仮面ライダーAP
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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
第3話 怪人との対決
――2016年8月24日。
東京都奥多摩町某バーベキュースポット。
世間では夏休みの只中。真夏の日差しを浴びながら、賑やかなひと時を過ごす人々の前に――彼の者は唐突に現れた。
全身から禍々しい棘だらけの触手を伸ばした、異形の魔物。「フィロキセラ怪人」と称される、シェード残党の主力改造人間だ。
2009年に現れた織田大道の怪人態をベースに量産された個体であり、その総数は100を悠に超える。
瑞々しい輝きを放つ川から這い出た悪魔の形相に、バーベキューを楽しんでいた人々は一瞬にして騒然となり、娯楽施設であるはずのスポットは阿鼻叫喚の生き地獄と化した。
躓きながら、転びながら。それでも生にしがみつき、ひた走る人々。そんな彼らの無防備な背中を、鞭のようにしなる触手が容赦無く貫いて行く。
血糊に塗れた亡骸を踏み躙り、フィロキセラ怪人は川岸を歩んでいく。厳かに血を踏み締める彼自身の動きは、緩慢なものであったが――彼から伸びる触手の群れは、決して捉えた獲物を逃がさない。
一人。また一人と、己の触手を鮮血に染めて行く。
――選ばれた改造人間である自分達こそが至高の存在であり、無力な人間共はその素晴らしさを喧伝するための生贄。家畜。
それが仮面ライダーに追い詰められたことで、より苛烈で過激な選民思想に凝り固まったシェードの理念であった。
「……!」
だが、それすらも跳ね除けんとする正義の使者が彼の前に立ち塞がる。逃げ惑う民衆の波を掻き分けるように、VFR800Fの赤いボディが真っ向から走って来た。
「……そこまでだ」
フィロキセラ怪人の眼前で大きく片脚を振り上げ、バイクから降りた青年――サダトは、ジェットヘルメットを脱ぎ憤怒の形相を露わにする。彼の足元や周辺には、シェードのテロ行為により犠牲となった人々が死屍累々と散らばっていた。
――何もしていない怪人だったなら、投降を呼び掛けて改造被験者保護施設に入れさせることもできる。だがもはや、この個体に対話の余地はない。
怪物の声による嘲笑と共に、亡骸を踏み潰すフィロキセラ怪人を前にした今。サダトの脳裏にあった選択肢は、一つに絞られた。
「殺す」という、至極単純な選択に。
「……ッ!」
真紅のレザーベストを翻し、ワインオープナーを象ったベルトが顕になる。同時に、懐に忍ばせていた赤色のワインボトルを手に取り――瞬時にベルトに装填した。
『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
甲高い声色の電子音声が、ベルトから青空に響き渡る。サダトの身体を異形に変貌させる、変身待機音声だ。
その直後。彼はタクトを振る指揮者のように滑らかな動きで、左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。
「……変身ッ!」
次の瞬間。右手でレバーを倒すと、ベルトに装填されたワインボトルが赤く発光を始める。
その輝きが彼の全身を覆うと――そこには南雲サダトではない、異形の戦士が立っていた。
黒を基調とするボディに走る、真紅のエネルギーライン。金色に煌めく複眼は「a」の字に囲われ、赤い胸に刻まれた「p」のイニシャルが、燦々とした太陽の輝きを照り返している。
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』
そして高らかな電子音声が、変身シークエンスの完了を告げるのだった。
斯くして、仮面ライダーAPとして変身を遂げた南雲サダトは、フィロキセラ怪人と対峙することとなる。その右手にはすでに、胸の「p」の意匠から出現した一振りの剣が握られていた。
「p」の字を象った柄から伸びる白銀の刃か、陽射しを浴びて眩い輝きを放つ。
「――シャアァアアッ!」
「おおぉッ!」
その光を消し去らんと、フィロキセラ怪人の触手が唸る。だが、縦横無尽に振るわれる刃は、その猛攻を容易く凌いだ。
火花を散らし、切り落とされて行く触手。その部位から伝わる激痛にもがく怪人は、頭部からさらに図太い触手を放った。とてもではないが、一太刀で切り裂ける太さではない。
「はッ!」
「……ッ!?」
だが、それすらもサダトの想定内であった。彼は咄嗟に剣を投げ捨て、太い触手を両腕で掴む。
そして、そのまま大きく両腕を振り上げ――怪人を振り回してしまった。宙を舞う怪人の背中が、バーベキューの鉄網の上へ落下していく。
「ガァッ!」
石の上に叩きつけられる衝撃と、背中に伝わる高熱を同時に味わい、怪人は予期せぬダメージにのたうつ。そこへ、剣を拾い上げたサダトが踊りかかった。
「はッ! とぁッ! せあぁッ!」
「ギ、アァッ!」
無論、怪人も迎撃に入ろうとするが――怪人が立ち上がって構えるより、サダトが斬り込む方が遥かに速い。
身を起こしたばかりで無防備な怪人を、容赦無く何度も斬りつけていく。火花と血潮が飛び散り、フィロキセラの全身が血だるまになっていった。
やがて斬撃に吹き飛ばされた彼は、その身を川の浅瀬に墜とされる。激しい水飛沫が、戦いの激しさを物語っていた。
「グ、オ、オォッ……!」
かろうじて立ち上がりつつも、倒壊寸前の廃墟のように、ふらつきを見せるようになる怪人。その視界はすでに、失血とそれに伴う疲弊で混濁しているようだった。
「……とどめだ!」
だが、サダトはあくまで手を緩めず――ワインボトルを押し込み、ボトルのエネルギーを右腕に集中させる。
真紅のエネルギーラインを通じる「力」はやがて、右手に渡り――さらに逆手に握られた剣へと充填された。
白銀の刃が紅い電光を帯びて、妖しい輝きを放つ。
『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「スワリング――ライダービートッ!」
そして、身体を横に回転させて放つ必殺の一閃が――降伏も命乞いも許さず、フィロキセラ怪人を切り裂く。
「グガ、アァアァアアッ!」
絶叫と共に、怪人が爆炎に包まれたのは、その直後だった。
「……」
爆発の威力を物語るように、川岸の周辺に煙が立ち上る。その光景から怪人の死を確信したサダトは、ベルトからワインボトルを引き抜き変身を解除する。
そして、苦々しい面持ちで踵を返す――その時。
「バ、カな……こ、こんなバカなことがッ……!」
「――ッ!?」
煙の方向から響く苦悶の声に、思わず振り返った。その視線の先には――血だるまで跪く、迷彩服姿の男の姿があった。
男は血が滲むほどに唇を噛み締めながら、憎々しげにサダトを睨み付けていた。その佇まいから、あのフィロキセラ怪人の人間態であることが窺い知れる。
あの一閃を受けていながら、まだ生きていたのだ。
「仮面ライダーの模造品でしか……先行量産型の一人でしかない! そんな貴様に、この俺が負けるはずがない……! 間違いだ、こんな結果は、間違いだァァァァッ!」
「ま、待てッ!」
頭を抱え、目を血走らせ、狂乱の叫びを上げて。男は水を掻き分けながら、奥多摩の山中へと消えていく。
瀕死まで追い込まれているとは思えないほどの力で、彼は逃走を図っていた。
追い詰められるあまり凶悪性を増した怪人は、何をしでかすかわからない。
サダトは素早くマシンアペリティファーに跨ると、男を追ってエンジンを噴かせた――。
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