機動戦士ガンダム0091宇宙の念
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宇宙編
月決戦編
第40話 宵闇2
「報告は?」
ガデットの重く低い声がブリッジの真ん中から発せられる。
「ありません、ミノフスキー濃度が高いようで…」
予想通りの返事を聞き、艦長席に座り直す。
「シャドウハウンド隊…」
不意に口から漏れた言葉。
22分前の定時報告がないまま、今に至っている。月面から離れた座標に位置するグワンバンは、収容した機体の整備に追われていた。
「整備長、出せる機体ありますか?」
「フーバー?まさか出撃するつもりか⁉︎」
「グラン大尉達が戻ってないんです。MSパイロットとして、一刻も無駄には出来ない。今は戦いの最中なんだ」
作戦が始まってから約2日。
戦線は膠着したままだ。
物量で劣るグラフィー軍にとって、長期戦は敗色濃厚だった。
「お前さっきあのボロボロのバウで戻ったばかりだろ⁉︎無理は禁物だ」
「無理なんかしてません。出させてください」
「…」
強い眼差しで見られた整備長が尻込む。
「…ついてこい」
MSデッキの片隅。
半ば放置され戦力外となり傷ついたMSの中、一機だけ状態良く保存された機体があった。
「これは…」
ベース機体の面影を色濃く残したフェイス、ボディ。
唯一目を引く大きな肩部バインダーがそのフォルムと存在感を形成している。
「MS–14j、リゲルグ。元々練習機だったのをグラン大尉用に改修したもんだ。こいつが今一番まともな状態だな。ゲルググベースのこいつなら、扱いやすいはずだ。」
「グラン大尉の…」
グラン大尉は既に出撃してから20時間近くが経過している。…無論アイラも。
それは二人の身に何かあったことを証明しており、戦場におけるその何かとは…
フーバーは考えるのをやめた。
「あとどのくらいで出せます?」
「あっちのお前のゲルググからパーツ取りをして、実践仕上げをするには…2時間半あれば」
「わかりました。お願いします」
無機質に声を掛けると、その場を後にしたフーバー。
「変わっちまったよ…いや、変えられちまったのか。…お前らぁ‼︎2時間半で仕上げるぞぉ‼︎整備班の意地だ‼︎」
整備班の怒号すらも、フーバーの耳には届いていなかった。
無重力を漂いながら、フーバーの心もまた宙を流れていた。
ふらふらとした体をなんとか保ち、キャットウォークを進む。一度は引いていた疲れが体に重くのしかかる。
「ふぅ…」
少しずつくっきりとしてくる現実。
戦場の中でぼやけていた輪郭が、段々と自分のなかでも見えてくるのがわかった。
が、それを考えるのはやめた。
二人はきっと戻ってくる。
死ぬわけない。
そう念じつつ、キャットウォークの手すりを蹴り上げて自室に戻った。
「発艦準備完了、オールクリア」
オペレーターの声と共に、ゆっくりとロックの解除されたゲートが開く。
「このフィンドラの設備では、完全な修復は難しいな」
潰された二機のインコムの内、復活したのは一つ。
整備が難しいドーベンウルフだが、量産機ともあってパーツの共有はある程度融通が利く。
しかしインコムはドーベンウルフ専用の武装なので、予備パーツは少ない。
「お前ら準備できてるな」
無重力を漂うチューブドリンク型宇宙食を後ろへと押しやり、ヘルメットを引っ張り出す。
「はい」
「できてます」
後ろの二機のドライセンが接触回線で応答する。
「少佐、フィンドラは座標を固定。この宙域にとどまります。定時報告と補給は怠らないように」
ジゼルの無機質な声に、やきもきしながらグレイブスはヘルメットのバイザーを上げた。
「わーってるよ。誰に言ってんだアホ。さ、いくぜ。全機、出撃」
カタパルトから射出され、即座にバーニアを点火した。
三機のスラスター光が飛び出し、編隊を維持し飛び立っていく。
「これで…終わらせる…」
ドーベンウルフが巨躯を唸らせながら、鈍いモノアイの眼光を宵闇に刻みつけた。
「戦いを…止める…!」
奔流と宇宙の念が捻じれあい、相容れない感情の渦が月を巻き込んでいく。
後書き
次回に続きます。
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