嫌われの忌み子あれば拾われる鬼子あり
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第2章 第2話 素直な狂人
鬼の恨みの言葉を受けた、兵士の恨みの言葉を受けた、父と母の恨みの言葉を受けた、ルイスはここで立ち止まった。
父と母の言葉を、自分を殺そうとしていた事実を、化け物呼ばわりされた事がルイスには深く刺さった。
「ふ…は…はは……」
言われ慣れた、気にしないと割り切っていて恨みもしないと誓っていたルイスの心に亀裂が生まれる。
狂気の始まりを告げるものか、それを振り切る力か…
「ふは……行かなきゃ…」
最後に1つ乾いた笑いが終わりを告げ、崩れていた膝がその身を立たせた。
そしてまたその歩を進めるとまた光が、それはとても現実に存在しているかと錯覚するほど鮮明に現れた。
「やっぱり…兄さんか…」
『ルイス、お前は誰からも愛されず誰からも教えを受け無かった。だからお前は何も出来ない、魔法も何もかもだ。だから俺の後ろすらも追いかけないそんな奴だぜ』
やっぱりか…と、ガッカリした。仮の世界でも自分は誰からにも恨まれているのだと実感した。
『でもよ、お前は俺の弟だ。だからどんなに駄目でもどんなに出来が悪くても俺は許せたんだよ。弟だから、そんな弟を護るのも兄である俺の役目だと思ってたぜ』
「兄さん…」
『でもよ』
「…?」
『俺が死んだ後お前はシグレ様に白の魔法を貰った。』
レイがルイスの眼前にまで迫り、怒りと悔しさが重なるような表情を浮かべながら威圧し叫んだ。
『どうしてお前が俺よりも強い力を持っているんだよ!!』
「あ……」
『弟の成長が見れたのは嬉しい事だ、そんなのはそうに決まってるぜ。でもよ、兄の俺が持ってない力を持つ事に関しては納得いかねぇんだよ!どうしてお前が持つんだ?お前がその力を持ってないになる?何の役に立つ?』
レイの言葉には父の言葉とは違い辛辣さが少なかった。優しさを感じるような言葉だがルイスには少し余計に心に刺さった。
『タロットの騎士を全滅させる?それで何のためになる?鬼の一族の復讐?俺のための復讐?それが世界のために何になる?お前はただの平和を乱した叛逆者だ、お前が生き残った所で世界に対し何の利益にもならない』
「………」
『俺のためってんならそれはお門違いってもんだ。誰もお前に何か頼んでないんだよ。お前は俺のためっていう言い訳をしているに過ぎない』
「はは……」
また少しずつ狂気へと染まっていく。
『どうしても俺のために何かしたいってんなら…お前はもう出てくるな』
そこでレイの光が消える。
「…結局は、兄さんも本音ではこう思ってたって事か…」
狂気が、怨みが、裏のルイスを呼び覚ました。
「……くはは!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ただ過ぎていく時間、一向に目を覚まさないルイス、心配の色を見せる屋敷の者達、ルイスを気にかけながらもタナトスを警戒するメリー、悠々と経過を待っているタナトス。
「さ、て、そろそろ起きてくる頃合だがね。起きた時彼はどのような状態になっているかね」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながらメリーに歩み寄る。
「あまり私に近づいて欲しくないわね。貴方の下卑たる目が近づいてくるのは精神的に悪いわ」
「くくく、とても辛辣だがねメリー」
「あまり名も呼ばれたくないわ。そして旦那様にも近づかないで欲しいわ」
「注文が多い事だがねぇ」
タナトスが言われた通り今までよりもルイスより離れた時、ルイスが椅子から倒れ落ちた。メリーがタナトスを睨むが何もしていないと示すように少し澄顔で両手を上げた。
恩賞の効果の事もあり誰も駆け寄ることが出来ない。
