ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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贖罪-エクスピエイション-part2/臆病教師と喪失の青年
闇の巨人による魔法学院への襲撃、
それは…サイトたちが、ハルナがウェザリーの刺客にしてファウストであることが明かされた戦いから、サイトたちがテファや炎の空賊団と再会を果たすまでの間のことだった。
世間は今、ウルトラマンと怪獣・侵略者の戦いで動乱の中にあるが、シエスタは以前と変わりなくメイドの仕事をこなしている。
「サイトさん、最近来てくれないな……」
仕事に不満があるわけじゃないが、想い人であるサイトとはどうも顔を会わせる機会が少なくなっている。不満があると言えばそこだ。
きっとサイトはルイズにこき使われているのだろう。そして疲労した分をハルナが癒して、二人はサイトとの距離を次第に縮めていく。ご主人様と昔馴染みのクラスメートである二人が何だかずるく思えてしまう。そして危機感を覚える。
タルブ村で一度告白を断られたことがあり、シエスタはサイトがどこかへ一人で旅立ってしまう予感があった。だが、それをどうにかするのもまた恋する乙女の使命というもの。シエスタにはある秘策があった。
サイトがしばらく学院を開けることが多くなる前……サイトが初めて魅惑の妖精亭で仕事をし始めたところを、叔父スカロンを訪ねてシエスタがやってきた時期のことだ。
ハルナが当時、異世界の環境の変化の影響で体調を崩し、その薬をサイトと一緒に買いに行った際だ。サイトは街の服屋を通りがかると、彼は店に吊るされているアルビオンの水兵服に、まるで宝くじを当ててウハウハ気分の当選者のように飛び付いた。なぜサイトが水兵服などに興味を持ったのかというと、どうもサイト曰く、地球では女子生徒はこの水兵服にスカートを履いて通うのが一般的だそうだ。ハルナが身に着けていた服もその一種だが、本来のセーラー服のような水兵服ではなくブレザー。サイトはそれに関しては見慣れているところもあるので、気分を変えて違う制服を…それも正統派性を出している制服姿のシエスタを見てみたいとか。地球人の血を引いているシエスタだからこそ似合うと考え、ぜひ見てみたいと思ったに違いないだろうが、明らかに煩悩塗れの野望だ。ゼロもサイトの目を通してそれを見たときはかなり呆れ果てていたに違いない。
…ハルナやルイズに知られたら間違いなくゴルゴダの刑確定である。
彼の趣向に関しては、シエスタも正直意味不明すぎるところがあるが…ただ一つわかることがある。
「…これをサイトさんに見せたら…」
『うおおおおおおおおおおお!!俺最高おおおおおお!!!シエスタも最高ぉおおおおオオオオ!!生まれてきてすいましぇえエエンッ!!』
きっと喜ぶに違いない。もしかしたら自分がドン引きしてしまいかねないほどのリアクションをとるほどに。脳裏にそのイメージが湧き上がる。サイトの故郷の装束を自分も切ることができて素直に嬉しく思えるほど、彼女はサイトに恋していた。
だが、肝心のサイトはまだ戻ってこない。さすがにここまで長いこと学院を開けてもらうようでは、せっかく彼が買ってくれたこのセーラー服とやらを着る意味がない。
はぁ…とシエスタがため息を漏らし、窓の外を見やる。
その時、彼女の目にあるものが目に入った。アウストリの広場を、黒髪を持つ若い男性が歩き去る後姿だ。
彼はその時、タルブ村から運ばれた、シエスタの曾祖父フルハシの形見である竜の羽衣ことウルトラホーク3号に向かっている。
この学院で黒髪の若い男性と言えば一人しかいない!
