グランバニアは概ね平和……(リュカ伝その3.5えくすとらバージョン)
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第69話:プレッシャースタディ
(グランバニア城・宰相兼国務大臣執務室)
ユニSIDE
以前のウルフ閣下は昼休憩も出来ないほど忙しかった。
昼食は書類作業を行いながらサンドイッチを温くなったコーヒーで流し込むだけ。
勿論3時休憩だってとる事も出来ず、何時か倒れるのでは無いかと心配してたものだ。
しかし部下も増え、仕事を振り分ける方法を取得してからは、昼も3時も席を外して休憩する様になった。
今は3時なので、多分中庭でソロちゃんと遊んでるに違いない。
少し前までは恥ずかしがってコソコソ遊んでたけど、周囲に知られてる事を悟ってからは堂々と遊ぶ様になった。
良い事だと思う……仕事尽くめでは無く息抜きを憶え、兄妹の中で要領の悪いソロちゃんを鍛えてあげ、そして仕事に戻ってくる。
真に良い事だと思うわ……
でも今は以前の休憩しないウルフ閣下に戻ってほしい!
今日だけ……いえ、今だけ……そう今この時間だけ!
休憩を止めて、ソロちゃんを放置して、今すぐ戻ってきてほしい!
何故なら……不機嫌な王妃陛下が居座ってらっしゃるからです。
3時になり、ウルフ閣下が30分休憩に退室した直後……エレガントではあるが力強いノックと共に扉を開けてビアンカ様が入室してきたのだ。
突然の訪問で皆が驚き席から立ち上がると、ビアンカ様は私を見据えて問うてきた……『宰相閣下は何処ですか?』と、普段の優しいビアンカ様からは想像出来ない冷たい口調で!
あまりのプレッシャーに私は声を震わせて休憩中だと伝えた。
するとビアンカ様は『では宰相閣下が戻るまで、ここで待たせて戴きます』と不機嫌さを撒き散らしながらウルフ閣下の席に優雅に座った。
普段なら、その美しさに見取れてしまうのだが、今日のビアンカ様から発せられる不機嫌オーラに気圧されて、室内の全員が胃を押さえる。
あと20分は戻ってこないウルフ閣下を待つには、私の身体(特に胃)が持たないと判断し、ビアンカ様に『直ぐにウルフ閣下を呼んできます!』と提案したのですが……
『その必要はありませんよユニ。時間が来れば戻ってくるのですから、私はこの場で待ちます。皆さんを煩わせる訳にはいきません。私の事は気にせず、各人仕事を続けてください』と却下された。
次なる手立てと『ではお飲み物をお持ちします』と言って退室しウルフ閣下を呼びに行こうと思ったのだけど、『不要ですユニ。私は3時休憩をしに来た訳ではありません。貴女は自分の仕事をしなさい』とマヒャドを浴びせられたかの様に私の計画を潰された。
もう打つ手は無い……
1分・1秒でも早く我が上司が戻ってくる事を祈りながら、過剰分泌される胃酸で胃が無くならない事を同時に祈るしか無い。
「お前はここまでだ。俺は仕事なんだよ」
無慈悲なる神か、もしくは極悪な悪魔が我々の胃を溶かし尽くそうと画策する中、ついに我等が上司……ウルフ宰相閣下が戻ってきた。
ここからは見えないが扉の外にはソロちゃんが居り、入室希望を顔いっぱいに滲ませウルフ閣下を見上げているのだろう。
しかし今はそれどころじゃないのですよ!
閣下……あぁ閣下。早くご自身の席に戻って、この重苦しい空気を何とかしてください。
「!」
私の祈りが通じたのか、ご自身の執務机に視線を移したウルフ閣下の顔に、驚きの表情が見えた。そりゃそうでしょうとも……普段来る事の無いビアンカ様が、不機嫌な表情で自分の椅子に座ってるのですから。
「ふっ……」
しかし、閣下は直ぐにビアンカ様が居る理由を聞く事も無く、ニヒルな笑みを浮かべ余裕の態度で自分の執務机に近付く。
いやいや……余裕ぶっこいてないで、ビアンカ様の機嫌を良くして差し上げなさいよ!