「旦那様…」
その時、まるで産まれたての仔羊が立ち上がるようなとても弱々しく立ち上がった。開いた目は虚ろで、焦点が合っていない。
そして誰も声を掛けるどころか一言も発する事が無かった時、始まった。
「く…くは…かはは…ははははは!」
虚ろだった目が光を取り戻したかと思った時、乾いた笑いを少しした後、一転して、狂気じみた高笑いへと変わった。その光景を目にしたタナトスを除いた一同が恐怖を抱き気味の悪さを感じた。
「そう、か、君は取り込まれたようだがね。残念でならないんだがね、ま、致し方ないな、私もまだ死なないようにしなくてはならない。君を殺そう」
天井を見上げながら笑っていたが、その声を聞いたルイスはその笑いを止め、タナトスの方へと向いた。
「……かっはは!」
獲物を見つけたと言わんばかりに口を開き牙と評しても良いほど尖った犬歯を剥き出しながら笑った。
そのまま真っ直ぐとタナトスの方へと歩いていく。
「狂気へと堕ちた者の行動はよく分からないものだがね」
一歩一歩ゆっくりと向かって来るルイスへと手を掲げる。
「フーラル」
唱えられた時、ルイスの右肩から先が鋭い斬撃を喰らったように切断されその傷口から血が噴き出し、ぼたぼたと床を血で染める。
「ははははは!あっははははは!!」
傷を負っていることなど意にも介さず、歩を進めることをやめず、笑いを止めるどころかより一層増していった。完全なる狂人へと化していた。
「これ、は、むしろ狂人というより化け物だがね…
フーラル、フーラル」
進んでいた歩は唱えられた魔法により両足を切断され強制的に止められた。
ルイスは受け身もとることなく右肩、両足から血をまき散らしながら倒れる。
「タナトス!!」
その叫び声はメリーによってのものだった。
「流石にここまで来たら激昴するようだがね、次は君が相手か?」
「そうよ!
ヤル…」
「ぐおおおぉぉぉ!!!」
その咆哮はメリー、タナトス、マリーの恩賞持ちを除いた全員の意識を刈り取り気絶させた。
空気が震え、メリーの詠唱も中断した。
その咆哮はまさに獣のそれと同等であった。
「旦那様」
「まだその状態でやるというのだがね」
「ルイス君…」
未だに止まらない血、普通なら失血死は確実な程のものをものともせずに未だに生きていて、あのような咆哮すらも可能なルイス。
「グラヴデクター」
重力の操作により体を浮かせ、超加速によりタナトスの顔面を残った左手で掴みその加速のまま壁に押さえ付けた。
「ぐっ!ぅ!ぐぅっ!」
抜け出そうと藻掻くが、重力の力と鬼の筋力に成す術なくねじ伏せられる。
ルイスの表情には、狂気の色はなくなった代わりに憤怒の色が濃くなり、タナトスの顔面を押さえる手に力が入りミシミシという軋む音をさせている。
「本当に…あれが、ルイス君なの?…」
レイの残虐的な行動に感銘を受けるマリーだが、今のルイスの狂気性には恐怖を感じるのみだった。
一方のメリーはその光景をただ見るだけだった。自分の役目はこの後の事だと理解しているからだろう。
「ぐ、ぐ…」
藻掻いていたタナトスだったが、段々と力が抜けていき次第に弱くなっていく。
「出してくれてありがとう」
遂にはタナトスの顔の骨を砕いた。骨が砕け、肉が抉られ、そこから血が流れルイスの腕と顔をその血で濡らした。血を受けたルイスの表情は怒りからまた一転し狂気へと変わる。
「あっははははは!!!!」
タナトスを重力で縛り付けて、最後に心臓部に手を当てる。
「エングナスルフル」
その瞬間タナトスが、タナトスという存在が消失した。
それと同時にルイスの意識も落ちた。それもその筈だろう、明らかな血液不足だ。むしろ未だに生きていることの方が不思議なものだろう。
「お疲れ様、旦那様」
駆け寄ったメリーが顔にかかった血を拭き取りながら優しく声を掛けた。メリーの役目、それは
