ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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贖罪-エクスピエイション-part5/狂乱のメンヌヴィル
前書き
昨日でゼロ魔15周年だったそうなので、その流れに乗って投稿。原作でのこの回、衝撃と切ない結末が印象に残った人もいるかと思います。
光と闇、二人の巨人が再びぶつかり合う。
これで何度目になるのだろうか。いや、もう数えるのも嫌だった。シュウは…ウルトラマンネクサスは今日ここで、今度こそこの狂った闇の巨人に引導を渡すことを決意した。
目の前で構えを取ったネクサスを見て、狂ったように唸り声を上げたメフィストの目が赤くなり、ネクサスに襲いかかった。
迫り来るメフィストのジャブをかわし、ネクサスはタックルを喰らわせ、学院の反対側へ押し出す。
メフィストは突き、回し蹴り、足払いの順でネクサスに三回キックを放つがネクサスは俊敏な動きで避けていく。そして隙を突いてメフィストの腹を殴り、そしてメフィストの顔を飛び蹴りで蹴り飛ばした。
蹴飛ばされ、メフィストが学院から離れた場所へと転がっていく。
「ウルトラマン、そんなイカれた奴なんか倒してちょうだい!!」
キュルケがネクサスに向けて叫んだ。
キュルケに続き、学院の生徒たちもいつしかネクサスを応援し始めた。
その声援を背中に受け、ネクサスはさらに決意を固めて、立ち上がろうとするメフィストに向けて身構えた。
「すごい…」
コルベールは静かに呟く。彼の動きは、戦闘技術を積んできた者のそれだった。しかし、彼が気にしているのはネクサスだけじゃない。いや、それ以上に彼が気にしていたのは…ネクサスと相対している…メフィストの方だった。
「……」
「…相変わらず隅に置けんな。華やかな声援を受けるとは」
すると、メフィストが軽く首を回しながら起き上がる。まだ余裕があるのが明らかだ。メフィストは右手を突き出すと、右腕の『アームドメフィスト』からメフィストクローを展開し、ネクサスに向かって切りかかってきた。次々と避けていくネクサスだったが、一発エナジーコアの下の辺りをメフィストクローで切りあげられた。
メフィストはメフィストクローに力を込め、もう一発食らわせようとネクサスに振り下ろしてきた。ネクサスが辛うじて回避し、彼の背後にあった学院の外壁が振り下ろされたメフィストクローによって一部崩れ落ちた。
「きゃああ!!」
生徒たちの叫び声が、女子を中心に聞こえてきた。
いけない。このままでは彼らを巻き込んでしまう。ここは奴をメタ・フィールドに誘い込んだ方がいい。ローリングで地面を転がりながらネクサスはジュネッスブラッドにチェンジして立ち上がり、頭上に向けて亜空間展開光線〈フェーズシフトウェーブ〉を放射する。
光のドームが形成され、メフィストと彼自身を包み始める。
「いつも通り自分もろとも外の世界と隔離するつもりか。…だが!」
メフィストは周囲に広がる光の奔流を見て呟く。しかし、これを逆に奴は利用した。メフィストクローを地面に突き刺して〈ダークシフトウェーブ〉を発動、光のドームを闇の色に染め直していく。
(やはりそう来たか)
ダークフィールドを展開されてしまえば、光の戦士は力が弱体化する。だが、ネクサスはそれでもかまわなかった。自分がメタ・フィールドを展開するのは力を上げることもそうだが、それ以上に外の世界にいる人間を巻き込まないためだ。だから最大の目的を果たせるなら別にダークフィールドでも構わなかった。
しかし…シュウには一つの誤算があった。
ダークフィールドが、自分がメタ・フィールド展開時に指定した範囲と同じ範囲に展開されるとは限らない、ということだ。
メフィストがあふれさせた闇が、増大する。それはやがて、魔法学院とそこにいる生徒たちさえも飲み込んでしまった。
「うわ…!!」
迫りくる闇が魔法学院もろとも飲み込んでしまった。迫りくる闇の波動が速すぎて避難などできるような余裕もなかった。
「これは、タルブ村の時と同じ…!」
魔法学院は…邪悪な闇の世界に閉ざされてしまった。生徒や教員たちに、どよめきが走る。恐怖が学院内を支配し始めた。それでもウルトラマンが勝つと信じる者もいたが、恐怖の方がこの瞬間増していた。
「ち…」