だが私の思いは通じず、執務机の正面から椅子がある方へ回り込むと……
「ちょっと退いてくれませんか。俺これから仕事するんで……邪魔しないで下さい」
と、ビアンカ様を見下ろしながらブッ飛んだ事を言い出した。
「……………」(ガタン!)
言われたビアンカ様は、更なる不機嫌オーラを発しながら勢いよく立ち上がり、席を譲って閣下の執務机の正面に回り込む。
ウルフ閣下の物言いで更に不機嫌さを増したビアンカ様は、両手を腰に当て対象者を睨み下ろす様に立ち尽くす。
だがしかし我等が上司ウルフ宰相閣下は、ビアンカ様がこの場に居る理由を聞く事も無く、不機嫌さを宥める事も無く……唯々、目の前の書類に目を下ろし仕事を再開し始めた。
1分……2分……と、重く静かな時間が経過する。
誰もが尋常ならざる状況に置かれている中、ウルフ閣下だけが平然と通常業務を熟して行く。
お願いしますウルフ閣下……ビアンカ様に用件を聞いて下さい! そして、この拷問の様な時間を終わらせて下さい!!
「ウルフ君……無視するの止めてくれる」
私達以上に、この状況に堪えられたくなった様子のビアンカ様が、静寂を打ち破りウルフ閣下に話しかける。
「無視してないっすよ。先刻『邪魔だ』と言ったでしょ」
言った。確かに言ったわ……でも言っちゃダメ!!
「あのね、私は貴方に用件があって来たのよ!」
「でしょうね。……って事は、用件があるのはそっちであって、俺じゃ無いでしょう。無視してる訳では無く、そちら待ちですよ。さっさと用件を言って下さい」
嫌ー!! 何なの……何でアンタ、そんなに攻撃的なの!?
「ぐっ……あ、貴方が何かを企んでて、リュカがそれの全容を把握出来なくて悩んでるの! リュカを困らせるのを止めなさいよ!」
そ、そんな事が起こってるの!? 一体何を考えてるのよアンタ!
「ふっ……私は何も企んでおりませんし、国王陛下が私の所為でお悩みになってるというのは杞憂でありますよ、王妃陛下。仮に国王陛下が私めの所為でお悩みになってるとしても、それは上司と部下の問題事……門外漢が口を挟む事ではありません。引っ込んでてくれませんか?」
いやいやいや……ムリムリムリ……怖い怖い! この子、怖いわ!
「引っ込んでられないわよ! リュカはね昨晩お酒に逃げたのよ……貴方が何を考えてるか判らなくてお酒を自ら飲んだのよ!」
「ほぅ……つまり王妃陛下は『酒に逃げた所為で私に逃げてくれず、性的欲求不満が蓄積されて困ってる』と仰いたいのですね」
いや別に、そこまで言ってないじゃん! そうだとは判るけど、そこまで言ってないじゃん!
「……べ、別に……そう言う……訳じゃ……」
やはり図星らしく頬を赤く染めモジモジしながら俯くビアンカ様……
カワイイ。
「違う? では何ですか? 『グランバニアの王は神にも勝る王の中の王。だから悩ませたり煩わせたりするのは不敬な行為。身分を弁えて王家の為に傅け』と仰ってるんですか? ほほぉ~……この国の王族が、それ程までに選民主義者だとは思ってもなかったですね。仕える王家を間違えたかな?」
「リュ、リュカを侮辱しないでよ!」
「侮辱しておりません。私は王妃陛下のお言葉を、万人に解る様に訳しただけです」
あの……大変重要なお話しのようですし、私達は退出しても宜しいですか? ってか、退出させて下さい!
