遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~
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ターン64 蹂躙王と鉄砲水
前書き
遊戯王新作楽しみです。水属性に光を!
前回のあらすじ:覇王の超融合はアニメ版。主人公?また負けよったよあいつ。
ふと気が付くと、固い地面の上に寝かされていた。体の上には毛布が掛けられ、すぐ横からは暖かな熱気と共に焚火のパチパチという音が聞こえてくる。
少し体を動かそうとするも、まだうまく手足が動かない。川に飛び込んだせいでずぶぬれの全身はまだ乾ききっておらず、湿った制服が余計に動きを邪魔する。それでもどうにかしようと唸っていると、枕元から聞き覚えのある声がした。
「よ。起きたか、久しぶりだな」
「その……声……」
「ああ、動くな動くな。火が近いぞ馬鹿」
静止の声も耳に入らず、軋む体を無理やり持ち上げる。どうにか上体だけ起こし、その辺で拾ったらしい木の枝で焚火をかき回す彼と目が合った。
「……ユーノ」
「おう。ほんっと久しぶりだな」
何か言おうと思ったけど、疲労が溜まっている体にとって焚火の誘惑はあまりにも強すぎた。次第に重くなる体を支えきれず、地面にずるずるとへたり込む。重いまぶたを支えきれなくなった時、再び意識が闇に沈んだ。
「ふー……」
清明が再び眠り込んだのを確認し、深くゆっくりとため息をつくユーノ。今の短い会話だけで無意識のうちにかいていた冷たい汗をぬぐい、近くの岩にもたれかかる。
「なんなんだよ今の……こいつ、こんなプレッシャー強い奴だったか?」
遊野清明。最後にユーノが見た時には、ダークシグナーとなったことにより常人を越える力こそ持っていたものの、そんなものを感じさせない良くも悪くもただの少年でしかなかったはずだ。
だが、今の彼はあの時と外見こそ同じではあるが、その中身はまるで違う。全身を包む悲哀や狂気寸前の危うさの作り出す雰囲気はその年にはまるで似合わない独特の威圧感をもたらし、目の光にもどこか影が入りじっと見ているとその中に吸い込まれて消えてしまいそうな錯覚を催す。もはやそれは、少し見ただけでまともな人間ならば本能的に危険を察知するほどの存在になっていた。
そしてポツリと吐き出した、一見、誰に言うでもない独り言にしか聞こえないその言葉。しかしそれに反応するかの如く、地面に落ちた彼の影が揺らめき形を変える。人の形から伸びる、人ならざる影。そのシルエットはまるで、1匹のシャチが丸まっているようにも見える。そしてどこからともなく響く、第三者の声。
『ああ。私達のいないうちに、また面倒事に巻き込まれたようだな。それも、特別厄介なものに』
「待てやコラ、何他人事みたいなこと言ってんだ。だいたい、なんでお前らがコイツと離れてたんだよ」
突然の声にも驚く様子を見せず、むしろムッとした様子で言葉を返すユーノ。どうやらあまり聞かれたくないところを疲れたらしく、答える声の調子がやや弱くなる。
『それは説明しただろう……ここに飛ばされるときに引き離されてな、まさかマスターより先にこっちと合流するとまでは思わなかったが』
「なーにが合流だ、デッキごと地面に埋まってたとこ俺が引っこ抜いただけじゃねえか。にしても、いつの間にか覇王軍まで話進んでたのな。俺が最後に見た時は光の結社編クライマックスだったのに、時の流れは速いねえ」
『マスター、本当になにをやってたんだかな。せっかく寝入ったことだし、少し探ってみるか。少し手伝ってくれ、まず……』
しばらく話が続いたのち、ユーノの影が元の人型に戻る。その本体があらかじめ横に積んであった土を焚火にかぶせて強引に火を消して周りが闇に包まれたところで、呼吸こそ妙に浅いものの清明がぐっすり眠りこんでいることを確認して足音を殺しつつ立ち上がる。
そのまま忍び足を維持しながら清明の枕元に立ち、その額に指を当てた。
「これでいいのか?」
『ああ……あ、いや、これは面倒だな。やめよう』
「あん?」
わざわざそれなりに真面目に立ち上がってまで付き合ってんのになんだそのオチは、といういら立ちを隠そうともしないドスのきいた声に、慌ててすまなさそうに声が付け加える。
『いや、方法はこれでいいんだがな。思ったよりマスターの精神が抵抗してきて、うまく中が覗けないんだ。たかだか数日でどうやってこんなこと覚えたのかはわからないが、少し荒療治で行くしかないな』
「荒療治?いいねえ、いい響きだ。よくわからんが俺もやるぜ」
すぐに機嫌を直しノリノリになるユーノに対し、声が少しの間沈黙する。数秒後、いつになく真面目な調子で返事が返ってきた。
『単純で助かる、と言いたいところだがな。昔のよしみで1つ忠告しておくが、それはやめた方がいい。生きて帰れる保証はないぞ』
「あん?待て待て、そもそも何やるつもりなんだよそれ」
『んー……ものすごく雑に説明するとだな、今からマスターの心の中に魂を潜り込ませて記憶を読み取り、それからこうなった原因を直接、場合によっては力づくでどうにかする。前の世界のように霊体だった時ならまだしも、この世界に来て精霊と同じく実体化しているだろう?下手に肉体から魂を引きはがすとだな、その手の素質がないとうまく帰ってこれなくなることもあるからな』
「ええ、なんだそれ……」