ネクサスは、ダークフィールド内でも健在のままだった魔法学院を見て舌打ちした。
「驚いたか?俺の闇は、あのファウストとかいう出来損ないの人形とも違う。そして俺の炎は…もはやあの男の非でもない!!」
メフィストクローから、メフィストは闇の炎〈ダークフレイム〉を飛ばす。ネクサスの周囲に向けて放たれた邪悪の炎は彼の周りの地面に当たると同時に暴発し、爆炎の中にネクサスを覆い隠していく。
炎の中に包まれる前に、ネクサスは空へ飛びだした。次は空中から攻める。彼は空中で高速回転を加えながら、光の刃〈ボードレイフェザー〉を飛ばす。何枚もの光の刃がメフィストに向かいながら、落下していく。
それを横に避けながら。メフィストも闇の光弾〈ダークレイフェザー〉を撃つ。ネクサスに向けて襲ってくる闇の光弾を、ネクサスは自分も〈パーティクルフェザー〉を放つことで撃ち落としていく。しかし、その間に自らも空を飛んできたメフィストも、ネクサスに向けて一発の光弾を放った。その光弾はいくつにも分裂に、ネクサスを襲う。
〈バーストクラスター〉、ファウストも使っていた〈ダーククラスター〉の強化技だ。
「ッ!!?」
雨のように次々と絶え間なく襲ってくる光弾をなんとかすべて避けきったが、これはメフィストにとって単なる牽制技でしかなかった。
「ハアアアアア!!」
メフィストが突然彼の目の前に飛び込み、ネクサスにメフィストクローを突き出す。それも、執拗に何回も突き刺そうとした。
素早い身のこなしで、ネクサスはメフィストの〈ダークファランクス〉を次々と避けていくが、やはり速すぎて結局一発受けてしまう。そしてメフィストは旋回し、怯んでいたネクサスを地面に膝蹴りで叩きつけた。
「グアアアアアアア!!っぐ…!!!」
背中から落下しながらも、ネクサスは痛みをこらえながら立ち上がる。だがメフィストはすぐに彼の前に降りたって容赦なくネクサスを切りつけ、地面に押し付けた。
「こんなものか?あの時のお前の力はこんなものじゃなかったぞ?」
必死にもがくネクサスだが、メフィストが彼のエナジーコアの辺りを残っていた左手で地面に押さえつけ、身動きを封じる。
「さあ、もう一度見せてくれよ。アルビオンにいた頃に…
貴様がやたら気にしているアスカという男を…
圧倒的に蹂躙して見せた力を見せてくれ!!」
「…!?」
その言葉に、シュウは耳を疑った。蹂躙した…だと?俺が…アスカを?
「訳が…分からない…!何が言いたい…!!」
メンヌヴィルがいったい自分に何を言いたがっているのかまるでわからないネクサスが問うと、メフィストは妙に呆気にとられたような声を漏らしてきた。
「貴様…まさかまだ気づいていないのか?自分の力の正体に」
「力の、正体?」
「そうだ。前にも言っただろう?所詮、貴様も俺と同じ…血に飢えて血で、赤く染まった存在だとな」
「…一緒にするなと、言ったはずだ…!!」
ネクサスは自分のエナジーコアをつかんでいるメフィストの腕をつかみ、それを振りほどこうとする。だが
「いつまで足掻くんだ?いつまで光に未練を残している?いい加減に目を覚ませよ…口でどれほど否定しても、お前も俺と同じなんだ」
「違う!俺は…俺は…」
俺は…
『愛する少女も罪もない多くの人も死なせてしまった罪人』だ。
別の自分が、今の自分に対して言っているような感じで、その言葉が頭の中をよぎった。
そうかもしれない…そればかりか、自分を心配してくれていたティファニアも傷つけ、たくさんの人たちが傷ついて死んでいく光景ばかりが自分の周りで起こる…
「俺は…」
腕の力が、緩み始めた。
「おいおいどうしたんだ?いきなり腑抜けられては興が冷めるぞ」
メフィストはネクサスに、もっと楽しませてくれとせがんだ。相手が戦意を失っては相手を焼くしか楽しみがなくなる。こいつほどの戦士の場合、向かってきてくれた方が焼き甲斐があるのだ。
すると、メフィストの頭の中に何かが流れ込んだ。
――……シュウ…だめ…気をしっかり……
誰かがネクサスに、シュウに語りかけようとする声が聞こえる。その声の主の姿が浮かぶ。覚えがある顔だ。
奴が、やたら大事にしていた……メンヌヴィルにとって目は見えていないが、姿のイメージが頭に浮かぶ。目障りな何かが『そこ』にいた。
「こいつの中には、まだいるのか……」
メフィストが次に発したのは、どこか呆れたようにも聞こえた言葉だった。
まだ捨てきれていないのか、こんなちっぽけな光を!
