ロザリオとバンパイア〜Another story〜
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第59話 冤罪事件・解決
ギン先輩の画策のおかげでつくねは、覗きの犯人として仕立て上げられてしまった。それだけではなく、男以上に血の気の多い女の子達にボコボコにされてしまったのだ。
《痴漢は死刑!》 とまで言われて。
その後更に追い打ちがつくねには待っていた。モカも傍にいた様で、顛末を聞いてしまったようなのだ。……当然、つくねに対する見方が変わってしまって、更に何か言われしまい、完全に落ち込んでしまったつくね。
そして、その一部始終、全てを見ていたくるむ。
正直な所、モカがつくねの事を嫌うのは願ったりだけど、このままじゃつくねが可哀想だ、と言う事で、なんとか誤解を解こうと決心するが、どうしても 誤解が解けそうに無かった。
何せ、現行犯だった(と言う様に仕立てられた)から。
「くるむ……? こりゃ何の騒ぎだ?」
そんな時に、カイトが漸く姿を見せた。
多数の女子生徒に囲まれたくるむを見て声をかけたのだ。今までの事を考えたら、くるむが男に囲まれてるならまだ判るにしても、女の子達に囲まれてるのはちょっと想像しにくいから。
「あっ、カイト!!」
くるむは、周りの女子生徒たちに真実を言っても、全く信じてくれない。
それどころか、つくねの事をただ庇ってるって言われて非難されてた時カイトが来た。だから、直ぐに彼の元へと駆け寄った。
「カイト! 聞いて!! つくねが、つくねがっ!!!」
「ん? どうしたんだ。少し落ち着け」
慌てるくるむを何とか落ち着かせると、カイトは今までの経緯の全てを くるむに聞くのだった。
本当に不幸な目にあってしまったつくねに心底同情しつつ、急いでつくねの元へと向かうのだった。
~陽海学園 校舎屋上~
日もすっかり落ち、辺りは闇が支配している夜。
モカは、つくねの事を非難はしたものの、それでも一時の感情に任せてしまっただけで、モカはつくねの事を信じて、待っていた。
そして そこへ、やってきたのは――つくねではなかった。
「何や……、 こんなとこにおったんか。 モカさん。 もう夜やで ほら今夜は綺麗な満月や」
屋上へと足を踏み入れたのは、つくねではなく、ギン先輩だ。
「ギン先輩……」
モカの表情は、固く暗かった。夜の闇とは関係なく。
「聞いたでつくねの事 覗きで捕まった……そやな? まだ監禁中やって? そんなやつのことを待ってるんかモカさん?」
「………」
ギンの言葉にモカは何も言わなかった。ただ顔を暗くして俯く。
「それに、誰が撮ったか知らんけど、こんな写真も出回っとったで」
ギンがそう言いながらモカに、見せたのは数枚の写真だ。
「これっ……!」
「覗きの現場写真やな……、 まあ その写真はつくね君には黙っといたれな。 哀れすぎるし。 それにモカさんも もうそないな奴のことは忘れてしまえや」
モカの傍まで行き肩を抱いた。
「今夜は、オレがなぐさめたるよ」
優しい男を作った表情。……何処か邪な表情だが夜の闇は、その素顔をも覆い隠してしまう。
「(……くくく これでつくねはアウトやな……。そん次はカイトや。 ……でも今日は、満月の夜。自分を抑えられへんなぁ……)」
舌なめずりをさせながら、モカの身体を抱くギンの仕草は、何処か飢えた獣を連想させていた。
~?????~
そこは、つくねが監禁されている場所。元々学園だから閉じ込める場所は限られているが特定は出来なく、女子共通認識はしている様だ。
まるで要塞の様に鉄壁なオーラが漂っている場所で監禁中のつくねは、何とか脱出しようともがいていた。
「くそっ!! あ、開かない!!!」
扉に何度も体をぶつけるが扉はビクともしない。
