ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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贖罪-エクスピエイション-part6/赤い炎の記憶
前書き
ゼロ魔15周年を記念して、調子に乗ってさらにもう一話。感想や指摘したいことがあれば教えてください。
…メアリー・スーなタイプに入るであろうシュウを嫌がる人もいるかもですが、どうか最後まで見届けてください。
メンヌヴィルは、常に獲物を追い求めてきた。ある国の下級貴族に生まれた男だったが、戦場で戦うことに生きがいを感じた彼は家を捨て、いつしか傭兵となった。人が死に際に発する断末魔と、彼らを焼いたときの死体の匂いから、戦場の醍醐味を強く感じ取るようになっていた。
全ては、あの夜のこと…
20年前のとある村を、ある男と共に部隊を率いて、彼は焼き払った。
…いや、正確には、『隊長殿』と呼んでいたある男一人の手で、一瞬でその村は焼き尽くされた。顔色一つ変えずに村を焼き払ったその姿と炎を見たメンヌヴィルは、強い憧れを抱いた。故に、焼きたいと強く想っていた。自分の炎がその男にどこまで通じるのか、隊長殿の力は本物なのか。それを試してみたくなったのだ。おそらく部下たちは自分を飛んだ狂った人間に見えていただろうが、そんなことは構わなかった。自分にとってそれは若気の至りというもの。自分の振るった杖が、ちょうど背を向けていた隊長殿に向けて振るわれる。
しかし隊長殿は難なく自分をあしらった。彼の炎はメンヌヴィルの体を焼き、その炎は自分の両目までも焼いた。
目を焼かれた傭兵など、もはや使い捨ての駒でしかないだろう。視力を失い、目の前に広がっているはずの世界が一寸の光も刺さない闇に閉ざされ、メンヌヴィルは一度絶望した。
…だが、彼は諦めきれなかった。戦場をもっと楽しみたい。人が焼ける叫び声と断末魔を肌で感じたい。なにより…あの隊長殿ともう一度戦いたい。
いつしか彼は、視力を失ってなお戦う夜叉となった。目が見えないにもかかわらず、蛇のように温度で焼きたい人間の位置を読み取り、そして他者の感情さえも温度でわかるようになっていた。まさに自分が求めていた、あの隊長殿のような力を手に入れたと思った。だが肝心の…隊長殿の行方はいまだにわからない。戦場をどれほどめぐっても、彼と再会する機会はなかなか得られなかった。
そんなある夜の事…
以前、自分と隊長殿で焼いた村の跡、そこへメンヌヴィルは訪れた。あの男の炎の残り香を味わうために。だが、すでに匂いも残っておらず、そこにはすでに焼け跡から生えていた草木が生い茂り始めていた。わかっていたことだが、やはりそこにも隊長殿はいなかった。
しかし…メンヌヴィルは感じた。自分に近づく温度を。鉄製のメイスを構え、彼は背後を振り返った。
「…誰だ?」
あの男さえも記憶から霞んでしまいそうになるほどの、『感じたことのない冷たい温度』がメンヌヴィルの肌を突き刺した。
その温度の主は…メンヌヴィルの問いかけにこう答えた。
―――ダーク…メフィスト
メンヌヴィルはあの男以外で初めて戦慄した。いや、おそらくあの男以上。そしておそらく、人間よりも何倍にも及ぶ巨体を誇っていると肌で感じた。このままでは、こいつに踏みつぶされる。
「焼け死ね!」
メンヌヴィルは、自分の目の前にいる『それ』に対して、あの時よりも強さを増した炎を浴びせた。だが…『それ』はびくともしなかった。まるでそよ風でも浴びているようなすまし顔を浮かべているのを、彼は奴の温度から感じとった。
だめだ…俺はここでこいつに殺される。メンヌヴィルは死さえも覚悟した。だが『それ』は…ダークメフィストと名乗った黒い巨人は言葉を発した。
――――お前ほど、人間を殺して楽しむ人間は久しぶりに見た
「なに…?」
自分を殺さないのか?顔を上げるメンヌヴィルに、メフィストは覗き込むように彼に顔を近づけて話を続けてきた。
――――弱肉強食の世界に、正義も悪もない。
