ローゼンリッター回想録 ~血塗られた薔薇と青春~
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第11章 フェザーンへ 後編 ①
宇宙歴793 9月1日 フェザーン ホテル・シャングリラ
私はタキシードを着用しフェザーン方面航路局勤務2等管制官アンドリュー・シュムーデとしてパーティー会場へ入る
私の隣にいる水色の上品なワンピースのドレスを着た女性は同じくフェザーン方面航路局勤務3等事務官カレン・ピットことヘレン・メイヤー中尉
そこで開かれたパーティーはいわゆる政治系のものでありターゲットであるマースト・フルシチョフもそこにいた
ヘレン中尉が傍受した通信ではここに帝国軍情報将校が来るはずであった
しかし、向こうも巧妙に偽装しているはずであり終始目を離すことができなかった。
ホテルの外から入ってくる客を監視する狙撃チームのアドラー・ハインケル少尉とグレン・マインズ軍曹は向かいにあるデパートの倉庫から招待者一人ひとりの顔を写真に収め情報収集を行ていた。
この政治系のパーティーには同盟・帝国双方の政府官僚・政治家・国家公務員・軍人が招待される。
私たちはフェザーン方面航路局長に出された招待の代理として出席している。
パーティー会場にはケン・マシューズ曹長とマイク・マディソン軍曹がそれぞれ代理出席という形で入っている
ターゲットは5m先でフェザーン自治政府内務局長ヨーマン・ネガポトフと話している。
フルシチョフの持っている携帯端末はハッキング済みだ
なので、話はそのまま小型イヤフォンを通して聞こえた。
話している内容は娘が反抗期だの、収入がああだのどうでもよい話であった。
しかし、もしフルシチョフが凄腕の工作員であった場合はその話は交渉内容である可能性が高かったので聞き漏らすことはできなかった。
隣にいたヘレン中尉が話しかけてくる。
内容は普通の内容であるがこうでもしないと周りから怪しまれてしょうがないのだ
私自身、ニコールと話すときと軍で話す以外は女性とあまり話さないためなかなかにこういう時に困る。
ヘレン中尉からはあらかじめ
「男女ペアになってたらある程度話してないほうがおかしいわ」
とくぎを刺されていたので、話すように努めてはいた。
パーティー開始から20分が過ぎても動きがなかった
その間カレンをエスコートしながら同盟の官僚やフェザーンの高官と会話をしていた。
しかし、常にターゲットは可視範囲の5m以内に収める
持っていたシャンパンを飲もうとしたとき、グラスがゆがんだ気がした
はっ
と思って後ろを振り向くと白髪に近い灰色の髪をした若い男性が立っていた。
顔は一見人当たりのよさそうな、でもよく目を見てみると皮肉そうな顔立ちの美形であった。
彼は私とカレンに一礼するとまっすぐフルシチョフのほうに足を向ける。
私は奴が…
と思ったと同時に、ただならぬ殺気を覚えた
あの殺気は明らかに普通の人間が発するものとは違った
私はさっきからノイズになりかけていたフルシチョフの会話に耳を傾ける。
さっきの男性がフルシチョフに話しかける
会話内容からするとどうやらあの男性にとってフルシチョフは恩師らしい
しかし、会話の一つ一つが何かおかしかった
漠然と感じたことだったが会話が地味に成り立っていない
不自然な会話を聞きながら5分が過ぎようとした時だった
フルシチョフが発した言葉に私は体が硬直しそうになった
それは「市場介入」であった
市場介入は別に政府が経済に介入することであるが、かつての資料の中でこいつが「同盟に対する越境攻撃」を示したことがあったのだ。
ほかにも「越境攻撃」を示す単語はいくらでもあったが、よくよくフルシチョフの発言とさっきの男性との会話をつなげると…
最初は「貿易会社の株価暴落」から始まりある貿易会社の買収では「同盟は出せて3億」に対し、「帝国は7億」で行けるなど。そして、「自治政府の市場介入」と話が進んでいった。
つまり、最初の部分で「株価」の話、すなわち経済の話で同盟経済の不況状態を話したのだろう。その状態では同盟の迎撃艦隊は送ることができて3個艦隊というところまで会話内容から察するに奴らは分析している。
と解釈できないこともない。
明らかに途中の文章がかみ合わないのだ。
経済的にも、政治的にもだ。
事実、同盟経済は悲惨なほどの不況に陥っていた。
主たる原因は地方の経済不振、ついこの間のエル・ファシル奪還作戦そして、今なお続く掃討作戦に兵力と資金を対帝国軍戦並みにつぎ込んでいた。
そうしたこともあり、全体的な資金不足もあり出兵は遠征は当然のこと迎撃だって厳しい目で見られていた。
もし、帝国軍が遠征軍として7個艦隊以上派兵した場合、同盟軍は短期に撃破されるだろう。
しかし、フェザーンは同盟・帝国双方に資金提供することで生きているようなものだった。
であるがゆえに、同盟消滅はまずいんじゃないかと思った。
だが、フルシチョフはさらに加える
「ペンタゴンズは粘るでしょうから…」