「サイトさんだわ!急がないと!」
いつ彼が戻ってきたのか、ルイズとハルナはどうしているのかなんて、この時の彼女にとって問題ではなかった。すぐにサイトが見たがっていた自分のセーラー服姿を披露するために、普段のメイド服から着替えてセーラー服姿にチェンジ。鏡を見てその姿を確認する。地球の人間から見れば、彼女が日本の女子学生と言っても誰もが信じることだろう。それだけ彼女にセーラー服はかなりマッチしていた。
「待っててくださいねサイトさん!」
着付けも十分だ。シエスタはすぐに部屋を飛び出し、窓の外に見えた黒髪の青年の元に急いだ。その速度はガンダールヴの力を発揮したサイトにも匹敵した。何補正か?それは各々方でイメージしてほしい。
「サイトさああああん!!」
シエスタは走りこみながら、ホーク3号の方へ歩き続ける黒髪の青年に、いっそのことびっくりさせてやろうという意図のもとで飛びついてしまった。
「!!」
しかし、黒髪の青年はシエスタの叫び声と後ろから急接近する気配を感じてすぐ、シエスタをヒョイと避けてしまう。あれ…?とシエスタが一瞬思ったのもつかの間、
「あいたぁ!!?」
シエスタは広場の芝生の上に見事なダイブを披露してしまった。
強く打ったことで、まるでトナカイのように赤くなった鼻を押さえながら、シエスタは顔を上げる。
「いったたた…サイトさん、避けるなんて酷いじゃないですか…せっかくサイトさんに喜んでもらうために、買ってくださったセーラー服というのを着てきたのに…」
しかし、帰ってきたのは謝罪の言葉ではなく、呆れたような口調の、サイトの声とはまるで異なる男の声だった。
「……さっきから誰と勘違いしているんだ。あんたは」
「…あれ?」
黒い髪は、確かに自分やサイト、そしてハルナと同じだ。けどその顔はサイトとは似ても似つかない端正な容姿。服装も黒と赤を強調としており、イメージカラーが青と白のサイトとはまるで正反対だった。腕には、サイトにあげた曾祖父の形見の装備の一つ、ビデオシーバーのような奇妙な腕輪が着いている。
シエスタは男の顔を見て、ここでようやく気が付いた。さっき見かけたのは、サイトではなかった。
行方不明になっていた黒崎修平ことシュウだった。
シエスタと会う少し前までに視点をシュウのものに戻そう。
意識を取り戻したシュウは、周囲を見渡した。そこは、少し薄暗い小屋だった。埃を少しばかりかぶっていて、中央のデスクの上にはメモ紙や資料にフラスコなどの実験器具、棚には蔵書が敷き詰められている。匂いも薬品のにおいも立ち込めていてあまりよろしくない。エボルトラスターやブラストショット、ディバイドシューター、パルスブレイガー…装備品も一緒に置いてある。
「ここは…?俺は確か…」
記憶をたどるシュウ。そして思い出した。ウエストウッド村を、シェフィールドと名乗る何者かによって襲われ、そいつから逃げるために村の皆でアルビオンを脱出しようとした。その道中でアスカという、別次元から現れたウルトラマンの男と出会い、アルビオン大陸を出ようとしたところで、愛梨の幻影が現れ、さらにメフィストに変身するメンヌヴィルと交戦して…そうだ。奴らに一度捕まっていたのを彼は思い出した。そしてそれを救いだしたのが、アスカ。彼は自分を逃がし、一人残ってメフィストと交戦し…俺は…。
(一人だけ、また…のうのうと助かったのか…!!)
