魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者
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第二十六話 ホテルアグスタ 6
任務が終わり、長い一日が終わる。
アスカはそう思っていた。
だが、ティアナは……
魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者、始まります。
outside
大体の現場検証が終わり、アスカはエリオとキャロと雑談をしていた。
「とりあえずは終了だな」
データをまとめ上げたアスカは、エリオとキャロを見る。
「そうですね。キャロ、そっちは大丈夫?」
「うん。これで終わりだよ」
ライトニング隊がフェイトに資料を渡した時に、シャーリーから連絡が入った。
『はーい、機動六課前線メンバーのみなさん!撤収準備が整いました。集合してください!』
「「「「「了解!」」」」」
ヴァイスの迎えのヘリに乗り込み、ホテルアグスタを後にする。
エリオ達と何気ない会話をしながら、アスカは注意深くティアナを観察していた。
(まだヘコんでいる感じはするけど、とりあえずは大丈夫か?)
あれから、アスカは自分からティアナに話しかけていない。
気まずい、と言う事はないが、何て声を掛けていいのかが分からなかったからだ。
今は、スバルが話しかけ、ティアナはそれを聞いて頷いている。
こういう事は、スバルは上手いなと感心するアスカ。
(さっきまでヴィータ副隊長に怒られていたんだから、ヘコんでいるのも当たり前か)
後はスバルに任せよう、アスカはそう考えた。
アスカside
機動六課隊舎に到着した時は、空は茜色に染まっていた。
あー、今日はシャーリーの一件から始まって、色々あったなぁ…さすがに疲れたよ。
おっと、まだ任務は終わっちゃいなかった。部屋に帰るまでが任務です!
オレ達は隊長達の前に整列した。
「みんな、お疲れさま。じゃあ、今日の午後の訓練はお休みね」
高町隊長の言葉に、オレはホッとする。
まあ、あの任務の後で訓練を行うような人ではないってのは分かってたけどね。
「明日に備えて、ごはん食べて、お風呂でも入ってゆっくりしてね」
ハラオウン隊長の言葉が身に染み入るね。ほんと、優しい人達だなぁ……
「「「「「はい!」」」」」
オレ達は敬礼してそれに答える。
さすがに、今日は夜中の特訓は無しだな。右肩もまだ熱があるみたいだし。
「アスカ君は怪我をしたんだから、夜更かしなんてしないようにね?」
高町隊長の言葉に、オレはドキリとしてしまう。
タイムリーに夜中特訓の事を考えてたからビックリしちゃうじゃない!
「も、もちろんッスよ~!」
思わず乾いた声で返事しちまったよ。スッゲ~不自然だったんじゃないかな?
なんか隊長達がオレの事をジト目で見てるよ~!
まあ、今日のお仕事はこれで終了、と言う事で、オレ達は寮へ戻る道を歩いていた。
「勤務終了って言っても、ちょっと早いよな?」
オレは隣を歩くエリオとキャロに話しかけた。
「そうですね、どうしましょうか?」
フリードを抱えたキャロがオレを見上げてくる。
今の時間だと、キャロは部屋で一人になっちまうか?
「部屋でノンビリでいいんだけど、まだアルトさんは帰ってこないだろ?オレ達の部屋に遊びにくるか?」
「え?いいんですか!」
キャロは思った以上に食いついてきた。
フリードがいるとはいえ、やっぱり寂しいんじゃないかと思って声をかけたけど、よかったみたいだ。
「いいよ。な、エリオ」
「もちろんだよ、キャロ」
笑顔で言うエリオ。うんうん、やっぱりエリオはええ子や。
そんな会話をしていたら、ティアナが急に立ち止まった。
どうしたんだ?
「スバル。アタシ、これからちょっと一人で練習してくるから」
……あ?
いま何て言った?練習?これから?
「自主練?私もつきあうよ」
……スバル
「あ、じゃあボクも」「私も」
つられるようにエリオとキャロも手を上げた。
この二人はまだしょうがないにしても、ティアナとスバルは何を考えてるんだ!