忘れてないと思われるけれど、この学園は妖怪の妖怪による妖怪のための学園だ。頑強に作ってある為、ただの人間に破れるものではない。……いや、普通の学校でも簡単にぶち破れたりはしないと思うけど、あしからず。
「獣だ……、ギン先輩は女の子のためならなんでもやる……。 このままじゃモカさんまで!」
つくねは、諦めずに、何度も何度も、身体を武器に、扉にぶつかっていくが、やはり扉はビクともしない。
もう出る事は出来ない……、下手したら、磔獄門まで受けかねない(鬼のような女子生徒たちを見たから)と絶望しかけたその時。
「………くね、 ………つくね」
外。窓の外から声が聞えた。
「え……、くるむちゃん?」
「つくね! こっちよ!」
窓から手が見えた。
でも、違和感がある。……ここは3Fだったから。でも、よくよく考えてみれば、くるむには翅があるから、と納得していたその時だ。
「ったく、ほんと世話の掛けるやつだな。やっぱ」
もう1人の声が聞えたのだ。
それは、勿論……。
「カイト!!」
「つくね、危ないから、窓から離れてろ。流れ弾に当たっても知らないぞ」
「……! うん わかった!」
つくねは窓から離れた。カイトは、ぐるんぐるん、と腕を回す。よくよく考えたら、腕力に頼った攻撃をするのは、初めてだ。
でも、自身の能力は完全に把握出来ている。魔力を力に。モカの様に……とまではいかないが、似たような事は出来る筈、と確信は出来ていた。
「……おらぁ!!」
カイトは、力を込めた拳で、窓の傍の壁を殴りつける。
どかんっ! と周囲にバレかねない程の大きな音が響いたかと思えば、壁は原型を保つ事が出来ず、そのまま、がらがらがら、と音を立てて崩れ、大きな穴が開いた。
「つくね 大丈夫か?」
「つくねーーーっ!! 無事でよかったよぉー!」
カイトに続き、くるむも中へと入ってつくねを抱きしめた。
くるむのハグには、顔が赤くなりそうだったつくねだけど、今はそれどころではない。
「ふ、2人ともありがと……、で、でも! 今、モカさんが危ないんだ!!」
つくねは、経緯を説明したのだが、事の発端、首謀者に関しては、くるむもカイトも判っていたから。
「りょーかい」
「元々、あのひとには信用無かったしね」
と言う事で、早速行動を開始したのだった。
見張りとかを立ててなかったけれど、つくねの脱獄がバレなかったのは奇跡だろう。
~陽海学園 屋上~
つくねが危惧した通りの展開に屋上ではなっていた。
欲情を、抑えきれないギンがモカに迫っていたのだ。
「きゃああああっ 放してぇ!!! 何するんですか先輩!!!」
モカの悲鳴が周囲に響く。
生憎、夜である為誰にも届く事は無かった。
「何って、優しく抱きしめとるだけやんか?」
ギンは淡々と答えた。
でも、そんな言い訳が通用する訳はない。
「ちが……っ! 今 ヘンなとこ触ったでしょっ!」
そう、モカの身体を……、流石にあからさまには触ってないものの、腰当たりを、そのまま手を這わせて……としていたのだ。モカも最後まで触らす様な事はせずに、振り払っていた。
「はは、 今夜は満月やろ? オレ満月の夜は力があり余って、すぐ自制心なくしてしまうんや!」
ギンは最後まで淡々としていた。だが、そんな言い訳にもならない事をモカに言っても許す訳はないから、抵抗を続けた。
「だからじっとしときって。暴れられるとムラムラしておかしなってまうやん?」
そういって、ギンは続けて唇を近づけた。モカの唇を奪う為に……、モカの艶やかなピンク色の唇に、ギンの卑しい唇が迫ってきた。
「やっ!! いやぁ やめて!!」
モカは、今度は力いっぱい両手で突き飛ばした。
今のモカは、ロザリオに封じられている……とはいえ、元はバンパイア。力の大妖だ。その片鱗をギンは受ける事になる。
ただ、突き飛ばしただけの音とは思えない衝撃音とともに、吹き飛ばされてしまう。
「わああああ!!」
ギンは突き飛ばされた衝撃で屋上の壁に衝突した。