シュウは自分に対する怒りと屈辱を噛みしめた。また別の誰かが、自分のせいで犠牲に…。
いや、まだ間に合うはずだ。シュウはデスクの上の装備品をすぐに装備し、ここを出ようとする。急げばまだ間に合うはずだ。ティファニアたちがあの後無事にアルビオンを脱出できたかどうかも確認しなければならない。
だが、すぐに装備品をつかむことができず、シュウはベッドから転げ落ちる。まだ疲労が回復しきれていないようだ。痛ッ…と小さい悲鳴を漏らしながらも、デスクの上の装備品に彼は手を伸ばす。
すると、小屋の扉が開かれ、見慣れない人物がシュウの前に姿を見せた。
「あ、君!何をしているんだね!」
入ってきた人物はコルベールだった。小屋は彼の研究室で、コルベールが学院の地下室で発見した空間の歪みの中から姿を見せたのがシュウなのであった。
コルベールは、床の上に落ちながらも、デスクの上にある装備品に手を伸ばすシュウの体を支え、ベッドに座らせた。
「まったく、無理をするものではないぞ!君はかなり衰弱していたんだぞ!」
教師として、彼はシュウを叱り付ける。だが、それでもシュウは止まろうとしなかった。
「離せ…!俺は…行かないといけないんだ…!」
彼は立ち上がって、装備品を持って外に出ようとする。だが体は彼が思っている以上に弱っていて、結局コルベールの手でベッドに追いやられた。
「いい加減になさい!そんな体でいったい何ができるというのですか!」
「うるさい…!!あんたには、関係ない…!」
なおも自分の装備品に手を伸ばすシュウを見て、やむを得ないと感じたコルベールは、強硬手段に出る。
杖を一振りすると、シュウの体にロープが巻きつかれ、彼の動きを封じ込めてしまう。
「ぐぅ…!!」
拘束されたシュウはロープを振りほどこうとするも、ロープはかなりきつめに縛りつけられ、ほどける気配がなかった。コルベールはデスクの上に置かれた、彼の装備品の一つであるエボルトラスターを手に取る。
「なぜ、だ…!」
シュウはコルベールを睨み付けながら問う。振り返ると、今度はコルベールが質問に質問で返してきた。
「…あれは、君が戦うために使う武器なのだろう?」
「…そうだ、俺の戦いにあれは必要不可欠。だから早く返してくれ!やらなければならないことがある。それなのに、あなたはなぜ俺のものを勝手に取り上げる!」
「君の顔を見ればわかる。君からは…不吉な何かを感じる」
重苦しげにコルベールはそのように答えてきた。
「…どういう意味だ?」
目の前でウルトラマンに変身するためのアイテムを取られてしまい、シュウはこの時コルベールに対する警戒心を抱いた。もしやこの男、自分がウルトラマンであることを知っていたから奪ったのか?そんな疑惑が彼の中をよぎった。
しかし、コルベールはシュウにさらにもう一つ聞き返した。
「逆に尋ね返すようで申し訳ないが、君はなぜそんなに急ぐんだ?」
「助けなければならない人がいる。その際、おそらく戦いになる。だから必要なんだ!」
アルビオン脱出時に意識をなくす前に逸れたアスカが無事なのかを確かめなければならない。
コルベールはこれまで長く、この魔法学院で教師を続けてきた。生徒たちが何を考えているのか、それを表情や仕草で読み取ることができる。今のシュウと、彼の容体を見て、コルベールは彼からとてつもない嫌な予感を感じた。
「…一体君が何と戦っているのかはわからない。だが、そんな体を押してまで、どうして行こうとするのだ?どうして自分を大事にしない?」
「あなたには関係ない。早くそれらを返してくれ!!」
今は一刻も早くアスカの安否を確かめなければならない。もしかしたら、何か彼の身に災いが降りかかっているのかもしれないのだ。そう思うだけで、シュウの心に強い焦りが生まれた。
「それはできない」
「なぜだ…?」
断るコルベールに、納得できないとシュウは声を荒げた。アスカという要救助者の存在がある以上、アスカの方を優先すべきだと強く考えていた。
しかしすかさずコルベールは言い返した。