ペンタゴンズ
こいつはシャンプールのアメリカンフットボールチーム:シャンプール・ペンタゴンズの名前だが、今は右翼的すぎることからシャンプール・ヴァイキングと名前を改めている。
つまり、このペンタゴンズは自由惑星同盟のことである。
自由惑星同盟旗の中央には金色の五角形がある。
そこから由来しているのはほぼ間違いない。
つまり、自由惑星同盟がぎりぎりのところまで粘っているところで一進一退の侵攻作戦を繰り広げる銀河帝国軍を部分的にフェザーンは支援することにしているのだろう。
それに対して例の男性は
「それはちょっと困りますな。最終的にはペンタゴンズを完敗させることが目的ですから。」
帝国としては同盟の完全占領をもくろむ
そのためにはフェザーンの支援は当然最後の最後まで必要になる。
その後の内容は一進一退であったが、別れ際にフルシチョフが「手土産に」と言って紙袋を渡した。
パーティーはお開きになったが、私はすぐさま外で待機していたケン・マシューズ曹長とマイク・マディソン軍曹にその男性の追跡を命令した。
私はその時は完全に思い込みすぎだと考えていたが、会話内容の全文と一連の内容を上官のアレックス・シン少佐に報告したところ、少佐はすぐに例の男性を帝国軍情報将校と断定し、第2ターゲットとして追跡を命じた。
私とヘレン中尉は私の官舎で狙撃チームが集めた顔写真情報と通信傍受班が得た膨大な通信記録、そしてその晩に記録したフルシチョフと会話した人物の特定・会話内容の分析、特に帝国軍情報将校と思われる男との会話分析と奴の特定を行った。
私の官舎で行ったのはもし、奴が我々の存在に気付いたとしても反撃できるようにするためであり、情報を一か所に置いておいて緊急時にすべてを処分できるようにするためだ。
とりあえずではあるが、その日収集された情報はすでに中央情報局の情報データベースに記録されている。
フルシチョフはそのパーティーの中で34名の人物と会話をしていた。
その分布は広範で、政治界・経済界・官僚界・貿易界・軍事などであった。
同盟、フェザーン、帝国の面会者の所属比率は同盟が多く、帝国、フェザーンと続く
内容も、家庭的なことから賄賂関連、国家機密級のものまでり、バラエティには事欠かなかった。
隣からヘレン中尉が
「ねえ、エーリッヒ
こいつ見て」
と言ってPCの画像をてきた。
その画面には色白の目つきの悪い帝国軍の青年将校が写っていた。
私は自分の記憶を全力で巻き戻す。
そう、そいつは帝国軍フェザーン駐在主席武官のハンス・ディートリッヒ大佐の護衛将校として立っていた長身の明らかに陰湿そうな士官としてその場にいた。
彼の名前はパウル・フォン・オーベルシュタイン
当時、階級は少佐
ヘレン中尉が見せてきた理由は彼が同盟軍の帝国軍駐在武官データーベースに載っていたからではあったが、軍人ゆえに要注意人物であることには間違いなかった。
そういうのも含めて会話内容や出自などから監視対象の絞り込みを終えた。
それを終えたのは午前4時で心身ともにへとへとだった。
そういったこともあり、2時間ほど深すぎる眠りに落ちた
いつも通りに6時きっかりに目が覚める。
キッチンで何かを焼いている音がした。
見上げるとヘレン中尉が朝食を作っていた。
彼女とは2時間交代で作業にあたっていたが、私の順番で作業が完了してしまい、それを言う間もなく私は眠りに落ちてしまった。
私が目を覚ますと、中尉が紅茶を渡してくれた。
無言で受け取ると、ヘレン中尉は
「ありがとうはないんだ」
と面倒なことをにやにやしながら言ってきた。
私はぼやけた口調で礼を言うと
「まったく。相変わらずね」
と微笑みながら、キッチンへ向かっていった
シャワーに入るために床から立ち上がる
この時ほど、頭がフラフラになったことはなかった。
そして、ヘレン中尉が作った朝食を食べて、中尉と一緒にアレックス・シン少佐との待ち合わせ場所へ向かう。
その日は日曜日で当然公務員は半分が休養日となる。
私はラフな私服を着て、ヘレン中尉も官舎に戻って私服に着替えてきた。
待ち合わせ場所は、バー・メルセン
昼間なのに大勢の飲んだくれであふれているが店自体の雰囲気が出ているバーだった。
少佐はスポーツがえりの社会人みたいな恰好をして待っていた。
私は
「ついこのいだ借りていた、本をお返しいたします。」
と言って本を渡した。
その本の中はくりぬかれており、その中に昨日の情報分析内容が入っているメモリーチップがある。
その後はたわいもない話をして時間を過ごし、解散となった。
その日から続けて12回のターゲット追跡を行ったが、例の帝国軍情報将校は姿を現すことがなかった。
奴はあのパーティーののちケン・マシューズ曹長とマイク・マディソン軍曹の追跡に気付いていたのかはわからないが、うまく逃げ切られてしまった。
追跡が振り切られるときは、気づかれてしまったときと、向こうが常に追跡されないような行動をとっているときの2つである。