「ゆっくりしてねって言われたでしょ?アンタ達はゆっくりしてなさい」
エリオとキャロにそう言って、ティアナはスバルに目を向ける。
「それにスバルも。悪いけど、一人でやりたいから」
「う、うん…」
スバルはそれで引っ込む。
ティアナはそのまま歩いて行こうとしたが、オレはそれを許さない。
ティアナの前に回り込んだ。
「…何よ?」
不機嫌そうにティアナがオレを見る。
不機嫌そうなのはしょうがない。たぶん、オレもそんな顔をしていたからだと思うから。
「ゆっくりしろってのは、お前にも言われてるんだぞ。自主練なんかするな。今日は休息をとるべきだ」
強くなりそうな口調を極力抑えて、オレはティアナに言う。だけど…
「失敗をそのままにしておけないわ。アンタの言っている事はわかるけど、次も同じ失敗をしたくないの」
「…!」
危ない!もうちょっとで怒鳴りつける所だった。
ただ、声を抑える事はできても、オレはティアナを睨みつける事は抑えられなかった。
「違うぞ、ティアナ。お前の失敗はミスショットじゃない。ポジションを変更した事、戦略の方だぞ。やるとしたら、自主練じゃなくてシミュレーションだ」
頭に血が昇りそうだった。
コイツ、本当に分かってないのか?隊長に何を叱られたんだ?
「ほっといてよ。自分の失敗くらい理解してるわよ。それをそのままにしておくのが嫌なの」
「分かってねぇよ。誤射した状況を作ったのはティアナだろうが。射撃修正じゃ意味がねぇんだよ!」
思わず声を荒げてしまった。だが、ティアナが失敗と思っている事があまりにも事実とかけ離れている。
「アンタに何が分かるのよ!アタシは強くならなくちゃいけないの!だからこんな所で立ち止まる訳にはいかないのよ!」
なんだ?全然関係ない事を叫びだしたぞ。
「誰もそんな事は言ってねぇだろ!今回は…ぐぇ!」
ティアナに詰め寄ろうとしたら、誰かに後ろから羽交い締めにされた。
ぐっ…なんて力だ!ふりほどけねぇ!
「ティア、アスカは私が捕まえておくから、行って」
スバルだった。
「こら!離せ!スバル!」
本気でもがこうとして、右肩に痛みが走った。
まだダメージが抜けていない…
「うん、アリガト」
ティアナが足早に立ち去る。
「まて、ティアナ!まだ話は終わってねぇぞ!逃げるな!」
何とかスバルから逃れようとジタバタもがいたが、バインドでも掛けられたようにガッシリ捕まって身動きがとれない。
コイツ、本当に力あるな!
そうしている内に、ティアナが視界から消えた。
一回部屋に戻るのか、それとも直接どこかで自主練するのか。どのみち今から止めても無駄だろう。
「……くそっ!離せよ!」
ティアナがいなくなって、スバルはようやくオレを解放した。
「ったく、なんつー馬鹿力だ」
オレは疼き始めた右肩を押さえる。さっきよりも熱を帯びているみたいだ。
「なんでアスカはティアの邪魔をするの!?」
そんなオレに、スバルが叫ぶように言ってくる。
「スバルはどう思ってるんだよ。ティアナの今の行動が正しいと思ってるのか?」
「当たり前だよ!ティアなら自分で間違いを修正できるもん!」
即答かよ、少しは考えろって。
ため息がでちまったよ。
どうする?ティアナだけじゃなく、スバルも問題あるぞ。
スバルはティアナに依存しすぎている。
冷静に状況を判断できていない…いや、それはオレもかもな。
頭に血が昇りすぎてるのが自分でも分かる。なら、しかたがない。
「…隊長に報告しておくべきかもな」
隊長達に迷惑は掛けたくないけど、こういうゴタゴタを解決するのも上司の仕事だ。これ以上拗れる前に何とかしておきたい。
だが、オレの言葉を聞いてスバルが慌てだした。
「え…?なにもなのはさん達に言う事じゃないでしょ!」
…慌ててる、ってことは…少しカマを掛けてみるか。
「それを判断するのはオレでもスバルでもない。隊長だ」
オレはそう言って歩き出そうとするが、今度はスバルに右手を掴まれた。
「何だよ」
「ダメ!なのはさん達には言わないで!」
……やっぱりな。
言いたくねぇ…言いたくねぇけど…
オレは深くため息をついた。
「つまり、ティアナが間違った事をしていると思ってるんじゃねぇか」
「!」
スバルは目を見開いて動揺する。認めたくなかったんだろうな。
分かっていて、理解していて、認めたくなかったんだ。
認めてしまうと、大切な親友を裏切る事になるんじゃないかって、怖かったんだな。
今のオレの言葉は…きっとスバルを傷つけたんだと思う。
でも…誰かが言わなきゃ…いけない事……なんでオレなんだよ!