「このまま君を行かせたら、君は戦いの最中に無理をした果てに倒れるのが目に見えている。君はまだ若い。この先君にはつかむべき未来があるはずだ。人の事よりも自分を大事にしてほしい」
『自分を大切にしてよ!』
テファのいつぞやの言葉が脳裏に蘇った。
コルベールはきっと自分の身を案じてくれているのだろう。これまでウルトラマンである自分を狙ってきた者たちのように、悪意を持って装備品を取り上げていたわけじゃないのはわかった。彼の様子から、彼自身がかなり自分に鞭を打っていることを察した。
だが、今のシュウからすれば…はた迷惑にしか思えなかった。
「…それが、どうした?」
これまで、近しい人たちを散々苦しめ…その果てに最愛同然の少女を死なせてしまったシュウにとって、自分の身を案じてもらうのはありがたくても避けたかった。自分と親しくなっていく者ほど、傷ついていく。そして最悪、死という災厄がその人に降りかかる。その災いが、あの異国の地で行った実験エリアで起きた紛争の悲劇のように、やがてウイルスのように蔓延していくのがたまらなく嫌だった。
「俺がどうなろうと、あなたには関係のないことだ。いい加減に返せ!」
だから、テファにしたように、敢えて突き放すような言い方をしてでも放ってもらわなければならない。彼はそう考えていた。しかし、テファがそうだったようにコルベールも簡単に引き下がろうとしなかった。
「考えを改めないというのなら、君の装備品を返すわけにいかない。君は自分を労わることを覚えた方がいい」
「ッ!!」
「これらは全部預からせてもらう。これ以上君が自分に鞭を打とうとする姿は見るに堪えられない…」
シュウは唇を噛みしめた。これでは、アスカの安否を確かめることも、あのメンヌヴィルという男と戦うことさえもできない。こんなところで悠長にしている時間が1秒でも惜しいというのに。
戦うことさえも許そうともしないなんて…俺はこんなところで暇を持て余している暇なんてないんだぞ!こうしている間に、俺を助けてくれたアスカがどうなっているのか、そして今ティファニアたちが無事かどうかも分からないままだ。ストーンフリューゲルを呼び出し、回復に専念することも、ここから出ることもできない。
一刻も早くこの魔法学院を出なければならないのに…。
なにより、自分をいたわるだと?そんな資格が俺にあるわけがない。あれだけのことをした俺が…!
『シュウ…ごめん…ね…』
かつて対ビースト兵器の開発者だった頃に経験した、あの地獄と…その後に経験した、炎に包まれる病院で大切な少女を亡くした悲劇の夜が脳裏によぎっていた。
それ以降、シュウはコルベールによって療養をほぼ無理やりの形で受けることになった。
魔法学院の地下で、突然発生した空間の歪みからシュウが飛び出てきたときは驚いたが、それよりも問題だったのは、彼は負傷しているにもかかわらず無理をしてでも魔法学院を出ようとした。そんな体で出ては行き倒れになると思ったコルベールは、彼が大事に持っていたエボルトラスターなどの装備品をすべて、強引だと思いはしたが取り上げてしまった。
見ていられなかった。
先日、休暇の帰省から学院に戻ってくるはずの生徒たちの大半が、ボーグ星人とゴドラ星人、そしてケムール人による誘拐事件に巻き込まれてしまい、内数名が殺されてしまう事件。そのせいで猛烈なトラウマを覚え、未だに魔法学院から実家に引き返してしまった生徒が幾人も出た。何とか魔法学院に来た生徒たちの顔にも、これまでの怪獣災害のせいもあって、どこか恐怖の色がある。
しかし風の噂では、王宮は魔法学院の男子生徒にも徴兵令をかけるかもしれないと。王室の命令だから、学院の一教師でしかないコルベールが言ったところで止まる話じゃないが、これ以上若者たちが危険な目に合うのを見ていられなかった。
それは、この学院の生徒じゃないシュウに対しても同じで、傷だらけの体を押してでもどこかへ行こうとした彼が、何かに追い詰められているように見えて、さらに彼はサイトの知り合いだとも聞くし、目を閉ざせなかった。
「…すまない」
コルベールは、シュウを残した自分の研究室の小屋を、遠くから見つめながら謝罪の言葉を述べた。さて次の授業がある。