「そんなもので腑抜けやがって……ならその光…俺が全て吸い取って貴様の真の姿を知らしめてやる!!」
左手を通し、メフィストはネクサスのエナジーコアからエネルギーを吸い取り出した。
「グア…ア…グウ…」
ピコン、ピコン…
エネルギーがみるみる内にメフィストに吸いとられていき、遂にエナジーコアの中央に埋め込まれたネクサスのコアゲージが赤く点滅し始めた。
「ああ、ウルトラマンが!」
ピンチに陥った光の巨人、それを見て学院の人々は焦った。
「ウルトラマン、立ち上がってくれ!」
「ウルトラマン様~!!」
声援で勝てるほど甘くはない。だがとにかく彼らはネクサスを応援するしかなかった。
「立つんだ!君は負けてはいけない!言ったはずだ!君のたちの世界を見てみたいと!その前に君が倒れてるなんて、私は認めないぞ!」
そんな彼らの声は、メフィストには羽虫の耳障りな羽音のように聞こえた。
「うるさい奴らだ。そんなに焼かれたいか!」
メフィストは一度ネクサスから手を離すと、魔法学院に向けて闇の炎〈ダークフレイム〉を飛ばした。
校舎のあちこちに向けて放たれた闇の炎は校舎を壊し、炎に包み込もうとした。
「ウワアア!」
「きゃあ!」
学院の生徒たちや平民たちの悲鳴が轟き、混乱が巻き起こった。
「くそ、銃士隊集まれ!避難誘導を急げ!」
「皆、静まるのじゃ!水のメイジは消火と負傷者の治療に当たるのじゃ!」
このままでは被害が拡大する。アニエスやオスマンは直ちに部下や教員たちに命令を下した。しかし混乱が拡大し、中々捗らない。
「はははは……強者を焼くのが一番の楽しみだが、弱者を焼いたときの断末魔も堪らないな!」
メフィストは学院の人々の悲鳴や断末魔を聞いて猛烈な快楽を覚えた。
なんと卑劣な……アニエスはメフィストに対してリッシュモンと似た……いや、奴よりも凄まじい奴の邪悪さに、故郷を滅ぼした仇同然の強烈な怒りを抱いた。
「隊長!?」
「お前たちはそのまま避難誘導と消火を進めろ!私があの巨人を食い止める!」
「止めなさいアニエス君!君が真っ先に殺されるぞ!」
「今はそんなことを言ってる場合か!」
アニエスは止めてきたコルベールの制止を降りきって、マスケット銃を手にメフィストに向かっていった。
もちろんこんなもので勝てるなんて思ってない。だが今は被害を抑えなければならない。アニエスはメフィストの前に立ち、銃でメフィストを狙撃する。予想していたが、やはり火花が奴の体に発生した程度だった。
「く……」
やはり自分達人間の力だけでは無理だと言うのか。アニエスは歯噛みした。
そんな彼女の視界に、この場に似つかわしくない者の姿が目に入った。
「リシュ……!?」
なぜあの娘がここにいる!?
