提督はBarにいる。
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明けちゃったけど正月の騒ぎ・その4
前書き
今回、ブルネイ王国の話が出てきておりますが、実在の人物等とは関係ありません。悪しからず。
1月4日 提督の腹芸?
今日は正月三が日も明けての4日。鎮守府もいつもの喧騒が戻ってきている……が、当の提督の姿は鎮守府の中に無かった。そういう場合には嫁艦筆頭である金剛か、鎮守府の総務を取り仕切る大淀が代理を務めるのだがその2人もいない。提督は2人を伴ってブルネイ王国の新年を祝うパーティに参加しているのだ。提督は軍人である事を示す為にも白を基調とした第ニ種軍装、金剛と大淀は制服ではなくパーティに相応しいようなイブニングドレスである。ただ、提督の護衛の意味合いもある為にドレスは明石と妖精さんによる仕立てではあったが。
『本日は皆、よく集まってくれた。未だ海運は深海の者共によって脅かされてはいるが、我が国は僅かながら発展を遂げつつある』
パーティの会場は王宮にある迎賓館。今壇上で挨拶をしているのが現国王である。因みにだが、国王が首相も兼務はしており、立憲君主制のように見えるがその実、国王の権限が強くしてあり絶対君主制の亜種のような政治形態となっている。
『その一因はひとえに、友好国である日本から駐留して貰っている艦娘及び金城大将のお陰と言っても過言ではなかろう』
会場内がざわつき、提督の顔を知る者は此方をチラチラと窺うような視線を送ってくる。うざったい事この上ない、と思ったのは提督の素直な感想である。国王の口から一個人を名指しで褒め称えるような発言が飛び出したのだから当然と言えば当然なのだが、当の提督はありがた迷惑なのである。そんな会場内の空気を察してか、国王が咳払いを大きく一つ。途端に水を打ったかのように静まり返る場内。
『本日はブルネイ・日本両国の重鎮をお招きしてのパーティである。ここで友宜を交わすもよし、新たな商談を取り付けるもよし。各々目的はあろうが、まずは新年を祝うという目的を忘れずに楽しんでもらいたい』
国王の挨拶が終わると、万雷の拍手が贈られた。パーティは立食形式であり、シャンパングラスを持って部屋の隅にいた提督を見つけると、獲物に襲い掛かるハイエナのように人々が群がってきた。
「金城提督、〇〇物産でございます」
「海上護衛の依頼についてご相談が……」
「食糧品の不足などがございましたら是非わが社に」
「陸上の足などは足りておりますか?」
「鎮守府内には自前の飛行場もあるとか」
「航空機の運用であればわが社もお手伝い出来るかと」
等々、よくもまぁこれだけ勧誘やら何やらをしてくる物だと商魂逞しい営業マン達の波状攻撃をどうにか往なしていく。南方への足掛かりであり巨大鎮守府の長、という提督の立場は正に利権の塊……さながら金の成る木に見える事だろう。しかしこんなのは提督も馴れた物で、上手くライバル会社や同じような業種の人間の方に誘導していく。すると反応は様々で、相手を見やってその場を離れようとしたり同業者同士の苦労話等に花を咲かせたりして自然と居なくなってくれる。
「……はぁ、ようやく解放されたぜ」
そうぼやきながら、すっかり気の抜けてしまったシャンパンを煽る提督。本当は目立たず隅に居て、美味い物を飲み食いしてトンズラする予定が狂わされてしまった。
「野郎、覚えとけよ」
誰に言うでもなく、提督が毒づいた。
「提督、どうされますか?」
「どうされますか?っつってもなぁ……目立たされちまったから、この後もつきまとわれるんだろうなぁ」
大淀に尋ねられて心底嫌そうに答える提督。これでは新年を祝うパーティというより、経団連等の賀詞交換会のようだ。と、そんな事を考えながら迎賓館の中庭に目をやると、石で竈が組まれており、そこで竹が直火で炙られながらクルクルと回されていた。
「ヘイdarling、あれは何してるの?」
「ありゃあ確か、ブルネイの……イバン族、だったか?の伝統料理だな多分」
ブルネイの食文化というのは、周辺国であるシンガポールやマレーシア、インドネシアに多大な影響を受けており、所謂エスニック系の料理が多い。また、移住してきた住民や歴史的背景から中国・インド・日本の影響も少なくない。しかし古くから住まう原住民族もおり、その食文化はまた一味違う物なのだ。
『よぅ、何を作ってるんだ?』
