トラベル・トラベル・ポケモン世界
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
20話目 湖岸の戦場(後)
『何番手だとか、格だとか、そんなの関係なく1体のポケモンとして、ちゃんと向き合った方がいいんじゃないか?』
『エレナは、ポケモンへの感謝が足りないんじゃないか!?』
『エレナ、お前が何を目指していて、どこを見ているのか知らないが、これだけは言っておく……今、目の前のバトルに向き合わない限り、KK……オレのギャラドスには絶対に勝てないぞ』
(アタシは、自分のポケモンに向き合わず、強さだけで判断している……? アタシは、ポケモンへの感謝を忘れている……? アタシは、目の前の戦いから目を背けている……?)
エレナは、このバトルでグレイから言われた事について考えていた。
(確かに、自分のポケモンに感謝することは忘れてしまっていた……それは反省すべき点だと思うし、それに気づかせてくれたグレイには感謝しているわ)
グレイに言われた事を一部は認めながらも、エレナは心の中で反論する。
(気楽に旅するグレイとは違って、アタシは一流のポケモントレーナーを目指しているのだから、ある程度は強さにこだわっているのは確かな事よ! でも、強さだけでポケモンの価値を決めているなんてことは無いわよ……! それに、目の前のバトルだって真剣にやっているわ……!)
エレナとグレイはこれまでにも何度か戦っているが、グレイは試合中に冗談や挑発の言葉を口にすることはあっても、説教めいた言葉をエレナに言うことは一度も無かった。
グレイがなぜ今日になって突然、エレナに向かって説教めいた言葉を送るようになったのか、その理由はエレナにも分かっていた。
(アタシがシャルラに負けて、自分の考えの甘さに気づいたのが3週間前……最後にグレイと会ったのは、それよりも前……きっとグレイは、甘い考えを改めたアタシの変化に戸惑っているのよ……)
エレナはこの3週間を振り返る。
以前よりもポケモンの鍛錬を厳しくした。自分自身のトレーナーとしての鍛錬も厳しくした。
それらの鍛錬では常に、シャルラという強敵を想定した。ポケモンの強さ、技、動き、戦術を考える時、それらがシャルラに通用するかどうかをまず最初に考えた。いくらポケモンを強く鍛えたとしても、それがシャルラに通用するものでなければ意味がない、そういう考えの元でやってきた。
(アタシのポケモンは3週間前より確実に強くなっている! アタシのやり方は間違ってなんかいないわ! それにシャルラに勝つことを真剣に考えるなら、こんな所でグレイに負ける訳にはいかないの!)
エレナは、最後に残ったポケモンであり自身のエースでもあるアブソルの入ったモンスターボールを取り出す。
白い体毛に覆われた四足獣の外見で、顔の横には鋭い鎌の形をした角が片方側だけ生えていて、尻尾も鋭い刃の形をしている。悪タイプで、わざわいポケモンのアブソルが姿を現した。
************
現在の状況
エレナ側
アブソル (無傷)
ジュカイン (戦闘不能)
リザードン (戦闘不能)
チルタリス (戦闘不能)
グレイ側
ギャラドス[呼び方:KK] (小ダメージ)
レパルダス[呼び方:レパ] (中ダメージ)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
************
エレナのアブソルと、グレイのギャラドスの戦いの火蓋が切られた。
「アブソル、“つるぎのまい”!」
「KK、“あまごい”!」
エレナはアブソルに“つるぎのまい”を指示した。
アブソルは即座に“つるぎのまい”を発動し、自分の攻撃力を大幅に上昇させた。
一方グレイは、ギャラドスに“あまごい”を指示した。
ギャラドスは何か不満そうな表情をしながら“あまごい”を発動した。辺りに急激に雲が発生して日差しを遮り、湖岸のバトルフィールド全体に局地的な雨が降り始めた。
「アブソル、“かげぶんしん”! フォームA!」
「KK! 技は“たきのぼり”を使え! 後は好きにしろ!」
アブソルは“かげぶんしん”を発動し、自分の虚像を作り出して見かけ上は2体に分身した。見かけ上2体のアブソルは、互いに正反対の方向に走り出し、別々の方向からギャラドスを囲もうとする。