シュウからコルベールの研究室から出ないように言われていたリシュはこの騒ぎに耐え兼ね、シュウたちを探すために外に出てきてしまったのだ。
「シュウ兄、どこ……?」
いかん!アニエスはすぐに、リシュのもとへ駆け出した。それを、メフィストは見逃さなかった。アニエスがちょうどリシュのもとに駆け付けたところで、彼女たちに向けて闇の光弾を放った。
「隊長!」
部下の叫びが耳にこだました。
しまっ……すでに闇の光弾が自分たちに向かってきたことに気づいたアニエスは自らの身でリシュを覆った。
「グアアアアア!!」
しかし、彼女たちにそれは襲ってこなかった。起き上がったネクサスが間一髪、アニエスたちの盾となって背中にメフィストの攻撃を受けていたのだ。
「っ、ウルトラマン……!」
顔をあげたアニエスは顔をあげて目を見開いた。リシュは恐怖でアニエスの服をさらにぎゅっと握った。
背中から激しい火花が散り、ネクサスを苦しめる。先程までの戦闘のダメージと重なり、彼は膝を着いた。
「闇に落ちないまま、足掻くというのか」
メフィストは傷だらけのネクサスを見て、鼻で笑った。
ネクサスは力を振り絞って立ち上り、メンヌヴィルを睨み付けた。まだ幼いリシュを殺そうとしたこの男の非道な行いが、満身創痍のはずのネクサスの心に火を燃え上がらせた。あの日、彼女が命を散らした病院を包んだ炎のように。
ウエストウッド村を襲われたあの夜と、アルビオン脱出の際に幻影の彼女を目の前で消されたあの時のように。
「ぐ、グウウウウ…………ヴオオオオオオオオオオオ!!」
頭の中をどす黒い感情が支配していく。両腕を血がにじみそうなほど握りしめ、彼は吠えた。
(な、なんだ……!?)
シュウは自分の中から溢れる、強大な力を認識する。おかしい、この力からはウルトラマンの持つ光とは異なる異質な……『邪悪さ』を感じた。以前にも感じたことのある、自分から『自分という要素』が消えてしまいそうな、嫌な感じだ。
(が、やめ……止ま…!…)
今の叫びを聞き、彼の体から溢れ出る黒い波動を見て、
メフィストは感じた。これだ…『この状態の奴』を俺は待っていた!
黒い闇が、光の戦士であるはずのネクサスの体から溢れ出ていた。
ネクサスは両腕にほとばしるエネルギーをスパークさせ、シュトロームソードを形成する。
メフィストは笑うと、メフィストクローを構え直して身構える。そしてそのままネクサスに向けて爪を研ぎ澄ませ、向かっていく。
「ヴアアアア!!」
目の前の憎むべき敵を殺す…殺す!単純で何よりも恐ろしい感情が彼の中を支配した。
ネクサスも剣を振りかざして突撃しようと足を踏み込んだ。
その一瞬の出来事だった。
―――――闇に囚われないで!!
――――!
どこからか脳裏に聞こえてきた、誰かの声がネクサスの、シュウの意識を闇から引きずり出した。
そして、二人の巨人たちはすれ違い様に刃を降り下ろした。
ネクサスとメフィストは互いに背を向けたまま、そのまま佇んでいた。
「どっちが勝ったの……?」
キュルケが皆の気持ちを代弁するように呟く。闇の世界のせいで不気味に感じる風が、静寂な空気を重くする。
すると、結果が少しの間を置いて表れた。
先にネクサスが膝を着いた。
「グア……!」
しかもそれだけではない。コアゲージの点滅が早くなっていた。やがて、ネクサスは半透明に透けた後、消えてしまった。
「そんな、ウルトラマンが……」
それを見て学院の人々の顔が青くなった。まさか、ウルトラマンが負けるなんて思わなかった。
メフィストは振り返り、元の姿に戻ったシュウを見下ろした。確かにこいつは、メンヌヴィルが求めていた力を引き出して向かってきた。だが、最終的に完全に堕ちきれなかった。
「力を引き出せたのは今の一撃か……期待外れだな」
自分でも不思議なくらいだった。あれだけ彼との戦いに興奮していたのに、メフィストはメンヌヴィルとして、シュウに失望を抱き始めた。
……が、ここでもメフィストに異変が起こる。胸に突き刺さるような痛みが走り出す。
「っグゥ!?」
胸を抑え、彼は自らの胸元を見ると……
ネクサスの光の剣で切り裂かれた切り傷が出来上がっていた。そのダメージは大きく、メフィストも黒く染まったコアゲージが赤く点滅した果てに、元のメンヌヴィルに戻ってしまい、倒れた。
まさかの二人の巨人の相討ちに学院の人々は、たった今目に映った光景に息を呑んだ。