「……つくねは、つくねは! 覗いたのわざとじゃないって言ってたもん……っ、つくねは、そんな事、しないもんっ」
モカはギンに渡されたつくねの盗撮写真を放り投げた。
「だからわたしつくねを待ってるの! こんな写真よりわたしはつくねのことを信じたいから!!」
「…………」
吹き飛ばされたギンは、何事も無かったかの様に立ち上がると無言でゆっくりとモカに近付いていく。それなりにダメージがある、と思えたのだが、全くの無傷だった。
「ははは……、マジか……、ほんまモカさん健気やなぁ? ほんま、男2人もおるとは思えんのやけどなぁ?」
首を軽く振り、いつもの調子者な目……ではなく、少し吊り上がった目を、モカに向けた。
「……つくね君のことはそんなに信じてるんやなぁ? の割には、モカさんは二股か。そんな事する様な子とは思えんわ」
「ふたま……っ 何言ってるの!?」
ギンの言葉に、モカは顔を赤らめながら言っていた。
その反応を見たギンは続ける。
「知ってんねやで? モカさん、カイト君とも仲がええんやろ? どー考えてもずるいやん? 自分はそないなふうにしておいてオレは拒むんかい。 ……でもま、 そんなとこも、ますますホレてもーたわ モカさん」
「っ! そんなんじゃ……、わ、わたしは カイトもつくねも……、2人とも、わたしの大切な…………」
モカは、ギンの指摘に戸惑っていた。
つくねもカイトもどちらも初めてできたかけがえの無い友達だ。この学園で出来た、生まれた初めての、友達だ。……孤独だった自分を救ってくれた大切なひとたちだ。
だからこそ、二股なんて、考えてもいなかった。
でも、他人の目から見れば……、そう見えてしまうのか? と戸惑ってしまったのだった。
そんな、狼狽えているモカを見て、ギンの姿が徐々に変わり始めた。
「さっきも言うたとおり……、満月の夜は自制心弱なるんやぁ……」
変化がはっきりと見えたのはギンの顔。そして、徐々に強大な妖気も身に纏い、全身の姿も変わっていくのが判った。
先程と明らかに違うのは、鼻・耳・口。その口許は、収まりきらない程の八重歯……、いや牙が覗いていた。
その姿は、狼そのものだった。
「こないに気持ちが高ぶってもうたら……、もうすぐ自分がおさえられへんなるやないか。 こうなりゃ 力づくでオレの女になってもらうで! 赤夜萌香!!」
正体は、ギンの性格そのものの野獣。
抑えきれない欲望と共に、モカに襲い掛かった。
「きゃああああ!!」
ギンのその鋭い爪を要した手が、モカに触れる直前。
「ちょっと待ったァーーーー!!」
誰かの声が、屋上に響いていた。
その突然の来訪者にギンは驚き振り返ってみて誰かを確認すると、また驚いていた。
何故なら、そこに立っていたのはつくねだから。
それこそが、ギンにとって有り得ない光景だった。何故ならつくねは、今も監禁されてい筈だったから。何より、屋上への入り口……ではなかった。よじ登ってきた、とでも言うのだろうか?
「何でお前がここにっ……」
「つくね! くるむちゃん! カイト!!」
最初は、くるむがつくねを抱えて飛ぶと言っていたが。
そんな力仕事は男の役目、と言うものだろう。空を飛ぶ様な事が出来るのは、くるむだけではなく、カイトも可能だ。長時間は流石にきついが、風を操って宙に浮く事が出来る。
それは、他者に併用する事も可能だから、屋上へとつくねを運んだのはカイトである。
「はぁ、夜の屋上で~、とはまた……ベタな……」
苦言を呈しながら、そのまま カイトは屋上に着地した。
くるむやカイトの姿を見て、ギンは漸く理解できた。つくねの監禁からの解放と、ここへ連れてきたのは、2人である、と理解できた様だ。
「そうか……、お前らが……、よくもええとこで邪魔しよって………このっ!」
全てを理解した所で、今度は怒りの感情がギンに高まり、それに比例して妖気も上がっていった。
「すっこんどれやぁあぁあ!!!!」
“ウオオオオオオオオオォォ!!”