「なあ、スバル。ティアナの弾丸な、痛かったよ。凄くな」
オレは強引にスバルの手を振り解き、寮へ歩き出した。
「あ、あの…アスカさん」
恐る恐る、と言った感じでエリオが追いかけてきた。キャロも後ろからついてくる。
しまった…エリオとキャロの事をすっかり忘れていた。
それだけ、オレに余裕が無かったって事か。
「…ゴメンな。エリオ、キャロ。嫌なモン見せちゃったな」
兄貴失格だな…つまんねぇ所を二人に見せちまった。自己嫌悪するよ。
「「い、いえ、いいんです!」」
エリオとキャロが慌てるように言う。
二人に気を使わせたくないけど、オレも色々考えなくちゃいけないな。
「悪いついでに、少し一人になりたいんだ。先に戻っていてくれよ」
今、オレも余裕がない。心配を掛けてるは分かってるけど、オレは二人を置いてその場から離れた。
ちくしょう…なんでこうなっちまったんだ…
outside
なのは達は隊長用の休憩室で一休みしていた。
はやてとリインはまだ仕事があるとかで席を外している。
「あのさ、ちょっといいか?」
お茶を飲みながら、ヴィータがなのはに聞いてきた。
「うん、なに?」
「訓練中から気になってたんだよ。ティアナの事」
「うん…」
答え辛そうになのはが頷いた。
「強くなりたいなんてのは、若い魔導師ならみんなそうだし、無茶も多少はするもんだけど、時々ちょっと度を超えてる」
ヴィータはそこで一度言葉を切る。そして、なのはを見る。
「あいつ、ここにくる前に何かあったのか?」
ヴィータは今日のティアナに違和感を感じていた。
いつものティアナなら、戦略的に不利な状況で賭けに出るようなマネはしない。
だが今日は違った。意味のない無茶をした。
ヴィータは過去にティアナが暴走する原因があったのではないのかと考えたのだ。
「うん……ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスターさんの話って聞いた事ないかな?」
「いや?亡くなった兄貴がいたってのは聞いた事あるけど、具体的には何も」
ヴィータは横に座るシグナムに知ってるか?と聞く。
シグナムも知らないと首を左右に振った。
「ティアナが幼い頃に事故で両親を亡くして、それからはティーダさんがティアナを一生懸命育ててたの。でも、ティアナが10歳の時に任務で…」
「その時に亡くなったのか」
辛そうな顔をして黙ってしまたなのはに、ヴィータも曇った表情になる。
「当時の階級は一等空尉、所属は首都航空隊。享年21歳」
「結構なエリートだな」
なのはがモニターにティーダの写真を出す。
それを見て、ヴィータは感心したように呟いた。
「そう…エリートだったから、なんだよね」
フェイトの声も、沈んだ響きになる。
「ティーダ一等空尉が亡くなった時の任務。逃走中の違法魔導師に手傷は追わせたんだけど、取り逃がしちゃって」
「まあ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど」
フェイト、なのはが説明する。
「その件についてね、心無い上司がちょっと酷いコメントをして、一時的に問題になったの」
「コメントって、何て?」
フェイトを見るヴィータ。
「犯人を追いつめながらも取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、例え死んでも取り押さえるべきだった、とか」
そこでフェイトは口を閉ざしてしまう。これ以上は言えないと、その表情が言っている。
「もっと直球に、任務を失敗するような役立たずは…死んで当然だ、とか、ね」
フェイトが言えなかった部分をなのはが答える。
「ティアナはその時、まだ10歳。たった一人の肉親を亡くして、しかもその最後の仕事が無意味で役に立たなかったって。きっともの凄く傷ついて、悲しんで…」
なのはは、まるで自分の事のように悲しそうな声で話した。
「だから、そんな事は無い、と証明したいのか、兄貴は役立たずじゃないと。執務官になる夢を自分が引継ぎ、ランスターの魔法は無力じゃないと言いたいんだろうな」
話の中に出てきた上官に対しての苛立ちを隠すかのように、ヴィータはぬるくなったお茶を一気に飲み干す。
「だから、もう少しだけ見守ってほしいの、ヴィータちゃん」