二人の巨人の決着は、まさかの相討ちに終わった。ダークフィールドが解けて元の世界に戻り、変身が解けてしまったシュウ。
消えたネクサスを追ってコルベールが真っ先に、そのあとに続いてキュルケ、タバサ、アニエス、そして言いつけを破って外に出てしまったリシュまでもが追ってきた。他の生徒・教員と銃士隊の面々には、まだ火の手が収まっていない学院の消化と負傷者の救護を任せており、この場には今上げた面々しか追っていない。
ネクサスが消えた場所には、シュウが傷だらけの状態で転がっていた。それを見て、コルベールたちは絶句する。
「君…だったのか…」
その場に居合わせた誰もが確信を抱いた。
キュルケとタバサ、アニエス、コルベールをはじめとした彼らは……まだ学院の生徒と年の変わらない青年がウルトラマンであることに、強い衝撃を受けた。
「ぐ…」
シュウのうめき声を聞いて、我に返るコルベールたち。
「クロサキ君!大丈夫かね!?」
「酷い傷…タバサ!」
「うん」
駆けつけた時には意識がなかった。タバサが治癒魔法〈ヒーリング〉をかけてシュウのダメージを少しでも回復しようと図る。しかしシュウは目覚める気配がなかった。
「無理をするなと言ったばかりなのに…」
思わずそのように呟いてしまうコルベール。これほどまでに自分の身を傷つけてでも…彼はいったい何をしているのか。
「シュウ兄…!」
「大丈夫よ、リシュ。タバサはトライアングルクラス。治癒の魔法もお手の物だから」
かなり心配そうに傷だらけのシュウを見つめるリシュに、キュルケが優しい口調で安心を促す。
しかし、安心するにはまだ早すぎた。
「ッ!みんな、伏せるんだ!!」
灼熱の炎が、彼らの周りを壁のように覆い始め、そして襲いかかってきた。間一髪、それをコルベールが気づいて立ち上がり、魔力の壁を作り出して襲ってきた炎を掻き消した。
「すまん、コルベール。助かったぞ………ッ!!貴様は…!!」
アニエスは思わずマスケット銃を構え、銃口をある方角に向けた。キュルケたちも顔を上げてアニエスが見ている方を見やる。
彼らはそれを見て、絶句した。胸元からおびただしい大量の血を流しながらも、足が少しふらついているものの、それでも自分が健在であることを知らしめている姿がそこにあった。
「あんた…まだ生きていたの…!!?」
思わずキュルケが叫んだ。
なんと、相討ちになって元の姿に戻ったメンヌヴィルが、彼女たちの前に現れたのである。
「勝ったと思ったのだが……闇に落ちなくても、俺を同じ状況に追い込むことは可能だったわけか……さすが、だな……」
意識を失っているシュウを見て、メンヌヴィルは乾いた笑みを浮かべる。
「『力の片鱗』だけで、メフィストとなった俺をここまでにするとはな……もし、これが完全なものとなったら……」
自らの口で、自分が邪悪な巨人あの邪悪な巨人だったことを口にし、コルベールらは戦慄する。
奴も奴でかなり消耗している様子だが、それでも余裕があるのが伺えた。少なくとも…ここにいる彼らを焼き殺すだけの余力があるのだ、と。なんというしぶとさなのだろうか。これが彼の執念というものだろうか。
「こいつはますます、手にいれておかないとな……覚醒したこいつとの殺し合いと、奴を焼き尽くした死体の臭い……これだけ焦らされたのなら今までにないほどの甘美なものだろうな」
「狂っている……」
アニエスは思わずそう呟いた。あんな奴、生かしておいたら、たとえ依頼主から頼まれた仕事がなくともどこかでまた人を殺すに違いないという確信がそれを言わせた。
先ほど奴が変身する前に発した殺気と今の状況が重なり、キュルケが強く戦慄と恐怖を覚えた。
たとえ奴が変身できなくとも、先ほどの自分たちを一気に焼き殺せるだけの炎を奴は放ってきたのだ。今の自分たちで、この男を倒せる者などきっといない。
最早こいつは、人間ではない。
「悪魔…!!」
「…くくく、感情の乱れも温度でわかる。
お前…恐怖しているな?今まで何を焼いてきた?」
「や……」
メンヌヴィルはキュルケが再び恐怖を感じていることに気づき、不気味に微笑んだ。
「メインディッシュを食らう前に、貴様の焼けたにおいでも嗅いでやるとしよう」
今の自分にメフィストに変身する力はないが、それでもまだ魔法が……炎がある。
