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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十七話 体調が悪くても無理をしなくちゃならない時があるのです。その2

その頃――。

この戦場を迂回してカストロプ星系本星付近に到達したキルヒアイスは早くも工作艦を使役して指向性ゼッフル粒子を発生させて、例のアルテミスの首飾りを壊そうと準備していた。幸い周囲には敵影は一切ない。皆総力を上げて迎撃作戦に従事していたのだ。
「点火!!」
片腕を振り下ろしたキルヒアイスの号令一下、放たれた主砲が引火し、導火線のごとくシュウシュウと蛇のようにのたうち回った火はあっという間にアルテミスの首飾りをぶっ壊してしまったのである。
カストロプ星に降下して首魁を捕えろ、というキルヒアイスの命令は直ちに揚陸部隊10万人に下された。200隻の艦に護衛された揚陸部隊は一斉に降下を開始し、次々とカストロプ本星に降り立ったのである。




* * * * *
2時間後――。
カストロプ公爵を捕縛したという知らせは、いったん艦隊を再編成して追尾し再び敵艦隊と交戦中のラインハルトのもとにもたらされた。
「そうか、キルヒアイスがやったか。」
ラインハルトはかすかな、だが満足そうな意志を秘めた瞳をもって報告に来たアリシアにうなずきかけた。カストロプ星系攻略はこれでなったが、問題はそれをもってこの「天王山」の戦いを終結せしめることはできないということだ。何しろ敵にはまだ統制秩序を保っている宇宙艦隊8万隻がいるのである。
「敵は依然として秩序を保ち、統制を持ったまま相対しております。わが軍の優勢は変わりませんが、このまま戦局が推移すると思わぬところから死角を突かれる危険性もあります。」
アリシアが報告した。
「いかがいたしますか?精強な予備兵力を投入して敵を全面崩壊に至らしめる糸口をつくるか、このまま戦闘を推移させて敵に出血を強いることで消耗戦に持ち込むかですが。」
参謀長として赴任してきているレイン・フェリル少将が尋ねる。彼女はイルーナ艦隊所属であったが、参謀役がいないことを心配したイルーナがレイン・フェリルを再びラインハルトの下に差し向けたのだった。なお、レイン・フェリルは赴任当時准将であったが、ラインハルト艦隊の参謀長に移ることで階級を少将に昇格していたのである。
「全面攻勢に出る。キルヒアイスがカストロプ本星を陥落させたことは、ほどなくして敵に知れ渡るだろう。背後を扼された敵はそれほど頑強な抵抗を示さぬものだ。自らの背中を撃たれる危険に戦々恐々としているだろうからな。」
「はい。」
ラインハルトは立ち上がった。彼は全軍に対して迷うことなく指令を下したのである。
「全艦隊、全面攻勢に転ぜよ!!」
各戦線の各艦隊はこの指令を聞くと、待っていたとばかりに攻勢を倍加させた。



