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豹頭王異伝

作者:fw187
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邂逅
  大元帥の奪還

(ナリス様、ギールから報告!
 ベック公ファーンの身柄を、グイン殿が確保されました!!)
 ジェニュア神殿で説得を試みた後、レムスと対面する為に聖王宮へ赴いた誠実な従兄弟。
 パロ聖騎士団の総司令官、大元帥の称号を贈られた正義感の強い武人の面影が脳裏を掠める。

(グインが彼を救出してくれるとは天の助け、白状するが私も想定していなかったよ!
 豹頭の超戦士なら一片の傷も付けずに取り抑える事も可能だろうが、ファーンの状態は!?)
 魔道師の塔に所属する者の義務として、聖王家の成員を護る事は総てに優先する筈であるが。
 夢想家と異なり灰色の眼は動揺の色を見せず、冷静(クール)な思考回路に徹する心話が閃く。

(外傷は皆無ですが状況は深刻、外界に対する反応は鈍く意識の有無も確認出来ません。
 光る胞子の術で透視を試みた所、広範囲に魔の胞子が蔓延り既に相当量の脳細胞を浸蝕と推察。
 直に確認して参りたい処ですが些か簡単過ぎますね、ナリス様を誘拐する為の罠とも取れます。
 暫く経過を観察の後、処置を決めた方が良いでしょう)

「イシュトヴァーン、私の我儘を聞いて貰えないだろうか。
 誠に済まないのだがね、突発事態が生じてしまった。
 数ザン程で戻って来られると思うが、マルガに飛ぶ必要がありそうだ」
 ナリスは運命共同体の機嫌を読み隙を窺い、小休止の際に話を切り出した。

「何だよ、話が違うじゃねぇか!
 俺と一緒に来てくれるって話だったから、グインの顔を立ててやったんだぜ!!」
 突然の別行動を告げられた中原の風雲児、ゴーラ王は予想通り獰猛な唸り声を上げる。
 不機嫌な表情を隠さぬ僭王を眺め、困った様に微笑む闇と炎の王子。
 闇色の瞳が満更でも無さ気な満足気な光を湛え、黒曜石の如くに煌めいている。

「パロは嘆かわしい事に現在只今の所、大変に深刻な人材不足に陥っているのだよ。
 ベック公ファーンは数少ない聖王家の一員でね、私と同様に回復して貰わないと困る。
 万一彼が復帰出来ぬとなれば、パロ聖騎士団の指揮を執る者は私しか居なくなってしまう。
 その点では元気に充ち溢れた若者、多数の精鋭達を抱えている新興ゴーラ軍が羨ましい。
 パロ軍の指揮は他の者に執らせ、イシュトヴァーン陛下に同行する為と御理解を戴きたいね」

 聖王家随一の魔術師、実践心理学と社交会話術の達人は言葉巧みに良く似た魂の持ち主を説得。
 赤い街道の盗賊、無法者(バスタード)に相応しい論理(ロジック)を選択。
 贖罪の羊《スケープ・ゴート》に好適な人物の筆頭は、パロ聖王家の中で唯一の武人。
 真面目で素直な性格の従兄弟ベック公は、ナリスの《身代わり》に最も相応しい。
 パロ解放軍の指揮権を委ね、イシュタール訪問を実現する為の布石と強調する。

(カロン大導師は竜王の影響が懸念される、マルガを拠点とするのは避けろと言ったね。
 グインから古代機械に命令して、サラミスに自力で移動して貰おう。
 ファーンを運び魔の胞子に冒された細胞の再生を試みる為、遊撃班を派遣せよ)
 ヴァレリウスの懸念を聞き流し、アルド・ナリスは涼しい顔で遠隔心話に応えた。
 ロルカ、ディランに匹敵する上級魔道師アイラス指揮の班は緊急事態用に待機していたが。
 グインの奪還した第3王位継承権者、ベック公ファーンを護送する為に姿を消した。

 ナリスの身体は回復途上にあり、体調も安定しているが騎乗は無理で馬車に乗り行軍に同行。
 ウー・リー達は『パロの王子様は軟弱者だぜ、馬にも乗れねぇとよ!』と嘲笑するが。
 野心家達の芝居を真に受ける猪武者達は眼中に無く、ヴァレリウスも暴言を聞き流す。
 パロの策謀家達が歯牙にも掛けぬ新生ゴーラ軍の中で唯一、一目置かれる存在。
 裏の事情を多少は理解しているものの、律儀な海の兄弟マルコは黙して語らぬ。


「あんな弱いの居ても居なくても構わねぇ、俺が代わりに戦ってやるから心配なんざ要らねぇよ。
 レムスみてぇな馬鹿が国王百年早ぇんだよ、パロの王族なんざ何人居ても役に立つもんか!
 他の奴等なんざ要らねぇ、ナリス様1人で充分さ。
 取って代わろうなんて大それた事を思わねぇ様に、俺が全部まとめて片付けてやるぜ!」

