非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第49話『戦士』
不穏な風が流れる大通り。その中で、2人の人物が対峙していた。
一方は銀髪を掻きながら不満を露骨に顔に出し、もう一方は整った顔を崩すことなく笑みを浮かべている。
「生憎ボクに時間はないし、キミとつるむ気もない。いますぐここから消えてくれれば、ボクは何もしないよ」
「街を壊滅寸前まで追い詰めといて、その言い分は苦しいんじゃないかな?」
「何? キミも一緒に滅びたいの? ボクは別に構わないけどね。そもそも先に仕掛けたのはそっちだし、許そうとしてくれている寛容なボクに甘えるべきだと思うんだけど?」
鋭い言葉がミライに突き刺さるが、ミライは穏やかな表情を崩さない。
少年はそれが不愉快なのだが、今はその気持ちを抑えた。
「わざわざご親切にすまないね。見たところ僕より年下みたいだが、中々しっかりしてるじゃないか」
「子供扱いは嫌いだよ。人間風情が、勝手にボクを見下すんじゃない」
埒が明かない。
こんなので時間をとられるくらいなら、いっそ殺した方がマシである。
少年は静かに力を溜め、さっきのような吹雪をミライに放とうとした。
「・・・おっと、攻撃は待ってくれないか?」
「!?」
しかしミライに感付かれ、溜め動作が一旦止まる。
それにしても、何故魔力を溜めたのがわかったのだろうか?
「さて、このままだと君は教えてくれそうにない。だったら僕から1つ条件を出そう」
「……何だ?」
「君が僕に情報をくれるのなら、ユヅキの居場所を教えよう」
「なっ…!? 何でそれを…!?」
自分の目的の1つを暴かれ、若干焦る少年。
彼と面識はないはずなのに……まさか、こいつは心が読めるのか?
「…ま、待て。キミが嘘を言っている可能性がある。その条件には応じられない」
「おや、そうかい? 君にとってかなり良い条件だと思うんだけど…」
「ウォルエナを街中に放っている。じきに見つかるさ。キミの助けは要らない」
「本当にそうかい?」
「……っ!」
舐め回すように核心に近づこうとするミライ。
どうしてここまで自分の情報に拘るのだろうか? 訳がわからない。
少年は舌打ちを堪え、落ち着けと自分に言い聞かせながら平静を保とうとした。
「……とりあえず、キミの要望には応じられない。早くここから去ってくれ」
「そうか、君がそう言うんなら・・・」
ミライが寂しげに言うのを見て、少年はようやく解放されると思った。だがしかし・・・
「力ずくで聞き出すしかないね」
「っ!」
「妖精散弾!!」
再び閃光が少年を襲う。
けれども、人並み外れた反射神経というべきか、少年は刹那のスピードで氷の壁を造形して身を守った。
「この近距離でも当たらないなんて、やっぱり一筋縄じゃいかないか」
「…それよりもさ、ボクが待っていてあげてるのにキミが先に攻撃するって、理不尽じゃない?」
「はは、ごめんごめん。待っててくれたんだね、ありがとう」
「礼なんか要らないし。というか、今のは宣戦布告と捉えていいよね? ボクが待つ筋合いはもう無いだろ?」
「あーあ、交渉失敗か」
「キミが短気なせいでね!」
少年の回りに冷気が漂い始める。臨戦態勢だ。
だがそれを見て、動揺の色を一切見せないミライ。それどころか彼はやれやれと首を振り、指を口にくわえ、
「ピィーー!!」
「!?」
高らかに口笛を吹いた。
その異様な行動に度肝を抜かれた少年は、一瞬怯む。
──そう、怯んだ。
「頼んだよ、2人とも!」
「「はいっ!!」」
「な!?」
ミライの掛け声と共に放たれた3方向からの攻撃を、少年は察した。
1つは正面のミライからだが、残り2つは後方から・・・風属性と氷属性か。
「ぐっ!!」
怯んだ上に、3方向から攻撃が来たから、少年は焦って防御を忘れ、全ての攻撃を喰らってしまう。
光と風と氷が混ざり合い、軽く爆発を起こした。
「──っ! …大丈夫か、2人とも?!」
「大丈夫です、ミライさん!」
「こっちも平気です!」
未だに周囲が煙に包まれる中、3人の戦士が合流した。