* * * * *
4日後――。
リッテンハイム星系に侵攻しているブラウンシュヴァイク公爵及びミュッケンベルガー元帥の下に、カストロプ星系での戦闘詳報は逐一届けられていた。
「あの孺子が戦端を開いてから、今日で5日目か。にもかかわらずまだ敵を突き崩せぬとは。フン、口ほどにもありませんな、叔父上。」
フレーゲル男爵がさげすんだ調子で感想を漏らした。ラインハルトは初戦こそ敵に一撃を加えることに成功したが、その後は頑強な敵の抵抗にぶつかって思わぬところで苦戦を強いられていたのである。
「大兵力同士の戦いです。1日で勝敗が決まるというのがむしろ珍しい事例だと思っていただいた方がよろしい。」
「おや、ミュッケンベルガー元帥閣下におかれましては、あの孺子を擁護なさるつもりですかな?」
「そのようなことではない。私は全軍を預かる身だ。あの孺子一人にかかずりあっている暇も、その意志もありはしない。だが、あの孺子の下には有能な将兵が多く配属されておる。むろん、フレーゲル男爵、卿のような貴族も多数な。」
ミュッケンベルガー元帥の言わんとするところを読み取ったフレーゲル男爵は、一瞬歯を食いしばったが、何も言わなかった。ラインハルト軍を非難することは、そこに麾下として加わっているヒルデスハイム伯爵ら貴族連中を非難することにもなるからだ。
「もうよい。あの孺子のことなら放っておけ。負けぬ戦いをしておればそれでよい。こちらの本隊同士の決戦が終了すれば、それで勝敗は決するのだ。なんのカストロプ星系の敵ごとき、儂が余勢をかって討ち滅ぼしてくれる。」
ブラウンシュヴァイク公爵の後半の言葉はともかくとして、前半は正しいものだった。リッテンハイム侯爵が破れれば、この戦いは一応の終止符が打たれるのだ。
「それよりもまずはリッテンハイムめを討ち滅ぼす方が先決だ。ミュッケンベルガー元帥、すでに策はできておるか?」
「無論の事です。」
ブラウンシュヴァイク公爵とミュッケンベルガー元帥は他の将官と主だった貴族と共にブラウンシュヴァイク公の旗艦ベルリンにて会議を行っていた。ブラウンシュヴァイク公爵側の兵力はおよそ20万隻。対するリッテンハイム侯爵側の兵力はおよそ10万隻。バイエルン候エーバルトを増援に出したとはいえ、その後付近の星系に属する地方貴族の巡航艦隊やはては海賊連合までをも強引に麾下に引き入れてその質はともかく艦艇・兵数だけは拡充していたのだった。
リッテンハイム星系は美しい緑色の淡い銀河をバックにした広大な宙域であり、アステロイド帯も異様な恒星磁場も一切ない。質の高い安全宙域こそが貴族の領地として最もふさわしいという基準からすると、まさに理想の宙域と言えた。(むろんバーベッヒ侯爵のシャンタウ星域のように例外も多数あるが。)
それはまた、大艦隊どうしがぶつかり合う宙域として充分なスペースを確保できていることも意味している。
「我々は数に置いて圧倒的に有利です。したがって小細工をかけず、まずは正面から平押しに押していきます。が、むろんこれだけではありません。頃合いを見計らって迂回した別働部隊2艦隊を後方、側面から攻撃させ、3方向から一気に押し出して殲滅するのです。」
おお、というどよめきが起こった。ミュッケンベルガー元帥の立てた作戦は単純明快だが、これには裏があった。貴族連中が多数参加しているこの戦いでは複雑な戦法はかえってマイナスの効果しかもたらさない。複雑な艦隊運動を貴族連中の私設艦隊に求めても、できないだろう。
ミュッケンベルガー元帥は別働部隊の指揮官にシュタインホフ上級大将とエーレンベルク上級大将を当てた。この作戦が成功すれば二人を元帥に昇格させて帝国軍三長官にしてしまおうという意味合いも含まれている。
ミュッケンベルガー元帥の立てた作戦にしたがって、艦列を整え、補給を受け次第攻勢を開始することが会議で決定された。作戦が決定すると、後はお決まりのパターンとなる。すなわち、貴族連中に不可欠な物、酒宴・パーティーである。戦場に出てきているとはいっても、とりわけ貴族連中の艦の内装、調度は豪華である。特に大貴族の長であるブラウンシュヴァイク公爵の旗艦ベルリンに至っては「動く宮廷」とも評されるほど内装は豪華絢爛であった。数百人を要してのパーティーを催すことなど何でもない事なのである。
「では、その前祝いとして酒を開け、前途を祝すことにしようではないか。」
というブラウンシュヴァイク公爵の提案に賛同した一同は、ベルリン内に設けられた酒宴の席へ移動することとなったのだった。ミュッケンベルガー元帥と主だった軍人はひそかに舌打ちを禁じ得なかったし、元帥自身やんわりとその旨をブラウンシュヴァイク公爵に話したのだが、聞き入れられなかった。重ねて進言してもよかったが、ブラウンシュヴァイク公爵の機嫌を損ねるわけにもいかず、やむなく席を同じくすることとしたのだった。



