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フロンティアを駆け抜けて

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集いしチャレンジャー

「まったくこいつら……しつこいわね。ラティ、サイコキネシス!」
「ははっ、こっちもサイコキネシスだ!」
「カポエラー、トリプルキック!」
「ラティ、避けて!」


 バトルフロンティアに到着したジェム。まずそこにある施設の特殊な外観に驚き、あたりを探索するのもつかの間。ひょんなことから自分と同じくプレオープンにやってきた挑戦者たちとバトルする羽目になってしまった。そのわけは、30分ほど前に遡る――

「それじゃあ見送りもしたし僕はいくね。開始は明日だから、今日は見物でもしつつゆっくりするといいよ」
「はーい、ジャックさん」

 一緒にここまで来たジャックはラティオスに乗るとさっさとどこかに飛んで行ってしまった。ジェムも大人しくこれから巡る施設を見て回ろうとする。

「すごい……空を飛んでいるときも思ったけど、大きいわね。地上から見るとてっぺんが見えないわ」

 島の中央には、巨大な塔とでも言うべき建物がありその一番上は目視できなかった。その他にもまるで野球場のような円形のドームに、ポケモンコンテストの会場のような煌びやかな建物、巨大なサイコロのような、白い正六面体の建物。そして中の様子を映し出すために設置された無数のモニター。面白そうなものばかりでこれから始まるバトルに期待を膨らませるジェム。だったのだが。

「おいガキ!もういっぺん言ってみやがれ!」
「そこまで言うなら俺らとバトルしろや!」
「……」

 怒鳴り声が聞こえてそちらを見てみれば二人の男が、ジェムよりもさらに年下であろう少年に突っかかっている。帽子とフードを深くかぶった少年は怯えていて、おどおどしているように見えた。そう判断したジェムは、一も二もなく彼らの間に割って入る。

「ちょっとあんたたち!こんな小さい子に二人がかりで大人げないわよ!」

 父親譲りの正義感でそう叫ぶと、二人の男の矛先はジェムへと移り、ドスの効いた声を荒げる。

「ああん!なんだこのメスガキ!」
「邪魔するとてめえもいてまうぞコラァ!」
「誰がメスガキよ!私にはジェム・クオールっていうお父様とお母様に貰った立派な名前があるわ!」

 それに一歩も引かずに対峙するジェム。フルネーム――つまりチャンピオンである父の名字を出せば相手は引くのではという打算もあった。ここに来ている以上は、それなりにトレーナーとしての事情にも興味を持っているだろうから。だがそれは逆効果だった。

「クオールだと……チャンピオンのガキか?」
「だったら丁度いい!このフロンティアで活躍すればポケモントレーナーとして名を上げられると思って来たが……チャンピオンの娘を完膚なきまでに叩き潰せばさらに名が上がるぜ!」
「おお!そうだな兄弟!となりゃいくぜフーディン!」
「出てこいや、エビワラー!」

「やる気ね……いいわ、フロンティアに挑む前の肩慣らしよ。出ておいで、ラティ!そっちの子はさっさと逃げなさい!」
「……」

 少年は相変わらずきょろきょろおどおどしている。こうなっては仕方ない。一人で二人を相手にするしかないだろう。こうしてジェムのバトルフロンティアは施設に挑む前から波乱の幕開けとなったのだ。

「さあ、さっきまでの勢いはどうした!?スリーパー、思念の頭突きだ!」
「見たことねえポケモンを連れてるようだが、大したことねえな!サワムラ―、メガトンキック!」
「もう三体も倒されてるくせによく言うわよ!ラティ、自己再生!」

 頭突きと蹴りを受け止めながら、ラティアスは超能力で自分の傷を癒す。既にフーディンとカポエラー、それにエビワラーをラティアス一体で倒しているのだが、男2人は怯むことなく攻撃してくる。自己再生で回復できるとはいえ、ラティアスも消耗していた。相手の手持ちが六対ずつだとしたら、さすがに倒しきる前にラティアスの方が限界が来るだろう。

「こうなったらしょうがない……『アレ』を使うよラティ!」
「きゅううん!!」
「その神々しきは聖なる光!今、藍と紅混じりあいて、幻惑の霧となって!」

 ラティアスの体が光輝き、目の前に赤と青のグラデーションによる光の珠が発生する。それを打ち出し、サワムラ―に命中させると光の珠は炸裂して、周り全てを覆う虹の濃霧となった。男2人がジェムと少年の姿を見失う。