夜に響くのは狼の遠吠え。
その姿を見て、ギンの正体がはっきりと分かった。
「人狼か。瞬速の大妖。随分と大物だったんだな」
人狼は、バンパイアに告ぐ大妖怪に分類する妖である。この学園で大妖に分類される妖怪は、モカしかまだお目にかかってなかったから、少なからず驚きもあった。
「これが……、ギン先輩の正体?? 性格と同じで、獣そのものだ!!」
つくねはと言うと、思った事をそのまま口に出してしまっていた。
「……あー、 つくね? 思ってていてもなるべくは、口に出さない方がいいと思うぞ? 逆上してくると思うから。襲われても自信があるなら止めないけど」
「あ゙……、口に、出てた?」
「いやいや、ばりばりに」
そんな2人のやり取りも、当然ながら 相手に聞こえていた。
「んやとー コラァァァァァ!!」
カイトの忠告遅し、である。
興奮してる様だが、今のギンには、はっきりと聞こえていて、それなりに効いたみたいだ。
「そ……、そんなことよりモカさんを!」
つくねはモカの方へ走り出した。
「まっ、まってつくね! 人狼はバンパイアと並ぶ大妖怪よ!! まともに言っても勝ち目は!」
くるむは、止めようと叫んだのだが、既にギンはつくねが走り出した瞬間に既に動き出していて、走るつくねの足を蹴り飛ばした。走る勢いをそのままに、脚を蹴られた為、勢いよくつくねは、モカの方へと盛大に転んだ。
「調子にノンな! ボケが!!」
「つくねーー!」
つくねとモカが絡まりながら倒れた。
「きゃああっ!」
「うわああっ!」
「死にたくなけりゃあな……、モカさんから手ぇー引けや。なぁ? つくね君……」
ゆっくりとした足取りでつくねの方へ近付く。
そして。
「さっさと去ねやァ!!!」
その声と同時に走り出したのだ……が。
つくねの元へは行けなかった。
なぜなら……、ツルッ! と。
「ななな……!! なんや?? なんで床が滑っ!!! ギャン!」
ギンは、そのまま滑って行き屋上のフェンスへ激突した。人狼の移動速度のそれはかなりの速度だ。つまり、その速度のまま、鉄のフェンスに正面衝突したから。
「……痛いよな。うん。顔面衝突だし、そりゃもう……」
床に手をつけたカイトが、決して皮肉じゃなく実際にそう感じながら言っていた。
ただ、足止めのつもりで転倒けさすだけの筈だったのだが、思った以上の効果を生んだから。
でも、そこは妖怪だ。普通の人間なら下手したら顔面骨折、とかありそうだけど、頑強であるから、大丈夫そうだった。
「てめぇ……か? カイト…… いったい何したんや!! っ、これは……、氷?」
屋上の床をよく見てみると、コンクリートの筈の床の筈だったのだが、氷が張っていたのだ。まるで、スケートリンクの様に。
「いやぁ、ツルっ、と滑ってもらおうかと思ってな。 頭に血が上りすぎだから回りが全然見えてないんだよ? ギン先輩。ちょっと頭冷えただろ? 要望があれば、もう一度、しようか? 今度は頭の上に」
これは皮肉をたっぷりと込めて、掌に氷の塊を作り出した。
直接冷やすのであれば、それが一番だろう。
「てめぇ、なめよってからに……!」
ギンは鋭い目で睨みつける。
一触即発な展開だったが、それを打ち破る者が現れる。
「わーいっ! カイトかっこいい♪」
それは、くるむである。
勢いよく、カイトに抱き着いたのだ。
「って、わぁー!!」
むにむにむにっ! と豊満な胸をカイトの顔に押し付けてぎゅっ、と抱きしめる くるむ。
いつも通り、と言えばそうなのだが、やっぱり 息が出来ない。
「っっっ!!(息ッ! 息ッ!! またこれ!!)」
さっきの緊迫していた空気はどこに行ったのだろう?
顔が赤くなる……けれど、それ以上に苦しい。女の子の胸の中で死ねれば幸せ……と、言うのはある意味、迷信だと言える。いや、ほんと。
そんな光景を目の当たりにしたギンは、と言うと。
「う……、な……、う……」
ワナワナ、と体を震わせていた。
それに気付いたカイトは、何とかくるむを引き剥がした。
「つっ!! ぷはあぁ!! くるむ!! 頼むから今はちょっと空気読んで!! 危ないから! 人狼が危ない、ってくるむも言ってただろっ??」
くるむの肩をつかみながら言った。