「そりゃ…まあ…」
事情を知ってしまい、ダメだとは言いづらくなってしまうヴィータ。
「高町隊長、ここでしたか」
重い雰囲気になってしまった休憩室に、アスカが入ってきた。
「アスカ君、まだ休んでなかったの?」
制服姿のアスカを見て、なのはがそう言った。
「えぇ、まぁ…ちょっと隊長に聞きたい事がありまして、いいですか?」
「いいけど、何かな?」
「えっと…ここじゃ何なんで、ちょっといいッスか?」
アスカが休憩室の外を指す。
「うん、分かった」
なのはは立ち上がって、アスカと共に休憩室から出て行った。
少し離れた場所でアスカは話し始めた。
「その…個人に対する事なんで、話せない時はそうだと言ってください」
慎重に言葉を選ぶアスカ。その態度で、アスカが何の相談をしにきたかをなのはは察した。
「……ティアナの事、かな?」
なのはの言葉に驚くアスカ。どう切り出したらいいかを悩んでいた時に言われたのだ。
「…そうです。今日、隊長はティアナと何を話しましたか?ティアナはちゃんと自分のミスを理解してましたか?」
ティアナの事を聞きたいと分かっているのなら、後はストレートに勝負するアスカ。
「うん、ちゃんと分かってくれたよ。ティアナの前後左右には味方がいるからって。一人で戦ってる訳じゃないんだよってね。もう、今日みたいな無茶はしないって約束してくれたよ」
「そう…ですか」
それを聞いてアスカは考える。
(オレの考えと高町隊長の指導にギャップは無い。と言うより、ティアナが一方的に勘違いしてる…)
難しい顔をしているアスカに、なのはは逆に聞いてきた。
「ティアナがどうかしたの?」
一瞬、アスカはどうしようかと迷った。
(ティアナが無理を押して自主練している事を伝えるべきか…)
考えたのは、ほんの僅かな時間だった。
「…いえ、ちょっと言い合いしちゃって。こっちも怪我したんだから気をつけろよって、ちょっとしつこく言っちゃったんです」
アスカは、嘘をつく選択をした。
「そうなんだ。痛かったかもしれないけど、ティアナも反省してるし、あんまりしつこく言っちゃダメだよ?」
なのはの注意を受け、アスカはバツが悪そうに頭を掻く。
「はい、気をつけます」
(…隊長に頼るのは、もうちょっと待とう。フォワードの問題なんだから、オレ達で解決しなきゃ)
後にアスカは、この時の判断を大きく後悔する事になる。
この時、素直に相談しておけば、この先起こるであろう衝突を避けられたのかもしれなかったと…
アスカはそのまま部屋に戻った。
部屋にはエリオとキャロがいて、何やら話し込んでいる。
「あ、おかえりなさい」
エリオがアスカを迎え入れる。
「アスカさん、大丈夫ですか?何か、疲れているみたいですけど…」
顔色の冴えないアスカを心配するキャロ。
「ちょっと…疲れたかな?でも大丈夫だよ」
アスカはそう言って制服を脱ぎ始める。
不意に着替えるものだから、キャロは赤面して後ろを向いた。
「あの、アスカさん。ティアさんの事は、どこまで知ってますか?」
ジャージに着替えたアスカに、エリオが尋ねる。
「両親が幼い時に亡くなって、局員の兄貴に育てられていたけど任務中に不幸にあった、ぐらいだ」
アスカは素っ気なく答える。あまりこの手の話はしたくないらしい。
「あの、詳しい話をスバルさんから聞いたんですけど…」
エリオがスバルから聞いた事をアスカに話した。
上官からの暴言が、ティアナを深く傷つけた事をだ。
「…だからティアさんは無茶な事をしたんじゃないかって」
ゴロリとベッドに横になってエリオの話を聞いていたアスカが口を開く。
「本当にそう思うか?」
「「え?」」
「兄貴の汚名返上で無理をするとは思えない。ティアナは気は短いが頭は良い。自分の限界は知っているさ」
アスカは昇格試験の時を思い出す。
あの時、ティアナはちょっとした油断から怪我をした。だが、決して諦めずにその時にできる最善の策を取った。
その時は無茶だと思ったが、今にしてみれば、あれ以上の手は無かったと気付く。
アスカにはティアナに対してそのイメージがあった。
「じゃあ、何が理由で…」
キャロが呟く。
「「…」」
アスカも、エリオもそれに答えられない。
ティアナのスタンドプレーの原因がどこにあるか?