対するギャラドスは、素早く片方のアブソルに狙いをつけて一直線に向かう。
何回か戦ったことがある2人は、お互いにどのような戦法で攻めてくるかが分かっている。
エレナは、グレイのギャラドスがとにかく攻撃的で、GOサインが出されたら一直線にアブソルに向かってくることを知っており、その対策として“かげぶんしん”で惑わせることにしている。
一方グレイは、過去に何度か2体に分身したアブソルの内のどちらが本物なのか、本物と偽物の特徴や法則を見つけようと努力したが全く無駄だった経験がある。その経験を踏まえて、偽物判別を完全に諦めてギャラドスの勘に任せることにしている。
ギャラドスは、水をまとって相手に突撃する水タイプの攻撃技“たきのぼり”を発動し、アブソルに全力で突っ込んだ。ギャラドスのまとう水は、周りの雨粒を全て吸収し、凄まじい水量となってアブソルを襲う。
しかし、狙いをつけたアブソルは虚像の偽物であり、ギャラドスの攻撃を受けた瞬間に消え失せた。
「今よ、アブソル!」
反対側にいる本物のアブソルは、念を実体化させた刃を飛ばすエスパータイプの攻撃技の“サイコカッター”を発動した。アブソルの頭の刃から不思議な色の刃が次々に発射され、ギャラドスに襲いかかった。
ギャラドスは再びアブソルに向かって一直線に飛んだ。
「“かげぶんしん”! フォームA!」
再びアブソルは2体に分身し、互いに正反対の走り出し、ギャラドスから見て右と左に分かれた。
ギャラドスは即座に左側のアブソルを追った。当然、当てずっぽうの勘である。
再びギャラドスが、周りの雨粒を吸収した凄まじい水量の“たきのぼり”でアブソルに迫る。
「アブソル! 今!」
エレナがそう指示した瞬間、アブソルは頭の刃から“つじぎり”を繰り出し、尻尾の刃から“サイコカッター”を飛ばし、迫りくるギャラドスに対抗する。狙われた方が本物のアブソルだったのである。
アブソルの“つじぎり”と“サイコカッター”、ギャラドスの“たきのぼり”がぶつかり合い、相殺された。
(“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に使っても引き分けに終わるなんて……!)
動揺するエレナだが、指示の口を休めることは無い。
「“かげぶんしん”フォームA!」
突然の“たきのぼり”の消滅で攻撃を中断させられたギャラドスが一瞬動きを止めた隙に、アブソルは分身して再び互いに正反対の方向へ行く。
「すげえな! なんだ今の!? “つじぎり”と“サイコカッター”を同時に使ったのか!?」
グレイが驚いた様子でそう声をかけてきた。
(そうよね……アブソルが“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に操れるのは、当たり前の事なんかじゃないのよね……感謝を忘れているって、グレイに指摘されたばかりよね)
そう思ったエレナは、アブソルに声をかける。
「アブソル、2つの技、良い調子ね! その調子でお願いね!」
どちらが偽物の分身か相手に悟られないために、アブソルの目を見て声をかけることはエレナにはできない。しかし一瞬、2体のアブソルが同時に自分に視線を送ってきたのを見たエレナは、自分の感謝と励ましがアブソルに伝わっていると確信した。
再びギャラドスがアブソルに迫る。
ギャラドスは“たきのぼり”でアブソルを攻撃したが、今度は偽物であった。
先ほどと同じく、ギャラドスが襲った偽物とは反対側にいるアブソルは“サイコカッター”でギャラドスを遠距離攻撃する。
木をまるで豆腐のように切断する程の威力をもつ“サイコカッター”が、次々にギャラドスにダメージを与える。
(ギャラドスが当たりを引いたら、“つじぎり”と“サイコカッター”で防ぐ。ギャラドスがハズレを引いたら“サイコカッター”で遠距離攻撃。このままダメージを与えていけば勝てるわ……“かげぶんしん”を一瞬で発動できるよう訓練した成果ね!)
エレナは、アブソルに課した厳しい鍛錬の成果が出ていると実感した。
(アタシはシャルラのエレザードを倒すのよ! そう、グレイのギャラドスは通過点に過ぎない! 負ける訳にはいかないの!)