「ねえ、マリー」
「は、はい…」
「他の屋敷の人達の事お願いしても大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です」
「それじゃあ、よろしくね」
優しい声と、微笑みでマリーに頼んだ後
「今、楽にしてあげるわね旦那様」
裁縫に使うような細長い針を持ち、ルイスの心臓に突き刺す。メリーの役目はルイスを1度殺すことだ。
そして絶命が確定した時
「73」
怨霊の数は減り、ルイスの体は再生して傷を癒していく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
精神世界内、未だにルイスはそこを歩いていた。宛はないし、意味もよくわかっていないが、ただ、自分の中の悪い部分が外に行ったっていう事だけ理解していた。
「随分なことになってたな外は」
不意に声をかけられたのは少し前までいつものように聞いていたルイスにとって尊敬する存在の声、今まで1度も出てこなかったシグレだった。
「…シグレ様は来ないのかと思いましたよ」
「俺は除け者にされるのが嫌いなんだよ」
「それで、シグレ様は僕にどんな本音を言いに来たんですか?」
「お前、言うようになったな。態度というか、雰囲気が」
「流石に、あそこまで言われては嫌でも変わってしまいますよ…」
ルイスは肩を竦め、遠い目をしながら後ろを振り返りながら答えた。
「俺の本音ねぇ…」
そんなルイスを見てシグレは頭を掻きながら言葉を続けた。
「俺は別にお前とは長い仲では無かったし、お前に文句もないし、そもそも俺は本音でしか話してねぇよ」
「…え?」
その言葉を聞いたルイスは視線をシグレへと戻して驚愕の色を見せた。
「嘘だとでも言いてぇのか?残念ながら嘘じゃねぇさ、お前が一番知ってんだろうが、ここはお前以外の存在の言葉はそいつが思っている本音だって」
「…疑っている訳では無いのです。頭ではきっと理解していますし、シグレ様の事を疑うなど畏れ多いものです。ですが、今までの経験則何でしょうね…」
「…そうかよ、まあ、そうなるのも頷けるけどなあれは…いや、いいや、俺から言うことは一つだ。お前が思う事をやればいい」
「僕が…思う事?」
「そうだ、どうして戦うのか?そんなもん考えなくてもいいんだよ自分にとって邪魔だから倒す。どうして生きるのか?そんなもん生きたいからに決まってんだろ。死にたいと思う奴の方が珍しいさ」
「邪魔だから…生きたいから…」
「そうだ、一族とか、兄とかに拘る事はねぇよ。お前はお前がやりたいように生きるんだ」
「あ…」
「っと、そんな事よりも聞いておきたいが…お前はあいつらを恨み、憎むか?」
「……」
「さっきまでのあいつらの言葉、心ではそれを隠しながら接したやつもいただろうよ。それを憎むか?」
その問にルイスは口元に笑みを浮かべた。
「とんでもない」
「お?」
「逆なんですよシグレ様。隠しながら接していた事を憎むんじゃないんです。隠しながらでも接したくれた事に感謝しているんです。それに隠さず率直にいう人も僕の経験値へと変わるんです。それを憎むなんてする訳がないじゃないですか」
その答えにシグレは目を白黒とさせ、吹き出すように笑った。
「あっはっは、そうかそうか!いやぁ、なんていうか、素直な奴だよお前は。こんな素直な奴クレハ以来見た事ねぇよ」
「クレハ様、ですか?」
「そうそう、あいつはすげぇ素直だからな。言われた事は必ず守ろうとするし、あいつ天啓が聞こえるんだけどそれに従おうとして俺と戦ったりしてな、すげぇ大変だったぜ」
シグレは楽しそうに昔の事を思い出しながら話していた。それからまた言葉を繋げる
「素直な事は別に悪い事じゃない、素直に今大切だと思う奴、信じている奴と一緒に進んでいけばいいんだよ。お前にもいるだろ本当に信じられる奴が」