「ほら、逃げるよ!」
「えっ」

 ジェムは少年の手を取り、一目散に走りだす。あんな連中相手に逃げるのは癪だが、ラティアスを傷つけられるのはもっと嫌だった。

 後ろ二人で自分たちを追いかけようとして衝突でもしたのか男2人の悲鳴が聞こえたが、そんなことはジェムにとってはどうでもいいことだった――


「はあはあ……どうやら、撒いたみたいね」
「……」

 手を取って走ったせいか、割とすぐに息が上がったジェムだったが、幸いにして二人は追いかけてこなかった。ジェムの速さに付き合わされた少年も肩で息をしている。

「それであなたは、どうしてあの男達と揉めてたの?」
「……それは」

 少年はもごもごと口ごもる。言いにくいことなのかな、と思ったジェムは少年に目線を合わせて話題を変えた。

「それじゃあいいわ。どうしてあそこに一人でいたの?お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
「パパとママは……ここにいるけど、来ない」
「?」

 よくわからない返事だった。判断に迷っていると、少年はため息をついた。

「……っていうかなんなの、君。あんなの相手にしなければどうせ何もされずにすんだのに下手に刺激しちゃって……馬鹿みたい」
「……え?」

 今この少年は何と言っただろうか。ジェムの聞き間違いでなければ、おどおどしながらジェムを馬鹿にしたように聞こえたのだが。

「挙句の果てにぼくまで走らせるし……余計なお世話だよ。こんなことなら、最初から黙らせておけばよかった」
「なっ……!あんた、言っていいことと悪いことってもんが」

 ジェムの怒りを含んだ声にも気にせず、少年はとどめの言葉を放つ。


「しかも何あの台詞。……恥ずかしい」


 ジェムの堪忍袋の緒が切れる。多分あの男二人にも同じような調子で馬鹿にしたのだろう、こんなことなら助けるんじゃなかったと思いつつ、そして。パチン!!と少年の頬を平手で打つ。

「助けた礼を言えとは言わないわ!でも、あれはお父様が私にくれた言葉なの、馬鹿にしないで!!」
「……!!」

 平手打ちをされた少年は、びっくりしたように目を見開いた。そしてその瞳にじわりと涙が浮かぶ。

「ぶった……ママにも叩かれたことないのに」

 少年はフードの裏側からモンスターボールを取り出す。そしてそれを開くと、中から現れたのはメタグロス。4本の鉄足が大地を踏みしめ、強面がジェムを睨む。

「何がお父様だ。パパなんて、自分の考えを子供に押し付けるだけじゃないか。馬鹿みたい。……お返ししろ、メタグロス」
「……ラティ、来るよ!」

 目深にかぶったフードから覗く少年の瞳は、本気だった。咄嗟に対応するジェム。

「メタグロス、高速移動」
「ラティ、影分身!」

 メタグロスが電磁力を利用して体を浮かせ、目にも留まらぬ速さで動く。ラティアスが分身して惑わそうとしたが、少年の瞳はラティアスを最初から見ていない。ジェムの体を見つめていた。

「……『お返しする』っていったよね」
「!!」

 ぞっとした。その瞳に、言葉に自分の対応は間違っていたことを確信した。少年は自分にポケモンバトルを仕掛けてきたのではない。彼は――

「やれ、メタグロス。バレットパンチ」

 鋼の拳が――鍛えているとはいえポケモンに比べればあまりに小さなジェムの矮躯を、高速で殴った。

「あがっ……」

 どさり、とジェムの体が少年の目の前で崩れ落ちる。階段から転げ落ちた時のような、身じろぐどころか悲鳴すら上げられないほどの痛み。それを与えたことに少年は初めて笑顔を浮かべ、そしてジェムの髪を掴んで意外なほどの腕力で持ち上げた。

「はい、お返しだよ。文句は言いっこなしだからね」

 バチン、と。少年は虫の体を引きちぎるような笑顔を浮かべて平手でジェムの頬を叩く。顔にジンジンとした痛みが響くが、文句を言う余裕などあるわけがない。鋼の体を持つポケモンに殴られたのだから。

「きゅ……きゅううん!!」
「うるさいよ。やれ、メタグロス」

 ラティアスが主を傷つけられたことに怒りの声をあげる。サイコキネシスを放とうとしたが、その前にメタグロスがラティアスの背後をとってコメットパンチで殴り倒した。

「きゅうう……」
「ら、てぃ…」

 ポケモンバトルではないとはいえ、自分たちを圧倒する少年に、ラティは歯噛みし、涙を零す。自分たちは良かれと思って助けてあげたのに、何故こんな目に合わなくてはいけないのか。――そして、状況は更に動いた。