直球な死の宣告に、さすがのユーノもやや困惑する。一時はそれで引き下がるかに見えたが、すぐにまたあることを思いついてぱちんと手を叩く。
「ん、待てよ?そもそも俺自身、コイツに取りつく形で向こうの世界では生きてたんだよな。ってことは、もし失敗して精神がぶっ壊れたりしたら、俺はどうなるんだ?」
『正直予想もつかない……が、2人分の魂から残ったエネルギーをかき集めてマスターを生き返らせたわけだからな。少なくとも、あまりいい影響は出ないだろうな』
それを聞いて恐れるどころか、だったら、と笑って見せるユーノ。
「やっぱり俺も行くぜ。どうせ駄目ならとりあえず足掻いて死にたいしな」
『……もう勝手にしてくれ。それなら私がサポートするから、メインの動きは任せるからな。その方がむしろやり易い。まずマスターの額に手を当てて、今度は目をつぶってくれ。私がいいというまでな』
「よしきた」
降ろした手を再び額に当てると、清明が軽く身じろぎする。また寝息が安定したころを見計らって、すっと目を閉じた。
『よし、着いたぞ』
「早っ!」
彼が目を開けると、そこはもう別世界。右も左も真っ暗な中、足元にただ1本の光る道が通っていた。
「……これか?」
『そのまま奥に進んでくれ。その先にマスターの……なんと説明したものか、心の核と言うか、自我そのものと言うか、まあとにかく視認できる形でマスターそのものがいるはずだ』
左右と同じく黒く塗りつぶされた空を仰ぎ問いかけると、頭の中に直接声が聞こえる。その声に素直に従い、歩きながらも気になるらしく改めて周りを見渡す。しかしそこには道しるべともなる足元の光以外、本当に何ひとつ見える物がない。確か覇王十代の心の中には大量の鏡、あるいは窓のようなものがびっしりと取り囲んでいる風景があったはずだが、ここで何も見えないのは清明本人が侵入を拒んでいるからだろうか。
そんなとりとめもないことを思い出しながら進んでいくと、やがてうずくまって背を向ける人影が見えてきた。
「おい!」
聞こえない距離ではないはずだが、赤い服に黒髪の少年……清明はピクリとも反応しない。仕方なしにユーノがさらに近寄ると、小さな声で何事か呟き続けているのが聞こえてきた。
「約束だから、生き残らなきゃ。絶対元の世界に帰るって僕が言ったんだ。でもその前に、奴を倒す絶対倒す必ず行ってやるから早く立ち上がらなきゃ」
そこまで聞いたところで訳もなく背筋が寒くなり、ばっと離れて声の聞こえない距離まで後退するユーノ。さすがに引いた、と言った調子で、もう一度漆黒の空に問いかける。
「お、おい……なんかむっちゃ病んでるけどこれどうなってんだ?こんなキャラだったっけコイツ」
『礼を言うぞ、そこまで近づいてくれたおかげでこっちもだいぶマスターの心が読みやすくなった。で、肝心の心の中だが……これは、なんというかひどいな』
「ひどい?なんだそりゃ」
『元々、マスターの心は外部要因に影響されやすいタイプだった。それはわかるな?』
「あ、ああ。なんとなくわからんでもないぞ」
ユーノの脳裏をよぎったのは、ダークネス吹雪戦や光の結社戦で我を忘れ地縛神の力や破滅の光にあっさり呑み込まれては暴走したりしかけていた清明の姿。後者に関しては彼も人のことを言えた立場ではないのだが、清明の流されやすさ、影響されやすさについては共に過ごした短い日々だけでも嫌と言うほど思い知っていた。
『まあ、これは私が元々1人分しかなかったエネルギーを蘇生のために2つの魂で分けたわけだから、不安定になるのは仕方ないんだがな』
「……ふむ」
『多分、ここ数日の間に心の闇を無理やり押し広げさせるため色々吹き込まれた結果また揺らいだんだろう。とりあえず、なんとかそのマスターと意志疎通できないか?』
「お、おう。おーい、清明ー。元気してっかー……って、無視かよ」
努めて明るく声をかけるも、まったく反応することなく体育座りでうずくまったままの清明。やれやれとため息をつき、近寄ってその二の腕を掴んだ。それでも抵抗しなかったので、思い切り腕を引き上げて強引に立ち上がらせる。そこまでやってようやく、ぼんやりした目で目の前のユーノを認識したらしい。どこか焦点の定まらないぽんやりとした目のまま、のろのろと口を開く。
「あれ、僕……」
「人が呼んだらさっさと返事しろコノヤロ。ほれ、立てるか?」
手を放すと少し体が揺らいだが、そのまま再び座り込むようなことにはならなかった。まだどこかふらふらしている様子を危なっかしそうに眺めながら、もう少し意識をはっきりさせるためさらに話しかける。
「なんか色々あったんだろうけどな、まあとりあえず無事でよかったなあ」
「無事……無事?僕が?」
「なんだ、普通に返事できるじゃねえか。俺もそうだけど、こいつらも懐かしいんじゃねえか?」
そう言い、自身が着ている服のポケットにこれ見よがしに手を突っ込んでみせる。わざと大げさに手を動かし、その様子をぼんやり眼で追っていることを確認してからゆっくりとあるものを掴んで持ち上げてみせた。まだピンと来ていないらしい清明に、その手に握ったものを広げて突きつける。
「お前のデッキだ。なんで無くなったのかは聞いたから文句は言わねえが、もうこんな大事な物手放すんじゃねえぞ」
「聞いた……誰に?」
ユーノの何気ない言葉に、ほんの少しだけこれまでより強い反応を見せる清明。だがその目を一瞬よぎった怪しい光に気づかぬまま、問われるがままにあっさりと答えてしまう。