――――あるのは、強き者が生き残るという結果だけ。つまり…
――――力こそがすべてに優先させる真実。お前は…それを理解している。
「貴様…何者だ?」
光のない義眼で睨みながら、メフィストに尋ねた。
――――戸惑うことはない。メンヌヴィル。私は…お前の影。
――――私と一つになれ。お前の闇の中でも生き残ろうとする様は、我らが主の眷属にふさわしい
――――お前から光を奪った、あの男を焼く力を、お前に…そして世界さえも焼く力を、与えてやろう
メフィストは、黒い霧状の闇となって、メンヌヴィルの中に入り込んだ。
彼はメフィストと一つになったことで、これまでにない力のみなぎりを感じた。
――――お前の力を発揮する機会は必ず訪れる。そしてあの男を焼くチャンスもな…
――――それまで、もっと強くなるがいい…
これが、メンヌヴィルがダークメフィストと一つになった日だった。
いつか、手に入れた闇の力で強敵と殺し合い、焼く楽しみの日が来るのを、彼は待ち続けてきた。
そして光を失ったあの日から実に20年…ようやくその時が来た。目の前にこうして立っている光の巨人。彼もまた焼き甲斐のある相手だ。闇の力をフルに使うに値する戦士。
しかし、本当に焼きたい相手は、彼ではない。
この力で…自分から光を奪ったあの男…『隊長殿』をこの手で。
それが、彼のこの世で最も望んでいる…狂気に満ちた願望だった。
アニエスの頭の中にも、あの日の悪夢が蘇る。
20年前……アニエスはまだ3つか4つだった。父と母に愛され暮らしていたごく普通の幼い子供だった。
だがあの日、彼女の日常は前ぶれなく奪われた。真夜中、自分が寝ている間にその悲劇が起きた。
部屋が、ベッドが熱い。気がつけば彼女の家は炎の中だった。火の熱で起こされた彼女は両親を探した。
「お父さん!お母さん!みんなああああ!!」
だが、父と母の姿も、見知った顔もなかった。すでに炎の中に消えていたのだ。
それでも彼女は走った。誰か他に生き残っている人がいないか。だがどこを探しても目に映るのは炎だけ。
そんなときだった。
燃え続けている建物の骨組みが崩れ落ち、アニエスの頭上から落下する。彼女はそれを避けられず、ただ恐怖で身を縮めるしかなかった。
「ひ……」
そんな彼女を、どこからか現れた大人が現れ、彼女を庇って背中にやけどを負った。アニエスはその人物に背負われ、燃え盛る故郷から脱出した。
そこから先は記憶にない。あの時自分を助けてくれたのが一体誰だったのか思い出せない。だがしかし、アニエスにはただひとつはっきりしたことがあった。
故郷を、家族をすべて奪い去った犯人を絶対に許せないと、いつか必ず殺して見せるという、冷たい感情。それが皮肉にも孤独に陥った彼女の生きる糧となった。
だが、その憎き仇の正体が…
「コルベールが……私の…仇…」
ここにいないサイトたちも聞いていたら間違いなく衝撃を受けていたことに違いない。
メンヌヴィルは確かに狂った男だ。だが嘘をつくような手合いではなかった。それに、コルベールは先ほどから肯定も否定もしてこない。…いや、肯定していた。言葉に発せず、ただそこにいるだけで彼はメンヌヴィルの言葉に対して、表情を険しくしていた。
今までに見せたことのないコルベールの姿に、キュルケとタバサが息をのむ。それはここ最近初めて知り合ったシュウとリシュの二人にも伝わった。
「なぁ、ミス・ツェルプストー。火系統の特徴を説明してくれ」
この状況で、講義の内容の確認でもするかのようにコルベールが、メンヌヴィルを見たまま尋ねてきた。戸惑いを覚えたキュルケだが、自分なりの回答を言葉にする。
「…情熱と破壊ですわ」
破壊、その単語でやはり…と心の中でコルベールは思った。
「情熱はともかく、破壊だけではさびしい。そう思っていた」
目を伏せ、コルベールは思い返す。
『先生、考えてみてください!このまま手をこまねいてたら…この村だけじゃない!トリステインはあいつらに破壊されてしまうんですよ!それこそどうなんですか!?自分の国が壊されているのに、あなたは黙って見ていろだなんて!!