調理を行っていた青年に、流暢な英語で尋ねる提督。普段から喋れない訳ではないのだが、ただ単に面倒くさがっているだけなのだ。
『イバン族の伝統料理、バンブーチキンさ。美味しいよ?』
『そうか、じゃあ3人分貰おう』
ニコリと笑った青年は、提督から受け取った皿に竹の中身を入れていく。中に入っていたのは大ぶりにカットされた骨付きの鶏肉と玉ねぎ、それにタマリンドという酸味の強い果実がゴロゴロと出てきた。
「ほれ、バンブーチキンだとさ」
「oh!ワイルドな料理ネー!」
「でもこういうのもたまには良いですね」
作り方は材料さえ揃えれば意外と簡単だ。大きくカットした鶏肉にスライスした玉ねぎ、それとタマリンドを塩、味の素、香辛料などで味付けして節を抜いた竹の中に詰める。蓋の代わりにニッパヤシというヤシの仲間の葉を丸めて詰めて、後は竹を直火で回しながら炙るだけ。水は入れずに竹とヤシの葉、それと鶏肉と玉ねぎの水分だけで蒸し上げるのだ。50分程炙れば完成。ヤシの葉から出た香りがアクセントになっており、中々美味しい。
「やぁ、楽しんで貰えているかな?」
提督達に話しかけて来たのは誰あろう、ブルネイの国王その人だった。
「えぇ。それなりに楽しませて貰ってますよ」
「どうだろうか?来年度以降の海上護衛任務についての打ち合わせがしたいのだが……」
「構いませんよ。大淀、金剛……行くぞ」
国王に促されるまま、SPと連れ立って歩く。その間誰も言葉を発しない。やがて1室に通されて、4人は腰を下ろした。SPは室内に入らず、部屋の前を固めるだけ。その対応から見ても、提督の信頼性が窺える。
「しっかしよぉ……何だよあの挨拶は!お陰で俺ぁ面倒なのに取り囲まれたんだぞ!?」
「し、仕方なかろう?私だってあんな連中は好かんのだ」
開口一番、国王に対して文句を垂れる提督。とんでもない国際問題に発展しそうな一幕だが、その問題はない。何故ならば、この二人は十数年来の知り合いであるからだ。
国王がまだ皇太子であった頃、お忍びで鎮守府のある街を視察していた時の事。街中でトラブルに巻き込まれていた皇太子を救い出したのが、たまたま休暇中の提督であったのだ。以来、何かと懇意にさせて貰っている。互いに重要なポストに座っている者同士、そのコネクションの有用性は高い。
「陛下、先日はご助力頂きましてありがとうございました」
「何、気にするな。レイジに居なくなられて困るのは私の方でもあるからな。あの位の事で良ければ協力させて貰う」
「あの程度ってなぁ……『日本への石油資源輸出差し止め』があの程度で済む話かよ?」
提督は可笑しそうに肩を揺らしながらクスクスと嗤う。昨年の話になるが、金城提督が更迭されかけて鎮守府の戦力も接収されそうになった『騒ぎ』があったのだ。その際に大淀が協力を仰いだのが誰あろうブルネイ国王。その強権で以て『金城提督の更迭を撤回しなければ、石油資源への禁輸措置を取る』と日本政府に通告したのだ。
何しろ深海棲艦の進出によってシーレーンはガタガタ、中東やアメリカ等からの輸入は絶望的となった。そんな中でブルネイは東南アジア内でも稀少な原油・LNG(液化天然ガス)の産出国である。当然ながら日本から政府はその資源に縋りつき、戦線維持と海域の安全確保を交換条件にして来たる南方進出の為の橋頭堡とするべく、ブルネイに泊地を置いたのだ。やがて艦娘の量産化計画の本拠地とされ、何度かの襲撃をくぐり抜けた後、今の金城提督が着任している。
そんな大動脈とも言えるブルネイの石油が差し止められる。とある経済学者は『石油は国家の血液である』と表現した。それほど石油資源というのは近代国家を動かすのには必要不可欠な物になっている。それが止まってしまう……それは国の『死』に直結する。泡を食ったのは日本政府。鎮守府の長とはいえ、一個人を助ける為に国王自らが動くなど全くの想定外だったのだ。
「ありゃあ外交って言わねぇぞ。『恐喝』ってんだ」
「どちらにせよ、レイジが居なくては日本までの石油の安全は確保出来んのだ。同じことであろう?」
2人はそんな聞く人によっては恐ろしい会話を、さも悪戯を企てる少年のように話しているのだ。これが提督の『外交手腕』だというのだから、人脈の広さとその強さが解るというものだ。そんな会話を聞きながら、大淀はこの不敵に嗤う男が敵でなくて良かったと改めて思い直し、金剛は頼れる夫の存在にニヨニヨしていた。
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