「え?そりゃお前、チャクチャルアに決まってんだろ。お前の神さんだぞ、ちゃんと拝んどけよ」
『あっ……』
不穏な気配を感じ取った声が慌てて止めようとするも、時すでに遅かった。その名を聞いた瞬間、それまでの夢うつつの状態から一転して目を見開き、憑りつかれたような表情でユーノに詰め寄る。
「今すぐそれをこっちに寄越して!早く!」
「はあ?どうしたんだよ急に」
「早く!」
謎の剣幕に押し切られ、よくわからないまま言われるままにデッキを渡しそうになるユーノ。それに待ったをかけたのは、他ならぬ清明本人の言葉だった。
「こんなもの、今すぐ……!」
「やっぱやめた。おいおい、穏やかじゃねえなあ。とりあえず少し落ち着けや」
「ふざけないで!ユーノは知らないんだ、この地縛神は昔、古代ナスカで……」
古代ナスカ。その言葉を聞いただけで、何となく何があったのかを察しとる2人。
『あー……そういうことか。大体察したぞ』
「俺も。でもなあ、もう昔の話だし、第一この神さんのおかげで俺らは今生きてるんだぜ?そこんとこもよく考えてだな」
「ふざけないでって言ってるでしょ!もういい、まさかユーノまで5000年前に何が起きたのか知ってて僕に黙ってたなんてね。有難いことにここは僕の心の中らしいけど、わざわざ踏み込んでくるなんていい根性してるじゃない。今の僕はお前らの知ってた僕じゃない、2度と生きて帰れると思うな!」
雑な反応が、さらに怒りを増幅させたらしい。お互いに内心お前のせいだと毒づくユーノと地縛神をよそに激昂して啖呵を切り、デュエルディスクを構える清明。現実世界では壊れて使い物にならなくなっていたはずのデュエルディスクだが、精神世界であるこの場所にその事実は通用しない。
その全身からは本人は気づいているのかいないのか紫色のオーラが揺らめきだし、爆発寸前の感情が辺りに満ちる。それを見てチャクチャルアが、無駄と知りつつ説得を試みる。
『……確かに、私は私の過去についてマスターに何も伝えなかった。ダークシグナーがなんたるか、その根本すら教えなかった。それに関して弁解するつもりはない。だが、私は……』
「もういいぜ。どーせ何言ったって聞きやしねえんだ、だったら1発ぶん殴ってこっちの言うこと聞かせる方が楽でいいってもんよ。せっかくだ、このお前のデッキで相手してやるよ」
「好きにしな。忌々しい悪魔どもが」
「やさぐれてんねえ。そんじゃ、手加減は抜きでやらせてもらうぜ」
「「デュエル!」」
精神世界でのデュエル。真っ暗な世界で、清明が暗い笑みを浮かべて挑発するように手招きする。
「先攻はくれてやるよ。かかってきな、ユーノ」
「なんだ、そんなにドローしたいのか?なら遠慮なくいかせてもらうぜ、俺のターン!……ん?」
初期手札である5枚のカードを見て、思わず眉をひそめるユーノ。彼の知る清明のデッキは、彼自身が生前愛用していたシーラカンス軸の【魚族】を中心にメビウス等で脇を固めた水属性ビートであったはず……だが、今の手札には見慣れぬカードが混じっている。
その戸惑いを読み取ったチャクチャルアが、軽く解説する。といっても、すでにデュエルが始まってしまっている以上その説明は極めて簡素なものにとどまったが。
『マスターにも色々あったんだ』
「らしいな。こんなカード、どこで見つけてきたのやら。もうすっかり、このデッキもあいつの色に染まってきてるんだな……まあでもこれも何かの縁だ、あのアホぶっ飛ばすためにお前らの力も貸してもらうぜ。グレイドル・イーグルを召喚!」
清明がこの世界にたどり着くまで愛用していた、彼の見つけた新しい戦い方を象徴するモンスターでもある黄色い鳥。漆黒の空間に舞い上がり、大きな目を悲しげに見開いて元の自らの主をじっと見つめた。
グレイドル・イーグル 攻1500
「グレイドル・イーグル……」
「ああ。お前のカードだ。俺は、これでターンエンドするぜ」
頭上を飛ぶイーグルを見上げ、ほんの少し辛そうに目を伏せる清明。だが、その迷いもほんの僅かだった。すぐに顔を上げ、明らかに危険な光を宿したままの目でカードを引く。
「僕のターン!グレイドルの特殊効果は敵に回すと確かに厄介だけど……それが、どうした!グレイドル・イーグルをリリースしてユーノ、お前のフィールドに怪粉壊獣ガダーラを特殊召喚!そして相手フィールドに壊獣が存在することで、手札から怒炎壊獣ドゴランを僕のフィールドに特殊召喚する!」
「何!?俺のモンスターをトリガーに、最上級モンスターをコストも無しで特殊召喚だあ!?」
怪粉壊獣ガダーラ 攻2700
怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
まったくの意表をついた展開に、ユーノが驚きの声を漏らす。それが期待通りの反応だったらしく、暗い歪んだ笑みが彼の顔に浮かんだ。
そしてその反応にわけもなく苛立ち、嫌味の1つでもかえしてやろうと口を開く。
「グレイドルといいこの壊獣、だっけか?俺がいなくなった途端こんなカードばっかり引き寄せやがって、お前のそれはそれは素晴らしい性格がよーくにじみ出てる素晴らしいデッキだなあ、オイ!」
「なんとでも言うがいいさ。初見だもんね、辛いよね?だけどこのデッキに慣れて対策練られる前に、できるだけ削らせてもらうよ。速攻魔法、突進を発動。これでドゴランの攻撃力を700アップさせて、攻撃だ!やれ、ドゴラン!」
「クソッ……!」