* * * * *
帝都オーディン――。
グリンメルスハウゼン子爵邸に一台の車が到着した。中から降り立ったのはエステル・フォン・グリンメルスハウゼンである。祖父であるグリンメルスハウゼン子爵の容体がここの所思わしくなかったので、心配したフィオーナが出征前にアレーナ・フォン・ランディールの下に彼女を残したのだった。
その音を聞きつけたのか、出てきた青い長い髪を伸ばした女性が中から出てきた。
「お姉様・・・・。」
アレーナ・フォン・ランディールだった。いつもの飄々とした雰囲気が一切なく、硬い顔をしている。軍務で忙しいエステルに代わって、アレーナがグリンメルスハウゼン子爵邸に赴いて、看病をしたり話し相手になっていたのである。
エステルはアレーナの顔を一目見て、その裏にあるものを読み取った。
「おじいさまは・・・お悪いのですか?」
アレーナはそれには答えず、ただ「間に合ってよかったわ。」と言っただけだった。エステルは何かにつかれたように急ぎ足で邸内に入っていった。見慣れた玄関ロビー正面の分厚い絨毯が敷かれた階段を上がり、2階左手の一番突当りのドアを開ける。と、薬の匂いと暖炉の火のはぜる匂い、そして病気特有の気の滅入るようなにおいと空気がいっしょくたにエステルの鼻孔を襲った。
「おじいさま。参りました。」
エステルが声をかけると、かすかにせき込む声がした。奥に進んだエステルはグリンメルスハウゼン子爵の病臥している部屋に入った。
「おじいさま・・・!!」
エステルは胸に手を当てた。先日会った時とは明らかに様相が違っている。顔は黒ずんで、生気を失い、今にもしぼんで消えてしまいそうだった。ベッドの敷布の上に置かれている手も黒ずんで水分を失ってカサカサしている。枯れ木、朽ち木。エステルの脳裏にそう言った単語が無意識のうちにうかんできた。
「おぉ・・・。エステルか。」
グリンメルスハウゼン子爵爺様は孫娘の声を聴いてその瞼を薄く開いた。
「どうやらヴァルハラに旅立つ時が来たようじゃ。今まで世話になったのう。」
「そんな一方的な。」
アレーナ・フォン・ランディールが後ろからやってきてグリンメルスハウゼン子爵爺様に話しかけた。
「おじいさまにはまだまだ現役で活躍してもらわなくてはならないんですよ。おじいさまの構築なさった情報網はどうなりますか?それにうちのマインホフおじいさまや皇帝陛下が寂しがります。いわずもがなエステルだってそうですよ。」
グリンメルスハウゼン子爵は弱々しいながらもあのいつもの笑い声をあげた。
「するとアレーナよ、儂の代わりにヴァルハラに赴いて寿命を数年延ばしてくれるようにかけあってくれるのかの?」
「う、それは・・・・。」
アレーナは言葉に詰まった。死を目の前にしている老人を前にして論破もできず、本気で困り果てているようにエステルには見えた。
「そうじゃろう。人には人の寿命、命数があるのじゃよ。それと向き合わず悪戯に延命を求めるのはまさしく大神オーディンに対する冒涜となろうでな。」
このグリンメルスハウゼン子爵爺様がそのようなことを本気で信じているとはアレーナ、エステルには思えなかった。そういうことによって「自分はやることはやった。もう悪戯に延命をせんでくれ。」と言っているような気がしたのだ。そう思った二人の中には悲しみというよりも、このままグリンメルスハウゼン子爵爺様を滞りなくヴァルハラに送り届けることが大事なのだと思う義務感が芽生え始めていた。
「皇帝陛下やフリードリッヒのことはもうよいのじゃ。儂から既に別れを言うておるでな。」
グリンメルスハウゼン子爵爺様はすべてを話したというように目を閉じかけたが、
「エステルよ。」
エステルは枕元にひざまずいた。
「はい、おじいさま・・。」
「お前には済まぬことをしたのう。普通の貴族令嬢として平穏な家庭を持たせたかったのじゃが、これから先はそのような事が逆に不幸を呼ぶでな。」
エステルははっとなった。今グリンメルスハウゼン子爵爺様がおっしゃったことはアレーナが以前言ったことと同じことだったからだ。おじいさまとアレーナお姉様は(わたくし)のことを案じて女性士官学校に進ませたのかしら、こうなることをわかっていらっしゃったのかしら、とエステルは思っていた。
「アレーナ。」
アレーナはエステルの肩に手を置いた。
「色々と世話になったのう。そのついでにどうかエステルの行く末を見守ってやってほしいのじゃ。」
「もちろんですよ。おじいさまには世話になりっぱなしでしたもの。その恩返し、できなかった分の何倍も、エステルにさせてください。」
アレーナ・フォン・ランディールがきっぱりと誓う姿を、グリンメルスハウゼン子爵は瞼を閉じた後も残像として脳裏に焼き付けていた。
「二人とも下がってよいぞ。儂は少し眠るでなぁ。」
一瞬二人はためらう様子が目をつむったグリンメルスハウゼン子爵にはわかった。だが、そっと立ち上がる気配と衣擦れの音、そして静かにドアを閉ざす音がして、老子爵は狭いひっそりとした自室に一人残された。
目を閉じたグリンメルスハウゼン子爵の脳裏には夢とも回想ともつかぬ色とりどりの映像の切れ端が流れ始めていた。70余年生き続けてきたグリンメルスハウゼン子爵には既に忘れ去っていた事、忘れようとした事、反対に思い出したくても思い出せなかった事、様々な思い出があったのだが、その一つ一つに触れることができていた。初めて学校に上がった時の事、初めて若いころの皇帝陛下やマインホフ元帥と出会ったこと、その2人との数々の放蕩。借金取りに皇帝陛下と間違えられ頭から泥の中に叩き込まれたこと、放蕩が過ぎて父親から勘当を言い渡されそうになったこと、軍人となって慣れないながらも軍務省などに努めたこと、始めて戦場に出た時の事、結婚をし最初の子供を授かった時の事、妻が死に、息子が戦死した時の事、孫であるエステルが家に初めてやってきたときの事、そして――。
あのアレーナ・フォン・ランディールと初めて対面した時の事をグリンメルスハウゼン子爵は思い出していた。この帝国の行く末をアレーナがどうするかはグリンメルスハウゼン子爵にはわからなかった。だが、良かれ悪しかれ彼女が望んだ生が全うされ、願わくばエステルともどもこの動乱を生き抜いて宇宙を駆けて行ってほしいと願ったのだった。
忘我の境地に沈みこんで、広大な夢の海に浸っていたグリンメルスハウゼン子爵は不意にさらに意識が重くなるのを感じた。
(さらばじゃ、エステル、アレーナ。お主たちとお主たちが支えようとする者の大望をヴァルハラで見守っておるでな。大神オーディンよ・・・・。今おそばに参りまする・・・・。)

グリンメルスハウゼン子爵が息を引き取ったのは、帝国歴486年の10月24日午後1時34分の事だった。
 
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