その強い思いを抱きながら、エレナは指示を続ける。
再びギャラドスがアブソルに迫る。本物のアブソルが狙われているのを見たエレナは、本物の側が狙われた場合の対処の、“つじぎり”と“サイコカッター”での防御に意識を切り替え、指示のタイミングを見計らう。
ギャラドスは今までよりも高く飛びながらアブソルに迫り、自重の力をかりて空中から真下に向かってアブソルに落下しながら攻撃した。
「アブソル、今!」
エレナの指示で、ギャラドスとアブソルの技がお互いにぶつかり合い、相殺された。
しかし、高い場所から勢いをつけて攻撃した影響か、互いの技が相殺された後、ギャラドスはアブソルに急接近していた。
ギャラドスは、再び“かげぶんしん”で2体に分身しようとするアブソルに一瞬で近づき、アブソルの背中に自身の鋭い牙を食い込ませて噛みついた。
この状況でアブソルが“かげぶんしん”で虚像を生み出そうとも、ギャラドスの牙で捕えられているアブソルが本物で、ギャラドスの牙から逃れているアブソルが偽物であるのは自明の理である。
ギャラドスは素早く“たきのぼり”を発動し、アブソルを湖へと強く吹っ飛ばし、自身もアブソルを追って湖へ移動する。
「アブソル、“サイコカッター”!」
空中を吹っ飛ぶアブソルは、迫るギャラドスに“サイコカッター”を放って抵抗するが、ギャラドスはお構いなく一直線に迫る。
「アブソル、2つ同時……今!」
アブソルの“つじぎり”&“サイコカッター”と、ギャラドスの“たきのぼり”がぶつかり合って相殺された。
アブソルはそのまま湖の中に落下した。
ギャラドスも水中に潜り、アブソルに襲いかかる。
「アブソル! “かげぶんしん”を使いながら、とにかく脱出して!」
アブソルは“かげぶんしん”で虚像を作り出すが、見せかけの2体の距離が近い。
ギャラドスは2体とも尻尾で1回薙ぎ払って本物を確認するや否や、アブソルに激しく攻撃を始める。
水中で自由に動けず、沈まないように犬掻きをしなければならず、さらに湖底に引きずり込もうとするギャラドスに抵抗しなければならないアブソル。
対して、水中も空中も自由に移動でき、アブソルを立体的にさまざまな方向から好き勝手に攻撃できるギャラドス。
どちらが有利なのか、誰が見ても明らかであった。
「KK! “こおりのキバ”!」
ギャラドスに対してほとんど指示しないグレイが、珍しく指示を出した。
ギャラドスはグレイの指示で、冷気をひめた牙で噛みつく氷タイプの攻撃技“こおりのキバ”を発動し、アブソルの背中を冷気を伴う牙で噛みついた。
アブソルを捕える冷気の牙は、その周囲の湖水を局地的だが一瞬で氷に変え、その氷でアブソルの背中を凍りつかせた。
さらにギャラドスは水中に潜り、アブソルの下に回り込もうとする。
「アブソル、“サイコカッター”で抵抗し続けて! ギャラドスに対しては背中を向け続けて! 絶対に脚を凍らせてはダメよ!」
エレナの指示により、アブソルは自身の脚が凍結させられないよう守りながら抵抗し、湖底に引きずり込まれないように戦い続ける。
しばらく水中でもつれながら戦っていたアブソルとギャラドス。
しかし、抵抗するアブソルに業を煮やしたギャラドスは、“こおりのキバ”を止めて水中からアブソルの下に回り込み、上にいるアブソルに“たきのぼり”を繰り出した。
降り続ける雨と湖水を吸収し、ギャラドスは圧倒的な水量をまといながら凄まじい勢いでアブソルを突き上げた。
ギャラドスが繰り出した“たきのぼり”によって、湖に太い水柱が発生した。
水中で背中を凍結させられながら溺死と戦っていたアブソルは、水柱に激しく叩きつけられ、突如として空中へ放り出された。
この状況の変化をエレナは見逃さなかった。
「アブソル、“かげぶんしん”!」
空中に放り出されながらも、アブソルは“かげぶんしん”で見かけ上は2体に分身した。
「アブソル! なんとかギャラドスにしがみついて!」
分身したアブソルの偽物を潰そうと、ギャラドスが2体のアブソルを尻尾でまとめて薙ぎ払おうとする。
アブソルは、自分を薙ぎ払おうとするギャラドスの尻尾に必死にしがみついた。
もしアブソルがギャラドスの尻尾を手放した場合の行先は、湖底に引きずり込もうとする水龍に襲われ溺れながら戦うという地獄の湖である。それを理解しているアブソルは、激しく振り払われようともギャラドスの尻尾に必死で食らいつく。
「ギャラドスを蹴って! 砂浜に跳んで!」
アブソルは、自身に巻きつこうとするギャラドスの胴体を蹴り、その反動で砂浜の方へ跳躍した。
「アブソル! “つじぎり”だけ!」