あなたの愛する生徒もいつかは、あいつらの餌食になることになるんですよ!』
脳裏によぎるサイトの言葉。そして彼の勇気ある動き。たとえ相手が、怪獣という強大な存在だとしても決して逃げることなく立ち向かう。その姿は、コルベールには無謀とも取れた。だが…
「けど、君やサイト君の言うとおりだ」
彼はそのままキュルケたちに命じる。
「皆を連れて下がっていなさい」
「…はい」
言われた通り、キュルケとタバサはリシュと負傷中のシュウを連れて下がる。なるべく、今から起こりうる20年前の決着に巻き込まれないために。
メンヌヴィルは最初、変身しメフィストのままコルベールを焼いてやろうと考えたが、それはやめることにした。まだ力が回復しきれてないから変身はできない。そもそも人質を取る手段も好ましくない。戦いはフェアでやってこそ。それがメンヌヴィルのポリシーだった。これからずっと焼きたいと思っていた男を焼ける。それだけでも幸せを感じていた。
かくして、ウルトラマンと黒い巨人の戦いは…偶然と因縁の巡り合わせの果てに、コルベールとメンヌヴィルの20年前から続く宿命の決着に移行した。
コルベールの戦い方は、普段の彼からは想像もつかない身のこなしだった。当初のギーシュのような、魔法に驕ったメイジのようなぎこちない動きなどない。無駄のない動きで避けながら詠唱し、彼の炎はメンヌヴィルが放ってきた黒き炎を次々と飲み込んで消していく。
「嘘、先生って、あんなにすごかったの…?」
コルベールは頑なに戦いを避けたがる言動を慎むことなく豪語したが…そんな様など露程も感じない、戦い慣れした動きだった。かつて特殊な任を受けていたという話、やはり本当だったようだ。でなければあんな見事な動きができるはずがない。
「やるな。腕は鈍っていない…いや、あの時以上か。だが…俺も闇の世界に落ちて以来、あの時の何倍も上を言ったのだ!」
その通りだ、とコルベールはメンヌヴィルの炎を掻き消し、そして避けていきながらそれを悟った。
確かにメンヌヴィルの炎は、闇の力を手にしたことや20年物年月をかけて、コルベールが最後に彼と会った時の炎と比べてはるかに上回っていた。そのせいか、最初は善戦していたコルベールの動きが鈍り始める。彼もまた20年という年月を経た結果、若い頃よりも体力が長持ちしなくなっていたのだ。
次第に魔法で反撃できにくくなり、ただ避ける回数の方が増す。着ていたマントのうなじの辺りがわずかに焦げた。
「マントだけとは惜しい!だがどうした隊長殿!さっきから逃げ回るばかりになっているぞ!もっと楽しませてくれよ、あんたの炎を!そして嗅がせてくれよ、あんたの焼けた臭いを!」
たとえさっきの戦闘の影響でメフィストに変身できなくとも、コルベールを焼くだけの余裕はまだまだある。これぞとばかりにメンヌヴィルはホーミングする炎でコルベールを追撃する。たとえ目が見えなくとも、最も焼きたい人間がどこにいるのか温度でわかる。
次第に、コルベーるたちはキュルケたちからはるか遠くの位置の草原まで距離を置いていた。
「さあて、隊長殿。どうじっくり料理してやろうか?あのウルトラマンと一緒に焼いて、仲良く極上のステーキに仕立ててやろうか?」
勝った。メンヌヴィルは自らの勝利を確信した。ウルトラマンでもあるシュウのことを話に持ち上げた時、コルベールは押さえていた殺意をわずかににじませたが、唇を噛んで堪える。
「…メンヌヴィル君、お願いがある」
「なんだ?苦しまずに焼いてくれというのか?安心しろ、最期だからあんたの望みを聞けるだけ聞いてやろうじゃないか」
しかし、彼は次にメンヌヴィルに対し…衝撃の一言を告げたのだ。
「降参してくれ。私は、魔法で人を殺さぬと決めたんだ」
なんと、追い詰められている立場だというのに降伏を呼びかけてきたのだ。
「…ぼけたか隊長殿。あれだけ何のためらいもなくダングルテールを、女や子供もろとも焼き殺したあんたが。それに今の状況をわかってのことか?」
闇の力を…メフィストの力と20年間もの修練の力を得て、無敵のメイジと化したメンヌヴィルに負ける要素など見当たらなかった。何より、自分がチェックメイトを詰んだくせになぜ自分に降参を申し出る?メンヌヴィルは耳を疑った。
「それでもお願いだ。君がそうなってしまったのも、私の責任でもあろう。だからこの通りだ」
さらには、杖を置いて膝を付いて土下座までした。目では見えないが、コルベールが何をしたのかメンヌヴィルは理解した。プライドを感じない行為に、メンヌヴィルのコルベールに対する一種の憧れの思いが………反転して、迸る憎しみと軽蔑に一変した。
「…俺は…貴様のような腑抜けを…20年も追っていたというのか!!!」
猛獣のように激しく歯ぎしりし、吠えた。鉄製メイスを棍棒のように振り回した果てに、地面に叩きつけてえぐった。
「許さん…じわじわとあぶり焼いて指先からローストし、ビースト共の餌にしてやる…お前がやたら気に掛ける学院の連中共も一緒にな!!」
コルベールを見下ろしながら、怒りのあまり息を荒くするメンヌヴィルは、とことん生きたことを後悔させるくらいにコルベールを殺すことにした。さらには、学院の人々さえも最も残酷に思える手段で。
「これほどお願いしてもだめなのか」
「くどいわ!!」
哀しげにつぶやくコルベールに、メンヌヴィルは杖を振り下ろした。同時にコルベールは杖から一発の証明にもならない小さな火球を打ち上げた。
なんだ、イタチの最後っ屁のつもりか?メンヌヴィルは気にも留めなかったが…それが彼の運命を決めた!
