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提督はBarにいる。

作者:ごません
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華は強く、美しく


 あの騒がしかった秋祭りからはや一週間。我が鎮守府はいつもの忙しさと騒がしさを取り戻していた。出撃・遠征・演習・執務に工廠での開発任務と、日々の仕事はこなしていた。勿論、ウチの店も繁盛していた。毎晩誰かしらがやって来ていたし、収支も黒字。全くもって順調だ。

 その日も午後9時を回り、そろそろ一人目の客が来るだろうかと思案していた所、まるで図ったかのようなタイミングでコンコン、とノックされた。

「失礼します。」

 おっとりとしているようで、凛としたその声で俺は誰が入ってきたのか直ぐに察した。

「なんだ、ノックなんかしなくても入ってくりゃいいのに。」

「いえ。あくまで上司と部下ですから、その位置付けはハッキリさせておかないと。」

 そう言いながら静かにドアを閉めた彼女の姿は、いつもの制服姿ではなく浴衣姿。いつも付けている鉢金も、この姿の時は流石にしていないようだ。代わりに緑の大きなリボンでその長髪を纏めている。

「相変わらずお堅いねぇ、神通は。疲れない?」

 そう言うと神通はクスリと笑い、

「流石に冗談ですよ。今日は私もオフですから♪」

 と、俺をからかっていた事を白状した。くそう、普段のお堅い雰囲気だったからすっかり騙された。やるようになったな、神通め。



 だが、着任当初は四六時中張り詰めていて、端から見ていて危なっかしい事この上なかった。まぁ、姉と妹がアレだから自分がしっかりしようと頑張りすぎていたんだろうが。漸くこうやって女の子らしい無邪気な笑顔を見せてくれるようになったのは、川内型の三姉妹全員の第二改装が終わった辺りからだ。

 裾をたくしあげて神通が席に着くと、フワリとシャンプーの香りが漂ってきた。どうやら風呂上がりでそのまま此方に来たらしく、まだ少し熱っぽいのか頬が紅潮してうっすらと汗ばんでいる。髪もしっとり艶やかで、なんともまぁ、大和撫子ってのはこういう事をいうんだな。……ハッキリ言って、色気が堪らん。エロい。

「今日は姉妹の世話は良いのか?」

 と俺が冗談めかして聞くと、

「姉さんは今晩は夜間哨戒に出てますし、那珂ちゃんは長距離遠征任務中ですから。今日はお休みなんです。……というか、予定は提督が組んでいるんじゃないですか。」

 神通がちょっとムッとしながらそう答える。ありゃ、そうだったか?ぶっちゃけ遠征の人員とかは俺が寝ている午前中に大淀とその日の秘書艦があーでもないこーでもないと話し合って決めているし、間違いなんてほぼ起こらないからおざなりに判を押している所がある。いやはや、部下が優秀すぎるってのも困り物である。

「あぁ、そうだったな。でも珍しいな、神通がこんな遅くに風呂なんて。」

 俺の記憶違いでなければ、綺麗好きの神通は非番の日は早くに入浴を済ませ、夕食を食べるか晩酌をしにウチか鳳翔さんの店にやってくるのだが。

「今日は久々に自分の為に鍛練してたんです。それに熱が入り過ぎてしまって……。」

 神通は恥ずかしそうに俯いた。神通は我が鎮守府の中では最高錬度の軽巡だ。その面倒見の良さも相俟ってか、よく駆逐艦娘達の訓練の教官を務めてくれている。しかも昔取った杵柄という奴か、かなりのスパルタらしい。まぁ、『華の二水戦』旗艦を勤めた事もある艦の生まれ変わりだ。全く違和感は無い。

 『華の二水戦』とは、旧大日本帝国海軍の誇る「第二水雷戦隊」の事で、ヤクザ映画に例えると、戦艦や重巡がいる「第一戦隊」を親分衆とすればその周りを固めるボディーガード的な役割を果たすのが「一水戦」……第一水雷戦隊であり、二水戦はその花道の障害物(ゴミ)を掃除する謂わば斬り込み役、悪く言えば鉄砲玉だ。
 そんな部隊の性質上、超武闘派揃いである二水戦の旗艦の中でも特に有名なのが、この神通なのだ。そんな艦の生まれ変わりのせいかとても戦闘にストイックで、他者に厳しく、自分にもっと厳しい。だが、そのストイックな姿勢が駆逐艦や戦艦達からも信頼を得ている彼女の良いところだ。



「……で、何か摘まむかい?」

「そうですねぇ…では、日本酒のオススメを冷やで。後は、何か簡単に摘まめる物を。」

 ふむ。冷やで美味い酒か。

「辛口と甘口、どっちがいい?」

「実は、ある娘と待ち合わせしてるんです。その娘はあまり日本酒は飲んだ事が無いので、スッキリと飲みやすい、甘口をお願いします。」

 日本酒をあまり飲んだ事が無いのか。……駆逐艦か?となると、あまり切れの良すぎる甘口ではキツいか。何かあったかな……。あ、そう言えばと俺はハッと思い出し、酒棚の奥の方から純白の箱を取り出した。

「提督、それは?」

「同期の奴からの貰い物だったんだがな。あまりに口当たりが軽すぎるんで、ちと俺の口には合わなくてな。」

 そう言って取り出した一升瓶の中身は驚くほどに透明で、まるでミネラルウォーターのような見た目。

「上善水如(じょうぜんみずのごとし)。名前の通り、限り無く水に近いような、雪融け水のような軽い口当たりの純米吟醸だ。」

 まずは味見してみろ、とガラス製の小さなグラスに注ぐ。俺も久々に飲むからな、味を思い出す為にも飲むか。神通も始めて飲むからか、恐る恐る口を付け、チビリと口に流し込んだ。すると、神通の目が大きく丸く開かれる。

「美味しい……‼本当に水を飲んでるみたいです…。」

 うむ、確かに名前に偽り無し、って感じの味だよな。どこまでも透き通った味で日本酒独特のツンとした香りや、日本酒嫌いの人が言う苦味は全く感じない。寧ろ、甘酒以上の強い甘味と仄かな米の香りが引き立ち、日本酒の良い香りだけを付けた甘い水を飲んでるような感覚だ。

「う~ん、美味いには美味いんだがなぁ。やっぱ俺は日本酒の個性がガツンと来る酒の方がいいなぁ。」

 そんな感想を述べていると、廊下の法からバタバタと騒がしい足音が。どうやら、「待ち合わせの娘」がやって来たらしい。

「お……お待たせした…っぽい……。」

 やれやれ、様子を見る限り風呂上がりで全力ダッシュしてきたらしい。軽く逆上せて、伸びてしまった。

「大丈夫かぁ?夕立ぃ。」

 ぽ、ぽいぃ~~……、とどうにか返事をした彼女は、神通と同じく浴衣姿で床にへばってしまった。オイオイ、これから一杯やろうって時に大丈夫か? 
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