怒炎壊獣ドゴラン 攻3000→3700→怪粉壊獣ガダーラ 攻2700(破壊)
ユーノ LP4000→3000
「カードをセットしてターンエンド、これでドゴランの攻撃力は元に戻る……ほら、今のうちに念仏でも唱えたら?」
「言ってくれるぜ。あいにく俺は地縛神教徒でな……あ、やべ。地雷踏んだ」
『アホかあーっ!』
売り言葉に買い言葉とばかりに何も考えずに投げつけたあまりといえばあまりの言葉に、いつもの落ち着いた口調もかなぐり捨てたチャクチャルアの叫びが響く。清明の目はその名を聞いた瞬間ますます険しくなり、全身のオーラもさらにその闇を濃くした。
その原因となった当の本人であるユーノもその様子をポリポリと顎を掻きながら顔をひきつらせ眺めていたが、不意に一転して真面目な表情になる。
「……なあ、清明よ。お前もそんな抱え込んでないで、こうやってもっと気楽になろうぜ。もっと気負わずに馬鹿やってたって、どうせ勝手に日は沈んで登ってくんだからよ」
『……』
自分が掛ける言葉は逆効果にしかならないだろうと、あえて黙ったままユーノの説得に任せるチャクチャルア。しばらくの沈黙ののち、清明がポツリとつぶやいた。
「もう無理だよ。今の僕は、いろんなものを背負ってる。僕のために犠牲になって、僕のために消えていった人たちがいる。だからもう、全部終わらせるまで止まるわけにはいかないんだ。人の魂を、命を犠牲にして死人を蘇らせる地縛神の力……そんな命を持った僕にできる事なんて、せめてそれぐらいしかないんだ。さあ、デュエルを続けようよ」
「頑固だねえ。ったく、しょうがねえ。お前がなんて思おうが知ったこっちゃねえからな、意地でも連れ帰しちゃる」
怒炎壊獣ドゴラン 攻3700→3000
ユーノ LP3000 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:なし
清明 LP4000 手札:3
モンスター:怒炎壊獣ドゴラン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
「俺のターン、ドロー!」
確かに話はできる。だが、まだ言葉は届かない。清明の閉じた心は、まだ戻ってきそうにない。なら、もっとカードで語るしかない。ここはそういう世界なのだ。それを信じ、次のカードをユーノは手に取る。
「魔法カード、強欲なウツボを発動。手札から水属性の氷弾使いレイスとハリマンボウをデッキに戻し、カードを3枚ドローする。そして2体目のグレイドル・イーグルを召喚するぜ。さらにフィールド魔法、ウォーターワールドを発動。これで水属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力が400ポイントダウンする」
グレイドル・イーグル 攻1500→2000 守500→100
「元のご主人様がどんな使い方してたかは想像できるがな。俺は遠慮なく勝ちに行かせてもらうぜ、悪いな。永続魔法、補給部隊を2枚同時に発動してバトルだ、グレイドル・イーグルでドゴランに攻撃!」
「自分から来たわけね……!」
グレイドルによる特攻からのコントロール奪取コンボ。清明ならばやらなかったであろう戦法だが、ユーノにとってはそんなこと関係ない。イーグルも躊躇なく、むしろそれこそが俺の戦いだと言わんばかりに翼を大きく広げドゴランにまっすぐ突っ込んでいった。
そしてドゴランがその腕を振るい、イーグルの体を四散させる。
グレイドル・イーグル 攻2000(破壊)→怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
ユーノ LP3000→2000
「ぐうっ……!だが、これで戦闘で破壊されたイーグルのモンスター効果と、補給部隊の効果が発動!まず俺のモンスターの破壊をトリガーに、補給部隊の効果2枚分により2枚ドロー。次にイーグルの効果を墓地から発動。ドゴランの装備カードとなり、そのコントロールを……」
「そのデッキはもともと僕のもの。グレイドルの弱点なんて、使い手の僕には手に取るようにわかる!リバースカードオープン、壊獣捕獲大作戦!このカードは1ターンに1度場の壊獣1体を裏守備に変更して、壊獣カウンターを1つ乗せることができる。イーグルの効果にチェーンしてドゴランを裏守備に変更、これで装備カードをドゴランに付けることはできなくなった!」
清明の場のカードが表になり、そこから光のネットが放たれドゴランを頭から包み込む。そのネットに阻まれ、銀色の雨となり頭上から降り注いでいたグレイドルが弾かれ地面に消えていった。
壊獣捕獲大作戦(0)→(1)
「なるほどな……すっかりそのデッキを使いこなしてるってわけか。だが俺だって負けちゃいられねーな、カードを3枚伏せてターンエンドだ」
「僕のターン、まずドゴランを反転召喚する」
怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
生存競争こそ自壊したもののいまだ健在の3000打点を持ち再び立ち上がるドゴランを前に、いささかもひるむ様子の無いユーノ。期待通りの反応がないことに舌打ちしながらも、例え魔法の筒やミラーフォースのような逆転のカードを使われたとしてもいざとなれば壊獣捕獲大作戦でまた逃げられるのだからと気を取り直しドゴランに指示を飛ばす。
「バトルだ、ドゴランでダイレクトアタック!」