心当たりが全く無いのだ。
アスカはベッドから身を起こす。
「理由は分からないけど、もしティアナがまた暴走したらオレが止める。今度は絶対にだ」
決意したようにアスカが言う。
「ボク達で、ですよ。アスカさん」
「そうです!一人では難しくても、チームでやれば絶対できますよ!」
エリオ、キャロがニコリと笑った。
その笑顔に、アスカはようやく笑う事が出来た。
「おう、そうだな。頼りにしてるぞ!」
頼もしい弟と妹を、アスカは力強く抱きしめた。
アスカside
とりあえず、風呂はいったりメシ食ったりとノンビリしていたら、そこそこ時間が経っていた。
「さすがにもう戻ってきているだろ」
エリオとキャロと話していたオレは時計を見る。帰ってきて4時間程か。
「ティアさん、ですか?」
「ああ」
とにかく、もう一度ティアナとは話し合わないとな。
「ちょっとティアナと話してくるよ」
オレが立ち上がると、キャロが不安そうな顔をした。心配してるんだな。
「大丈夫、ケンカしに行く訳じゃないよ。ちょっとお話しに行くだけさ」
オレはカワイイ妹の頭を撫でて、安心させる。
うん、エリオとキャロを安心させる為にも、ちゃんとティアナと話し合おう。
オレはスバルとティアナの部屋のドアをノックした。
「おい、ティアナ。いるか?」
すると、少しだけドアが開き、スバルが顔を出す。
「…なに?」
スバルはあからさまに警戒している。
まだ機嫌悪いか…まあ、しょうがない。
「…ティアナと話がしたい。出してくれないか?」
「………」
何か、困ったように眉を八の字にするスバル。
「別にケンカしにきた訳じゃないよ。ただ、お互いに誤解している所があると思うんだ。だから話し合いをしにきたんだ。もちろん、スバルにも参加してもらいたい」
オレはなるべく穏やかに言うように心がける。
スバルと話し合わないといけないのも本心だ。できれば一人ずつの方がいいんだけどな。
ところが、
「まだ…帰ってきてないんだよ」
小さい声だったが、オレにははっきりと聞こえた。
まだ帰ってきてない?嘘だろ!?
「まだって…もう4時間だぞ!さすがにヤバいだろ!」
話し合い云々じゃない、完全にオーバーワークだ!
とにかく今はティアナを止めるのが先決だ。
オレはすぐにティアナを探しに行こうとした。
だが、スバルがオレの手を掴んでそれを止める。何でだよ!
振り返って文句を言おうとしたけど…スバルの泣きそうな顔を見て言葉を飲み込んでしまった。
「アスカ、ティアは今すごい苦しんでるんだよ!だから…」
…そうか。スバルは…そうなんだな。オレは、スバルと言う人間を今理解した。
オレはスバルの手を振り払う。
「スバル。お前がティアナを庇い続けるってんならそれでいい。スバルの性格で、あんまり強くは言えないだろ?」
「え?何を…」
戸惑うスバル。
スバルは誰かに強く言って行動を諫めるより、一緒に苦しい道を行く方を選ぶ奴だ。
なら、むしろ今のままでいてもらった方がいい。
オレはスバルの目を見て、こう告げた。
「スバル。オレは今のティアナをそのままにはしておけない。ティアナを全否定する事になってもアイツを止める。それがオレの役割だ」
「…」
スバルは、何も言えずにいた。たぶん、心のどこかではオレの言っている事を理解しているんだと思う。
それだけでいい、充分だ。
オレはスバルを置いてティアナを探しに出る。
あぁ、めんどくせぇ…でも、いいさ。
嫌な事は全部オレがやってやる。
outside
辺りは既に暗くなっており、遠くにある隊舎からの灯りが僅かに森林に届く。
