神父は窓の外を照らし出している月を見つめ、そっと呟いた。
 しかし、この五人は本来乙女の教育と監視を役目としているのである。五人はそれを忘れているわけではないが、願わくば…いつまでもこの至福が続いてほしいと思わずにはいられなかった。
 だが、これ程残酷なこともあるまい。この森の教会へ着任した者全て、皆同じ思いを抱いていた。そしてこの者達はその思いを打ち砕くが如く、乙女を泉へと向かわさなくてはならないのである。
 理解はしているのである。それが絶対的な“教義”なのであるのだから、自身はそれに従わざるを得ないのである。
 それはどのような人物、たとえ王であれ曲げること儘ならぬものなのであった。
 逃げることも許されず、かといって見ているだけでもならず…。
 乙女が憐れなのか、それとも、この教会へと着任した者が憐れなのか…。
 これを神の決め事と言ってはいるが、一体誰が神の言葉を聞きこの様な儀式を始めたのか…。
 ゲオルク神父は常に様々な事柄を考えていたが、一向に答えの出ぬ問いに、いつしか溜め息を洩らしていた。
「ゲオルク神父、どこか具合でも?」
 ゲオルク神父の溜め息に気付き、シスター・アルテが聞いた。
 執務室では多くの話しがされていたと言うのに、ゲオルク神父だけは会話に加わらず、ジッと月を仰ぎ見て溜め息を洩らしたからであるが、帰ってきた時から様子が変だとシスター・アルテは気付いていたのである。
「もうお休みになられた方が良いですわ。一応は薬湯をお部屋へお持ちしますから。」
「そうじゃのぅ。わしも歳か…それでは休むとしよう。」
 そう言ってゲオルク神父は立ち上がろうと椅子から腰を浮かせたとき、体勢を崩してそのまま床へと倒れたのであった。
「ゲオルク神父!」
 皆がゲオルク神父の元へと駆け寄ったが、もうゲオルク神父の息はなかった。



 
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