「相手の直接攻撃宣言時に永続トラップ、グレイドル・パラサイトを発動!俺のフィールドにモンスターが存在しないことで、デッキから攻撃表示でグレイドルを特殊召喚するぜ。グレイドル・アリゲーターを召喚!」
足元から湧き上がる銀色の水が急激に盛り上がり、緑色のワニ型生物に変化する。イーグル同様やる気に満ちた態度で四肢を突っ張り、太い尾を振り回す。
グレイドル・アリゲーター 攻500→1000 守1500→1100
「何を企んで……いや、だとしても踏み越えてやる。構わず攻撃だ、ドゴラン!」
主の指示を受け、ドゴランがその口から灼熱の火炎を迷いなく吐き出す。鋭く伸びたそれが足元のアリゲーターの体を飲み込もうとした瞬間、大量の水がその炎を阻む壁となる。
「そのカードは……ずいぶん久しぶりに見たね」
「だろう?トラップ発動、ポセイドン・ウェーブ!相手の攻撃を無効にし、俺の場の水・魚・海竜族1体につき800ポイントのダメージを与えるぜ。これはグレイドル・アリゲーターの分だ!」
「ふん、そんなこったろうと思った!チェーンして壊獣捕獲大作戦の効果を使い、ドゴランを裏守備にすることでそのダメージを回避する!」
壊獣捕獲大作戦(1)→(2)
「おいおい、800ダメージを回避するために攻撃力3000を裏にしたのか?甘いところは変わってねえな」
「冗談でしょ?僕には他にやりたいことがあったのさ。メイン2に魔法カード、太陽の書を発動。裏守備になったドゴランを表側攻撃表示に戻して永続魔法、壊獣の出現記録を発動。1ターンに1度場の壊獣1体を、デッキに眠る別の壊獣と入れ替える!チェンジ、ガメシエル!」
にやりと笑いからかうように問いかけるユーノに笑みを返し、2枚のカードを連続発動させる清明。するとドゴランの姿が光の粒子となって消え、新たに呼び出されたのは巨大な亀のような形をしたモンスター。本来ならば守備的なステータスをもつガメシエルだが、ウォーターワールドの影響を加味して攻撃表示で呼び出されファイティングポーズをとる。
海亀壊獣ガメシエル 攻2200→2700 守3000→2600
「ほらほら、わざわざドゴランより攻撃力が低いモンスターを出してあげたんだよ?来るなら来るでさっさと突っ込んできなって」
「言うじゃねえか……!」
「誰に似たんだかね!」
今度はこっちの言い返す番だと言わんばかりにそう言ってのける清明の顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。つい先ほどまでの淀んだオーラからはまるでかけ離れたその表情に戸惑うユーノに、チャクチャルアがこっそり耳打ちする。
『やはりマスターは根っからのデュエリスト、ということだな。こうして戦い続けたことで、ほんのわずかにだが自我が強くなってきている。光の結社、デスベルト、そしてこの精霊世界とこのところ敗北は死か、そこまでは言わずとも何らかのデメリットのあるデュエルばかりだったから、今の精神世界でのデュエルは色々たまっていたものを解放するにはもってこいのいい機会なのだろう』
「なるほどな。要するに、徹底的にデュエルしてやりゃ機嫌がよくなるってことだな?わかりやすい奴」
『そう言ってやるな。つい数年前まで一般人だったマスターに、モチベーションも動機もないままに闇のデュエルを延々やり続けろというのは確かに酷な話だったしな。本人が気づいていなくても、ただでさえ蘇生してから色々と騙し騙しでどうにかやってこれた精神にかかる負担は相当な物だったろう。だからおそらく、その部分を取っ掛かりにして心の闇を無理やり広げられたんだろう。まったく、つまらん真似をしてくれる』
「……ふむ」
何事か考えているのか、ユーノが生返事を返す。その瞳に、何かを決意したような色が見えた。
ユーノ LP2000 手札:0
モンスター:グレイドル・アリゲーター(攻)
魔法・罠:グレイドル・パラサイト
補給部隊
補給部隊
1(伏せ)
場:ウォーターワールド
清明 LP4000 手札:2
モンスター:海亀壊獣ガメシエル(攻)
魔法・罠:壊獣捕獲大作戦(2)
壊獣の出現記録
「とはいえ、それぐらいわかりやすい方が話が早くていいってもんよ。行くぜ、俺のターン!永続魔法、グレイドル・インパクトを発動。このカードの……」
引いたカードのテキストを素早く確認し、パラサイトでアリゲーターをリクルートした自分の判断が正しかったことを確信するユーノ。まだ俺の勘も鈍っちゃいないな、そう心中で呟いてから引いたばかりのカードをフィールドに出す。
だがその瞬間、清明とガメシエルがともに動いた。ガメシエルの巨体が体の前にその両手を持ってきて手のひらで何かを包み込むような姿勢を取ると、その両腕の間に超自然の水の渦が生まれる。次第に大きくなっていったそれが解き放たれると、渦はまっすぐユーノのフィールドに飛んで行き発動されたばかりのグレイドル・インパクトのカードを巻き込んで呑み込んだ。
「グレイドル・インパクトの効果、グレイ・レクイエム……アリゲーターとのコンボで僕のカードを破壊しつつ、魔法カードの効果で破壊されたアリゲーターの寄生効果も使おうってわけね。でも悪いけど、その戦術もお見通しさ!インパクトの発動時に場の壊獣カウンター2つをコストとしてガメシエルの特殊能力、渦潮を発動!あらゆるカードの発動を無効とし、それをゲームから除外する!」
「何っ!?」