跳んだアブソルを追いかけ、ギャラドスは“たきのぼり”で水をまとってアブソルに突撃した。
アブソルの“つじぎり”と、ギャラドスの“たきのぼり”がぶつかった。アブソルの攻撃は、ギャラドスの攻撃を打ち消すことはできず、攻撃を弱めるにとどまった。
相殺しきれなかったギャラドスの“たきのぼり”がアブソルに直撃した。ギャラドスの攻撃の勢いにより、アブソルは強く砂浜の方へ吹っ飛ばされた。
ダメージを受けたものの、アブソルはなんとか地獄の湖から砂浜へと脱出を果たした。
(ギャラドスに捕まったら、また水中に引きずり込まれてしまう……! とにかくギャラドスに近づかれてはダメね!)
判断したエレナは即座に指示する。
「アブソル、“かげぶんしん”! 水から離れながら分かれて!」
アブソルは、湖水と砂浜の境界線から斜めの角度に進むことで、ギャラドスから見て左右に分かれながら同時に湖からも離れる。
ギャラドスは、左側の斜めに逃げるアブソルを追い、“たきのぼり”で攻撃しようとする。
「アブソル、“つじぎり”だけ! その後“かげぶんしん”フォームAのエスケープ!」
ギャラドスの攻撃とアブソルの攻撃がぶつかり合う。威力の強さではギャラドス側が勝ち、アブソルは吹っ飛ばされる。
アブソルは素早く態勢を立て直し、2体に分身して互いに正反対の方向へ進む。ただし今までとは違い、ギャラドスを囲む動作はせずに互いに正反対方向に直進し続ける。
ギャラドスは適当に右に行くアブソルを追いかけ始めた。
エレナは、現在実行中の作戦を振り返る。
(ギャラドスに近づかれては終わり……! だから、ギャラドスが本物を攻撃してきた時は技のぶつかり合いでわざと負けて、飛ばされて距離を離す……! もし偽物を攻撃してきた場合は、正反対の遠くに行った本物のアブソルで遠距離攻撃……!)
しかし様子を見ていたエレナは、作戦が上手くいっていない事に気づく。
(ダメね……アブソルが相手に与えるダメージに対して、相手から受けるダメージの方が大きい……!)
逃げながら遠距離攻撃に徹し、正面の攻撃のぶつかり合いはあえて負ける。その作戦をとっているため、アブソルの“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に操るという特技が生かせずにいた。
(グレイに負ける程度では……シャルラには勝てない! 絶対に勝つ! アブソルには頑張ってもらうしかないわ!)
エレナはアブソルに新たな要求を出す。
「アブソル! “サイコカッター”は、頭の刃と尻尾の刃の両方から同時に放って!」
“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に操れるならば、“サイコカッター”を2つ分同時に操ることも可能。エレナはそう考えたのであった。
アブソルは、頭の刃と尻尾の刃で同時に念の刃を作り出そうとした。しかし尻尾で作った念が消えてしまい、発射された念の刃は1つだけであった。
さらに、2つ同時に操ろうとすることで念の刃を作り出す時間がいつもより増え、結果的にギャラドスが近づくまでに発射できた念の刃の数はいつもより少なくなってしまった。
エレナがアブソルに叫ぶ。
「アブソル! なんとしても2つ同時に操って! 今“サイコカッター”を2つ同時に操れないようでは、求める所には全然届かないでしょう!」
エレナの求める所とは、シャルラのエレザードに対抗する力を得る事である。
エレナの認識の中では、シャルラのエレザードはグレイのギャラドスよりも強い。ならば求める所に到達するには、ギャラドスを余裕で倒せることが望ましい。ましてやギャラドスに勝つことなど最低限の条件である。
今“サイコカッター”を2つ同時に操る技能は、その最低限の条件を達成するために必要な力であり、これが達成できなければ、そもそも前提から崩れてしまうのである。
エレナの想いに応えるべく、アブソルは必死に“サイコカッター”を2つ同時に操ろうとするが、それでも上手くいかない。
そんなエレナとアブソルの様子を見たグレイは、エレナに話しかけてくる。
「おいおい、ずいぶんと無茶な要求してるな! さっき“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に操ってたのは凄いが、さすがに同じ技を2倍の量で放つのは無理だろ! そんな事できるなら、とっくにKKの“たきのぼり”だって威力が2倍になってるぜ?」
自分のギャラドスに指示しないので口が暇なグレイは、さらに余計な言葉をエレナに投げつける。
「エレナは現実逃避してるんだよ」
(なんですって……!?)