コルベールの放ったその火球はメンヌヴィルの頭上で…小さい火の玉から発せられたとは思えない爆発を起こした。
膨れ上がるその爆発は、メンヌヴィルを牢獄のように閉じ込める。
その魔法は…コルベールだけが持つ、人間を確実に『殺す』ための魔法、〈爆炎〉。
火二つ、土が一つのトライアングルスペル。錬金の魔法で空気中の水蒸気を気化した燃料油に変換し、空気と攪拌したところを点火して火球に変えて爆発させる。
それは炎に包まれた人間から酸素を焼き尽くして奪い、『窒息死』させる、まさに死の魔法だった。
この魔法は周囲の酸素さえも奪う。だからみんなから離れた場所にメンヌヴィルを誘い込んだ。
「ぐああああああああ!!!」
メフィストの姿だったのなら、全くダメージはなかったかもしれない。だがネクサスに変身したシュウとの戦いで消耗し、しばらく変身できない状態に追い込まれたメンヌヴィルにはさすがに堪えていた。だが、メンヌヴィルはなおも耐えていた。
「舐めるなよコルベールううううううう!!!言っただろう、俺は闇の力を手に入れた!!この程度の炎、たとえ酸素を失おうと、俺は…死な…ん……!」
その爆炎の中から、メンヌヴィルは這い出ようとした。さすがに人間を捨てて悪魔の力を手に入れたのは伊達ではなく、人間の姿でもメフィストの姿の時ほどでないにせよ、無酸素状態と炎に耐えきろうとしている。
「!?」
が、その時だった。びゅう!!と季節外れの吹雪が巻き起こり、一瞬メンヌヴィルが動きを止めた。タバサの援護による魔法だった。風がコルベールの爆炎の火が逃げないように、炎の牢獄を包んだ。
さらに、一発の波動弾もメンヌヴィルの胸元の、メフィストに変身した際にネクサスに刻まれた胸の傷に撃ち込まれた。シュウのプラストショットによる掩護射撃だった。爆炎から這い出ようとしたメンヌヴィルは二人の援護で炎の中に押し戻される。
「ぐぬぬ……うがああああ!!」
「こいつ……!」
しかし、押し戻されてなお、まだメンヌヴィルは耐えていた。それを見てシュウは敵ながらとんでもないメンヌヴィルのタフさに関心さえ抱くも、タバサと共にメンヌヴィルを炎の中に閉じ込め続けた。
しかしこのままではこちらの精神力が切れて魔法が使えなくなり、今度こそ勝ち目がなくなる。
炎で人を殺さない…そう決めていた。教え子たちにも、自分のように手を汚すようなことをさせたくなかったし、命がけの辛い戦いとは無縁であってほしかった。だから女王がサイトらに対怪獣対策部隊を頼んだことにも反対した。たとえ臆病者と罵られても……
だが、手を汚さなければ守れないものがあるのなら……
コルベールは目を見開き、杖を再び振るった。
すると、メンヌヴィルを閉じ込めるコルベールの炎の一部が、小さな蛇の形を成した。その炎の蛇は分裂し、爆炎を耐え抜こうとするメンヌヴィルの……口や鼻、耳の穴から入り込んだのだ!