顎で後ろを向くようにルイスに指示する。それに従い後ろを振り向くとメリーが自分を優しく介抱するが見える。その後では心配そうに見守る屋敷の面々。
「そうですね。僕にはもったいない人達ですよ」
「人付き合いにもったいないなんて思うなよ。俺だって大層なことに伝説とか何とか言われてるけどよお前とは普通に友人的な、何ならお前のこと息子みたいに思ってると言っても過言ではねぇよ。実際様とは付けなくてもいいし」
「シグレ様にそこまで言って頂けるのは感激の極みですよ。僕にとってシグレ様は尊敬する存在で、英雄のような方です。そのような方には僕はずっと前から知り合っていた仲でも様は付けますよ」
「ま、それはお前に任せるよ。それよか、早く行ってやれ嫁を待たせるのはいいけど、待たせすぎるのは後で痛い目見るぜ」
「お世話になりました。またいずれ助けを請うことがあると思います、その時もまたお世話になります」
「どんどん頼れよ、こっちとしても暇だお前の兄みたいに表に出れればいいんだけどな」
一つ苦笑いをしてから会釈し、精神世界から抜け出した。それを見届けたシグレは満足気に鼻で笑った。
「俺の魔法を使い、紅映のように真っ直ぐ素直な性格、ほんと、俺らの生まれ変わりにみたいな奴だな。お前もそう思うだろクレハ」
誰もいない空間にそう呼びかける。案の定誰も応えることはなかったが、シグレはそのままその方向に歩いていく。
「期待してるぜ、ルイス」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん…」
ルイスは目を覚ます。気持ち少しだけ体が軽く感じる、目を開けると目の前にはメリーがいた。
「随分と遅いお寝覚めね、旦那様」
優しい表情で、ルイスの頭を撫でるメリー。
「よく戻って来れたわね。一時はどうなるかとも思ったけど、無事に戻ってこれて良かったわ」
「心配かけたね、今は問題ない」
「そう」
メリーと言葉を交わした後、立ち上がって先程までその光景を見守っていた屋敷の人達へと体を向ける。
「ご心配をおかけしました。そして、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。僕はすぐにでもここを出ていきこの狂気も制御出来るようにします」
「そうか…わかったよ。いつでも戻っておいで、私達はいつでも歓迎している」
「はい、ありがとうございます」
メリーと2人で扉の前に並び深く礼をしてから部屋を出ていった。
「ありがとう」
「あら、どうしたの?急に」
「僕が精神世界にいた時介抱してくれたり、信じてくれたりした事」
「私は当然の事をした迄よ、私の旦那様だもの私が信じなくて誰が信じるのよ」
「ありがとう」
2人で歩いてエントランスまで行ったところで後ろから声をかけられる。
「待ってください!」
2人で振り返るとマリーが息を切らしながら走ってきた。
「どうしたの?マリー」
「はあ、はぁ、あ、あの…私も連れて行って…ください!」
「え?」
「私も恩賞を持っています…はあ、きっと、役に…立つと思います!いいえ…役に立ってみせます!」
「…主様には?」
「ご主人様にはお許しをいただきました。あとはルイス君が許可するかどうかです」
真っ直ぐと見つめるマリー、1度メリーの方に視線を送るとそれに応えるようにメリーは頷いた。
そして、視線をマリーに戻しメリーと共に手を差し伸べながら
「わかった、よろしくマリー」
「よろしくね、マリー」
「あ、ありがとうございます!ルイス君!メリーさん!」
その手を取って3人で屋敷を出た。
「よお、元気してたかよ鬼」
扉を開けると庭の真ん中に煙管で煙をふかしている鎧を着ていない騎士が立っていた。
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