その森林で、ティアナは宙に浮かぶフォトンターゲットに向けてクロスミラージュを突きつけていた。
何度も、何度も。
ターゲットは次々と位置を変え、それを追うようにティアナはクロスミラージュを構え続ける。
一瞬、足元がぐらついたが、すぐに体勢を整えてターゲットを目で追う。
パチパチパチ
手を叩く乾いた音がした。
ティアナがそちらに目を向ける。
「もう4時間も続けているぜ。いい加減、倒れるぞ」
そこにはヴァイいた。木に寄りかかってティアナを見ている。
「ヴァイス陸曹…見ていたんですか」
乱れた息を整えながら、ティアナはヴァイスと向き合う。
「ヘリの整備中に、スコープでチラチラとな」
肩を竦めてヴァイスは続ける。
「ミスショットが悔しいのは分かるけどよ、精密射撃なんざそうホイホイ上手くなるもんじゃねぇし、無理な詰め込みで変なクセつけんのもよくねぇぞ」
「…」
それを聞いたティアナがヴァイスを睨むように見る。
ティアナの視線に気付いたヴァイスは苦笑いを浮かべる。
「って、昔なのはさんが言ってたんだよ。オレは、なのはさんやシグナム姐さん達とは、わりと古いつき合いなんでな」
ヴァイスは自主練を止めにきた。そう理解したティアナは意固地になる。
「それでも、詰め込んで練習しないと上手くなんないんです。凡人なもので」
ヴァイスに背を向けて、再びターゲットに狙いを定める。
「凡人か…オレからすりゃ、お前は充分に優秀なんだがな。羨ましいくらぇだ」
その声は聞こえたが、ティアナはそれに反応せずにターゲットを追い続ける。
それを見てヴァイスは少しだけ顔をしかめる。
やがて諦めるようにため息をついた。
「まあ、邪魔する気はねぇけどよ、お前等は身体が資本なんだ。体調には気ぃ使えよ」
「ありがとうございます。大丈夫ですから」
振り返りもせずにティアナが答える。
これ以上は何を言っても無駄だろうとヴァイスは首を左右に振った。
「じゃあな。ちゃんと休めよ」
結局、ヴァイスはティアナを止める事ができなかった。
隊舎に向かうヴァイスの足取りは重い。
「情けねぇもんだな…後輩一人、諭す事ができねぇなんてな」
自虐的な呟きをするヴァイス。
今のティアナには何を言っても届かない。それをどうにかする方法を自分は持っていない。
その事実がヴァイスを虚しい気持ちにさせていた。
「ヴァイス陸曹?」
不意に声をかけられた。
「…アスカか。どうしたんだ、こんな時間にこんな所で?」
前方から歩いてきたアスカとバッタリかち合った。
「陸曹こそ何をやってんですか?さっきアルトさんにあったけど、陸曹の事、探してましたよ」
まさかヴァイスと会うとは思わなかったアスカが驚いたように言う。
「ちょっと…ヤボ用でな」
ヴァイスは詳しく話そうとはしない。だが、アスカはそれで感づいた。
「あのバカ、奥にいますね」
顔を険しくして、ヴァイスの横を通り過ぎようとするアスカ。
「まて、何をするつもりだ?」
嫌な予感がしたヴァイスは、アスカの肩を掴んで止める。
「今のティアナに現実を突きつけるだけですよ。アイツはただ逃げているだけだ!」
吐き捨てるように言うと、ヴァイスを振り切ってアスカはティアナの元に向かった。
アスカはクロスミラージュを構えてターゲットを追うティアナを目にする。
夢中でやっているのか、ティアナはアスカに気付かない。
「…」
足元にあった枯れ枝を拾い上げたアスカは、音を発てずにティアナの背後に回り込む。
そして、手にしていた枯れ枝を折った。
ポキッ!