「がぼっ……………………ッッッッッッ!!!」
メンヌヴィルは言葉も発せられなかった。鼻や口、耳、さらには目から炎が吹き出す。コルベールは、メフィストの力を得て無酸素でも奴が窒息しないと踏み、体内から彼を焼き尽くすことにしたのだ。
肌の上からの熱も無酸素状態も耐えるなら、体内。さすがに内臓を焼かれては、さすがのメンヌヴィルも耐えられなかった。
声にならない悲鳴、その果てに、遂にメンヌヴィルは倒れた。
「蛇を越えて悪魔にはなれても、慢心はあの頃のままだったな、副長」
事切れたメンヌヴィルを見下ろしながら、コルベールは無表情で呟いた。
悪魔の力を手に入れた狂気の男の最期だった。
そして、すぐにシュウたちのもとへ、彼は引き返した。
「君たち、無事かね?」
「は、はい……」
少し当惑ぎみにキュルケが頷く。
「あの、おじさんは……大丈夫?」
シュウにくっついたままのリシュが、コルベールのうなじ辺りを見て不安を口にする。さっきメンヌヴィルの魔法を避けたときに、わずかに焼かれた箇所だ。マントもそのせいで少し焼けた跡が残っている。
「ありがとうリシュ君。見ての通り大丈夫だ。クロサキ君にミス・タバサが貸してくれたからね」
「……助かったのは、私達です」
礼を言われたタバサは静かにそう答えた。
「そうか、だが私が勝てたのは君たちのお陰だ」
コルベールはシュウに視線を合わせる。
「先生、済まない」
すると、シュウはコルベールに頭を下げてきた。
「どうしたのだね。謝るようなことを君がしたのか?」
「俺が奴を、今よりもずっと前に仕留めていれば、またあなたが手を汚すことはなかったかもしれない」
メンヌヴィルとは、シュウも因縁が付きそうなほど何度もぶつかってきた。だがその度に奴とは決着がつけられなかった。今回は相手が非道な存在だったとはいえ、魔法で人を殺さないコルベールが自らかけた誓約を破る要因になった責任をシュウは感じていた。
「よいのだクロサキ君。君はこの世界のために頑張ってくれた。十分すぎるくらいに。
それにメンヌヴィルのことは、私の手で決着を……もっと昔に果たすべきだったかもしれぬ」
コルベールは笑みを見せて首を横に振った。少しでも人類のために戦ってくれた英雄に力を貸すことができたのだ。シュウの謝罪の理由には、自分も似たようなものだとコルベールも考えていた。
キュルケやタバサもシュウに注目した。
思えばコルベールの言う通りだ。確かに普通の人間とは異なる部分が多くもサイトにも似た要素も持ち合わせていたりと、興味を引かれるものがあった。しかしまさか、ウルトラマンに変身していたのが、彼だったとは。
だがそうなら、フーケの破壊の杖強奪事件や、アルビオンのウエストウッド村に短期の間いたのも頷けた。
「君はこの先も、人のためにウルトラマンの力を使うのかい?」
「……はい」
光を手に入れてから決めていたことだ。自分のせいで死んでしまった人たちに報いるために、どんなに辛くても彼はウルトラマンとしての役目を放棄するわけにいかなかった。
コルベールはやはりと、哀しげに目を伏せる。
「私は、あの時のことを後悔するあまり、君たちという若者たちの築く未来に、夢や希望に逃げていたのかもしれない」
サイトやシュウに口にしていた自分の夢。コルベールは怪獣災害や侵略者の戦いを見て、自分の犯した過ちのトラウマが甦っていた。自分のように、戦いの痛みを…相手の命を奪うことちなるのも、人を手にかけたときの嫌な感覚を思い出すのも嫌だった。だから、魔法でしかできないことを誰もが利用できる技術を研究したり、若者たちに授業を通して戦いの虚しさや愚かさを伝えようとした。
「だが今でも、君たちに私と同じ経験をしてほしくないのは変わらない」
「ミスタ・コルベール。それって、さっきあいつが言っていた……」
「ダングルテールのことだな、コルベール」
キュルケが質問しようとした途端、鋭い声がシュウたちの耳に入る。
アニエスの声だ。振り向くと、彼女はコルベールに剣を向けてきたではないか。
「何をしている!?」
「そうよ、剣を下ろして!」
思わず声をあげるシュウとキュルケ。だがアニエスは下ろさない。
「貴様だったんだな、私の故郷を滅ぼしたのは」
「故郷……?……ッ!そうか、君はあの時の……」
コルベールはアニエスの口から放たれた故郷という単語に反応を示す。静かな態度だがアニエスは、その瞳に……憎しみの炎を燃え上がらせていた。
魔法学院の地下公文書の資料を閲覧できず、故郷を焼いた実行犯がうやむやになるかと思ったが、ずっと会いたかった仇をようやく見つけ出せた。
「そうだ、貴様が燃やしたダングルテールの生き残りだ」
「そうか、生きていてくれたのか……」
コルベールがふっ、と安らかに微笑むと、アニエスはその笑みを猛烈に不愉快に受け止めた。
「なぜ笑う!貴様、わかっているのか!?貴様の手で何の罪もない村の皆が殺され、私もどんな思いで生きてきたと思っている!
