提督はBarにいる。
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甘い幸せ。
「提督、何してるの?」
お菓子作りを教えると言った翌日、陸奥がやって来て放った第一声だ。それもそのはず、執務室はいつものカウンターバーではなく、部屋の中央に作業台を備えた部屋になっており、さながら料理教室のようになっていた。
「秋祭りあっただろ?あの時料理を教えろって押し掛けられてな。いつものカウンターじゃ教えきれないから急拵えだが妖精さんに作ってもらったのよ。」
言うなれば執務室ver.4と言った所か。
「まぁいいわ。それで、今日は何を作るのかしら先生?」
「おいおい、何だよその先生ってのは。」
陸奥が悪戯っぽく笑いながら、
「だって、お料理のしかた、教えてくれるんでしょ?だから、セ・ン・セ・イ♪」
の
なんて前屈みで顔の間近で言われた日には、大概の男はコロッといってしまうだろう。
「へいへい、まぁ呼び方は好きにしろよ。」
俺は平気だけど。陸奥は何だかつまらなそうにしながら、頬を膨らませている。
「それで?本当に何を作るのかしら?」
「今日陸奥に作り方を教えるのは……キャラメルだ。」
「キャラメル?キャラメルって、あの茶色くて甘~い?」
「そうだ、それも昔北海道の一大ブランドになった花〇牧場の生キャラメルと同じレシピだ。」
読者諸兄は知っている方も多いだろう、あの一大ブームを起こした〇畑牧場の生キャラメル、何を隠そう製造元がレシピを公開している。恐らくは素材で勝負しているという自信の表れなのだろうが、消費者としては有り難く使わせてもらっている。
《作ってみよう!あの生キャラメル》
●材料
・牛乳:600ml
・生クリーム(動物性):300ml
・ハチミツ:50g
・グラニュー糖:200g
・バニラビーンズ:1/2本
「それで?この材料をどうするの?」
「それを……全部これに入れるんだ。」
俺が取り出したのは大きな銅鍋。無ければ、熱伝導の高い鍋でもOKだ。
「これを火にかけて焦げないようにかき混ぜて行くんだが……湯気で熱くなるからヘラを持つ手に鍋掴みや手袋を用意したほうがいいぞ。」
「提督、私艦娘よ?熱いの位へっちゃらよ。」
「あ、それもそうか。なら、そのまま点火してくれ。」
さぁて、キャラメル作りはここからが大変なんだ。
最初は強火で加熱し、鍋の中身が泡だらけになるまでゆっくりとかき混ぜながら加熱していく。
「鍋の縁に付いたのも落とすんだぞ?焦がしたら苦味やえぐみが出るからな?」
次第にかき混ぜて行くと吹き零れそうな位に沸騰してくる。それでもなおかき混ぜるのを止めずにかき混ぜる。どうしても無理、ってなった時は一旦火は弱火にしても良い。だが、吹き零れそうな状態が収まったら再び強火にする。それを繰り返していくと、次第に液の色が白➡クリーム色➡茶色へと徐々に変化していく。
「提督、これをどのくらい続けるの?」
「ん~とな、30~40分は混ぜ続けろ。」
「え?」
「だから、焦がさないように手を止めずに30~40分混ぜ続けろ。」
明らかに陸奥の目からハイライトが消えた。間違いない。それでも手を休める事はしない。嗚呼、美しきかな姉妹愛。それじゃあ俺も、自分用のハロウィーンの菓子を作らせてもらおうか。
俺が準備したのは様々なジュースにゼラチン、レモン汁にグラニュー糖、そしてポイントとなる食材X。今から作る物をバラしてしまうと、グミだ。それも、HARIBOやコーラアップのような弾力があって噛み応えのある、所謂ハードタイプのグミだ。普通の果汁グミ位の固さのグミならば、ゼラチンの量を増やしてやれば意外と簡単に作れる。しかし、ゼラチンオンリーだとあのハードタイプグミの弾力が出ない。そこで加える食材Xというのが……水飴だ。
ではここに、簡単なレシピを書き出して行こうと思う。
・ジュース:200ml
・ゼラチン:10g
・レモン汁:少々
・水飴:大さじ1~2
・グラニュー糖:適量(市販のジュースには要らんが、100%ジュース等には足した方がいい)