*
これは作戦開始の数十分前の出来事。ミライが晴登とユヅキに作戦を伝えているところだ。
「僕が囮になって、できるだけ情報を聞き出す。そのタイミングで事態が解決できれば最も良いが、たぶんそれは厳しい。だから、訊いた上で僕ら3人で共闘するのが良いと思うんだ」
「それで、勝って万々歳と?」
「うん」
ミライの作戦を聞いて、晴登は相槌を打つ。
情報を得て、そしてあわよくば撃退をすると。確かに理想的だが、実現の可能性は・・・
「ただハルトが巻き込まれた吹雪。アレを視る限り、僕だけの魔力じゃ到底及ばない。僕の魔法は“妖精魔法”といって、かなり万能な使い方ができるんだけど、結局は魔力の量が全てさ」
「そんな相手に俺ら3人で勝てるんですか?」
「相手が“鬼族”である以上、本気を出されたらどうなるかわからない。君たちが戦い慣れしていないというのもあるから、負ける確率の方が高いだろう」
ミライの言う通り、勝ち目はかなり薄い。
鬼族の実力がどれくらいかは知らないが、さっき喰らった吹雪を鑑みると、その強さは本物だ。
「だったら応援を依頼した方が・・・」
「時間がないんだ。だから、覚悟を決めてほしい。僕と行くか、行かないか。それがこの街の運命の分かれ道にもなる」
多勢に無勢とはよく言ったもの。相手が1人なら、アランヒルデといった王国騎士団などに応援を要請して、数で押すのがセオリーだ。
しかし、今彼らは大討伐の真っ最中。王都の中にはあまり残っていないだろう。恐らく、少年はそこまで見越して仕掛けているのだ。子供とはいえ、力業だけという訳でもないらしい。
つまり、彼を止められるのはここにいる3人のみ。この3人に、王都の行方が懸かっている。
それがわかっていて逃げ出すなんて真似は・・・晴登にもユヅキにもできない。
「「・・・行きます」」
「…ありがとう。恩に着るよ」
ミライは、心から感謝しているように見えた。
*
「やったか?!」
「いや、まだ魔力が視える。そう易々とは勝たせてくれないな」
晴登のぬか喜びを、ミライがピシャリと制する。彼は煙の奥をじっと見据え、敵の出方を窺っていた。
するとあるところを中心にして、煙が弾けるようにそれは霧散する。
「何人で来ようが、ボクには勝てないよ。大人しく降参して、街が征服されるのをウォルエナの腹の中で見ていれば・・・ん?」
余裕の態度で語ろうとしたのだろうが、彼にとって意外な人物が目の前にはいたのだ。
「キミはもしかして・・・ユヅキか?」
「う、うん…」
戸惑いながらも、ユヅキは正直に返事をした。もっとも、髪色のせいで誤魔化すことなどできないのだが。
その答えを聞き、少年の目の色が変わる。
「ようやく見つけたよ。さあ、一緒に帰ろう?」
先程とは打って変わって、優しい声で語りかける少年。その変わり身の早さがあまりにも不自然で、少し気持ち悪い。
そして「帰ろう」というのは彼の故郷のことなのだろう。ユヅキと同郷というのは間違いなさそうだ。
…何はともあれ、ユヅキが戦場に出る以上、この事態は想定済みである。
ミライからは『断ることは前提にしなくていい。正直僕たちにはわからない話だから、情報を得た上で君の判断に任せるよ』と言われている。
王都をこんなにして良い奴とは思えないが、かといって事情も知らないまま彼を否定し続けるのはダメだということだ。
……ファーストコンタクトの際の、こいつへの自分の対応はノーカンにして欲しい。あの時はユヅキを捜すのに必死だったのだから。
「…その前に、キミの名前を教えてくれない? ボクはキミのことを覚えてないみたい」
「いや、気にすることはない。ボクだってキミに会ったのは、これが初めてだ。ちなみにボクの名前は“ヒョウ”だよ」
「おい、ちょっと待て!?」
口を挟むつもりはなかったが、つい横槍を入れてしまう。だが、それも仕方ないだろう。
間違いなく、こいつは今『ユヅキと初対面』と言った。むしろ驚かなくてどうする。
「……何だ、まだ生きてたのか。よくボクの前にノコノコ現れたね」
「それは後だ。お前、ユヅキと初めて会ったってどういうことだ? 姉弟なんだろ?」
