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提督はBarにいる。

作者:ごません
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冷めても美味しいお弁当講座・メインのおかず編

「……で?何でまたお前がここにいるんだ?」

 開口一番、俺は苛立ちを隠す事なく目の前にいる人物にぶつけた。それもそのはず、本来ならば鎮守府内に居てはいけない筈の人物が『再び』目の前にいるのだから。

「あら、でもちゃんと許可は取ってきましたよ?直属の上司である元帥閣下に♪」

「あんのジジィ……昔っから美人にゃ甘ぇんだから…」

 目の前でニコニコとお茶を啜る人物……我が鎮守府最初期の秘書艦にして、今は退役して教師となった筈の雨野五月……いや、今は結婚して高谷五月となった彼女が、再び俺を訪ねて来たのだ。

「んで?何しに来たんだよお前さんは」

「え、何って懐かしい面々にまた会いたくなったので遊びに」

「アホかっ!ここはその辺の会社や役所じゃねぇんだぞ!」

 たとえかつて所属していた組織とはいえ、ここは軍の施設だ。機密情報の塊のような場所に、おいそれと入っていいハズがない。

「あぁ、それなら問題ないです。来月から私、半分軍属に逆戻りですから」

「あん?どういう事だそりゃ」

 聞くところによると、五月の旦那である高谷和巳(たかや かずみ)が仕事の都合で横須賀に転勤になったらしく、それに伴って五月も転校するハメに。しかし今から受け入れて貰える学校もなく、途方にくれていたらしい。そこに横須賀鎮守府からお声がかかり、艦娘に対する初等教育の為の教員として採用されたらしい。……成る程、元艦娘って経歴もたまには役に立つモンだ。

「それで、元帥閣下にお願いして此方にも改めてご挨拶に」

「はぁ。妙に義理堅いねぇ……他にも目的があんだろ?ほれ、とっととゲロっちまえ」

 俺がそう言うと五月はペロリと舌を出した。

「あちゃあ……バレてました?」

「バレバレだってぇの。俺に頼みって事ぁ、料理絡みか?」

「さすが提督、お話が早いですね。実はカズ君……いえ、私の旦那様のお弁当なんですけど」

 弁当か。簡単なように見えて美味い弁当には必要な気遣いが大量に潜んでいる。簡単なように見えて難しいんだぞ、弁当は。

「出来たら冷めても美味しいお弁当の作り方を御教授願いたいであります!」

 そう言って敬礼してみせる五月。都合のいい奴め。

「仕方がねぇなぁ……わかった。五十鈴、今日の書類仕事は終わってるよな?」

「えぇ、今日決済しないといけない書類はもう無いわ」

「そうか、んじゃ今日はもう上がっていいぞ。どうやら書類よりも厄介な案件が舞い込んで来たからよ」

「あらそう?じゃあ、久し振りに姉さん達とでも飲みに行ってくるわ。じゃあね提督」

 そう言うと五十鈴は執務机から立ち上がり、そそくさと執務室を出ていった。

「さぁて、始めるとしますかねぇ」

 そう言って俺は俺の執務机に備え付けてあるスイッチを押した。





 いつものカウンターバーに変貌した執務室で、エプロンを締める。五月も普段使っているのであろう若草色のエプロンを締め、伸ばしている髪を短く纏めた。

「さて?普段はどんな弁当を作ってるんだ?」

「えぇ……と、豚バラを使った肉野菜炒めとか、卵焼きとか、野菜のおひたしとか…あ、卵焼きだけだと飽きると思ってたまにオムレツにしてみたりしてます」

「あっちゃ~……」

「え、何かまずい物が入ってました?」

 まずいどころか入れない方がいい物のオンパレードじゃねぇか。これは基礎から教えにゃいかんか。

「五月よ。主菜といえば肉・魚・卵辺りがポピュラーだがな、弁当に入れる時にゃ避けた方がいい食材トップ3ってのがあるんだ」

「へぇ、そんなのがあるんですか。それって何ですか?」

「牛・豚の脂身、バター、オリーブオイルの3つだ」

 牛や豚の脂身は脂の融点……つまり溶け出す温度が高い。つまり冷めた状態で食べる前提の弁当に入れてしまうと、脂身がラードのように固まってしまいとても不味い物になってしまう。肉野菜炒めに入っていればラードのような脂が野菜に絡み付き、ネトネトとした野菜炒めが出来上がりだ。

 バターも牛や豚の脂身同様、冷えて固まればその美味しさは損なわれてしまう。幾ら美味しいからといって弁当に使うのは冷めた方が良いだろう。

 最近健康に気遣って炒め物などにオリーブオイルを使う人もいるらしいが、オリーブオイルも固まる温度はサラダ油に比べると高い。特に冬場はカチカチに固まりやすい。パスタソースに小量使う位ならいいかもしれないが、大量に使うのは避けるのが無難だろう。

「そ、そんな……!私ほとんど使ってましたよその3つ…」

 五月は愕然とした様子で、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

「まぁまぁ、そう気を落とすな。それを正す為に習いに来たんだろ?」

「は、はい……」

「じゃあ早速行くか。実際に作りながらポイントを教えてくぞ」

《ポイント1》肉のおかずなら鶏肉か挽き肉、牛か豚を使うなら脂の少ない部位を!

