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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆ラストバトル
  第六十六話 共闘

 
前書き
あの人が覚醒します。 

 
 戦いは過酷を極めた。攻略組の実に2/3が床に倒れ伏している。戦闘中のメンバーも、ラスボス討伐に十分な装備とレベルを備えていながらも、仲間を狙う攻撃を必死でしのぐだけで、決して攻撃には出られていなかった。一度は立ち上がっても、再び絶望が心を覆い、倒れ伏すメンバーもいる。自殺した者と殺された者を合わせて、すでに死亡者は10人を超えていた。
 現在攻撃に回っているのは、マルバとシリカ、シノンの三名だけだ。月夜の黒猫団はかろうじて死亡者を出していないが、テツオが心神喪失状態で瀕死、アイリアはササマルに自殺を邪魔されて麻痺攻撃を受け、床に倒れ伏している。サチとササマルはそんな二人を狙う攻撃をいなすのに精いっぱいの状態である。イワンは防御態勢を取る力はあるようだが、手が震えていて攻撃する余裕はなさそうだ。ミドリとストレアはほかのプレイヤーの被弾を抑えようとするあまり、自分自身へのダメージを抑えることができず、HPはとっくに残り半分を切っている。キリトは初撃をまともに食らってHPゲージを赤く染めて床に倒れ伏し、アスナはキリトをかばって防戦中であった。
 こんな有様でまともなボス戦が行われるはずはなく、変身後二十分が経過したというのに、ボスのHPは未だにほとんど減っていなかった。

 そして、ずっと防戦をしていたプレイヤー達の均衡が、ついに破れるときがきた。遠距離攻撃のシノンがヘイトを集めすぎたのだ。おぞましい触手がミドリの盾をすり抜け、軽装のシノンに襲い掛かった。シノンは避けようと身体をひねったが、自らに近づく、その見るに堪えない触手を前に吐き気がこみ上げ、反応が一瞬遅れてしまった。バランスを崩し、倒れかける。すでにHPゲージが半分ほどに減ったシノンが強攻撃をまともに食らって生き残れないことは誰が見ても明白だった。
 しかし、ありえない速さでシノンと触手の攻撃の間に割り込んだものがいた。触手によってすくい上げられた彼女は、空中で二回斬攻撃を受けると、地面に叩きつけられた。
 ミドリの目の前で、最期の一瞬に、彼女は微笑んだ。
「みんなを守って……」
 目を閉じる時間さえ与えられずに、ストレアはミドリに見つめられながら息をひきとった。ストレアの身体が淡く発光するポリゴン片へと還り、世界に溶けていく。


 マルバはこの絶望的な戦いを前に、どうしても疑問に思わずにいられないことがあった。

 ――これは本当に、茅場晶彦の描いたゲームなのか。

 マルバにはとてもそうは思えなかった。今まで、いかに理不尽であっても、彼は既存のMMORPGという枠組みの中で戦っていたのだ。RPGというのはアバターとそのHPを攻撃しあうものであり、このようなプレイヤー本人への攻撃を行うものではないはずだった。
 だからこそ、彼はどこかでこの死闘を見物しているであろう茅場晶彦に対して、文句を叫ばずにはいられなかったのだ。

「茅場晶彦! これがお前の望んだ結末なのか!! プレイヤーすべての今までの努力を、ゲーム経験を欺き、ルールの枠組みから外れた方法でプレイヤーを殺すなら、これはゲームじゃなくてただの殺戮だ!! なんか言ったらどうだ、茅場ーー!!!」

 マルバの叫びは石造りの空間にこだまし、プレイヤーたちの剣戟の音にかき消されていった――かのように思われたが。
 マルバたちのすぐ近くに、システムアラートを現す赤いウィンドウが音もなく開いたことに、彼は気づかなかった。

「……いかにも。これは私の望んだ結末では、ない……ッ!」

 絞り出されるような低声。ノイズの乗った声が次第に鮮明になる。それと同時に、赤い鎧に身を包んだアバターが、ポリゴンの欠片を引きずりながらどこからともなく出現した。赤いシステムアラートが彼の周りを取り囲んでいる。彼がうるさそうに手で払うと、アラートは瞬時に消え失せた。

「茅場晶彦……!」
「茅場だ……」
「ヒースクリフ……まさか……」
 一瞬、戦闘中のプレイヤーの動きが止まる。ヒースクリフがエネミーとして現れたのか、プレイヤーとして現れたのか、区別ができなかったのだ。
 ヒースクリフは状況を一瞥するまでもなく、剣を抜きながら、流れるような一撃をボスに打ち込んだ。

「私はこんな結末を望んでいない! このようなゲームに対する裏切りを、私は許さない!! 頼む、きみたちの力を貸してくれ給え!! こいつを……殺す、ためにッ!!」

 どんなに理不尽なシステムを課そうとも、今まであくまでもSAOをゲームとして見ていた茅場が「殺す」という単語を用いただけで、その場のプレイヤーはこのボスモンスターが茅場によって設計されたものではないことを知った。決して彼自身を信用することも、仲間として見ることもできなかったが、少なくとも敵の敵として利害関係が一致していることは確かだった。
 動くことができるプレイヤーは、ヒースクリフとミドリを先頭にして即座に隊列を再編成した。ヒースクリフの神聖剣の一撃を食らってノックバックしたボスから、倒れ伏すプレイヤーを守るように立つ。