「……わ、分かったわよ! 私が言いたいのは、私の夜の楽しみを奪うなって事よ!」
「知るかよ、そんな事! 年増女の性処理事情なんか考慮してられっかよ! マ○コ疼くのならヘチマでも突っ込んでろよ!」
素直に個人的理由を認めたビアンカ様に、激しく激怒し下品で不敬な台詞を浴びせるウルフ閣下……
「用件は以上ですか? であればお帰り下さいませ。お出口はあちらです、エスコートが必要ですか王妃陛下?」
ウルフ閣下の激怒に怯んだビアンカ様……精神を立て直す前に出て行けと言われ呆然としてる。
申し訳ございませんビアンカ様……今回は負け戦です。早々に撤退した方が宜しいかと思います。
「おい! ビアンカ様のお帰りだ……扉を開けて差し上げろ!」
如何して良いのか分からず立ち尽くしてるビアンカ様を見上げ、退室を促すウルフ閣下。
扉近くの部下に、大きな声で命令する。
だが部下も如何して良いのか分からず、ウルフ閣下とビアンカ様を交互に見て困り果てる。
「聞こえなかったのか! 扉を開けろ馬鹿者!」
「は、はい!!!」
業を煮やしたウルフ閣下が怒鳴ると、扉の一番近くに居た部下のエヴァンが飛び上がり、慌てて扉を開けてビアンカ様の退室を促した。
「……………」
暫くの間ビアンカ様はウルフ閣下とエヴァンを交互に睨んでいた。
「ナァン」
扉の前で待機してたソロちゃんが、扉が開いた事で入室許可が下りたと思い、ウルフ閣下の机までやってきて可愛く小首を傾げて見上げている。
そしてソロちゃんの入室を見たウルフ閣下が、
「何だ、入ってきちゃったのか? 仕方ないな……でも俺の仕事の邪魔をするなよ。大人しくしてれば後で遊んでやるからな……まぁお前は良い子だから解ってるよな。解ってない大人も居るけどな」
とソロちゃんと話しながらチラリとビアンカ様を見上げる。
「う゛~~~……お、お邪魔しました!!」
ソロちゃんの円らな瞳に見詰められたビアンカ様は、大層悔しそうに唸ると乱暴な口調で挨拶して出て行った。
扉を開けて開きっぱなしにしてたエヴァンは俯いて目を合わせられない。
「ふっ……邪魔なオバサンだな」
出て行ったビアンカ様を目で追う事も無く、ソロちゃんの頭を撫でながら“オバサン”と評して怖い笑みを浮かべる宰相閣下……
「みんな済まなかったな。自分の仕事に戻ってくれ」
優しい口調で皆に先程までの時間が終わった事を伝え、各人に仕事を再開させるウルフ閣下。何時もの彼に戻ったみたいだわ。
部屋の空気も緩みスタッフ達の心も和らいだ。
ビアンカ様を追い出した形になってるエヴァンだけは、葬式に参列してる様な表情だけど……
ソロちゃんを抱っこすればエヴァンも落ち着くかな?
「いやぁ~ウルフ閣下。ビアンカ様にあんな事言うなんて……拙いんじゃないですか?」
エヴァンは別だが、雰囲気が緩んだ事で前国務大臣秘書官だったラウルが、先程のウルフ閣下の言葉に苦言を臭わせた。
「何か拙い事言ったかね?」
だがウルフ閣下からの返答に室内の全員(ソロちゃんは覗く)の目が点になる。
本当に解ってないのだろうか? いや、そんな訳ないわ!
「“年増女”に『年増女』と言って何が悪い? “オバサン”の事を『オバサン』と評して問題あるか?」
ほらやっぱり……解ってて言ってるわ。
ラウルも眉を顰めてる。
「そんな事ばかり言って……陛下に言い付けますよ」
「……………あ゛!?」
ラウルは緩くなった場の空気に乗っかり笑いを取れる話題を振ったつもりなのだろうが、ウルフ閣下からは不機嫌な声での返答……
何だか拙い雰囲気だわ。
ユニSIDE END
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