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提督はBarにいる。

作者:ごません
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縁起物で福を呼べ!


 さて、華々しい霧島の結婚式から2週間程がたった今日この頃。近頃の足柄がおかしい。……まぁ、引きこもりになってしまったとか真っ白な灰に燃え尽きてるとかじゃないからまだマシと言えるのだろうか?寧ろその逆、毎日のように出撃しては『餓えた狼』と異名を取った頃そのままに、何隻も戦艦や空母の大物食いを果たしていた。そして毎日のようにウチの店に来ては深酒をして、夜な夜な管を巻いていた。今晩もそんな様子だった。

「早霜~、『マリブ・コーラ』おかわりっ!」

 赤ら顔でカウンターに突っ伏したまま、ジョッキを早霜に突き出す足柄。毎晩潰れるまで飲んで、その身体で暴れ狂う。何か自棄になったようにも見えるその姿は、他の艦隊の仲間にも不安を与え、何人もの艦娘達から相談を受けていた。

「飲み過ぎです、足柄さん。もう控えた方がーー…」

 そう言いかけた早霜の肩を掴んで、早霜を止める。こういう時には痛い目にあった方が目が覚める事もある。今の足柄にはそれが必要なんだよ。

 俺は黙ってジョッキを受け取ると、『マリブ・コーラ』を作り始めた。ココナッツジュースで作られたラム酒のマリブを、コーラでビルドして櫛形に切ったレモンかライムを縁に飾れば完成だ。本来はタンブラー等で作るカクテルなのだが、ジョッキだと量が多過ぎだ。

「何を焦ってんだ?足柄ぁ」

 コーラを注いでステアしながら足柄に尋ねた。足柄からの返答はない。

「まさか、霧島が結婚したので焦ってんのか?」

 今度はピクリと肩が震えた。どうやら図星らしい。

「それで、羨ましさの余りに自暴自棄になってんのか?だとしたら馬鹿な真似はよせ。そんな闘い方は身を滅ぼすからな」

 そう言って目の前にドン、とマリブ・コーラの入ったジョッキを置いてやる。




「……なんでバレちゃうかなぁ」

 カウンターに突っ伏していた足柄がのそりと上体を起こす。その目は赤くなっており、少し腫れぼったい。

「なんだかね、霧島の結婚式見てから結婚したいって必死になってた私が馬鹿みたいに思えてきて。……それで、一気にどうでもよくなっちゃった」

 霧島夫婦の馴れ初めはそれこそ、ドラマの筋書き位には出来すぎた話だ。あんなドラマチックな出会い方はほぼ有り得ないと言ってもいい。

「……前にお前言ってなかったか?『合コンでのキャラ作りは止めて、素の自分で勝負する』って。あれはどうなった?」

「全っ然ダメ。私を受け入れてくれる人なんて居る訳無いのよ……」

 そう言って喉を鳴らしながらマリブ・コーラを煽る足柄。ジョッキの中身はスルスルと胃袋に消えていく。こりゃ重症だわ。

「なぁ足柄、自分が努力して上手く行かないってんなら……『困った時の神頼み』ってのはどうだ?」

「どういう事?」

 一気に飲み干したジョッキを早霜に渡し、ビールを要求しながら此方に尋ねてくる足柄。

「昔から縁起物……つまりは幸運を呼び込むと言われる食べ物ってのは数多ある。その中には縁結びに効果があるとされる物もあるんだよ」

「つまり、それを食べて験担ぎって事?」

「まぁ、簡単に言えばそういう事だ」

 案外ウチの足柄はこういう話に弱い。験担ぎだとか占いだとか、そういう運勢を左右しそうな事が好きだと事前に姉妹達から聞き出しておいたのだ。

「ふぅん……悪くない話ね。じゃあ、それをお願いするわ!」




 そして15分後、出来上がった料理を前に足柄が固まっている。

「……ねぇ提督?」

「なんだ?」

「験担ぎの料理、なのよねこれは?」

「そうだが?」

「じゃあなんでそれが『スルメの天ぷら』なのよっ!」

 足柄の目の前には巨大なかき揚げのような姿となったスルメの天ぷらと、味付け用の七味マヨネーズが鎮座していた。

「あら、ご存知無いんですか?足柄さん」

 そう言って口を開いたのは早霜だった。

「私の生まれの舞鶴のある京都の近辺では、スルメは結納の品の定番なんですよ?」

 そう、スルメは当て字で寿留女とされて関西では結納の品とされる事が多い。そこに込められた願いは様々で、保存食にかけて食料に困らないようにだとか、お足(お金)に困らないように足の多いスルメを贈るとか様々な説がある。

「それに、スルメってのは噛めば噛むほど味が出るだろ?そう言う夫婦になってほしいと願いを込めて贈られるのさ」

「成る程ね、味のある夫婦に……か」

 そう呟いてクスリと笑った足柄は、まだ熱いであろう揚げ立てのスルメの天ぷらを手で解すと、七味マヨネーズを付けて口に放り込んだ。

 衣のサクサクとした歯応えの後に、僅かに油を吸って柔らかくなったスルメのクニュクニュとした食感がやって来る。そこに噛めば噛んだだけスルメの旨味が溢れ出す。そこにマヨネーズの酸味と七味のピリッとした辛味。合わない訳がない。そこに冷えたビールをキューっと流し込んでやれば、まさに至福の時だろう。

「あぁ~…美味しい」

 上唇にビールの泡を付けながら、心の底から嬉しそうに笑う足柄。

「スルメも上等な奴を使ったからな。美味いだろ?」

 揚げたスルメはこの間勝の野郎が置いていった一夜干しだ。獲ったその場で捌いて海上で干す為、新鮮さと旨味が段違いに強い。漁師に伝がないと中々お目にかかれない逸品だ。さて、読者の皆にも作り方を教えないのは目の毒だろうから教えておくか。

《ビールの肴に!スルメの天ぷら》

・スルメ(一夜干し)※普通の干しスルメでも可:1杯

・天ぷら粉:適量

・水:適量

・青のり:適量

・大根おろし:お好みで

・めんつゆ:お好みで

・マヨネーズ:お好みで

・七味唐辛子:お好みで

 まずはスルメだ。一夜干しは水分を含んでいるので包丁で切った方が早い。ゲソを2、3本で切り分けて胴体は5mm~1cm幅に切る。エンペラも食べやすい大きさにカット。完全に乾燥したスルメを使う場合は、手で裂いた方が楽だ。

 お次は天ぷらの衣。天ぷら粉の袋に書いてある通りの分量で水を入れて衣を作る。その際、香り付けに青のりを入れたりしても美味いぞ。後はスルメの水分を軽く取り、先に天ぷら粉を軽くまぶしてから衣を付けて揚げるだけ。干してあるとはいえイカはイカだ。揚げる時には油跳ねしやすいから注意して揚げるように。

 最後に皿に盛り付けて、おろし天つゆや七味マヨネーズと醤油を混ぜた物を添えてやれば完成だ。これ単品で食べると少しくどく感じるが、酒に合わせると絶妙に美味い。まさに酒肴の一品だ。

「やっぱスルメって一度手を伸ばすと止まらなくなるわ~…」

 ホクホクとした笑顔でスルメの天ぷらを口に運び、ビールで流し込んでいく足柄。余程気に入ったのか、ビールの進みも早い。今で既に3杯目だ。その前にもしこたま飲んでいるのでかなりの量だが、そのペースは衰えない。

「マスター?次の肴は~?」

「あぁ、はいはい。今作るから待ってな」

 さて、次は何を作ろうか。 
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