なぜだ……なぜみんなを殺した!?」
彼女は遂に見つけた仇を前にして、普段の冷静さが保てなかった。今すぐにでも切り殺してやりたくて我慢が限度を越えようとしていた。金のためにダングルテール焼却を命じたリッシュモンは先を越された。だが、目の前のこいつだけは自分の手で殺さなければ気が済みそうになかった。
「……命令だった。ダングルテールに疫病が蔓延していると、被害が拡大する前に処理しなければならない……そう命令を受けた」
「疫病……だと!?」
アニエスは目を見開く。
「バカな、それは嘘だ……」
まだ幼かったが、アニエスの記憶では、国が危惧するような病気は発生などしていなかった。ダングルテールは実にのどかで平和な村だった。
「ああ、その通りだ。部下が教えてくれたよ。疫病の痕跡がなかったと。
後でわかった。利権がらみの新教徒狩りだった」
当時の記憶をたどりながら、コルベールは語りだした。
20年前、コルベールは『魔法研究所実験小隊』と呼ばれるトリステインの秘密部隊を率いていた。彼らの任務は表沙汰にされず、所謂公式の裏家業を仕事としていた。
国から汚い仕事を押し付けられる汚れ役だが、若い頃のコルベールは構わなかった。国のために汚れ役を買うことをむしろ誇りに思えた。
そして、リッシュモンを依頼人として彼はダングルテールに蔓延しているという疫病の処理のため、村を焼却する。
メンヌヴィルの言う通り、一瞬だった。コルベールの二つ名を象徴する炎の蛇によって、村は一気に火の海と化した。
これでまたひとつ任務を達成できた。村の人たちには申し訳ないが、これもトリステインのためだと信じた。
……しかし、部下の一人が報告に来た。
「隊長、報告したいことが……」
「どうした?」
「それが……おかしいんです。今確かめに行ったのですが、疫病の痕跡がありません」
「何……!?」
そんな馬鹿な。疫病がない?耳を疑ったコルベールもすぐに確かめに燃える村へ向かう。彼は、村に生き残っている人間が誰もいないのか、燃え盛る炎の中で確かめていく。その際、たった一人だけ生き残っていた少女が泣きながら道の上にいるのを見つけ出す。コルベールはためらわなかった。いずれこの少女が、故郷を奪った自分に復讐することなど一切考えなかった。ただ、この少女に死んでほしくなった。
すると、彼女の傍らの燃えつきかけていた建物の骨組みが、彼女の頭上に落ちようとしていた。コルベールはとっさに彼女を抱きしめ、その崩れてきた瓦礫から少女を守った。
「っぐ…」
それと引き換えに、彼は現在も残るほどの酷いやけどを、うなじに負った。
事件後、彼は自分が受けた任務の真の意図を突き止めた。
ハルケギニアではなにもブリミル教だけではない。中には始祖ブリミルではない存在を崇める新たな宗教もある。だが、かつて日本で天下統一を果たした豊臣秀吉が、自分のいうことを民や家臣が聞かなくなることを危惧してキリスト教を禁止したように、ハルケギニアでもブリミル教以外の宗教は、特に総本山であるロマリアからは厄介でしかない。それを知るリッシュモンはロマリアに、ダングルテールに新教徒が住んでいることをバラし、ロマリアは新教徒の処理を彼に申し出たのだ。引き換えに……莫大な報償金をリッシュモンはロマリアから受け取り、豪遊生活に拍車をかけた。当然自分が犠牲にしたダングルテールの村人たちの無念と悲しみなど無視して、嘲笑っていた。
自分が信じたトリステイン政府のために汚い仕事を躊躇わず受けてきたコルベールにとって、それは自分を否定された、卑劣な裏切りだった。
だから、過去の経歴を隠して教師となった。教え子たちを、リッシュモンのような性根の腐った貴族にさせないために。
「たとえ命令でも、疫病が真実であっても、私が取り返しのつかないことをしたことに変わりない。女も子供も見境なく焼いた。
ただ命令に従い、疑問を抱かず任務を果たす。あの頃の私は、それが正しいのだと思っていた。あの日、その間違いに気づいて、私は軍を抜けた。二度と破壊のために…この炎を使わないと」
すると、アニエスはコルベールがそこまで言い掛けたところで、彼の胸倉を掴んだ。
「ふざけるな!そんなことで、貴様が殺した父や母が…村の皆が帰ってくると思っているのか!?」
「アニエス!」
