提督はBarにいる。
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縁起物で福を呼べ!・2
さて、スルメのお次はどうしようか?今度も結婚絡みの縁起物と行こうか。
「さぁ、お次はコイツだ」
「こ、これって鮑の姿煮じゃないの!?超高級中華料理じゃない!」
「ご名答、鮑だ。正確には干し鮑の姿煮だけどな。ウチの地元は鮑の産地でな、その伝でこっそり仕入れてたんだ」
本当は俺用の晩酌の肴になる予定だった鮑だが、今回は仕方あるまい。
古来より鮑は海の底で獲れる稀少品として、人々に珍重されてきた。大和朝廷の時代から、天皇家への贈り物として沿岸に住まう豪族からは大量の干し鮑が献上されていたという記述が残っている。その伝統は飛鳥・奈良時代を経て鎌倉時代に入っても続き、その頃になると天皇家だけでなく自社仏閣等の供物にするだけでなく、相手への贈り物等に使われる熨斗(のし)の中心にも薄く圧し延ばされた干し鮑……熨斗鮑が使われるようになった。そして時は移ろい戦国時代の武将達は、出陣前に『打ち鮑・勝ち栗・昆布』を食べながら酒を飲み、『打ち勝ち喜ぶ』の語呂合わせで必勝祈願をしたという。
「まぁ、そのくらい鮑ってのは昔から縁起の良い食材なワケだ……って、全く聞いてねぇな」
「……そのようですね」
足柄は夢中になってナイフとフォークで切り分けると、口に運んで蕩けるような笑顔を浮かべている。そりゃあ美味いだろうさ、中華の食材の中でも最高級の部類の干し鮑の姿煮だからな。わざわざ作り方も本格的なのを勉強して作ったから調理前の下拵えで一週間かかる。
まずは干し鮑を3日3晩水を取り換えつつ戻したら、戻した鮑の埃や細かい砂粒を丹念に洗い落とす。特にもひだの部分には汚れが溜まりやすい為、入念に洗う。
ここまで来たらようやく加熱。まずは2時間程蒸して、鮑の口を外し、再び蒸し器に戻して更に8時間程蒸す。目安としては鮑に少し芯が残る位の固さだ。
蒸した後は味を含ませる。竹カゴに重ならないように鮑を並べ、寸胴鍋に。そこに鮑の蒸し汁、金華ハム、豚のすね肉、丸鶏、鶏足等の出汁用の材料と、香り付けの胡椒の粒や陳皮を加えて8時間煮込み続け、旨味と香りを十分に染み込ませる。後は長期保存の為に香味油に浸けて保存しておくが、今回はそのまま調理に使った。
中華鍋に上湯、オイスターソース、紹興酒、中国醤油等でソースを作り、そこに下拵えを済ませた鮑を投入。しっかりとソースを絡ませれば完成だ。煮込みに使ったスープは最高のスープに仕上がっているので、無駄なく使える。
「しかし、あれから合コン行ったりしてたんだろ?その結果はどうなったんだよ」
あれから、というのは合コンに連敗続きで足柄が荒れていた頃だ。今ほど酷くは無かったが、その時と大分追い詰められてたっけな。
「あ~、あの後?合コンで素の私出したら『オバさんのぶりっ娘はキツいわぁw』とか言われちゃって、そこでプッツン来ちゃって」
しれっとしながらとんでもない事言ってません?この人。その後の惨劇が容易に想像できるんですけど。
「それでお店で大暴れ。その場にいた男性陣には『女性をオバさん呼ばわりはイケナイ』という事を、しっかりと身体で学んで貰ったわ」
「目付きが怖えぇよ、お前。あんまり街で問題起こすなよ?漸く艦娘の待遇がマシになりそうだって時に……」
「は~い。でもなぁ、あれっきり合コン呼ばれなくなっちゃったのよねぇ~……」
そりゃそうだろ、という突っ込みはどうにか喉の奥に押し返してやった。毎回大暴れされるかもしれない危険人物を、好き好んで合コンに呼ぶ奴はいまい。
「なら、恋愛の方法を変えりゃあ良いだろ?今の時代、男を探すアテなんて幾らでもあるだろうし」