そういったこともあり、状況は膠着した。
しかし、作戦開始から1か月後の宇宙歴793年 10月5日 状況は動いた
同盟軍フェザーン駐在武官事務所とフェザーン方面航路局のデータベースにあったイゼルローン回廊とフェザーン回廊同盟側軍事航路図がハッキング攻撃にさらされ一部が抜き取られる事件が発生。
これに対し、同盟軍中央情報局から派遣されていたフェザーン駐留サイバー分遣隊が逆探知をかけて攻撃発生からわずか5分以内に発信地点を特定。
同じく特殊作戦コマンドから派遣されていた第199特殊作戦分遣隊が発信地点のアパートを強襲し4名を射殺し、5名を拘束した。
当然のことながらフェザーンで軍事活動を行うのは協定違反である。
しかし、フェザーンは「金」がいくらでもあればありとあらゆることのもみ消し、でっち上げは何でもできる国であった。
当然あの時もその手に頼ったのだろう。
当時、同盟軍フェザーン駐在武官事務所は私の上申した情報分析のこともあり、空気がピリピリしていた。
私は拘束された5名の尋問に立ち会うために彼らが拘束されている同盟系貿易会社が占めるビルの地下階に向かった。
先に射殺された遺体を検分するが、どの遺体も正確に額をぶち抜かれていたが、レーザー弾のおかげで損傷はひどくなく顔の判別には苦労しなかった。
しかし、その中にはこれまでのターゲットと面会した相手はいなかった。
身分証では全員フェザーン出身の雇われハッカー集団だったようだ。
その後、生存者の尋問が行われている部屋に入る。
私は1人1人話を聞いて回ったがこれまた全員ただの雇われハッカー集団と思われた。
しかし、最後のやつが
「あともう1人いたんだ。」
と私が部屋を出るときに口走った。
わたしはすぐさま引き返して、事情を説明させた。
そのコンスタンチン・シュマウザーという男は一気にしゃべり始めた。
彼らは元フェザーン自治政府内務局の電子捜査課と呼ばれるハッカー集団の職員だった。
しかし、その課長が内務局長政務担当補佐官と「ある政策」で対立した。
その課長はそれから3日後に強盗に襲われて死亡した。
彼が死に際で看取った部下に口走った言葉が
「介入に注意しろ」
だった。
その後、電子捜査課の人事が一掃され彼らは解雇されたところを「ある集団」に雇われた。
ブレジネフなどもそうであるが彼らは商業人的考え方をするので裏切り・策謀はあって当然と考えるが「契約」に関しては非常に厳格である。
ことに「契約」時に「実名」を出させるのはその象徴といえよう。
当然彼らは「ある集団」に対しても「実名」を欲求した。
その代表者の名前を聞いたとき私は立ちくらみを覚えた
「マースト・フォン・シュナイダー」
こんなところにも兄さんが…
そしてもう一人の代表者の名前は「アントン・フェルナー」なる若い、灰色の髪をした若者であったという。
私は思いつきであのパーティーのときの帝国軍情報将校と思われる男性の写真を見せたら、シュマウザーはすぐさま
「こいつだ!」
と叫んだ。
彼らたちフェザーン人は先述の通り商業人的考えをする。
それゆえ「契約」内容は決してもらすことがない。
しかし、彼はほぼ無償でそれを漏らしている。私は疑問に思い彼に質問すると、フェザーン人らしい回答が返ってきた
フェザーン人は「契約」するまでには謀略・策略はいくらでもするが「双方の信用」のもとに成り立つ「契約」後は絶対に裏切らないし、見捨てないそうだ。(しかし、実際のフェザーンの政治界ではそうでもなかったが、少なからず「商業人」たちはそういう考えをしていた)
しかし、このアントン・フェルナーなる人物は同盟軍が踏み込んでくる5分前ほどにはすでに姿をくらましていた。
つまり、フェルナー氏は彼らをスケープ・ゴートに仕立てたわけだ。
そして、彼らの仲間が死んだ。
彼が言うには
「俺は仲間を殺したあんたらも恨むが、
フェザーン人の信念を踏みにじった帝国はもっと許さん」
と。
それ以上は黙秘を貫き通した。
兄のことといい、フェザーン人のことといい考えさせられることが多すぎた。
しかし、もたもたしてられなかった。
シン少佐と協議して、シュマウザーの言った「ある計画」が「越境攻撃」につながるかどうかの真相を確かめるべくこちらもかなり大がかりな攻撃を仕掛けることとなった。
その作戦自体かなり卑劣かつ残虐なものであったが同盟の宿命を背負っている以上やり通さなくてはいけなかった。
フェザーン赴任以降まともに寝れていないのもあったが、慣れない作戦にかなり疲弊していた。
これは今でも思うことだが、擲弾装甲兵とトマホークで戦うのと、帝国軍情報将校集団と謀略で戦うのをどちらか選べと言われたら迷うことなく私は前者を選択するだろう。
やはり私はペテン師ではなく戦士でしかなりえなかった。
それでも、作戦決行の時間の針は確実に進んでいた。
宇宙歴793年 10月7日のことである。
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