露骨に態度を変えて接してくる点は置いといて、晴登は疑問点の追究に掛かる。
「姉弟…そうだね。確かにボク達はちゃんとした血縁関係にある。ただ、会ったことがなかっただけで。生き別れ、と考えるとわかるんじゃないかな?」
「生き別れ? そんなことあるのか?」
「ボクが物心付く前に、ユヅキは故郷を出ていったからね。姉という存在を、ボクは両親から聞いたことしかなかったよ」
「じゃあ何で、今頃になってボクを捜しに来た訳?」
ユヅキがその質問をした途端、ヒョウの表情が曇る。
何か聞いてはならないことを訊いた、そんな緊張感が漂った。
「…父さんと母さんが死んだ。もちろん、キミとボクの」
「え…?」
「病死だよ。いくら鬼でも病気には敵わない」
「嘘……え?」
突然の言葉にユヅキは絶句。自然と晴登も言葉を失った。
確か時計屋でユヅキの両親について訊いたとき、彼女は「健在だ」と答えた。
つまり、ユヅキは両親の死を知らないことになる。
「それで国の統治権を、王である父さんの息子のボクが譲り受けたんだ。だから国はボクのものだし、ボク自身は『大陸の王』を目指そうと思ったんだよ。けどそれには、大陸全てを統治する必要がある。それでボクは、昔居たという姉を捜して、戦力にしようと考えたのさ。同じ鬼族だし、それなりに戦えるだろう、ってね」
しかしお通夜ムードになることはなく、ヒョウは嬉しそうにそう語っていた。まるで、ようやく自分の時代がきたと、はしゃいでるように。
「父さんと母さんが……嘘……」
「そう落ち込まないでほしいね。大体、ユヅキが故郷を放れたのって、親子喧嘩が原因なんだろ? だったら、死んで良かったと喜ぶかとも思ったけど…」
「そんな訳ない、ボクの親だもん。それより、何でキミはそんなに平然としていられるの?」
「最初は驚いたよ。でも、ボクの国ができたと思うと嬉しくてね」
哀しみに震えるユヅキとは対照的に、喜びを露にするヒョウ。どう見ても、ヒョウの反応の方が異常である。
それにしても、ユヅキは家出していたという事実が気にかかった。訳ありなのは以前から聞いていたが、まさか家出とは。
つまり、ヒョウと顔を合わす前にユヅキは家出したことになる。となると、年齢的にまだ小学校に入る前くらいだろう。それで、王都に流れで辿り着いたんだから、ある意味すごい。
…そんな分析してる暇はないな。
「…君のことはよくわかったよ。そして尚更、君の邪魔をしなければいけなくなったね」
「どうしてさ?」
「ここは僕の住む街だ。どこの王様だろうと、好き勝手にはさせない」
「…はぁ、これだから人間は。弱肉強食って知らないの? 負けるとわかっている相手に挑むとか、頭おかしいんじゃない?」
口戦を繰り広げる二人。一触即発な雰囲気だ。
ヒョウに至っては苛立ちが目に見えてわかる。何も言わない方が利口だろう。
──しかしその時、火に油が降り注ぐ。
「ボクはキミとは一緒に行けない」
「…は?」
「キミがやっていることに賛成できない。ボクの力は貸さないよ」
強烈なユヅキの一言だった。
ヒョウは打ちのめされたような顔になり、絶句する。自分の言い分が通ると、固く信じていたからだろう。
だが直後、大きな舌打ちが響く。
「どいつもこいつもボクの邪魔をしやがって・・・一体何が気に入らないっていうんだぁ!」
ヒョウを中心に巻き起こった吹雪。それは晴登たちを含め、周囲全てを蝕んでいく。家々は凍りつき、地面も氷柱に覆われた。
間違いなく、あの時のと同じやつだ。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
その地獄がまたやってくるのだろうか。
死んだのかも不鮮明で、どこか別の次元に弾き出されたような、あの孤独な地獄が。
吹き飛ばされないよう必死に耐えながら、晴登は沸き上がる恐怖も堪えていた。肌がざわつき、悪寒が背筋を駆け巡る。荒い呼吸を繰り返しつつも、何とか身体を保った。
…いや、ダメだ。怖い。五感がもう鈍ってきた。嫌だ、死にたくない…! 帰りたい…! 誰か助けて…!