 突如として設置されていた無数のモニターにスイッチが入る。そこに映し出されたのは、全て同じ映像だった。紅い長髪に緑の瞳の男が、堂々とした態度で立っている。


「いようおはよう、この島に集まった挑戦者ども。まずは俺様の招待を受け入れ来てくれたことに礼を言ってやるぜ」
「……!」

 その放送が始まった瞬間。少年の瞳が鋭くなる。

「プレオープンだが、思ったより早く準備が終わってな。――今この瞬間よりこの島はバトルフロンティアと化す!!」

 どわっ、と町中のどよめく声が聞こえた。それはそうだ。この島に集まったのはすべてバトルフロンティアに挑戦にしに来たものばかりだからだ。

「それと、ここで一つイベントの開催をお知らせするぜ。一遍しか見せねえし言わねえからよーく見ろよ?」

 画面が切り替わる。新しく映ったのは他ならぬジェムと少年の顔写真だった。何故自分たちの写真が、と驚くジェムと少年。


「内容は簡単だ。こいつらを倒して、何処かの施設に連れてくりゃあいい。それが出来た暁には――一人、10万円くれてやるよ。そして二人とも倒せば50万だ.。いわばハンティングゲームだな」


 とんでもない内容だった。これではジェムたちの気の休まるときなどない。

「おっと、こいつらが誰かって?教えてやるよ、女の方はあのチャンピオンの娘、ジェム・クオール。そして男の方は――俺様の息子、ダイバ・シュルテンだ。つまりこの地方の王者二人の子供ってわけだ。倒しがいがあるだろ?よーく覚えときな」
「……」
「……!!」

 再び画面が紅い長髪の男に切り替わる。それを苦々しげに見る少年、ダイバ。気を失ってしまいそうなのを必死に堪える少女、ジェム。

「これで告知は終わりだ。健闘を祈る。――尤も、祈ってるだけだけどな」

 言うだけ言って、モニターは静かになった。

「……パパのバカ。鬼。悪魔。……いくよ、メタグロス。出てきて、サーナイト」

 ダイバは吐き捨てるように言うと、もうジェムに対する興味を失くしたようで、どこかへ歩き出す。新たにサーナイトを出したのは、自分の身を守るためだろう。

 残されたジェムも、気を失うわけにはいかなかった。ここで倒れたら、お金目的の連中に気を失った状態で施設を連れ回されかねない。

「そんなの……いや。ルリ、出てきて」

 必死に腰のボールに手をやって、マリルリを出す。特性『力持ち』を有している彼女は、ジェムとラティアスを担いだ。

「一旦、何処かに隠れましょう……お願いね」

 そう言うと、ジェムは気を失った。そうして、ジェムのバトルフロンティアはただの挑戦者ではなく。狙われる獲物としての幕をあけたのだった――。





「いったたた……」


 ジェムが痛みをこらえながら体を起こすと、そこは施設と施設の間の狭い空間だった。どうやらルリは上手く自分を隠してくれたらしい。開始早々、どこの誰とも知らない相手に連れ

回されずに済んでほっとする。

「でも……どうしよう、ラティも怪我しちゃったし、これじゃフロンティアどころじゃないかも……」

 弱音が零れる。いやそれは弱音と呼んでいいのかどうか。島中に人間に狙われるというのは13歳の少女には――大抵の人間はそうだろうが――未知の状況である。
これからどうすればいいのか悩んだそんな時。ポケベルから着信が届く。相手は、母親のルビーだった。

「ジェム、今話しても大丈夫かい?」
「お母様……うん、大丈夫」

 ルビーの声は、娘を心配する母のそれだった。

「今、こっちにバトルフロンティアの様子がジャックさんから伝わってきたよ。町中のトレーナーに狙われてるって……声も辛そうだし、もう怪我でもさせられたの?」
「ううん、違うの。実は……」

 ジェムはルビーに事のいきさつを話す。絡まれている少年を助けたら逆にけなされて喧嘩になって、ポケモンに殴られたこと。その少年はこのフロンティアの主催者の息子であることを。するとルビーは、大きくため息をついた。

「……親が親なら子も子か。ジェム――一旦うちに、帰ってきてくれないかな?」
「えっ?」
「ジェムにとっていい経験になればと思って行くことには反対しなかったけど……今のフロンティアはあなたにとって危険すぎる。こんな狂ったゲームに付き合う必要は皆無だよ」