もちろん顔は目の色と同じで真っ赤っ赤、である。胸から解放されて、目の前のくるむの胸を見て……、思わず意識してしまった様だ。あの胸に包まれていた……なんて、思ったら。
「あ、あぅ……、ごめん///」
くるむは真っ赤なカイトにキュンっとしながらもカイトを離し離れた。
その時、とうとうしびれを切らせたギンが叫ぶ。
「うらやましいやないかーーーーーー!」
「「はい??」」
どうやら、突然の展開で、コケにされて怒ってたんじゃない様子。
緊迫した空気をくるむが解いて、戻ってきた? かと思えば ギン自身が解いて……、そうこうしている内に。
ギンの背後から強大な妖気が迸った。
つくねがあの隙にモカのロザリオを外して封印を解いた様だ。
勿論、霧散した空気はまた張り詰めた。
「……赤い瞳……、まさかこれはっ! バンパイア!」
モカはその赤い瞳でギンを睨みながらその場に降臨した。
並の妖であれば、その行為だけで萎縮するものなのだが、ギンには通じなかった。
「……フッ フ……フフ、 これがモカさんの正体なんか……っ ハハハハハ!! 美しいでッ! 最高やッ! 変心後の姿も美しすぎや赤夜萌香ッ!!」
いつも通りの姿勢を全く崩さなかった。さっきのカイトとの小競り合いはすっかり忘れてしまったみたいだ。あんなに青筋立てて睨んでいたのに。
「………たいしたもんだな あの先輩……、ここまで来ると」
「ははは………」
正直、完全に忘れ去られた2人は、忘れられた事よりも、ただただ苦笑いしかでてこなかった。
「バンパイアでもかまわへん!ブッ倒してでも必ず俺の女にしたるッ!」
そう言うとギンはモカに飛び掛った。
「……!! ふざけるな このっ!」
突進してくるギンにモカは、カウンターの手刀による突きをするが。
「どこぉ狙とるんや? こっちやで」
目の前にいたはずのギンが、あっという間に屋上への階段のある建物のほうまで移動していた。
「きっ……、消えたッ!」
「疾いっ 物凄い素早さだわッ!」
つくねとくるむはモカの攻撃をあっさりと回避したギンに驚愕していた。同じく、移動を遠間で見ていたカイトは。
「残像だけは追えた……、厄介だな。あの速さは」
確かに相手との速度の差はどうしようもない事だ。でも戦いに時間が経つに連れて目は慣れてくるものでもある。……が、そもそも慣れるのかどうか分からない程のスピードだった。よしんば見切ることが可能だったとして、そこまでの時間を与えてくれるとは思えない。
例え、裏モカであったとしても、如何に強大な力を兼ね備えていたとしても、当たらなければ意味は無い。相性が悪い、と言える。
「そうだ、カイトっ!! ほら、さっきやったみたいにもう一度滑らせちゃえばどう? そこに すかさず、モカのキックが入ればいけそうじゃん!?」
くるむがそう提案するが。
「……いや、同じ手が2度通用すると思ったら痛い目をみる。それにあのスピード。地面の一点を蹴って即座にその場所へ移動しているみたいだ。地面との設置時間が短すぎるからさっきのようには上手くいかない可能性もある。……何より、モカへの障害にもなりかねない」
「じゃ じゃあ……、どうすれば!」
つくねが声を出そうとした時、ギンの瞬速が再び発動した。
「バンパイアが「力」なら人狼は「速」の大妖! そして、このスピードは月の光が強いほど速さを増すんや! 今夜は月が最も輝く満月!!!」
そう言いながら屋上を縦横無尽に駆け巡る。それはまるで閃光だ。残像が連続して見えている、とでも言うのだろうか。
「満月の夜の人狼は無敵やでッ!!!」
今度は、残像を残しつつ移動している為、まるで分身を残している様に見えてしまう。いや、所々で、移動するリズムを変えてきているから、あまり広いエリアじゃない筈なのに、姿を完全にとらえる事が出来なくなってしまっていた。
「なっ……!(見えない……!これが人狼か……)」
流石のモカにも動揺が走る。
これほどの速度は、モカでもお目にかかったことが無い様だ。
「(こんなモカ初めてみるな。考えようによっては、ある意味珍しい場面。ラッキーと言えるかもな。 ……よし! 手は考えた)」
カイトは、自身の手札を頭に浮かべ、最適解を見出すと、周囲に呪文形式の陣形を描いた。