「え?」
その音に反応したティアナが振り向き、クロスミラージュを突きつける。
カチッ
反射的に引き金を引いてしまったティアナ。そこにはアスカがいた。
「今日、二度目の誤射だな」
クロスミラージュの向こうでアスカがティアナを睨みつける。
「な…なんでアンタがいるのよ!」
一歩後ずさるティアナ。
「気付かなかったのか?緊急出動だ。ティアナだけ来ないから探しにきたんだよ」
アスカはシレッと嘘を言う。
「な!それを早く言いなさい…キャッ!」
急いで走りだそうとするティアナだが、慌てすぎたせいで足がもつれて転倒してしまった。
その様子を見たアスカが呆れたような声を出す。
「ウソだよ」
「は?」
「緊急出動ってのはウソだ」
「…」
惚けたような表情を、ティアナは浮かべた。
が、すぐに立ち上がってアスカに詰め寄る。
「何のつもりよ!そんなウソをつくなんて!」
怒り出したティアナはアスカを睨む。
「何のつもり、だぁ?」
アスカも再びティアナを睨みつける。
「身体を休めろと言われたのに、それを無視して訓練しているバカ野郎を止めようとしてんだよ」
アスカの言葉に、ティアナはムッとする。
「さっきも言ったでしょ?ミスをそのままにしておけないって。だから…」
「たった今、振り向きざまにオレを撃ったよな?それも含めてか?」
「!そ、それは…練習だったし、アンタがいきなり…」
「練習だからフレンドリーファイヤーはいいのか?気の抜けた練習ならやらない方がマシだ」
「…」
痛い所を突かれ、ティアナは言葉を詰まらせる。
「無駄な練習をやるな。今日みたいな事がまたあったら迷惑だ」
「そんな事はもうしない!」
ティアナは反射的に叫んだ。だが、アスカは冷ややかにティアナを見る。
「もう一度言ってやる、無駄な練習をするな。疲れ切った身体で前線に出てこられても迷惑だ。今だって、緊急出動って言ってコケただろうが。実戦なら命取りだ」
「い、今のは…」
「判断力も低下している。集中力もなくなってる。そんなヤツの言う事なんか信用できるか」
「そんな事はない!アタシはちゃんとできる!」
ティアナの言い訳は、すでに子供の駄々でしかない。だが、本人がそれに気付いていない。
「じゃあさ、証明してみせろよ」
アスカはそう言って、手にしていた枯れ枝を人差し指程度の長さまで折る。
「5メートル離れるから、この枝をクロスミラージュで弾いてみろよ。できなかったら、もう休めよ」
枯れ枝をティアナに突きつける。
「バカにしてるの?5メートルなんて、目を瞑っても当てられるわ」
憤慨したようにティアナが言う。
「でかい口はちゃんとできてからにしろ」
アスカはティアナから5メートル程離れる。月明かりがアスカを照らす。
「このへんか。いいな、ティアナ。できなかったら休むんだぞ」
「分かった。早くしなさいよ」
クロスミラージュをシングルモードに移行させながらティアナは答えた。
(アスカが何を考えているのかなんてどうでもいいわ。さっさと終わらせてやる!)
クロスミラージュを構えるティアナ。
たとえ指で摘んでいたとしても、この距離なら造作もない事だ。
「ふん、やってみろ」
「!」
ティアナは驚愕した。
てっきり指で摘むだろうと思っていた枯れ枝を、アスカは事もあろうか、口にくわえたのだ。
アスカはそのまま横を向き、さあ撃って見ろと手招きをする。
「な…くっ!」
ティアナはクロスミラージュを両手で構えた。
たかが5メートル。
だが、今のティアナにはとても遠くに感じた。
(だ、大丈夫、非殺傷指定だし、この距離なら…)
そう思っても手が震えた。
(もし側頭部に当たったら…非殺傷指定でも大怪我を…目に当たれば失明の可能性も…)
息が乱れる。嫌な汗が吹き出してきた。
(できる…もし外したら…もしアスカに当たったら…いやできる!)
震える手を抑え、ティアナは狙いをつける。
(しっかり…狙って…外したら…)
トリガーに指をかける。
(怪我…失明…できる?アタシに…)
ギリッ!
唇を噛みしめるティアナ。
まさか枯れ枝をくわえるとは思ってもみなかった。
予想外のアスカの行動が、ティアナを動揺させていた。
(何でそんな事ができるの…撃てないとでも思っているの!)
渦巻く葛藤の中、ティアナはトリガーを引いた。
バンッ!
クロスミラージュから放たれた魔力弾は、アスカから大きく逸れて遠くの地面をえぐった。
膝から崩れ落ちるティアナ。ガックリとうなだれる。
「…訓練場以外での不用意な攻撃魔法の使用。明らかに規則違反だ」
ペッと枯れ枝を吐き捨て、ティアナにそう告げるアスカ。
「な…!」
目を見開いてティアナはアスカを見上げた。
「ティアナ。今の正解は撃たない事だ。その判断もできず、枯れ枝を弾くだけの集中力もない」
アスカはティアナに背を向ける。
「約束、守れよな。もう休め」
地面にしゃがみ込んでいるティアナを残し、アスカは立ち去った。
「な…なに…よ…」
残されたティアナは、身体が震えてくるのを感じた。
あまりにも悔し過ぎた。
(状況判断ができない?集中力がない?そんなバカな!)