陸奥がガスを使っているから、こちらは文明の利器を使うとしようか。耐熱ボウルにジュースとレモン汁、ゼラチンを入れて1分くらいチンする。ゼラチンが溶けていなければ、追加で30秒ほどチン。
ゼラチンが溶けていたら、水飴を追加して更に30秒ほどチン。水飴とゼラチンが溶けて混じりあっていたらOKだ。このあと型に流し込むんだが、ここで少し注意点がある。型は変型しても良いシリコン製がオススメだ。そうしないと、型にグミがへばりついて取れなくなる。シリコン以外の型を使うときは、型に流し込む前に型にサラダ油を塗っておくといいぞ。
型に流し込んだら後は冷蔵庫に入れて冷やすだけだ。
「て、提督……出来たわよ。」
おぉ、ナイスタイミング。こっちも今終わったトコだ。どれどれ……うんうん、いい色と香り。このままパンに付けたりポップコーンに絡めたりでも美味いんだが、やはり今回はオーソドックスに行こう。バットに流し込んで表面を均し、こちらも冷蔵庫に入れて冷やす。固まったら取り出して、適当なサイズに切れば完成だ。さてと、これでハロウィーンの準備はOKだな。
そしてハロウィーン当日。
「トリックオアトリート!」
鎮守府内に駆逐艦達の元気な声が響き渡る。
「へいへい、ハッピーハロウィーンと。」
執務室に押し掛けて来やがった駆逐艦達の持ってるカゴに、バラバラとグミを入れてやる。
「わぁい、ありがとうです!」
「司令官さまぁ、巻雲にも下さい!」
魔女の格好をした巻雲に、ゾンビの格好をした高波か。中々よく出来ている。しかし、何で巻雲の袖はまた長いんだよ。
「夕雲姉さんに作ってもらったらこうなりました!」
あっ……(察し)。まぁ、気にせずやろう。
「そういや、長門と陸奥の部屋は行ったか?」
「ふぇ?まだですけど?」
「今年は陸奥が手作りキャラメル作ってたぞ?」
「キャラメル!?」
途端に表情が変わる巻雲と高波。何を隠そう、夕雲型は皆キャラメルに目がないのだ。
「行くよ高波!キャラメルはいただきで~すっ!」
「あ、待って欲しいかも……ですっ!」
騒々しい奴等め。と、また誰か来たらしい。扉がノックされている。
「ハイハイ、どちらさ……ん?」
下を見ると、そこにはハイヒールと黒タイツしか見えない。駆逐艦じゃねぇ。じゃあ一体誰だ?視線を上に向けると、そこには……
「ヘイテートクぅ、トリックオアトリックでーす!」
そこには小悪魔コスプレをした金剛が。露出が大胆すぎて目のやり場に困るんだが。てか、今とんでもない事言ってたよこの嫁艦筆頭。
「おい待て、トリックオアトリックじゃ、選択肢1つじゃ……‼」
「フッフッフ、この時を待っていたネー……。」
ガチャリと、金剛が扉の内鍵を閉める。
「ここでキセイジジツをmakeすれば、私がテートクのwife確定ですネー。」
ジュルリと、深紅のリップを塗った唇を嘗める金剛。その目はまさに、獲物を狙う野獣の目。流石に女に逆レ〇プは勘弁だ。俺は咄嗟に、『DANGER』と書かれたボタンを拳で叩いた。その瞬間、
「wasshoi‼」
との掛け声と共に、窓ガラスを叩き割って赤黒いニンジャ装束を纏った人影が飛び込んできた!
「アイエエエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
途端に金剛=サンは失神!泡を吹いて床に倒れてしまった。
「あーあ、つまんないの。折角気合い入れて仮装したのに。」
そのメンポを外すと、現れたのは川内。ウチの鎮守府の警備の一切を取り仕切っている艦娘だ。今日はハロウィーンだからと、気合いを入れてニンジャスレイヤーのコスプレだったらしい。
「大丈夫?提督。怪我はない?」
「あぁ大丈夫だ、悪かったな。」
「いいよいいよ、仕事だもん。」
じゃあね、と言って川内は割れた窓から再び出ていった。ふぅ、と俺は一息吐き出すと、金剛の身体に毛布を掛けてやる。
「ったく、襲わないで普通に来いっての。そうすりゃ俺だって……。」
俺はそれ以上、言葉を繋ぐのを止めた。もしかしたら金剛が起きてるかも知れんしな。こんな独白、聞かれたら切腹物だ。
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