書かれた魔法陣は、輝きを放ちながら、今は無風の夜の筈なのに不自然な風を生んでいた。
突然の事に、くるむとつくねは驚いていると。
「……ちょっと 2人ともオレから離れててくれ、反動で飛ばされるかもしれないから」
やや挙動不審にしている2人に言う。
振り向いた2人はその不自然な風はカイトから生まれていた事に気付いた。
「何をするの!?」
「大丈夫だ。モカを助ける為に、な。まあ、あくまでモカのフォロー程度だけど。(正直、如何に劣勢でも、戦う相手取ったら モカにボコられそうだ……)』
そう言い軽くウインクしながら 2人を見つめた。
カイトの事は、いつも信頼している。詳しい説明はなく、言葉も少ない。……だけど最大級に信頼は出来る。だから、2人は互いに頷きカイトと少し距離をとった。
「さて! 生まれて来いよ。……黒雲」
カイトの周囲が再び風の様な物に包まれる。そして空に手を掲げた。
「空を覆え黒雲。……ラナリオン!」
空に向かってカイトが集めた風の様なものが、解き放たれた。
一直線上に、駆けあがっていくラインが空ではじける様に消えた。
「な……なにしたの? 今の??」
くるむもつくねも顔に???を作りながら話しかけた。もう、近づいても風の影響を受ける事は無さそうだ。
「もうすぐだ。もうすぐに判る」
そう言うとモカの方を見た。
モカはまだ一太刀も浴びてはいない様子だったが、速度が違い過ぎるから、明らかに押されていた。
「くそ…… やはり厄介な速さだ」
「くくく……やるなぁ モカさん! このワイの速度でここまで足掻くんか! 戦闘経験値ってヤツが高いんやろうなぁ、大したもんやでぇ…… でもな……」
そう言うと、ギンは、モカの方へ一気に距離を詰めた。
「満月が出てる限り勝つのはオレやーーーッ!!」
瞬速の拳がモカに直撃する。
凄まじい衝撃は、周囲に波動となって叩きつけられた。
「ああッ!! も、モカさーーん!!」
つくねは驚きながらモカの方へと駆け出そうとするが、それをカイトが止めた。
「大丈夫だ つくね。2人をよく見てみろ」
つくねを捕まえ、モカとギンの2人を見ていたカイトは、意味深に笑いながらつくねに言った。
「え……?」
カイトに言われ冷静さを少し取り戻したつくねはモカの方を改めてみてみると、モカが攻撃を受けていない事に気が付けた。。
モカはギンの拳をがっちりと掴んでいたのだ。
「ば……ばかな……、ありえへん。あの速度で…… 止めよった! なんでや??」
さっきまで殆ど対処出来てなかった攻撃よりさらに速度を上げた一撃をあっさり掴んだモカにギンは驚愕していた。
「つくね。……さっきと今。何だか違う事に気付かないか? あからさまだが」
カイトは、そう言ってつくねにウインクをすると、視線だけを上に向けた。
その仕草で、漸く気付く事が出来た。
この妖怪の世界の満月の月明りは、周囲を照らす程、月明りが強かった。
だけど……、今は?
完全に電灯だけの明るさしかなく、周囲が薄暗くなってしまっているのだ。
「なな!? しまった!! 月が雲に隠れとるやんけ!! 月がでてへんとオレ力でーへんねやーーーーッ!!」
ギンも同様に気付いた様で、慌てふためいている姿は、先ほどの何処か凶悪さも含んでいた表情とはかけ離れていて、滑稽に見える。だからこそ、つくねは思わずずっこけていた。
「しかし何でや! 今日は天気晴れのはずやで!! 満月で晴れやからオレ行動したのにーー」
1人でうろたえてるのはギン。
モカは、なぜ突然、雲一つない晴天の空が陰ったのか、……分かっていた。
カイトと目が合って、彼がウインクをしていたから。
「(ちっ…… カイトめ、余計な事を………)」
カイトのウインクには答えず、プイっと背を向けるモカは、応える変わりに、ギンを掴む手の力を上げた。
メキメキメキッ、と嫌な音がギンには痛みと一緒に伝わっていく。
その増した力と殺気にギンは。
「フッ……待て、あせるんやない。 月がのーなっても人狼をナメたらあかんで、 大妖怪の底力見せたるわ!!」
ギンも対抗して掴まれていない方の拳に力を込めて、振り上げた。
「おとなしくオレの女になれや モカァーーーーーーーー!!」
そのまま、モカに襲い掛かるが。
“ゴキャッッ!!!”