「そうは言ってもねぇ……。ねぇ、早霜はどう思う?」
「私……ですか?」
グラス磨きをしていた早霜の手がピタリと止まる。
「そうそう。お姉ちゃんの夕雲なんか、結構経験豊富そうじゃない?そう言う話を聞いてたら、お姉さんにアドバイスしてほしいな~、なんてね♪」
確かに、夕雲の言動からはそう言う経験の豊富さが聞いて取れなくもない。まぁ、今の時代耳年増になりやすい環境だから、似非の可能性も捨てきれんが。
「そうですね……職場恋愛、なんていかがでしょう?」
思わず調理しながらチビチビ飲っていたバーボンを吹き出しそうになった。いきなり何を言い出しやがるんだコイツは。
「足柄さんをよく理解してくれる、という条件で鑑みた場合、鎮守府に勤めている誰か……例えば、整備員の方なんて足柄さんの性格などをしっかりと理解してくれると思いますが?」
確かにウチの鎮守府にゃ、人手不足解消の為に他の男性職員もいたりはするが。……一瞬俺の名前が出てくるんじゃないかとヒヤヒヤしたのは内緒だ。
「ふぅん、職場恋愛ねぇ……そこには提督も含まれてるワケ?」
ほら来た、何となく予想はしてたが。
「当然、店長も異性ですから含まれるとは思いますが……競争率が高過ぎて正直オススメ出来ませんよ?」
「え、そんなに提督って人気なの?」
「えぇまぁ。私もそれなりに噂話は聞きますし、青葉さんから聞き出したりしましたから……」
そう言いながら早霜の耳が真っ赤に染まっていく。……オイまさか、その狙っている中の一人にお前も入ってるのか?早霜よ。
「ほっほ~ぅ?憎いねぇ提督、こんなに可愛い艦娘達をたぶらかして、男冥利に尽きるねぇ全く」
今度はオッサン臭くなってきてるぞ足柄。完全に酔いすぎだ。
「いい加減にしろ、足柄。今日はもう次の料理でオーダーストップだ」
「え~!?この店にそんなルール無いでしょお!横暴よ、横暴!」
「うるせぇ!これ以上は明日の出撃に差し支える、これ食って、さっさと寝ろ!」
そう言って俺が出したのは、1杯のうどん。鰹と昆布の合わせ出汁に、コシの強い手打ち麺、具材はネギにかまぼこ、天かす、花かつお、朧昆布と大して珍しい具材は無い。
「うどん?うどんのどこが縁起物なのよ!」
「いやいや、うどんは案外侮れない縁起物だぞ?」
昆布は昔から「喜ぶ」から転じて縁起物とされているし、子生婦の当て字で良い子を授かるようにと、子孫繁栄を願う為に結納の品の定番だ。
そして鰹節。勝男武士と戦国時代には勝利を招く食材として人気だった鰹節は、背中側と腹側とで出来る鰹節の種類が異なり、それぞれ雄節・雌節と呼ばれる。それら2つがくっついている為、夫婦円満の願いを込めて贈られるのさ。
最後にうどんだ。元々太く長く、長寿を願う縁起物だったが、離婚の多い昨今では、夫婦の縁を長く太い物にして欲しいと贈り物として贈る人もあるらしいからな。古くからの言い伝えじゃねぇが、採用してみた。
「成る程ねぇ……あ、美味しい!」
「まぁ、手打ちの打ち立て、切り立て、茹で立ての3立てだからな。美味いだろうさ」
俺と早霜もズルズルと啜る。やっぱりしっかりと出汁をとっただけあって、最高に美味い。
「にしても……職場恋愛かぁ。考えた事も無かったなぁ」
「足柄さんなら、直ぐにでもイイ人が見つかりますよ」
「そうよね!さぁ、明日からもバリバリ頑張るわよ~!」
「ま、程々にな」
そんな会話を交わしながら、3人ほぼ同時に汁を飲み干して足柄は揚々と帰っていった。その数ヵ月後、足柄は整備員の若い工員とのデートを青葉にスッパ抜かれるのだが、それはまた別の話。
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