やられる前にやろうと、アニエスが銃の引き金を引いてメンヌヴィルを撃ち抜こうとしたが、メンヌヴィルの方が早かった。彼女の銃はメンヌヴィルの炎で一瞬で溶かされてしまう。
「なに……!」
「平民は引っ込んでいろ。貴様に用はない」
ならばと、今度はタバサが杖を振るい、頭上に氷の矢を無数に作り出し、メンヌヴィルに向けて発射した。しかし、彼女魔法〈ウィンディ・アイシクル〉の矢は全て、メンヌヴィルの目の前に展開された黒い透明の壁のようなものに防がれてしまう。人間の姿でも、闇の力の一分を扱えるのだ。
「そんな氷では俺の頭も冷やせんぞ?」
「っ……」
「貴様らでは話にならんな。もろとも燃えて……ぬ!?」
メンヌヴィルがアニエスもろともキュルケを焼き払おうとした、その時だった。
どこからか紅蓮の炎に包まれた蛇が現れ、メンヌヴィルを襲った。メンヌヴィルはそれを、炎の壁を作り出して防御する。
邪魔をされて苛立ちを感じるメンヌヴィル。
……しかし、彼のイラつきは一瞬で消えた。この炎、そして温度は……
俺は、この炎を知っている。
「私の教え子たちから離れろ」
違和感とデジャヴに似た感覚を感じながら、メンヌヴィルは今の言葉を発した人物の方に向き直る。
キュルケたちを守るために立ち塞がった者……それはなんとコルベールだった。
「ミスタ・コルベール……!」
今の炎の蛇……キュルケは驚かされた。コルベールも確かにトライアングルクラスのメイジと聞いていたが、気弱で臆病なイメージのせいで全く想像していなかった。それにこの殺気、普段は穏和なコルベールではない。
すると、コルベールの方を向いて……
「…コルベール…だと……」
メンヌヴィルはなにかに気づいたような強い反応を示した後、
「く、くくくくくく…………!!ふはははは……ハハハハハハハ!!!ハーッハハハハ!」
狂いに狂い、耳に残り続けるほどの高笑いを上げた。
「今日はなんと言う日だ!まさか貴様に…長年捜し求めていた貴様とも再会できるとは!ハーッハハハハ!!」
コルベール以外の面々は、誰もが当惑した。奴は何がそんなにおかしいのか。
今の笑い声が響いたせいか、シュウが意識を取り戻した。
「シュウ兄……」
「リシュ、か……」
一番幼いリシュはシュウを見て、安心を覚えた一方、メンヌヴィルが放つ狂気に怯え、彼の服をぎゅっと掴む。
シュウは起き上がり、皆と共にメンヌヴィルの方を見る。あの一撃でもまだ仕留めきれなかったとは、なんてタフさなのか。しかし今は、そんな空気でもなかったようだ。
シュウはメンヌヴィルを睨みながら彼の話に耳を傾けた。
「懐かしい!ずっと探し求めていた温度!コルベールではないか!久しいな『隊長殿』!」
「隊長……!?」
この単語に皆がなんのことかわからない中、アニエスは強く反応した。
「コルベール、先生が……隊長?」
「ほお、貴様も目を覚ましたか。死んだのではないかとヒヤヒヤしたぞ」
シュウが目覚めたことにメンヌヴィルは満足げに笑う。よく言う、本気で殺しにかかってきたくせにと、シュウはメンヌヴィルに不快感を募らせた。だが今は、奴がなぜコルベールを隊長と呼んだのか、だ。
「しかし先生?まさか教師になっていたのか隊長殿!成る程、通りで戦場で再会しなかったわけだ!
しかし、一体何を教えているんだ先生?人間の焼き方をか?」
その下劣な言動を聞いてコルベールは、さらにメンヌヴィルを、確かな殺意をもって睨み付けた。
「どう言うことだ……」
アニエスは激しく動揺していた。嫌な予感が、自分の中でよぎりだしていた。
「お前たちに教えてやる。そこにいる『炎蛇』、コルベールはかつて、このトリステインで特殊な任務を請け負った部隊を率いていた。俺は奴の副官だった。
中でも素晴らしかったよ隊長殿!あの20年前の夜、小さな村だったとは言え、
ダングルテールを村人もろとも焼き尽くしたあんたの炎は!」
「「「!」」」
シュウ、キュルケ、タバサは驚愕する。
村人を、焼き尽くした?あの穏和なコルベールが……
ひとつの村を……滅ぼした?
アニエスは今の衝撃の事実を聞き、顔を蒼白にした。
メンヌヴィルがコルベールを追い続けていたように彼女もまた、
故郷ダングルテールを滅ぼした憎き仇を殺すために生き続けてきたのだから。
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