グレイの言葉に、エレナはムッとした表情を浮かべながら言葉を発する。
「アタシのどこが現実逃避しているのよ!?」
「“サイコカッター”を2つ同時に操れなんて要求してる事がそうだろ! なんか高い目標を目指してるのか知らんが、現状で不可能な事に期待して他に何も考えないなんて、現実逃避以外の何物でもないだろ!」
『エレナ、お前が何を目指していて、どこを見ているのか知らないが、これだけは言っておく……今、目の前のバトルに向き合わない限り、KK……オレのギャラドスには絶対に勝てないぞ』
この戦いが始まる前にグレイに言われた言葉がエレナの脳裏に浮かんだ。
今エレナが直面している状況、グレイの言葉、この2つが結び合わさった瞬間、頭の回転が速いエレナはグレイの言葉を一瞬で消化した。
(グレイが言いたかった事は……そういう事だったのね)
高い目標をもつこと、これは悪いことではない。
高い目標を設定すれば、その通過点に低い目標が自然に発生することもあるだろう。
しかし高い目標に執着することで、低い目標を達成できていない自分から目を逸らしてしまうのは間違いである。
低い目標を1個ずつ達成することの積み重ねによって、高い目標がクリアされるのである。
シャルラのエレザードを倒すことを目標にしたからと言って、グレイのギャラドスが自然と倒せるようになる訳ではない。
グレイのギャラドスを倒すという試練を全力で越えてこそ、その先にシャルラのエレザードの打倒が見えてくるのである。
エレナはその事に気がついた。
(もし“サイコカッター”を2つ同時に操ることができれば、目標に近づいている証拠になる。でも、現状はそれに届いていない。今アタシがやるべき事は、ないものねだりをする事ではなく、今をどう乗り切るか現実的に考える事よ!)
頭を切り替えたエレナは素早く新たな戦法を考え始めた。
(今やるべき事。湖に引きずり込まれないよう注意すること、なるべく被ダメージを減らして与ダメージを増やすこと。この2つ。それを踏まえた作戦は……)
わずか3秒で結論を出したエレナはアブソルに指示し始める。
「アブソル、接近戦を展開するわ。動き方はアタシが指示する。厳しい戦いになると思うけど頑張りましょう!」
エレナはアブソルに指示を開始し、アブソルはエレナから届く指示を忠実に実行する。
“たきのぼり”で圧倒的な水をまとって迫りくるギャラドスに対し、アブソルは“つじぎり”と“サイコカッター”で突撃を防ぐ。
勢いが止まったギャラドスの懐にアブソルが入り込む。
アブソルは再び“つじぎり”と“サイコカッター”を繰り出そうとする。また、技が発動するまでの僅かな時間も、頭と尻尾の刃や脚の爪で直接切り裂いたり、噛みついたりして積極的に攻撃をしかけていく。
対するギャラドスも“たきのぼり”が発動するまでの時間で、鋭い牙で噛みついたり、太い尻尾を叩きつけたりと激しく応戦する。
殴られる前に殴るべし、攻撃が最大の防御という法則が成立する展開の中、アブソルにダメージを受けさせない事は不可能である。
この激しい肉弾戦が展開する中で、エレナは相手の攻撃を全て防ぐのではなく、防ぐべき攻撃を取捨選択し、効率良くダメージを与えられるようにアブソルに動きを指示していた。
さらにエレナは、アブソルとギャラドスの位置にも気をつけて指示していた。
アブソルが湖に引きずり込まれないように、なるべく内陸で戦いが展開されるように仕向けていた。
また、ギャラドスの激しい攻撃によって湖に押し出されないように、アブソルがギャラドスよりも内陸側に位置する状態になるように動きを指示していた。
陸上でも互角の戦いである今の状況では、アブソルが湖に引きずり込まれる事はアブソルの敗北とほぼ同じ意味であった。
激しい展開が続き、アブソルとギャラドスは両者とも大きく体力が削られていた。
そんな中、ギャラドスがアブソルに激しく噛みつき、そのまま宙に放り投げる場面が訪れた。
この状況にエレナは焦る。
(まずい! アブソルが宙を舞っている間に陸側をとられたわ!)
