| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

提督はBarにいる。

作者:ごません
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

出撃・礼号作戦!~まるで遠足終わりのバスのように~

 今何時だろうか。船室に備え付けられた時計を見ると午前2時。この時間は普段だと営業時間中だ、起きていて不思議ではないのだが、横須賀からの帰りの船旅の途中だ、寝ていた方が楽なのは間違いない。

『夜風にでも当たって来るか……。』

 そう考えながら、俺は歩き出した。一度倒した相手を倒すのは、さほど難しい事ではなかった。何度かは道中の姫級に大破させられる者が出たりしたが、出撃回数が10を超える前には『巣』を消滅させて深海へと堕ちたZaraを回収・救助する事が出来た。

 かかった燃料や弾薬、修理用の鋼材やボーキサイトといった資材の諸々は大本営……つまりはジィさんの払いという所で決着が着いた。結果としては目的は果たしたのだから万々歳だろう。そこで帰りの手段の話になり、今はこうして護衛艦の上だ。それも、横須賀の艦娘の護衛つき。最初はウチの奴等に交替でさせようかという話だったのだか、頑として譲られなかった。

 最初は来た時と同じく飛行艇で帰ろうと思っていたが、人数が30人近い大所帯になってしまっていたので却下。なら民間機で、と思ったがマスコミに捕まる恐れがあるからとこれもNG。艦娘が近海で大規模戦闘した、なんてのは国民の不安を煽るだけだ。公式的にも「無かった事」にした方が都合がいい。てなワケで帰りはのんびりと船旅と相成った。




 甲板に上がると流石に海上だ、南に向かっているとはいえ風が冷たく感じる。胸ポケットから煙草を取りだし、火を点けてふかす。俺の吸っている銘柄は海外産の煙草で、バニラやチョコ、チェリーといったフレーバーが付いている。タールの量も多いのだが、こればかりは止められん。

「ガキでも出来れば止めるかも知れんがな。」

 独り言のようにそう呟いて、くつくつと喉を鳴らして笑う。大分疲れが溜まっているらしい、こんな弱気な思考に陥るとは。

 転落防止の柵にもたれながら、今回の騒動に思いを馳せる。クルツの奴は遅れてやって来たが、アイオワの主砲という手土産は大きかった。実際、長門に積み込んで運用したが大和型の46cm砲に威力と対空性能は劣るものの、命中率の面では完全に上だ。そのお陰か、昼の砲撃戦の中で何度か長門が姫級を仕留めていた。データの引き渡しを条件に、引き続きウチで試験運用することになった。

 試験運用と言えば、Zaraの問題もあったか。彼女はそのまま帝国海軍に預けられる予定だったが、今回のゴタゴタでそれが引き延ばしになるかもしれない、との事だ。珍しいケースである為にメディカルチェックと調査が行われた後、量産体勢が整った後に、(言い方は悪いが)コピーマスターである彼女は本人の希望で着任する鎮守府を決める見通しらしい。……何と無くだが、ウチに回ってきそうで怖い。深海棲艦と化していた時の艤装も回収できたらしてほしいとの要望だったが、流石にその余裕は無かった。




 元帥のジィさんも明日から大忙しだろう。何せあのタイミングでの深海棲艦の奇襲、そしてそれを援護した某国の戦闘機。協力関係にない国家と気脈を通じている輩が上層部にいる、という事だ。膿は絞り出してしまわなければならない。

「その内視察に窺わせて貰う」

 と言っていたが、大方飯と酒目当てだろう、どうぞお帰りくださいと言ってやりたい。まぁ、大忙しなのは俺もだが。

 船では後2~3日の道程だという。鎮守府に着いたらいつもの如くの大宴会、そしてあっという間にホワイトデーだ。チョコをもらっていない奴にも、不公平にならないように全員に渡しているから大変だ、今から材料を仕入れて作っていかないととても間に合わない。それに、今回はちょっとした趣向を用意してあるからな、その準備も進めないといかん。仕事の事よりも菓子作りに気を割いているのだから笑えてくる。……まぁ、艦娘のメンタルケアも仕事の一環と捉えればこれも仕事か。作るのは苦じゃねぇし、それなりに楽しくやるさ。

 空を見上げれば満天の星空。普段は騒がしい位の奴等が乗っているのに、今日は静寂に包まれている。

旗艦の重責を果たした長門も、

久しぶりの出撃で疲れたであろう陸奥達も、

最終決戦で空母棲姫を撃沈した鳥海も、

礼号作戦から出ずっぱりの嫁艦達も、

時雨や夕立、後から合流したメンバーも、

観艦式に出席した隼鷹達も。

 皆、今宵ばかりはいい笑顔で夢の中だろう。苦しいながらも楽しかった戦闘の記憶を思い出しながら、まるで遠足の帰りのバスの中のように。

「……って、それじゃあ俺は引率の先公かよw」

 再び独り言のように呟いて、また苦笑してしまった。あんな一癖も二癖もある連中を纏める先公だとしたら、ストレスで毛根がマッハだったろうな。そう思いながら更に笑う。

 少し笑ったら気も紛れた。俺も笑顔で夢の中に行けそうだ。そう思って火を点けた3本目の煙草を吸い終えると、船室に戻った。道程はまだ、長い。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