やめてくれと懇願するように声を上げるキュルケだが、アニエスは聞く耳を持たなかった。
が、そのとき…アニエスはコルベールの首筋に何かを見つける。
「…そのやけどは…!まさか…」
アニエスはダングルテールでの最後の記憶の中に、その真っ黒なやけどを見たことがあった。
「…君だったのか。あの時の子供は…そうか…」
アニエスが自分のやけどのことに気付いたのを知り、コルベールもまた気付いた。アニエスが、自分が引き起こしたあのダングルテールの悲劇の夜にかろうじて救った少女が成長した姿なのだと。
「…無論、私とて思っていないさ。ただ…自分の意思で君を助けたかった、それだけだ」
しかし、だからといってアニエスは許す気はさらさら無かった。そもそも村が家族もろとも燃えカスにされたのは、リッシュモンやこの男が原因だったのだから。彼らが何もしなければ、自分の村は焼かれることは無かったし、自分もこのような醜い復讐心だって抱くことは無かったはずだ。
「…私を生かして置いたということは…覚悟はあったはずだ。仇として、私に殺されるという覚悟が!」
アニエスはコルベールを突き放すと、再び剣を手にとってコルベールに、それを振り下ろそうとする。しかし、キュルケがコルベールの前に両手を広げ、自ら壁となった。
「お願いだからやめて!!」
確かにアニエスにとって彼は仇かもしれない。だが、同時にこの人は自分たちを救ってくれた恩人なのだ。勇敢なる勇者なのだ。それを手に駆けるなどあってはならない。だからなんともして止めなければとキュルケは身を挺してコルベールを庇った。
「邪魔するな!!20年だ…20年も待っていたのだぞ!!私の故郷を焼き払った仇を…!!」
「…コルベール先生を殺すというなら、私があなたと戦うわ。たとえ殺されてもね」
それならば自分もこうするしかない。杖を引き抜いて、キュルケはアニエスと対峙した。
「ミス・ツェルプストー、下がりなさい!」
「いえ、さがりませんわ。私たちにはあなたに助けられた。その恩を返す義務があります」
生徒が自ら身をさらしてきたことに、コルベールはすぐに下がるように言うが、キュルケはそのように言い返した。
「邪魔をするなと言っただろう!」
「やめろ」
横からアニエスの手を、シュウが握ってそれを阻んだ。アニエスはその手を乱暴に振り払う。
「邪魔をするというのなら…ウルトラマン!貴様とて容赦しないぞ!!」
「アニエス君!!」
憎しみとはここまで人を変えるのか。これまでトリステインの窮地を救ってきた光の戦士の一人さえも斬ろうとしている。アンリエッタが認めた誇り高い騎士は、今や憎しみに囚われた怪物になり果てようとしていた。そんな彼女に、シュウは諭すように言う。
「あんたは…言ったな。コルベール先生に…『そんなことで皆が帰ってくるのか』と」
「だったらなんだ!」
「それはあんたが行おうとしていることにもいえることだ。わかっているだろ?あんたのやろうとしていることも…無意味な自己満足だということに」
「ッ…貴様…!!」
認めたくない言葉だった。一歩間違えれば、本当に彼に剣を振り下ろしかねないほどの殺気。だがその殺気に満ちた剣をシュウは恐れなかった。
「ましてや今のあんたは銃士隊の隊長。私情で殺人をするのか?それも子供の前で」
アニエスはそれを聞いて、思い出した。ここにいるのは、コルベールと生徒だけじゃない。幼い女の子であるリシュも同伴していた。リシュは憎悪に満ちたアニエスの顔を見て怯えている。自分を恐怖の対象として見ている彼女に、アニエスはハッとして僅かに剣を握る力が鈍る。だがそれを下ろすまでに、未だに至らない。
「…俺の上司も同じだ。あんたと」
「上司…?」
シュウの口から突如、思わぬ単語が出てきて、一同は耳を傾ける。
「俺の上司…俺は副隊長と呼んでいた。彼女もあんたと同じで、かつて両親をビーストに殺され、ずっと憎み続けてきた。18年、ずっと……」
剣を下ろさないままだったが、アニエスはシュウの言葉に耳を傾けた。
「けど憎しみは時に災いを呼ぶ。憎しみは御しきれないと周りの誰かを逆に不幸にする。あの人は俺に言っていた。
俺は詳しいことは聞いていないが、自分の憎しみが、何かしらの災いを呼んだことをあの人は悔やんでいる」
(憎しみが、災いを呼ぶ……?)