さらに、ギャラドスは“たきのぼり”を発動しようとしていた。このまま空中のアブソルが“たきのぼり”を受ければ、湖に吹っ飛んでしまう状況である。エレナは急いで言葉を発する。
「同時技は防御に使って!」
アブソルは“つじぎり”と“サイコカッター”を、横から迫るギャラドスに向けて放った。
しかし、ギャラドスは横からアブソルに攻撃することはなく、アブソルの上に回り込んだ。結果的にアブソルの2つの技は空振りに終わった。
アブソルの上に回り込んだギャラドスは、上から“たきのぼり”で突撃した。一瞬前に技を放ってしまったアブソルにはそれを防ぐ手段がない。せめてもの抵抗で頭と尻尾の刃を向けるがギャラドスは動じない。
ギャラドスの“たきのぼり”が上から直撃し、アブソルは激しく砂浜に叩きつけられた後大きくバウンドして再び宙を舞う。
ギャラドスは空中のアブソルに素早く巻きつき、“こおりのキバ”で攻撃しながらアブソルを胴体から牙に持ち替え、砂浜に点在する固い岩に向かってアブソルを叩きつけた。アブソルが叩きつけられた岩は砕け散って粉々になった。
「攻撃してから右に移動!」
指示を続けるエレナだが、アブソルの動きがいつもより鈍い。エレナの指示を即座に実行できなかったアブソルは再びギャラドスに捕まってしまう。
(! しまった!)
エレナはアブソルの動きが鈍くなった理由に気がついた。
アブソルはギャラドスの“こおりのキバ”を受けた際に、1本の脚が凍らされていたのである。
エレナが原因に気がついた時にはもう遅かった。アブソルはギャラドスに捕まり、湖の方へ運ばれ、湖に放り投げられた。
「アブソル! これ以上脚を凍らされてはダメよ! ギャラドスに背中を向けながら“サイコカッター”で攻撃し続けて!」
そう指示したエレナだが、ギャラドスはアブソルが水中に落下したのと同じタイミングでアブソルに巻きついた。
もはやアブソルに逃げ場は無い。そう判断したエレナは賭けにでる。
「アブソル! 全力で攻撃! ここで倒しきるしかない!」
アブソルは、頭の刃で“つじぎり”、尻尾の刃で“サイコカッター”を繰り出し、脚の爪でひっかき、噛みついて、体力が減っているギャラドスを全力で攻撃する。
ギャラドスは抵抗するアブソルを激しく締め上げ、さらに“こおりのキバ”の冷気を伴う牙でアブソルの首に噛みついた。
アブソルの喉と首に、ギャラドスの鋭い牙が深く食い込み、さらに周りの湖水が凍り付いてアブソルの首回りを凍結していく。
その状態でギャラドスはアブソルの頭を水中に沈めた。首が凍り付いたアブソルは水中から頭を上げることができない。
酸素を求めて激しく抵抗を続けるアブソルに対し、ギャラドスはアブソルの前脚に“こおりのキバ”をくらわせた。湖水が氷に変化してアブソルの前脚を覆う。
ついにギャラドスはアブソルを湖底に引きずり込み始めた。首と前脚が凍り付いたアブソルはそれに抵抗することができない。
エレナが悲痛な叫びをあげた時、両者の姿は砂浜の2人のトレーナーからは見えなくなっていた。
************
結果
エレナ側
アブソル (戦闘不能)
ジュカイン (戦闘不能)
リザードン (戦闘不能)
チルタリス (戦闘不能)
グレイ側
ギャラドス[呼び方:KK] (大ダメージ)
レパルダス[呼び方:レパ] (中ダメージ)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
************
バトル後にポケモンセンターに戻り、ポケモンの体力を回復させたエレナとグレイは、ポケモンセンターの休憩所にいた。
椅子に座り、テーブル越しに向き合う2人。語る少女と聞く少年の雰囲気は真剣なものであった。
「アタシね、焦っていたのよ。自分がポケモントレーナーとして未熟な事にね。そのせいで色んなことを見失って……ポケモンへの感謝も忘れて……ポケモンの小さな成長に喜ぶことができなくなって……」