まだ残っている生徒たちにも伝えなければ。『戦争の愚かさ』を。
しかし、コルベールの思いとは真逆の出来事が起こる。
その出来事から少しの日を置いてから、キュルケとタバサがガリア王家の任務から戻り、そしてアニエスの率いる銃士隊も来訪した。
要件は学院にいる生徒たちに非常時に備えた戦闘訓練と、魔法学院の地下に隠されているという秘密図書館の閲覧である。
彼女らは銃士隊を率いてコルベールの授業に乱入し、アニエスは学院に残っていた生徒たちに向けて呼びかけた。
「授業中止だ!全員校庭に出ろ」
「いきなり何をするのだね、アニエス君!」
いきなり授業の中止というやり方に横暴さを覚えたコルベールは憤慨してアニエスに怒鳴った。
「コルベール、まだ悠長に授業などをしているのか」
「当然だ。戦いの恐ろしさと愚かさを伝えなければならないのが、我々の役目だ」
「…現実からそれほど目を逸らしたいのか?以前も言ったと思うが、この学院は二度も襲撃を受けたのだぞ?」
「しかし!」
「私は女王陛下から任を賜っている。私に逆らうということは女王陛下に逆らうということになる」
抗議を入れようとするコルベールに、アニエスは貴族ならだれもが息を詰まらせる言葉を口にする。コルベールもぐ…と息を詰まらせたが、それでも生徒たちの命を考え、反論しようとした。
「そうね。あなたの言うとおりだわ」
だがすぐに、キュルケが座席を立った。同時に、隣に座っていたタバサも同じように起立する。
「ミスタ。あなた…サイトがタルブ村で言った言葉をお忘れみたいね。戦う術を身につければ、少なくとも何もできない状態からの脱却が可能なはずですわ。それさえもさせないで呑気に授業なんてやってられませんわ」
「ミス・ツェルプストー…君は戦争の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのだ!」
「知っていますわ。十分に。これまで私はウルトラマンと怪獣の戦いの場に立っていたことがありますもの。命の危険の数なんてもう数える気にもなりませんわ」
「たまたま生き残った程度でそのようなことを…いいかね、君はただ運が…!」
「いい加減に黙れ!この臆病者が!」
しびれを切らしたアニエスが、引き抜いた剣をコルベールの喉元に突きつけ、彼を黙らせた。
「以前までなら、生徒の身の安全を考える男だと思っていたが…自分が怖いだけなのだろう?コルベールよ」
「…その通りだ。私は恐ろしいのだ。自分も、生徒も、血まみれになって死ぬ姿を想像するだけでも恐ろしい…」
「だが、戦う術を身に着けなければ、いずれ現れる怪獣や異星人といった脅威に抵抗することもできない。大切な生徒が万が一の生き残る可能性さえ封じる気か」
さらに喉元に剣先を近づけるアニエス。もはや有無を言わせる気配もなかった。彼女は生徒たちに視線を傾け、全員に呼び掛けた。
「生徒諸君、貴君らは以前、侵略目的の異星人に誘拐された者もいるだろう。その時思ったはずだ。この不届きな輩に一矢報いたいと。
なら我々銃士隊がその技術を基礎から叩き込んでやろう。これは陛下の貴君らを思うお心遣いからくるものだ。無様に死にたくないと思う者はついてこい!」
アニエスの言葉に、男女問わず、生徒たちはぞろぞろと教室を後にしていく。
「き、君たち待ちなさい!まだ授業は……」
往生際が悪いと思われてでも、コルベールは生徒たちを引き留めようとしたが、誰一人立ち止まらなかった。それどころか、キュルケをはじめとして多くの生徒たちはコルベールを、去り際に軽蔑した眼差しで見ていた。特に火のメイジは、コルベールに対して同じ火のメイジとして恥ずかしいと思えてならなかった。
結局コルベールは、最後まで教室に取り残されてしまった。
このままでは生徒たちが、レコンキスタたちとの戦いでまた苦しむ羽目になる。
そう思った彼の脳裏に、一つの…忘れたくても忘れられない記憶が蘇る。
炎に包まれた、どこかの村の景色。
多くの人たちがうねる炎の中に消えて、命を散らして行った…悪夢の記憶。