壊獣捕獲大作戦(2)→(0)
清明は自分でもそう言うだけあって、グレイドルの動きを熟知している。手札の関係もあって単純な手しか使えていないとはいえ、自分の繰り出すコンボが片っ端から防がれることに内心顔をしかめつつも、すぐにユーノも気を取り直す。
「ええい、だったら次だ次!すまん、アリゲーター!グレイドル・アリゲーターでガメシエルに攻撃!」
「攻撃?そうか、補給部隊……仕方ない、迎撃だガメシエル!」
自らの効果がかわされることを知りつつ、それでも最後に残された可能性に繋げるために怯まずガメシエルに襲い掛かるアリゲーター。当然のように太い尾の一振りに打ち払われて弾けた体が銀色の水となり寄生を図るも、またもや放たれた光の網がガメシエルを守る盾となる。
グレイドル・アリゲーター 攻1000(破壊)→海亀壊獣ガメシエル 攻2700
ユーノ LP2000→300
壊獣捕獲大作戦(0)→(1)
「戦闘破壊されたアリゲーターの効果にはまた壊獣捕獲大作戦をチェーン発動して回避する、けど……」
「そう、この補給部隊2枚の効果発動は止められないな。アリゲーターの破壊をトリガーに、またカードをドローする……おっ、お前も来てくれたのか」
「?」
多大なライフと貴重なモンスターをかなぐり捨ててまでユーノが掴んだ、たった2枚の可能性のカード。それを見ていきなり妙なことを口走るユーノに怪訝な顔を見せる清明に対しもう何度目かもわからない不敵な笑みとともに、最後の伏せカードが表になる。
「慌てなさんなよ、こういうのは下準備が大事なんだ。永続トラップ、バブル・ブリンガーを発動……して即効果発動するぜ。このカードを自分ターンに墓地に送ることで、墓地からレベル3以下の水属性同名モンスター2体を特殊召喚することができる。甦りな、グレイドル・イーグル共!」
泡の壁がほんの少しだけ湧き上がってすぐに消え、最後に残った2つの泡が弾けてその中からそれぞれ瓜二つの鳥型グレイドルが翼を広げて飛び立った。
グレイドル・イーグル 攻1500→2000 守500→100
グレイドル・イーグル 攻1500→2000 守500→100
「ここまで来たら、もうわかるよな?グレイドル・イーグル2体をリリースして、アドバンス召喚!」
2体のイーグルが光を放ち、足元から消えていく。入れ替わりにフィールドに現れたモンスターを見て、清明の目が驚きに見開かれた。
「さあ行くぜ、霧の王!」
「霧の、王……!」
常に第一線でエースモンスター兼フェイバリットカードとして清明と共に戦い続けてきた最大の切り札、霧の王。漆黒の世界の中でも全身をほのかに発光させて清明の心を照らし、その剣を正眼に構えてあらゆる魔を断たんと静かにその瞬間を狙い続ける。
「今更効果の解説は必要ねえな?もしこのカードでもお前が戻ってこないなら、もう俺たちにできる事は何もねえ。だがこの霧の王、今のお前には随分ぶっ刺さるみたいだがな」
霧の王には2つの効果がある。ひとつはそのアドバンス召喚の際、リリースしたモンスターの攻撃力の合計が自らの攻撃力となること。グレイドル・イーグルはフィールドによる強化込みで攻撃力2000となっていたため、その本来の攻撃力の合計である3000にウォーターワールドの補正がかかり攻撃力は3500となる。
だが、ここで重要となるのはふたつめの効果だ。霧の王がフィールドに存在する限り、互いのプレイヤーはいかなるリリースも行うことが不可能となる。ユーノ側もアドバンス召喚が封じられた形になるが、それ以上に基本的なデザインとして相手モンスターをリリースすることが大前提の壊獣使いである清明はそのコンセプトを根本から崩壊させられた形となるのだ。
霧の王 攻0→3000→3500
「やってくれるね、まったく」
「カードをセットしてターンエンド。頼むぞ、霧の王。もうリソースほとんど使い切っちまった、お前がやられたらどうしようもなくなっちまう」
事実ユーノは霧の王召喚により一気に優位に立ったように見えるが、その過程で消費したカード枚数もライフも多い。またこれは当人しか知らぬことではあるが、残るカードも決してこの状況をさらにひっくり返された時に輝く逆転のカードではない。また残り少ないライフではグレイドル・パラサイトも実質役に立たず、もし霧の王が倒れたらそれ以上のデュエル続行は難しいだろう。それに対して清明の手札はいまだユーノよりは潤沢だが、肝心のモンスターの攻撃力はその壊獣も3500を上回らないため、盤面としては五分と五分。次の清明のターンが、その後の展開を決める。
「僕のターン、ドロー!」
そう叫ぶ清明の顔からは、もうすっかり当初の暗い色は抜け落ちていた。その様子を見て、ユーノの脳裏にふと自分と清明が二心一体であるという事実がよぎる。流されやすく影響をすぐ受ける清明の精神状態が現在進行形でこうして良好になってきているのは、もしかしたら彼の片割れである自分がデュエルを楽しむ心を前面に押し出しているからなのかもしれない。いずれにせよ関係ないことだ、結果さえどうにかなればそれでいいとそこで考えるのをやめ、目の前の清明の動作のひとつひとつに神経を集中させる。
「引きが悪いけど、なんとか手はあるか。ガメシエルを反転召喚して、壊獣捕獲大作戦でまた裏守備に変更。これで壊獣カウンターをまた増やしてから、ターンエンド」
壊獣捕獲大作戦(1)→(2)
ユーノ LP300 手札:1
モンスター:霧の王(攻)