語るエレナの雰囲気は暗く、2人の会話はなんとなく重い空気が漂っていた。
「でも……アタシは強いポケモントレーナーになりたいの! ポケモンに感謝することは大切なこと、小さな成長を喜ぶことも大切なこと。それは分かっているわ。でも……強くなりたいという想いは変わらないのよ!」
エレナはグレイの目を真剣に見ながらグレイに問いかける。
「ねえグレイ……どうしたら、ポケモンへの優しさと、ポケモンの強さを両立できるの? アタシはどうしたらいいの……?」
エレナの真剣な雰囲気にグレイは完全に呑まれていた。
グレイはエレナの目から視線を逸らしながら何とか言葉を返す。
「な、何でそんなこと……オレに……聞くんだよ……?」
「アナタは一流のポケモントレーナーを目指している訳でもないのに……! 厳しい鍛錬をポケモンに課している訳でもないのに……! そんなにも強いじゃない……! アナタは答えを知っているのでしょう……!?」
僅かに嫉妬を含むエレナの真剣な視線に耐えられなくなったグレイは、自分のポケモンに助けを求めるべくモンスターボールを取り出した。
グレイの横にハピナスが現れた。
「エレナ、とりあえず姐さん……オレのハピナスを撫でて落ち着いてみろよ……」
エレナは納得のいかない表情を浮かべながらも、グレイの言葉通りにハピナスを撫でた。
(なに……これ……! すごく……幸せな気分……ね……)
ハピナスの不思議な癒しの力が、フワフワな体毛を通じてエレナに伝わっていく。ハピナスを撫でる度にエレナは幸福感に包まれる。
ハピナスのおかげで場が柔和な雰囲気に包まれたころ、グレイが口を開く。
「強くなる方法だけどな……答えなんて、オレだって知らないぜ。正解なんて人それぞれだと思うしな」
「そんな事は分かっているわ。アタシが聞きたいのは、アナタがどう考えているか。アナタにとって正解は何なのかを聞きたいの」
ハピナスを撫でながら問いかけるエレナ。その視線が真剣であることは変わらないが、先と比べてエレナの視線は少し穏やかなものであった。
「オレは、自分のポケモンに向き合って、自分のポケモンを理解することが1番大事だと思ってる」
「自分のポケモンを理解すること?」
「そうだ。それに、自分のポケモンのことを理解すれば、強さを引き出す方法も分かるかもしれない」
「アナタはその方法で強くなれたって言うのね。……でも、そんなに簡単にポケモンのことを理解できるのかしら? ポケモンと向き合っても理解できなかった場合はどうすればいいの?」
「そんな事オレに言われてもな……答えなんてオレだって分からないし……オレが強くなったのだって偶然というかKKのせいというか……」
グレイの更なる返答を期待するエレナと、エレナの期待する答えを用意できなくて困った顔で悩むグレイ。
しかし、グレイは何か思いついたといった表情を浮かべ、再び口を開く。
「オレが1番大事だと思うことは、自分のポケモンを理解する努力を続けること! これだな! 確かに、そんな簡単に自分のポケモンのことが分かれば苦労しない。だから努力を続けるんだよ」
グレイは自分を例にして語りつづける。
「オレだって、自分のギャラドスのことが理解できなくて困ってる。戦闘狂で暴れるのが好きとか、そういう表面的なことは分かる。でも、なんで戦いが好きなのか、オレの事をどう思ってるのか、アイツの心は全く読めない。それでもオレは理解しようと努力してる……今のところ努力は報われてないけどな……」
グレイは、ため息をついているエレナを見て、少し複雑な表情をしながらエレナに問いかける。
「オレの話は的外れだったか?」
「ああ違うの。ゴメンなさい。アナタの話に呆れていたのではなくて、自分の愚かさを嘆いていたのよ……。自分のポケモンを理解する努力を続けること、こんな基本的なことを忘れていた自分が情けなくてしょうがないわ……」
エレナはハピナスを撫でるのを止め、自分の手を組みながら語り出す。