同じように、炎に包まれた景色の記憶を、思い出していた者がいた。
銃士隊の隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランである。
アニエスら銃士隊による学院の生徒たちへの戦闘訓練は、コルベールの教室から出た後ですぐに開始された。中には魔法の訓練を申し出た者もいたが、すぐにアニエスに杖を奪われて動きを封じられてしまう。敵は詠唱の隙を与えない、杖を奪われたら最期などという状況を防ぐためにも、まずは魔法に頼らない戦闘方法を教導することになった。
アニエスは彼らを見ながら、炎に消えていく自身の故郷、ダングルテールの景色を思い出す。リッシュモンの金銭目的の薄汚い企みのせいで滅ぼされた自分の村。その仇を討つためにこれまで生き続けてきた。だが、仇の一人であるリッシュモンは、同じく彼に憎しみを抱いていたウェザリーによって殺害されてしまい、アニエスは仇討ちの機会を逃してしまう。だが…アニエスの復讐はまだ終わっていない。
『実行犯』がまだ残っている。直接手を下した犯人をこの手で見つけ出すための情報を得るために、この魔法学院の地下に眠っているという『秘密公文書館』の資料を閲覧する必要がある。閲覧許可証もアンリエッタにもらった。
今度こそ…村と共に消えてしまった両親や友達、村人たちの仇を討ってみせる。アニエスは強く誓った。
「すすすすすいません!私ったらなんてはしたない勘違いを…!」
そして現在。
まさかサイトと見間違えるとは、正直かなり恥ずかしかった。サイトを驚かせてやろうと、彼からプレゼントされたセーラー服に着替えたシエスタは、サイトと間違えられてしまったシュウに謝った。今シュウはホーク3号の傍らで、工具を手に修理作業に入ろうとしている。
「別に良い」
淡々とした口調でシュウはシエスタに言った。
まるで興味も持たれてないような彼の態度に、シエスタは居心地の悪さを感じた。サイトとは本当に違う。サイトは笑顔で気さくに話しかけてくるのに、彼はなんだか冷たい印象を与えた。
「あ、あの……あなたは、サイトさんのお知り合いの方ですか?」
「……まあな」
「ええっと、その……」
話しておいてこれといった話題が見つからない。この男はサイトよりもかなり話しづらい。……そうだ、サイトのことを聞いてみよう。
「あの、あなたは……サイトさんとはどのような関係ですか?」
……自分で聞いておいてなんだが、まるで血色の換わった関係じゃないのかと問い詰めてるような言い方だ。不快に思われてないか不安を抱く。
「……最近知り合ったばかりだ」
振り返ってきたシュウはただ一言、そう答えた。
あぁ……やっぱりなんか苦手だ、この人。容姿に関してはサイトよりも整っているが、性格的にシエスタは彼を受け付けられそうになかった。しかもサイトのことにほとんど触れてこない。
だが、もう一つ気になることを発見した。
「ところで、どうして竜の羽衣に……?」
自分の曾祖父であるフルハシの形見であるウルトラホーク3号を、なぜ見ず知らずの彼が触れているのかを尋ねた。
「ここの教師の一人に、見てもらいたいと頼まれた。介抱してもらった恩もある。だからこいつの破損箇所を見ているんだ」
「介抱って……お怪我でもなされたんですか?」
「そんなところだ。最も、介抱なんて無理にされなくてもいいはずなんだが」
シュウはため息混じりに言った。この時の彼は、本調子には届いていないものの、コルベールに拾われた直後よりも十分に回復していると言えた。できればすぐに装備品を返してもらい、この魔法学院を出てアスカやティファニアたちの状態を確認しに行きたいのだが、まだ返してもらっていないため、出るに出られなかった。
仕方ないので、返してもらうまでの間、シュウはコルベールから聞いていたホーク3号の修理作業を進んでやることにした。元々ナイトレイダーの基本装備の開発に携わっていたためか、その時のメカニックとしての血が騒いだというべきか、ホーク3号にも興味を惹かれたのも理由である。タルブ村の戦いでこの機体が撃墜されたのを見た時、どうしても蘇らせたいと考えたほどだ。