「このような場で、再びきみと戦う時が来るとはな」と、ヒースクリフは言った。
「……お前とは会いたくなかった」と、ミドリは返した。彼の頬に、涙が伝っている。

 二人が短く言葉を交わすと、すでに戦場はプレイヤー側の優勢に傾いていた。ヒースクリフとミドリがすべての攻撃を叩き落とし、無効化する。ヒースクリフの思惑は分からないが、彼の設計した神聖剣は防御のみに特化すれば決して崩せない要塞として機能していた。彼一人がボスの目前に張り付いてほとんどすべての攻撃を叩き落とし、遠隔攻撃が来るとミドリが躍り出て迎撃する。二人が戦闘不能のプレイヤーを守っている間に、動けるプレイヤーすべてがボスの周りを取り囲んで、攻撃を浴びせていた。


 攻撃に回っているプレイヤーが10人足らずと非常に少人数だったため、非常に時間がかかったが、ようやくボスのHPがレッドゾーンに突入した。攻撃がさらに苛烈になったため、攻撃に回っている者の中にはHPを危険域に落とし回復のために下がらざるを得ない者も多い。ヒースクリフはまだ一度も回復のために下がっていないが、すでにHPは残り2割ほどに減っていた。いつの間にか彼は不死身の存在ではなくなっていたのだ。
 ヒースクリフの攻撃にも焦りが見え始め、機械のような精密さが失われつつあった。ボスのHPがレッドゾーンに入ってからは彼も攻撃に参加していたが、そのため防御が少々おろそかになっていたようだ。ヒースクリフとミドリの間の空間を、ボスの遠隔攻撃が抜け、背後のシリカに襲い掛かった。
 回復待ちをしていたシリカが、その攻撃を回避しようとしたが、追尾性能が高く避けられそうにない。防御しようにも、短剣は戦闘中の武器防御で破損している。体術スキルで相殺しようとしながら、彼女の顔は絶望に染まった。近づく攻撃は突属性なので、壊属性の体術スキルでは相殺できない。
 絶体絶命のシリカの前に、マルバが躍り出た。殺撃で突属性攻撃をつかみ取ろうとするが、不安定な態勢のため衝撃を殺しきれない。マルバははるか遠くまで吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。一度跳ねた身体が、空中でゆっくりと光に包まれた。彼のHPバーが消滅した。

 青いポリゴンの破片が飛散する。

 それは、ひとつの命がまた失われつつあることを意味していて。


 ――シリカの思考が加速した。マルバが死ぬことなど、あってはならない。役に立つかもしれない知識がすさまじい速さで浮かんでは消えた。かつてミズキから教わった科学知識も頭をよぎる。
 ナーヴギアはヘルメットの内側に埋め込まれた、大量の信号素子から電磁波を出力することで、脳細胞に直接情報を流し込んでいる。
 ナーヴギアによる脳破壊は、この電磁波を最高強度で流し込むことで、電子レンジと同じ原理で脳内の水分子を振動させ、焼き切る仕組みだ。電子レンジと同じく、水分を十分な温度まで上げるのにはしばらくの時間がかかる。
 ……つまり、すでに脳破壊が開始された彼を助けるために、まだ幾ばくかの時間が残されている可能性がある!

 ヒースクリフとミドリは、シリカがいつの間にか目の前に現れたことに一瞬驚いた。それはボスモンスターも同じだったようで、近距離の攻撃対象をシリカへ移動する一瞬、動きが鈍る。シリカはその一瞬にすべてをかけていた。短剣はすでにない。彼女の右手が赤く閃き、流れるように次々と技が放たれていく。舞い散る花々のように、様々な色が飛び散り、跳ね、消えていく。シリカの渾身の『百花繚乱(ヒャッカリョウラン)』に続いて、すべてのプレイヤーが武器を構えて駆け出した。 
 

 
後書き
最後の最後はヒースクリフとの共闘でした。
ゲーム設定とは異なり、ストレアのALOへの続投は無く、彼女はここで退場となります。

裏設定ではありませんが、今回の話を書く上でちょっと計算してみたらナーヴギアで脳を焼くのにかかる時間はたった4秒ほどだということが分かりました。

計算は次の通りです。人間の脳は約1kgですが、このうちの60%(つまり600g)程度が水分なので、電子レンジと同じように温めると仮定すると、体温の36℃付近から脳が熱変性する45℃付近まで温度を上げるのに必要なエネルギーは約540calだということが分かります。これは2kJくらいです。つまりナーヴギアがちょっと出力弱めの電子レンジと同じ500Wの電力で電磁波を出力できれば、4秒で脳を焼くのに十分な熱量を発生できます。

10秒くらいはかかると思っていたので、計算してみてびっくりしました。電子レンジ怖い。 
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