フロンティアを駆け抜けて
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二色の原石
ここはホウエン地方の送り火山の頂上。ゴーストタイプのポケモン達がふわふわと浮かんでいて、うっすらと霧がかかるその場所で。その地に似合わぬ溌剌とした声をあげる一人の少女がいた。
「……勝った!ジャックさんに勝ったわ、私!ねえお父様お母様、私、やったよ!」
赤と青のオッドアイに、ふわふわした茶髪の少女は自らの相棒のポケモンを抱きしめる。それに対面するジャックと呼ばれた男の子は頬を掻く。
「うーん、君が15歳になるまでは負けるつもりなかったんだけどなあ。さすが、チャンピオンの娘だね」
少女の後ろには、二人の男女がいる。彼らがこの少女の父と母であり、父はこの地方のチャンピオンであった。母親はこのおくりび山の巫女であり、日光が苦手なのか日傘を差している。
「ああ、すごいぞジェム。今までよく頑張ったな」
「本当だよ。毎日毎日負け続けたのは伊達じゃなかったね」
「もう!お母様のいじわる!」
ぷくり、と頬を膨らませる少女――ジェム。でもすぐに笑顔を浮かべて、自らの父に問うた。
「ねえお父様、これだけの実力があればいいでしょう?私もお父様とお母さまの若いときみたいに、旅がしたいの!」
そう、ジェムの目的は一人で旅をすることだった。自分の目でいろんなものを見て、見分を広めたい。素敵な人たちに出会いたい。そして、父親と母親がそうであったように自分の運命の人を見つけたい。しかし、父親は首を横に振った。
「駄目だ。どんなに実力があろうと、一人旅は15歳までは我慢。そう言っただろう?」
「えー……」
しょぼん、とジェムは項垂れる。父親は優しいが、一度言ったことは決して曲げない人だ。なので半ばそう答えることも予想していたが、残念なものは残念なのである。ちなみにジェムは今13歳だ。
「その代わり、だ。ジェムには是非行ってほしい場所があるんだ。話を聞いてくれるか?」
「行ってほしい場所?おつかい……じゃないわよね」
父親は一通の手紙を取り出す。そこには大きくこう書かれていた。
「バトルフロンティアへの招待状……?フロンティアってなあに、お母様?」
「色んな意味があるけど。ここでは最先端の、という意味だと思うよ」
基本的に自分の知らない知識に関しては母親に聞くジェム。
「そう。今度ルネシティの近くの島で、いろんな新しいポケモンバトルの試験を行う施設がプレオープンすることになったんだ。ジェムにはそこに行って、テスターの一人になってほしい」
「テスターって……何すればいいの?」
「簡単なことだ。ジェムの思うまま、バトルを楽しんで来ればいい」
父親は、人を安心させる優しい笑みを浮かべてそう言った。
「それなら出来るわ!ねね、いつから始まるの?」
「3日後だな。明日にでも出れば間に合うだろう。そこまでの道は……ジャックさんに案内してもらいなさい」
「ま、ホウエンの地理なら僕は知り尽くしてるからね。安心して任せてよ」
「お願いします。じゃあ、行ってくれるな?」
「任せて!さすがお父様。15歳になる前にこんな経験をさせてくれるなんて……偏屈のお母さまが惚れただけのことはあるわ!」
「やれやれ、誰が偏屈だい。ご飯抜くよ?」
「やめて!」
母親が呆れながら冗談めかして言う。ジェムも笑ってそう言った。
「それじゃあポケモンバトルで疲れただろうし、今日は家でもう休もう」
父親がそう提案するが、ジェムはむしろ元気さを増したようだった。
「こうしちゃいられないわ!私、ちょっと下まで走ってくる!お母様、夕飯は麻婆豆腐でよろしくね!」
「はいはい。お腹をすかしておいで」
言うなりジェムはおくりび山の麓の方へ走り出す。残された父親と母親はそれを見守りつつ、母親が父親に肩を寄せる。差している日傘が、相合傘のようだ。
「さすがあなたの娘だね。元気がいいったらありゃしないよ」
「でも、母さんの娘だ。俺と違って、ちゃんと一人でも考えて行動してる。……あの子なら安心だ」
ジェムの姿はすぐに見えなくなった。ジャックと呼ばれている男の子は、二人を見てため息をつく。
「あれから20年たったけど、君たちは相変わらずの仲だねえ。嫉妬しちゃうよ」
「お蔭さまでね」
「ジャックさん、今まで娘に付き合ってくれてありがとうございました」
父親がジャックに深々と礼をする。礼儀正しくなっちゃってまー、と呟いてから。
「……あの子も旅立ちの時、か。君たちから生まれた宝石がどんな活躍を見せるのか、この目で見届けさせてもらうよ」
そう意味深に語る。そして夜。お腹を空かして帰ってきたジェムと父と母が家族の団欒を過ごして、翌朝――
「それじゃあ行ってきますお父様、お母様!」
「ああ、気を付けていくんだぞ」
「お父さんの顔に恥じない戦いをしてくるんだよ?」
「うん!それじゃあいこっ、ジャックさん」
「はいはい、僕の準備は出来てるよ」
「それじゃあ出てきて――ラティ!」
「きゅううん!」
ジェムは自分の相棒――ラティアスを呼び出す。ジャックもラティオスを呼び出し、その背に乗った。
「私、もっともっと強くなって――お父様みたいな皆に尊敬されるトレーナーになるんだから!楽しみに待っててね!」
そう父と母と、何より自分自身に言い聞かせながら、少女は旅立つ。行く先はポケモンバトルの最前線。その地を踏みしめ、駆け抜けるために――
そしてバトルフロンティアのグランドオープン前日。件のバトルフロンティアでは、一人の男性が立派な椅子に肩肘をついて座っていた。紅い長髪に、翡翠色の気の強い瞳。年齢は30を過ぎているが、その体からあふれるエネルギッシュさは20代前半のそれと比べても遜色ない。
「……長かった。いよいよ俺の計画が発動する」
その男性は椅子を揺らした後、ぐるりと椅子を回転させて、自分の妻、そして集めた部下を見る。その場に集められた6人を見渡して、赤い長髪の男性は強い言葉で命じた。
「いいか、俺がお前達に求めるのは――perfectだ!ここに来る奴らに、そして俺自身に――perfectな日々を、気分を与えろ!」
パーフェクトというと完璧なという意味合いが強いが。ここでは充実した、という意味も含んで使っている。このフロンティアのキャッチコピーは『perfectな日々を貴方に』である。
「さあ、持ち場につけ!最終調整を怠るんじゃねえぞ!」
男性がそういうと、妻を除いた5人がそれぞれの場所に戻っていく。男性の妻は彼の後ろに行くと、その頭にもたれかかるようにして囁いた。
「ねえエメ君……あの子も参加させてよかったの?いくら実力があるといっても、まだ10歳じゃ……」
「関係ねえ。俺の息子たるもの。これくらいのことは突破してもらわなきゃ困る。後エメ君言うな」
「もう、いくつになっても傲慢なんだから……とはいえ、私も楽しみなんですけどね。フロンティアブレーンとして、あの子と本気で戦えるのが」
「へっ、結局お前もそうなんじゃねえか」
「ええ。それでは私も行ってまいります、あ・な・た」
男性の妻は首筋にキスをして去っていく。残された男性は、パソコンの画面を見てこう呟いた。
「……さて、目下楽しみなのは俺の息子と……あいつの、娘」
そこに映っているのは他ならぬジェムの姿だった。そこには彼女のフルネームが載っている。
「ジェム・クオール、か……」
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