コルベールに装備品を取られた際の不満は、機械いじりをしている内に多少なりとも収まりがついていたが、アスカやティファニアたちのことを考えると、どうしても焦りを感じてしまう。そして結局今は彼らの安否を確かめることもできないことを思い知らされ、結局このホーク3号に目を向けるしかなくなる。やはり返してもらうように言っておかなければ。
そのコルベールが、数冊ほどの教材を魔法で浮かせながらシュウとシエスタの元にやって来た。
「み、ミスタ・コルベール!」
予期せぬコルベールの来訪に、シエスタが急にかしこまると、コルベールは気さくに笑う。
貴族と平民の間にある溝と差別意識、格差から生じてしまった常識が、たとえ平民が相手でも対等に接するコルベールが相手でもシエスタについ、徹底した礼儀を強いさせるのだ。
「シエスタ君、なにもそこまでかしこまることはないよ。……む、その水兵服は何かね?」
シエスタの今の格好が、普段のメイド服じゃないことに気づいたコルベールが彼女に尋ねた。
「あ、これはその…サイトさんからプレゼントされたんです…シエスタになら似合うだろうって」
そう言ってシエスタは軽く回ってみた。サイトが見ていたら、綺麗に靡くスカートと見え隠れしている彼女の綺麗な太ももを見て、感涙していたかもしれない。そして同時に、シュウはそんなサイトを冷ややかな目で見ていたことが予想される。ぶっちゃけた話、彼はシエスタのセーラー服姿に興味を微塵も抱かなかった。
(戦争の服を楽しんで着るとは…)
戦争そのものに対して強い嫌悪感のようなものを持つコルベールは、あのサイトがその類の服を着せたということに懐疑的な思いを募らせたが、いや…と、たった今自分が抱いた考えを払った。サイトは戦争を楽しむような少年ではない。ただ純粋に彼女にあの水兵服が似合うから着せただけなのだろう。
「…ところで、クロサキ君。傷の具合はもう平気なのかい?」
コルベールは、今度はシュウの方に向き直って彼に体調を尋ねる。
「ええ、もう十分動けます。介抱してくれたことに感謝します。…ですから、そろそろ私の持ってきたものを返していただけませんか?」
シュウはコルベールに、取り上げられた装備品の返却を求める。
「返す?」
シュウがコルベールに対して妙に穏やかじゃないことを口にしてきて、シエスタはいったい何のことだろうと首を傾げた。すると、穏やかな雰囲気を漂わせていた笑みから一転して、コルベールは神妙な顔つきでシュウを見た。
「…君はまだ回復しているようには見えない。君が意識を失っていた頃に医者に診てもらったが、完全に健康な状態となるにはもうしばらくかかる」
「…その時が来れば、返していただけるんですね?」
「…ああ、約束しよう」
睨むような視線を向けるシュウに対し、口ではそのように言ったコルベールだが、彼の顔を見て本心からそれを約束することはできなかった。
「ふぅ…」
「…どうしたんですかミスタ・コルベール?妙に意気消沈しているようですけど…」
テンションが低く見られるコルベール。シエスタは何があったのかを尋ねてみる。
「いや、途中で授業を中止させられてしまってね。生徒たちもあの通りだ」
コルベールが指をさすと、銃士隊と学院の生徒たちが広場に集められていた。先っぽを布で覆った棒を力のない腕で、槍のように何度も突出す訓練をしている。
「あの人たちは、女王陛下が新設した平民の女性の部隊の方でしたよね。」
「あぁ、その通りだ。アニエス君たち銃士隊の人たちが、生徒たちに戦闘訓練を施すように陛下から命じられて派遣されたのだよ。おかげで授業が中止にされてしまった」
コルベールとしては、戦う術をあのような若者たちが会得していくのは心苦しかった。アニエスの主張した理屈もわかるし、かつてタルブ村がレコンキスタに攻め入られた時にサイトが主張した指摘もわかるのだが…どうしても…『思い出してしまう』景色がよぎり、彼らもまたそのビジョンの通りの運命をたどるのでは?そんな不安がよぎってしまうのだ。
(…ダメだな、あれは)