魔法・罠:グレイドル・パラサイト
補給部隊
補給部隊
場:ウォーターワールド
清明 LP4000 手札:2
モンスター:???(海亀壊獣ガメシエル・セット)
魔法・罠:壊獣捕獲大作戦(2)
壊獣の出現記録
「俺のターン、ドローだ。次はグレイドル以外の奴も見せてやるぜ!出てきな、ツーヘッド・シャーク!」
「よりによって、このタイミングでそのカードか……!」
ツーヘッド・シャーク 攻1200→1700 守1600→1200
2つの頭を持つ恐るべき青き鮫が、久しぶりに主と出会えた喜びとその主の状況に対する悲しみにその牙を打ち鳴らす。例えモンスターを出されてもアドバンス召喚ができないのなら出てくるのは下級モンスター、それ1体の攻撃ぐらいどうにでもなるだろう。そう甘い予測を立てていた清明にとっては、今最も出てきてほしくないタイプのモンスターだ。
「さあぶった切れ、霧の王!そしてツーヘッド・シャーク、お前の2回攻撃で連続ダイレクトアタックだ!」
「うわっ!」
霧の王 攻3500→??? 守2600(破壊)
ツーヘッド・シャーク 攻1700→清明(直接攻撃)
清明 LP4000→2300
ツーヘッド・シャーク 攻1700→清明(直接攻撃)
清明 LP2300→600
「ようやくまともに反撃できたな。どうだ、少しは効いたか?」
「まさかここで2回攻撃のツーヘッドを引いてくるなんて、やっぱりユーノは大したもんだよ……でも、まだ負けてられないね。僕のターン、ドロー……魔法カード、名推理を発動!相手がレベルを1つ宣言し、僕はデッキを上から通常召喚可能なモンスターが出るまでめくる。そしてそのモンスターのレベルが宣言通りだったらそこまでに出たカード全部を墓地に送るけど、もし違っていたらそのカードを特殊召喚できる!さあ、どのレベルにするの?」
「ここでそんなカード引くかね普通、お前もお前でたいがいな引きだな。まあいいさ、俺が宣言するのは8だ」
ユーノにとってはまだ未知のテーマである壊獣。彼の知る3体、ドゴラン、ガダーラ、ガメシエルのレベルがいずれも8だったことから推測した数字である。その推測自体は何も間違っておらず、むしろ与えられている情報を最大限に生かしたグッドアンサーといえるだろう。
ただ、それが決してベストアンサーとイコールの存在ではなかったというだけのことだ。
「1枚目……レベル10、雷撃壊獣サンダー・ザ・キング。この怪獣は当然、通常召喚もできる。残念だったねユーノ、サンダー・ザ・キング召喚!」
爆発的に光が弾け、三つ首の白き龍が光の中から現れる。清明の方に構えていた霧の王も、先に対処すべき存在の登場に反応して剣先をそちらに向けて構え直した。
雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300
「ツーヘッド・シャークには確かに参ったけど、そこで僕のライフを削りきれなかった詰めの甘さが敗因だったね。バトル、サンダー・ザ・キングでツーヘッドに攻撃!」
3つの首に雷の力が集中し、同時に3本のブレスが放たれる。螺旋を描き絡み合いながら進む破壊の波動がツーヘッド・シャークの体を飲み込む寸前、そのブレスの間に霧の王が割って入った。
重い踏みこみとともに大上段から叩き落とさんばかりに振り下ろされた剣閃が、全てのブレスを両断して左右に散らした。さらにそのままの勢いで飛び上がった魔法剣士が、今度は振り下ろした剣を逆袈裟に切り上げつつサンダー・ザ・キングと交差する。
1瞬のうちに、勝負は決まった。霧の王が音もなく着地したその背後で、必殺の一撃を受けた雷龍が力なく地に堕ちる。
「そ、そんな……なんで霧の王が……?」
「詰めが甘いだあ?笑わせんなよ、鏡見てから物言ってみろっての。俺はこのダメージステップにトラップカード、援護射撃を発動した。この効果によりツーヘッドの攻撃力は一時的に俺のフィールドの別のモンスター、つまりきりの王の攻撃力だけアップしたのさ」
「く……!」
雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300(破壊)→ツーヘッド・シャーク 攻1700→5200
清明 LP600→0
「……んで、調子はどうだ?」
「あー、うん、なんかだいぶすっきりした、かな?チャクチャルさんにも、また後でちゃんと謝らないと。何も教えてくれなかったのはやっぱりちょっと不満だけど、ね」
戦いも終わり、静かな時間が戻ってきた。もはや最初に見た時とは別人のように元の穏やかさを取り戻した清明が、ちょっぴり照れくさそうに小さく笑う。それを見て、ユーノもまたふっと口の端を歪めて笑った。
「そうかい、そりゃよかった。もう俺も一々助けてやれないからな、こっからは自分でなんとかするんだぞ」
「……え?」
言葉に込められた不穏な意味を感じ取り不吉な予感に包まれる清明をよそに、何ひとつ気負うものがないといった様子のまま両腕を広げてユーノが呟く。
「さあ、やっちゃってくれて構わねえぜ。こればっかりは俺が自分でやるわけにもいかないからな。第一やり方もわかんねえしよ」
『……承知した』
言うが早いが、ユーノの体が手足の先から次第に薄くなっていく。その様子と穏やかな覚悟を決めた表情に、闘技場で消えていったケルトの様子が頭の中で重なり合い、清明の顔色がサッと変わる。
「ちょっと待ってよ、どうする気なのさユーノ!」