拳がモカに届く事はなく、モカの蹴りがギンの眉間にカウンター気味にヒットした。
これほどのゼロ距離接近戦では「速」よりも「力」の方が圧倒的に有利だ。
ましてや腕は「力」の大妖に握りあげられているから、抑えつけられているも同然だ。
あわれギンはそのまま、また 屋上のフェンスへと突っ込んでいって。
「ギャン!!」
と、激突と同時に悲鳴を上げる。
だが不運はまだ終わってなかった。
メキメキメキッ、と今度は 何かが軋む様な音が聞こえてくる。……己の身体の骨ではない。
それはフェンスそのものだった。モカの蹴りの威力、そして ギン自身の体重でフェンスが悲鳴を上げた様だ。……最初の転んだ時はしっかりと受け止める事が出来ていた様だが、流石に今回は無理だった様で、音を立てて崩壊した。
つまり。
「あっ……………… キャィィィィイィィイン!!!」
支える物が何も無くなり、ギンは屋上から姿を消した。
空を飛ぶ事などは出来ない人狼の辿る結末は1つ。
地面との対面である。ぐちゃっ! と、またまた嫌な音が後から聞こえてくるのだった。
「ふん。軟弱者が……。お前に私の相手が務まるか。 身の程を知れ」
「ははは……、モカが蹴っ飛ばすのは判ってたけど、さすがに、ここまでになるとは思わなかった。 まぁ、これは天罰ってやつかな?(妖怪だし、流石に死んでないだろうし)」
「お、屋上から落ちたんだし、……ぞ~~って感じだ…… 死んだ??」
「だ……だよね……? だいじょーぶかな……? ま、いっか。女の敵だし」
苦笑しながら3人はモカに近付いていった。
「私に言い寄るならまず自分を鍛えなおす事だな……」
「えっ……?」
つくねは、モカの言葉に驚きながら自分自身を指差した。
「はははっ! そうだなぁ。モカにそう言われちゃあ 頑張るしかないよな? つくね」
2人の会話を聞いていたカイトは、笑いながらつくねの首に腕を回した。
「ぐええ カイトっ!! 苦しいって!! 首、しまってるっっ」
「ああ! わたしもわたしもっ!!」
くるむもつくねに引っ付いた。
「わぁっ! くるむちゃんまでっっ!」
つくねは、くるむにも抱き着かれてしまった為、照れながらジタバタしていた。
その時だ。カイトとモカの目が合った。
「何を言ってるんだ。お前もなんだぞ……? カイト」
「ん? 何の事だ?」
カイトはつくねを解放して(まだくるむがいたけど)不思議そうに聞き返した。
そんなカイトからモカは、顔を背けながら続ける。
「…………言い寄る、と言うのなら、鍛え直せ! っといっただろう………。お前は、以前私に一撃入れられていたしな……、精進が足らないんじゃないか……?」
何処かモカは、照れていr「ギロリッ!」……いえいえ、なんでもありませんよ!? 兎も角、モカさんは、表モカに好意を寄せているつくねだけではなく、カイトに向けてのメッセージでもあった様だ。
それを聞いたカイトはと言うと。
「あ……、ははは。 そういうことね。まあ、善処はしますよーと。 ……でも しかし今日は結構大変だったけど、得したかもな。モカの動揺した顔も見れたし……。珍しい気がするな」
最後の方は ぼそっ と言ったつもりだったのだが、ばっちりモカは聞えていたみたい。
だからこそ、その返答? ツッコミ? と言わんばかりに、“ビュン!!”と言う鋭い風切り音を起こしながら、回し蹴りをした。
“バシンッ!” と、これまた 普通じゃない音が響く。
「うーん……、心なし、かな……?? この会話が続くにつれて、モカの威力が強力になっていっているような気がする………」
カイトは、受け止めながらモカにそう言っていた。受け止めた手は、赤くなっていて、じんじんんと、痺れているのが傍からでもわかる。
「カイト! お前、絶対に分かっていてやってるだろうが! 最初はそんなキャラだったかお前? 減らず口を叩けるんなら私自ら鍛えるのを手伝ってやるぞ? 私はまだ暴れたりないのだがな!」
今度は、物騒なことを言うモカ。ギン先輩相手に、結構暴れた気がするのだが……。
「いやいや、モカお嬢さん。……結構これはこれで反射神経を養う事が出来てるんだよ。鍛えてもらってるって、すでに。あ、ぁぁ……それに……な、……モカ」
そういうと、カイトは何があったのか、少し顔を赤らめだした。
「む……? なんだ?」
いつもの表情じゃないカイトを不審に思ったモカは聞き返した。
「ああ…… いや、……なんだ……、 その……」
今度は、モカの顔を見ずに、カイトは完全に顔を背ける。
「?」
「いや、鍛えなおしてくれるのは、正直魅力的な誘い、ではあるんだが……、その、モカには、なるべく蹴りは控えて欲しいかな………、 み、見るつもりはないんだけど……、その、正直、目のやり場が困るんだ」