一方で、シュウはため息を漏らした。生徒たちの動きは、まるで部活に入りたての新人部員のようにぎこちなかった。訓練活動で出さなければならない声も小さすぎる。まだ最初の方だから許容範囲内だが、この状態がずっと続くと指導者たちから雷を落とされるだろう。特に女子は酷く、同じ女性である銃士隊の面々からみれば、育った環境のせいもあるとはいえ、情けなく見えているかもしれない。
地球にいた頃、自分もナイトレイダーとしての訓練を受ける際、副隊長である凪や、銃器の指導をしてくれた詩織からもよく扱かれたのを思い出した。ちゃんと真面目にやっても、すぐに思うところを見つけては手厳しく指摘を入れてきたものだ。そのおかげで今の自分がいるのだが。
…まぁ、自分には関係のないことだ。装備品を取り上げられたままテファたちの元へ帰ることもできないので、シュウはとりあえず、ホーク3号の破損個所を再確認する。
「コルベール先生、魔法で思い通りに鉄を作ることは可能ですか?」
急に話を切り替えられ、コルベールは少し驚きながらも、シュウに対して返答した。
「え、ああ…可能だが、メイジの腕次第だよ。魔法に興味があるのかい?」
「まぁ、そうですね。ただ、この機体を再び飛ばすには、あれらの箇所を修復する必要があります。内部は私の腕でもなんとかなるかもしれませんが、なくなった個所を補填するには、あの部分を埋めるものが必要だ」
そう言ってシュウは、ホーク3号の外装の破損個所を指差す。以前サイトがタルブ村でレコンキスタや奴らの使役する怪獣たちに立ち向かうためにフライトさせた際、ジャンバードのビーム攻撃による被弾箇所が痛々しく残っている。まずは被弾箇所の内部の部品を修繕しなければならない。船体表面は、そのあとで丈夫な鉄板をとりあえず張るのがいいだろう。魔法でならちょうどいい鉄同士を作れるだろうか?もしそうなら地下水を手放していない方がよかったかもしれない。
「それなら、私が可能な限り確保しよう」
「いいんですか?」
意外とすんなり要求を聞き入れてくれたことにシュウは目を丸くした。
「こう見えて私はトライアングルクラスだからね。もし私の魔法でだめなら、私の費用で素材の確保をするつもりだ。この竜の羽衣はサイト君のためのものであるが、魔法研究者としても、この機体は興味深い」
ホーク3号を見つめながら、コルベールは理由を明かした。さらに彼は話を続ける。
「たいていの貴族は魔法を武器と考えているが、私はそうは思えない。他にも可能性があると考えている。この竜の羽衣がそうであるように、私はそれを見つけたいのだ」
シュウは、コルベールを見て、不思議な感覚を覚えた。なんとなくだが、この男とは何か、発明において通じるような気がする。
「ところでクロサキ君。君は、私が君の装備品を取り上げた理由はわかるかな?」
「……?」
話を切り替えてきたコルベールに対し、シュウは一度首を傾げた。理由そのものはわかる。おそらく傷の回復ができていない自分を見て、無理を押しての行動を封じるためだろうと。けど今その話を持ちかけてきた理由についてはすぐに理解とはいかなかった。
「君はサイト君やハルナ君と同じ世界からきた者だ。君たちは見たところ、ミス・ヴァリエールたちとのほとんど年も変わらないはずだ。君にも未来という可能性がある。
これほど精巧な乗り物を、こうして修理作業ができるほどの腕を君は持っている。無理をするあまり、それを潰してほしくないのだよ」
「…」
いい人だ、と思った。他者をいたわれる人なのだろう。だが…
「…俺には、無理だ」
顔に影を作り、シュウは呟いた。
「……」
そのように言葉を切り捨ててきたシュウに、コルベールは残念そうな表情を浮かべた。まだ彼も若く、サイトがそうであるように、この世界において貴重な技術を持っている。若者とは可能性の塊なのだ。それを無碍にすることはとてももったいない。自分が望む未来を、自由に描くことができるはずなのに………シュウはそれを頑なに拒絶しているように見えた。
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