「勘弁しておくれ、イシュトヴァーン!
 私と同じ感じ方を共有する世界で唯一の人物、私を理解してくれる運命の同志よ!!
 以前にも言ったが私はパロの国王になど、なりたくないのだよ!
 無理強いされたら愛する祖国を捨て、ゴーラへ逃亡しようと思っているのだがね!!」
 太陽の光を反射する水晶の鏡、光輝く湖水の如くに満面の笑顔を溢れさせる闇と炎の王子。
 絶品の殺し文句には逆らえず魔戦士、冷酷王と畏怖される不機嫌な若者の表情が緩んだ。

 思い切り、蹴飛ばしてしまいたい。
 ヴァレリウスは強烈な衝動に駆られ、強烈な念が迸った。
 五芒星の魔法陣を描く下級魔道師5名が思わず後退り、結界が乱れる。
 失態を悟った魔道師軍団の総指揮官は慌てて、沸騰する感情を鎮め精神を統一。
 魔道師としての序列では上位に位置する同僚、ロルカが微笑み念を強化。
 苦労人の魔道師は無念無想を念じ、悪戯の仕掛け人から瞳を逸らす。

「パロを護る《光の船》とやらが近頃、大層な評判を取ってるみてぇだけどよ。
 自慢じゃねぇが俺も見た事はあるぜ、とっくの昔から妙ちきりんなもんだと思ってたぜ」
 無法者の口から唐突に飛び出した放言、古代機械の代名詞として囁かれ一般に流布した表現。
 想定外の鍵言葉《キイ・ワード》を受け聖王家の夢想家、魔道師軍団の指揮官は不覚にも硬直。
 不意を突かれ思考停止状態に陥り、慌しく風雲児の思念を走査《スキャン》。
 潜在意識を覗き記憶を辿る白魔道の秘法、精神測定《サイコメトリ》の術を駆使。

 法螺話を好む元海賊の得意とする口から出た出鱈目、嘘か真か不明の噂話を誇張した類か精査。
 ヴァレリウスの思念波が普段は滅多に見せぬ驚愕、興奮の感情に彩られ魂の主に殺到。
 アルド・ナリスの面に奇妙な表情が浮かび、ゆっくりと振り返った。
 取り繕った動作を裏切り、瞳の輝きが内心の興奮を伝える。
 魔戦士は動物的な独特の勘を働かせ、ナリスの興味を掻き立てたと察知。
 災厄の運び手は得意満面でニヤリと笑い、主導権を譲った運命共同体の瞳を覗き込む。

「今回は嘘偽り無く心の底から言うが本当に、そなたには驚かされるね。
 スカールと戦った後、暫く姿を隠していた様だが。
 運命の再会を果たした場所、マルガに情報収集の網を張って置いたのかな?
 それとも新生ゴーラ軍の指揮を副官に委ね、単身リリア湖まで偵察に来ていたのだろうか?

 ヴァラキア出身で元海の兄弟となれば当然、遠泳の術には練達しているだろうけれど。
 魔道師達が協力して厳重に結界を張っていた筈だが、一体どうやって島に潜入し得たのか?
 どんな推理をすれば謎が解けるのか、皆目見当が付かないね。
 私の頭脳を以てしても御手上げと言わざるを得ない、降参だよ、イシュトヴァーン」


 無邪気な子供の様に粗野ではあるが端正な顔が綻び、得意気な表情が浮上。
 陽気な紅の傭兵、ヴァラキアのイシュトヴァーンを偲ばせる面影が過った。
「リリア湖じゃねぇ、レントの海で見たんだ。
 名前も無ぇ、無人島の近くでさ。
 俺とグイン、リンダとレムスの4人で海賊船に乗り組んでたんだが。
 そう云やぁ、セムの猿娘も一緒だったっけかな。

 黒竜戦役の最中、パロがモンゴールに占領されてた頃の話さ。
 嵐の夜、グインが海ん中に落ちちまったんだ。
 俺も危機一髪だったんだが強運の賜物、落雷に救けられて窮地を脱したんだが。
 そん時に海の中から出て来やがったんだよ、光の船ってのがさ」

 ナリスも普段は滅多に見せぬ興味深々の表情を見せ、夢中で聞き入る。
 ヴァレリウスも不本意ながら惹き付けられ、耳を澄ませ拝聴する事となった。 
 

 
後書き
 ベック公ファーンに、回復する見込みは無いのでしょうか。
 誠実な彼には、還って来てほしいです。
 スカールが友と呼んだのは、グイン、カメロン、ファーンしかいないのですから。 
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