「ま、さっきの話の通りだな。牛や豚が使えねぇなら鶏肉使え、って事よ」

「そういえばお弁当に鶏肉のおかずって多いですよね。唐揚げとか、照り焼きとか、つくねとか」

「まぁ、昔からの知恵って事だ。……江戸の頃には食べられなかった、って事情もあるがな。んじゃまずは冷めてもジューシーに仕上がる『鶏の照り焼き』を伝授しよう」

《冷めてもジューシー!柔らか!鶏の照り焼き》

・鶏モモ肉:1枚

・醤油:大さじ1.5(下味用)

・みりん:大さじ1(下味用)

・片栗粉:適量

(照り焼きタレ)

・酒:大さじ1

・みりん:大さじ1

・醤油:大さじ1

・砂糖:大さじ2/3

・胡椒:少々

「早速1つ目のポイントだ。鶏肉に下味を付けるんだが、鶏肉は切らずにそのまま下味を付ける」

「え、食べやすい大きさにカットしないんですか?そっちの方が下味もしっかりと付くと思うんですけど……」

「それがパサつく原因なんだなぁ、実は」

 確かにカットしてやれば火の通りも早いし下味も付きやすい。しかし断面が多い分水分が抜けやすく、パサパサになりやすい。

「な、なるほど~…でもそれじゃあ火が通らないんじゃ?」

「焦るな焦るな。この後がポイントその2だ」

 下味を付けて5分程置いておいたモモ肉を、下味を付けた皿にラップをかけてレンジで2分チン。こうする事で鶏肉の中まで火が入り、調理時間の短縮に。更に蒸し焼き状態になるため中に水分が閉じ込められて冷めてもジューシーに仕上がる。

「そして焼く前に片栗粉を付ける。これはタレの絡みをよくする為のモンだから、全体に軽く付けばOKだ」

 余分な粉を落としたら、フライパンに軽く油を引いて焼く。火を通す必要はないから、30秒~1分程焼き目がついたら、合わせておいた照り焼きのタレを絡めて煮詰めれば完成だ。

「しっかりメモしたか?」

「は、はい!」

「照り焼きのタレは好みの味付けに変えればいい。あくまでこれは俺好みの味付けだからな」

 さて、お次は弁当の定番・鶏そぼろを教えるとするか。上手く作らないとギトギトになっちまう鶏そぼろ、実は簡単な一手間でパラパラの美味しいそぼろになる。

《炒める前に〇〇〇!?パラパラ鶏そぼろ》

・鶏挽き肉:適量

・砂糖:適量

・醤油:適量

・みりん:適量

・おろし生姜:適量

「ず、随分と適当なレシピなんですね……」

「まぁな。味付けはその家の好みで合わせるしかねぇからよ。俺が教えるのは作る時のポイントだ」

 そぼろを炒める前の最重要ポイント、それは鶏挽き肉を『湯がく』事だ。鶏挽き肉を目の細かいザルに入れ、湯煎するように挽き肉をお湯に浸けてガシャガシャと洗うようにかき混ぜる。この時にしっかりとそぼろにする為にほぐしておくと後々楽だな。

「お、お湯で洗っちゃうんですか!?」

「洗うっつ~よりも、余分な脂を落としてる、って方が正しいかな。こうしないと冷えて固まっちまうから」

 後は鶏挽き肉と好みの味付けの調味料を鍋に入れて、水分を飛ばしながら炒め煮にすれば完成だ。……あぁ、臭み消しの生姜も忘れずにな。

「はぁ~、難しいんですねぇお弁当って」

「まぁ、普通に飯を作るよりも気を遣うべき所は多いだろうな」

「あ、でも美味しいですこれ!」

 そう言って五月は照り焼きを、予め炊いておいた白飯に載せて頬張っている。俺は食パンに辛子マヨネーズを塗ってレタスを敷き、そこに照り焼きを載せてサンドイッチにしてかぶりついた。……うん、胡椒がピリッと効いてパンにも合うな、こりゃ。

「さぁて、照り焼きをやっつけたら次いくぞ、次」

「はい!」 
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