モカの蹴りは、殆どが見事なハイキックである。
そして、無論着ている服は陽海学園学生服=スカートだ。
今回の事件の原因でもあるスカートの中の絶景が蹴りを受け止めた事によって見えてしまったのだ。
そう、モカの……中の絶景が……。
普通のハイキックでも十分すぎるのに、今は鋭い回転からの回し蹴りである。強風も起こってしまう。……と言うより、衣服が破れそうな気がする。
つまり、ハイキックなんかしたら、確実にめくれてしまう、と言う事。
「っっっっ!!!」
モカは、漸く言われている事の意味に気付いた。
当然、その忠告を有り難く受け止めるだけー、な訳はなく、モカは受け止められた足とは反対の方の足で、カイトの側頭部を蹴り上げた。ドカンッ! となかなかにえげつない音を奏でる。まるで打楽器。
「ぐえっ!!」
今回も一撃を貰ってしまった。
そもそも、完全にそっぽ向いていた為、回避などは不可能である。
「い、痛いって……、ち、力の大妖 の一撃は、きついって……モカ」
尻餅をつき、座り込んで受けた場所を擦りながら答えた。
「ふ、ふん! 身の程を知れ! この馬鹿者が!!」
モカは顔を真っ赤にさせていた。これも、本当に珍しい光景だ。
「はは……、 ははは……」
「フッ……………」
何だか、おかしくなって、最後は互いに笑いあっていた。
モカと、裏モカとこんなに笑ったのは、初めての事かもしれない
そして、そのころつくねはと言うと。
「やっふふぅーーー! つーくねー♪ 好きーーっっ♪」
「む、むぐっっ!!(くるむちゃん--!! 息ッ ………死っっ!!)」
くるむのハグハグ攻撃?に襲われていて呼吸困難になっていた。カイトでも死にかけた? 攻撃だから、つくねが抗える訳はないだろう……。
笑いあってるモカとカイト、そして じゃれているつくねとくるむを背景に、今回の事件は終幕を迎えたのだった。
~陽海学園 学園門~
翌日の新聞部初仕事の最中。
門の前で、4人は新聞を配布していた。
「号外ー、号外ー! 新聞部の号外です!」
朝の登校の時間を利用して、皆に知ってもらおう、と新聞を配っていた。部活の仕事ではあるものの、メインは後者。……しっかりと情報を、真実の情報を知ってもらうのが目的だ。
「お! ほら、あそこにも結構大きめの掲示板あるじゃん。あそこも利用しない? 掲示してたら、見る人だっているだろうし」
「あっ! ほんとだ! うん丁度よさそうだね。わたしが張ってくるよ。カイト新聞一枚頂戴! 全部渡しちゃったから」
「ほいほい、おっけー!」
カイトはモカに号外の一枚を渡した。
「うん!」
モカは掲示板まで行き、踏み台を使い新聞を掲示していた。
「まさか、こんなのが、オレ達新聞部の初仕事になるとは思わなかったね」
つくねが掲示板の側まできた。
「ほんとだよねーー!」
モカも笑いながら答えた。
「……あ、そうだ。 ねぇ? モカさん…… あ……」
振り向いた先には丁度モカのスカートの中が見えていた。角度的に、顔を上げたらどうなるのか、判らなかった訳でもないだろうに。……つまり、懲りてないつくねである。
「きゃあ! 今上見ちゃダメ!!」
見せまい、とするモカの後ろ蹴りがつくねの顔面に炸裂。
「ぐへ!!」
勢いよく受けてしまったつくねは、後ろに仰向けに倒れた。
「つくねー!!」
「ほんと、懲りないな……。もうフォローせんぞ? つくね」
カイトは笑いながら、くるむはあわてながら、倒れているつくねを見下ろした。
一方、その上でモカは。
「もうえっちなのは懲り懲りだよ…………」
事の発端を思い出しながら、顔を赤くさせながら呟いたのだった。
◇号外内容◇
《青野月音》は《無実》!!
のぞき騒動の真犯人は2年1組 《森丘銀影》でした………!
そのころのギン先輩はと言うと。新聞部の仕事には出てなかった。……当然だと思うけど。
それでも学校には登校してきていた。……体中に包帯を巻いていて。
当然ながら、真相を知った女子生徒たちはそれでも許さず追いかけていた。
それは まあ 当然だろう。
ケガしているから、とかは 女子生徒たちには全く関係ないから。
「フッ………、どないしたらあの赤夜萌香をおとせるんやろなーー」
ギン先輩は、沢山の女子生徒たちに、追われながらも考えている事は全く変わらないし、ブレない。
つまり、ある意味 男らしい、のかもしれない。
でもでも、覗き・盗撮は犯罪だよ♪
よいこの皆(読者)は真似しないでね♪
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