「ハルト!」
「!!」
轟音の中、その声はハッキリと耳に届いた。
ガッシリと手首を掴まれ、無理矢理に引っ張られる。その手は迷うことなく晴登を導いた。
「ぶはぁっ!」
ヒョウから距離をとり、水面から出る様に吹雪から脱出する。
右手にある温かさを感じながら、晴登は正面を向いた。
「…ありがとう、ユヅキ。また助けられたよ」
「気にしないで。もう晴登にはあんな目に遭ってもらいたくない」
そう言って、ユヅキは微笑んだ。
…もう感謝しても、し切れないな。それほど、自分はユヅキに助けられた。
最初は居場所を与えてもらい、そして友達になった。色々あったけど、どんどん仲良くなって、ラグナやアランヒルデ、ミライと知り合えた。
たかが3日間、されど3日間だ。普通じゃ芽生えないような深い絆があるのを、晴登は感じていた。
ユヅキの笑顔を、守りたい。
「2人とも、いけるか?!」
「「大丈夫です!」」
「この魔力…正体を見せたぞ」
ミライは苦笑しながら、呟いた。
正体……それが示すものは、アレしかないだろう。
「あァァァァァァァ!!!!」
人間とは思えない雄叫びが辺りに響く。その勢いに、ビリビリと空気が震えた。
──そして、奴が姿を現す。
「もう許さない。皆殺しだ」
ヒョウは目に見えてわかるほど、激昂していた。鬼の象徴といえる、煌々とした1本の角を頭に生やして。
少年の姿のままではあるけれど、最強の魔獣として彼は戦場に立った。
「馬鹿げた魔力だな。これが鬼族か…」
感嘆しながら、若干口元が引きつっているミライ。さすがの彼でも、驚異を前に驚きを隠しきれていない。晴登に至っては、ヒョウからの鬼気に当てられて、鳥肌が止まらないくらいだ。
ちらとユヅキの様子を窺うと、彼女も怯えているように見えた。
「…やってやるよ」
晴登は拳を強く握りしめる。
ミライの問いに「やる」と答えたんだ。今更逃げたりはしない。妙なプライドだけど、やるしかないんだ。
晴登の右手に、風が衣の様に集う。
「かかってこい、人間」
その言葉を幕開けとし、街を賭けた決戦が始まった。
後書き
ようやく書けましたバレンタインデーこと、14日に。
チョコなんぞ貰える訳もなく……べ、別に、チョコとかそんな好きじゃないし!
さて(特に言うことがない)。
………異世界転移編が落ち着けば、日常編でゆったりしたいものです。暁君とか部長らへんが、今空気ですもんね。ごめんなさい。
だから、何か楽しくできたらと思います。
次回は記念すべき50話。
最終戦に合わせたというのはありますが、特別なことは何もございません。いつも通り読んでいただければ嬉しいです。
それじゃあ次回で会いましょう、では!
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