さっきから表情の変わらないタバサだが、シュウの口から語られる憎しみの話に、自分でも知らないうちに食い入るように聞いていた。
「今度は、騎士であるあんたが壊すつもりか?この人の手で作れるかもしれない生徒たちの未来を…生徒たちが抱くことになるあんたへの憎しみで。
自分の憎しみで、別の誰かの人生を、あんたや俺の副隊長のように、憎しみで染めるのか?」
「…………!」
今の自分の立場、同じ人間を増やす。それが、決定打になった。さらに……シュウの言う『副隊長』という単語で、運命を仇に振り回され不幸の内に死を遂げた銃士隊の副長だったミシェルの顔が浮かんだ。彼女も憎しみを糧に生きて、国を思って戦った。だが、最期はシュウの言う通り、自分の憎しみが国に災いを振り撒くこととなり、不幸の内に亡くなった。それが、アニエスが彼女の無念を引継ぎ、必ず仇を討つという意思の糧の一端になったのだが……それが間違いだと指摘され、どうすればいいかわからなくなった。
「アニエス君」
今度はコルベールがアニエスの前に出た。
「少し時間をくれ。まだやりたいことがあるんだ。この国の……ハルケギニアのために。
今までは逃避混じりの理由だったが、今度は違う。
私はもう逃げない。君の憎しみと向き合いながら、未来のために生きたい」
アニエスは、こんな自分を……大切な人たちを殺しておきながらのうのうと生き延びたがっている卑怯者にみえるかもしれない。だが、生徒たちがシュウの言う通り、アニエスと同じ憎しみを抱えて生きることになるのなら……アニエスにさらに深い憎しみを向けられる覚悟をしなければならないかもしれない。
「もし気に入らなかったり、私がまた道を踏み外したら、その時はすぐさま私を斬ってくれ。他の誰にも邪魔はさせない」
「先生…」
真っ直ぐ、自分を見据えてくるコルベール。自ら覚悟を決めたコルベールに
アニエスはしばらくコルベールを鋭い視線で睨み付け、剣先を下さなかった。
だが…シュウ、キュルケ、リシュ。三人の強い意志を持った視線に当てられ目を閉じると、その件をついに鞘に戻し踵を返す。
「…いいだろう…命を救われた恩と、この者たちに免じて、今はその命を預けておく。だが、もし貴様が道を外れたり私の目の届く場所から逃げるようなことがあれば、その時は貴様の首を切り落とす」
学院の方へ、被害状況確認のため、引き返して行った。去り際の彼女の顔は、激しい葛藤を抱いているのを露わにしていた。
「ありがとう…クロサキ君。命拾いをしたよ」
「私からも、お礼を言わせて頂戴」
二人からの礼を背に受けるシュウ。しかし、シュウは笑うことなく静かに呟きだした。
「…我ながらよく言ったものだな。憎しみが災いを呼ぶ、とか…」
どこか自分自身を嘲笑しているような言い方だった。シュウはそれ以上、何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。
疲労とダメージが蓄積した果てに、彼は意識を手放して倒れてしまった。
「クロサキ君!」
「お兄ちゃん!」
最後にシュウの耳に聞こえたのはリシュとコルベールの声。
まったく、何度もぶっ倒れるな…俺は。
意識を手放す直前に自分をそのように嘲った。
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