気が付けば、涙を流していた。
頭でも心でも理解できない。
今の自分の状況を冷静に判断できない。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
感情を爆発させたティアナは、夜空に向かって叫んでいた。
「ったく、ヒヤヒヤさせんじゃねぇよ」
一部始終見ていたヴァイスがアスカに声を掛ける。
「まだいたんですか。いい加減、アルトさんが怒りますよ」
素っ気なく返すアスカ。彼自身、今は不機嫌だった。
「アルトには後で怒られるさ。しかし、思い切った事をしたな」
ヴァイスがそう言った時、後方からティアナの雄叫びが聞こえてきた。
普段のティアナからは想像できない、感情を爆発させた自制の効かない、悲しい雄叫びだった。
「……」
アスカは一度振り向いたが、何も言わずに歩き出した。
「待てよ。あれでティアナが納得するとでも思ったか?」
ヴァイスが追いかけてくるが、アスカは口を結んだまま歩き続ける。
「……」
「あんだけ追い込んどいて、後は知りませんって訳にはいかねえぞ」
「……」
「明日、どんな面でティアナと向き合うんだ?」
「……」
「答えろ、アスカ」
言葉は静かだったが、ヴァイスは右手でアスカの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
その目は鋭くアスカを射抜く。だがアスカは怯まない。
「女は面倒だ。男ならブン殴って、ブン殴らせて、酒でも飲みゃ上手くいくのによ」
アスカはそう吐き捨ててヴァイスの手首を捻りあげようとした。
「男と女じゃ違うだろうが」
アスカの手を払いのけて、ヴァイスは間合いを開けた。
一触即発の緊張感か漂う。
「やめようぜ、陸曹。オレ達が熱くなってどうするよ」
そう言うアスカだったが、ヴァイスに向ける眼光は鋭かった。
「はぐらかすな!これからどうするつもりだ。答えろ、アスカ!」
アスカに負けないぐらいの眼光で睨みつけるヴァイス。
「……ティアナにはスバルがいる。どんなに傷ついてもスバルが癒してくれるさ。だけどよ、誰かがティアナの間違いを正面から突きつけてやらなきゃ、アイツの為にならないだろ。今のままじゃ、ティアナは同じ間違いを繰り返して、その都度傷つく事になる。その間違いを突きつける事ができるのは、フォワードの中じゃオレだけだ」
アスカはヴァイスから目を離さずに続ける。
「嫌われようが、憎まれようが、疎まれようが、ティアナが間違いに目を向けるまでオレは言い続ける」
「チームワークが崩れるぜ。それはどうするつもりだ」
「どうしてもダメなら…」
ヴァイスに突かれ、アスカは言いよどんだ。だが、すぐに意を決したように言う。
「その時は、オレがフォワードから抜けるだけだ」
そこまでの覚悟はある、アスカはそう言い切った。
「なに?」
「ティアナは…アイツはフォワードに絶対必要だ。スバル達は、能力や魔力はずば抜けているが、頭は年相応だ。経験だってそんな無い。でもティアナは経験不足を頭で補える貴重な人材だ。二択なら、オレよりティアナが残る方がいい」
そして、自嘲気味に笑う。
「防御くらいしか能のない、オレよりかはな」
アスカは歩き出した。
「もう、アルトさんの所に戻った方がいいですよ、陸曹」
足早に立ち去るアスカ。ヴァイスはただそれを見てるしかなかった。
だが、絞り出すような声でアスカに向かってヴァイスは叫んだ。
「てめぇが正しいなんて思い上がってんじゃねぇぞ、小僧!」
後書き
はい、相変わらず長文です。申し訳ありません。
とりあえず、アグスタ編終了です。アニメでもここまでがアグスタ編でしたからね。
さて、うちの主人公の不器用な所が悪い感じで出てしまいました。
言い訳をすると、アスカは自分の身に起きた事がエリオとキャロにの起こるんじゃないかと神経質になった為、頭にきてティアナと衝突してしまったんです。
そして、スバルがいる事で、強く言い聞かせるのは自分の役目だと思い、無遠慮にティアナに強く言いました。
もう一つ言えば、アスカはティアナが撃つ前に規則の事を思い出すと信じていたんです。
でも、ティアナは撃ってしまった。それが、アスカを失望させてます。
虚しい気持ちのまま、今度はヴァイスとぶつかり合います。
そこでヴァイスとも喧嘩しそうになるしで、少しは自重しろと言ってやりたいです。
魔王降臨編まであと少し…どーしよ、降臨させようかやめようか…
他の人の小説を読んでみても、色んなパターンがありますね…どーしよ。
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