「ああ、俺らもいろいろ考えたんだけどな。やっぱり、こうするしかないんだわ。悪く思うなよ」
「だから、何を……!」
『魂の統一、とでも呼ぶべきか』
「チャクチャルさん!」
清明の悲痛な叫びに対し、あくまで冷静に、重々しく声が響く。下手に感情を表に出すのは逆効果にしかならない、との計算づくでの行為である。
『彼がこうすることを最初に思い付いた時には、私も止めはしたのだがな。だが、これしかマスターの精神を安定させる方法がないことは私が一番よく理解している。だから、彼の提案を受け入れた』
「能書きはどうでもいいから、何をやろうとしてるのさ!」
『マスターの精神の不安定さ、外的要因への影響されやすさは確かにマスター自身の性格によるところもある。だがそれ以上に、私がダークシグナーとして蘇生させる際に本来1人分であるべき復活の力を2人の魂に分けてしまったことが何よりも大きな原因なんだ。そのせいでマスターの魂には根本的な歪みが生まれ、それが最初に私の力を認知したあの女ヴァンパイヤ戦や昨年の破滅の光に呑まれた時、そしてつい先ほどまでの状態を引き起こしている』
「……それで?」
彼自身にも自覚はあった。なぜ僕は自分を抑えきれず、新たな力に呑まれて溺れ、その結果人に迷惑をかけることになるのだろう。その悩みはずっと彼の中にあったが、思いもよらぬ形で今その理由が明かされていた。
反論したいのは山々だが、当の本人に思い当たる点がある以上それもできない。それで、と聞き返すのがやっとの清明に、目の前でさらにその存在が消えつつあるユーノが笑いながら口を開く。
「おいおい、まだわからねえのか?簡単なことさ。その力が2人で足りないなら、1人にまとめりゃいい。俺の魂をお前に丸ごとくれてやりゃあ、残ったお前はようやくまともになって万々歳って寸法よ」
「そんな……!」
「だいたい、俺みたいなのがいつまでも引っ付いてる方がおかしいんだぜ、世間常識では。なーに、そう捨てたもんじゃねえさ。俺は確かに消えるが、何もかもなくなるわけじゃねえからな。お前が俺のことを覚えている限り俺がお前の一部として生き続ける、その腐れ縁は終わらんよ。なにせ好き嫌いはともかくとして、俺たちは二身一体なんだからな」
「でも、でも!」
「ただまあ、せっかくなら最終回までは見たかったってのと、最後にもういっぺんぐらい富野のアホ面拝んでおきたかったってのはあるかもな……そうだ、ほれ。俺がお前にできる、正真正銘最後のプレゼントだ」
そう言いつつ半透明の手で自らのデュエルディスクを開き、エクストラデッキから15枚のカードを取りだして差し出す。泣きそうになりながらもぐっとこらえてそれを受け取った清明に、もう一度おなじみのニヤリとしたふてぶてしい笑顔をしてみせる。
「いいか、俺がお前にやったデッキは、このエクストラがあって初めて100パーセントの力を発揮する。ただ諸事情あってお前に使わす気はなかったが、俺がこうなった以上このカードの行く末はお前が決めろ。今はまだ力を封印してあるから白紙のままだが、どうせお前融合モンスターなんて使わねえんだからとりあえずエクストラデッキの中にぶち込んどけ。本当に本当にどうしようもなくなった時、そいつらはお前を必ず助けてくれるはずだ」
「うん、うん……!」
ユーノの透明化が、ついに顔にまで及び始めた。それに気づきいよいよ時間切れが迫ってきていることを悟り、最後に何か気の利いた名言っぽいことでも言ってやろうともはやほとんど見えなくなった手を振ってみせる。
「んじゃー……あれだ。少なくとも俺は、ここまでやってきて楽しかったぜ。あとはお前が、ありったけのハッピーエンドを掴みとるだけだ。しっかりやれよ、デュエリスト遊野清明」
その言葉を最後に、ユーノという男の存在は世界から完全に消えた。
『起きたか、マスター』
目を覚ますと、すでに朝になっていた。といっても、厚い雲のせいで太陽なぞはまるで見えないのだが。
「……おはよう」
今の今までずっと見ていた夢の内容を思い出す。そして、それが夢でなくて現実であることも。もっと悲しむかと思っていたけど、自分でも意外なぐらい晴れやかな気分だった。あるいはこれも、魂の歪みとやらが治った影響のひとつなのだろうか……だがその考えが間違っていること、そしてその疑問への答えはすぐに分かった。
僕がユーノのことを覚えている限り、奴は僕の中で生き続ける。例え話したり見たりできなくなっても、あの男がいなくなってしまったわけではない。だから、悲しんだり寂しがったりすること自体がお門違いなのだ。
「さて、と!」
やるべきことはたくさんある。ケルトとの約束、親友である十代へのリターンマッチ。それに十代やジムがこの世界にいるということは、他のメンバーも来ている可能性が高いはずだ。一体、何から手を付けようか。
……まずは、ご飯でも食べようかな。
後書き
今回で退場となった彼ですが、実はこの話の前にもうワンクッション置いて久々の鉄砲水デッキを使わせる回を作ることも最初は考えてました。それやるとさすがに引き伸ばしがひどいので没にしましたが、そのせいで今回の展開がだいぶ急になってしまうという状況に。ううん、難しい。
それと申し訳ありませんが、次回の投稿はまたお休みとなる可能性が極めて高いです。どうかご了承ください。
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