 ルビーは基本的に娘の自主性を重んじていたが、危険が及びそうなことにはかなり心配性な部分もあった。それがわかっているからこそ、心配をかけまいとジェムは笑う。

「大丈夫よお母様。もうぴんぴんしてるし、せっかく楽しそうなところに来たのに帰るなんて出来ないわ!これくらいへっちゃらよ。お父様とお母さまの娘だもの。お父様は昔自分の憧れの人に裏切られても頑張ったし、お母様だって昔はお爺様やお婆様にいじめられても、頑張ってきたんでしょう?だから私だって――」
「ジェム」

 だが、母親の耳はごまかせない。空元気で言っていることも、本当は弱音を吐きたい気持ちも、覚り妖怪のように伝わっている。

「……昔から言っているだろう?ジェムは私やお父さんの娘であるよりも前に、ジェムという一人の女の子なんだよ。無理はしちゃいけないし……しないでほしい。あなたに何かあったら、悲しいじゃすまないんだ」

 母親の言葉は真剣で、電話越しにも赤い瞳がまっすぐ自分を見つめているような気がした。

「それにね、ジェム。トレーナーという物は基本的に無教養で無鉄砲なんだ。……施設での公平なバトルならいいけど、人目につかない場所で負けたりしたら何をされるかわからない。言いたいこと、わかるよね」
「……!」

 察して、ジェムは戦慄する。今まさに自分がいるのがそういう場所だ。見つからなかったからよかったものの、場合によってはどうなっていたか。

「だからジェム。家に帰っておいで。お父さんもお爺様もお婆様も、誰もジェムを責めたりなんてしない。……やっぱり、まだ遠くに行くには早かったんだよ」

 その言葉に、ジェムは甘えたくなる。そうだ、この状況から逃げ出したところで家族は誰も怒ったりしないだろう。母親は抱きしめて、怪我の手当てもしてくれるだろう。しかし、ジェムはここで退きたくはなかった。

「お母様、心配かけてごめんね。でも……私はやっぱり、挑戦してみたいの。今の自分の実力を試してみたい。危ないと思ったら素直に帰るから……それじゃ、ダメ?」

 ここでどうしても駄目だ、と言われたらジェムは言うことを聞くつもりだ。ジェムは聞かん坊ではないし、母親の言うことがわからない子でもない。娘の言葉に対しルビーは……深くため息をついた。

「まったく、しょうのない子だ。……約束だよ」
「……!うんっ、ありがとうお母様!」
「3回だ。3回野良試合で負けたらすぐに帰ってくること。人目のつかないところにはいかないこと。毎日夜には一度電話をして無事を知らせること。いいね」
「わかったわ!」

 ルビーの声はなおも心配そうだったが、それでも娘の意思を尊重してくれた。そのことに感謝する。

「ジェムの強さは私も知っているしね。娘の我儘を聞いてあげるさ。……女の子なんだからもっと私に似てくれたらよかったんだけどねぇ」
「ふふっ、お母様に似たら偏屈さんになっちゃうわ」
「こら。怒るよ」
「冗談よ、冗談。お母様、愛してるわ!」
「私もだよ。……それじゃあ、頑張ってね」

 通話を切る。体の痛みは残っていないわけではないが、心は随分とすっきりした。

「まずはラティを回復させてあげて……それから挑戦しに行きましょう!行くよミラ、クー!」

 ラティアス、マリルリを引っ込めてヤミラミ、クチートを出す。狭い空間から飛び出せば、すぐさま飢えたトレーナー達が自分に挑んできた。単純に金目当てのもの、チャンピオンの娘と聞いてその実力を確かめようとするもの、様々な相手に対してジェムは応戦しつつ、一番近い施設に向かう。

「お父様とお母様から受け継いだ力、見せてあげるわ!さあ……行くわよ!」

 ジェムが入ったのは、まるで巨大なサイコロのような正六面体の建物だった。ジェムの挑戦が、今始まる。




 一方。通話を切ったルビーは、今は遠く離れた娘の言葉を感慨深く呟いた。

「愛してる、か……私は自分の子供を確かに愛せたの、かな」

 正直のところ、ずっと不安だったのだ。ルビーは昔は愛という物を知らなかったし、子供が実は嫌いなところがあった。だから自分が子供を持ってその子を愛せるのか。自分の父や母がそうだったように虐待同然のことをしてしまわないかと。

「生まれてきてくれてありがとう、ジェム。あなたは私の……宝物だよ」

 でもルビーは夫のサファイアに愛を教えてもらって、子供にもそれを伝えることが出来た。それを教えてくれた娘に感謝しながら、家庭を支える母として家事に戻るのだった――。

 
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