「アタシだって最初、研究所でポケモンを貰って旅立った頃は、ポケモンのことを理解する努力をしていたわ。いえ……前にアナタと会った時まではそうだった。でも……ちょっとね、自分が未熟だと痛感させられる出来事があってね……強くなるにはどうしたらいいか、そのことで頭がいっぱいになって……」
エレナは語りながら大きくため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げるらしいな」
「……今、真剣に話している途中なんだけど!」
「すんません……」
威圧されて心が傷ついたグレイを見て、ハピナスがグレイに寄ってくる。グレイはすかさずハピナスを撫でて心を癒した。
エレナは語り続ける。
「それでね、未熟な自分に焦って……強くなる方法を考える内に、ポケモンと向き合うことを忘れて……独りよがりな考えになって……それで、こうなったのよ……」
エレナはグレイを見ながら言葉を続ける。
「今日、アナタに負けてよかったわ。ポケモンのことを理解する努力をして、それで強くなれることを証明してくれてありがとう。手本を見せてくれてありがとう」
「おう、悩みが解決してよかったな」
2人の会話はそこでいったん途切れた。
すこし間をおいてから、エレナがグレイに話しかける。
「グレイ。アタシ、あらためてアナタをライバルだと思うことにするわ」
「あらためて……? 前からオレのことライバルだと思ってたのか?」
「あら、初めてバトルした時に宣言したと思うけど」
「んん……? そうだっけ? まあいいや。オレもエレナのことはライバルだと思ってる。なんだよ、両想いだったのか!」
「そうね。グレイと両想いになれて、とても嬉しいわ」
「ちょっ! 大声で両想いとか言うなよ! 誤解されるだろ」
「アナタが先に言ったんでしょう!?」
「いや、それはそうだが……まさかエレナが冗談を即座に返してくるとは思わなくてな……」
「アナタが冗談ばかり言うせいで耐性がついたのよ。まあ当然よね。アナタとは両想いだったんですもの!」
「ぐっ……! そうだよな、オレたち……両想い……だもんな!」
エレナが躊躇なく両想いという言葉を使うのに対し、グレイには若干の恥ずかしさがある。この言葉の戦いは不利だと判断したグレイが、話題を無理やりすり替える。
「まあ、あれだエレナ。いつでもバトルの挑戦は受けてやるよ。ライバルだからな」
しかし、その言葉にエレナが反応した。
「いつでも……? じゃあ今からお願いしてもいいのかしら?」
「いやいや! 今からはさすがに冗談だろ! もう少し期間を開けろよ!」
「決して冗談ではないわ。アナタに負けた悔しさで今夜は眠れないと思うわ。この悔しさ、アナタに勝って今すぐ発散したいの」
「オレに勝てる前提かよ、おい! さっき、『アナタに負けてよかったわ』とか言ってただろ? 自分の言葉に責任もてよ!」
「それは、アナタに負けたことで自分の過ちに気づけて良かったという意味よ。負けることが嬉しいなんて意味では全くないわ」
「……姐さん、撫でるか? 心が落ち着くぜ?」
「遠慮しておくわ」
バトルをやるのかやらないのか揉め始めるエレナとグレイ。
彼らは、ポケモンを理解することで強さを引き出す方法を選んだ。それが正しい方法なのか、あるいは間違っている方法なのか、その答えを知る者はいない。
ポケモントレーナーにとって、ポケモンとは何なのか?
崇めるべき神のような存在、畏怖すべき恐怖の対象、そのような人間よりも上位の存在なのだろうか?
あるいは、心を通わせる友達、運命を共にする相棒、利害関係が一致しただけの他者。そのような対等な関係なのだろうか?
それとも、一方的に命令ができる道具や奴隷なのだろうか?
ポケモンとは何か? その問いは、ポケモントレーナーにとって永遠の問いかけであり、その問いに対する絶対的な答えを知る者は誰もいない。
後書き
忙しくて文章を書ける時間が減りました
更新ペースを今までの1/4程度に落とそうと思います
ページ上へ戻る