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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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第百三二幕 「君はまな板の凄さを知るだろう」

 
前書き
死なないさ。いや……死ねないんだ、この小説は!
本当、終わる目途はまったく経ってないんですけど……この小説だけはエタらせたくないんです。 

 
 
 ――其の目覚めは、的殺の彼方より羅睺神が迫る証とならん。

 ――然るに、吾らの使命はその使者たる百邪を退ける御力を守護する事なり。

 ――来るべき刻、欠片に宿りし人界の守護者はその使い手を選定せん。

 ――刻限が訪れし運命の日が訪れるまで、決して御力を手放すことなかれ。


『――で、パパたちが先祖代々受け継いできたのがこの五芒星のネックレスなんだぞ!』
『うそくせー。偽物なんじゃねえの?パパたちの一族って変わり者だね』
『む、息子よ……ホントに歴史あるものなんだからな、これは?』

 当時まだ少年だった彼は、父の言葉を話半分に聞いていた。やがて成人してから改めて詳しい話を聞かされ、(『御力』とやらが宿ったペンダントが本物かどうかは別として)自分の家系が本当に古くから受け継がれてきている事を知った。
 神とか羅睺神とかその辺の与太話は要するにマヤの予言の類で、多分ご先祖は神話が作られた遠い昔に神官か何かでこんなガラクタを押し付けられたのだ。ただ、過去の文献や他の家宝は政府公認の国宝だったので突っぱねる訳にもいかず、一応口伝の話や胡散臭い呪文は一通り覚えておいた。
 まぁ、特別な家系ではあるけどそれはあくまで伝承を伝えるだけであり、別に金持ちとか名家ではない。だから普通に自分が跡取りを得て、無理ならいとこか誰かに伝承と家宝をパスしてしまえば解決だ。

 適当に受け継いで、適当に受け渡せばいい。
 自分の人生には然程関係がない、古い人間の与太話だ。
 そのころは――まだ本気でそう思っていた。

 そして、何の価値もない筈の伝承は父から娘へと伝わった。

「――で、パパたちが先祖代々受け継いできたのがお前に渡した五芒星のネックレスなんだぞ!」
「うそくさっ。偽物なんじゃないの?パパたちの一族って変わり者ね」
「む、娘よ……これが歴史は繰り返すということなのか……!!」

 それは凰一家がまだ日本に住んでいた頃の、致命的なまでの歴史の分岐点。
 きっとそれが鈴の運命を変え、運命を救い、そして運命を狂わせる一筋の道となる。



 = =



 昔は昔、今は今。
 古代のなんとかは単なる与太話だと思っていた鈴も、今では否定できない。
 鈴が覚えていなかっただけで、『ファンタジー』は当の昔に鈴に姿を見せていたのだ。

「鈴、お前に渡した家宝のネックレスはどこにある?」
「それはいつの間にか無くしちゃって……たと思ってたんだけどねー」

 まさか知らない間に自分の体にトンデモ物質が埋め込まれていたなんて、寝ている間におじいちゃんにサイボーグに改造されていた並のショックだ。しかもきっちり契約まで結ばされて気が付いた時には引き返せない状態という悪徳契約すぎる惨状である。
 鈴は静かに自分の胸に手のひらを置き、はっきりとした声で告げた。

「あのペンダントは今、私の心臓のなかにある。ううん、そもそも『このペンダントが私の心臓の代わりになってる』。そしてパパはそれを知ってて私に黙ってたんじゃないの?いい加減待たされるのも焦らされるのもイヤなの!白状してよね……!!」

 こちとらあの謎の威厳ボイスに散々夢の中でつき合わされ疑問ばかりが増殖しているのだ。いい加減に真実とやらを知って摩訶不思議な突然変異を起こしたIS含めた謎を解明したい。もう鈴は食べ物になんて絶対負けない!……今「即負けそう」って言った奴出てきなさい。シバくから。

「………これは。これは、当時の状況や人に聞いた話、お前の発見された当初の状況などを複合的に判断して繋ぎ合わせた話だ。正直、俺もいまだにどこまでが正確なのは判断しかねている。そんなツギハギだらけの話でも……構わないか?」
「なんでもいい。ただ、嘘と隠し事だけはやめて」
「分かった……どうせいつか、こんな日が来ると思っていた」

 遠い目をした父親――鐘音(チュンイン)は、昔話のように過去を語り始めた。



 = =



 もともと、日本で暮らすことを決めたのは俺だった。
 だから妻の花琳(ファリン)が上手く日本に馴染めなくて苦労したのも、そのあとに鈴音がイジメを受けてしまったのも、ある意味では俺のせいだった。それでも俺と花琳は子供の為に、なんとか上手くやっていた。

 だが、なかなか世の中ってのは上手くいかないものだ。
 ISの登場に伴う女尊男卑の台頭は世間を変えていき、それは俺と花琳の歯車をも少しずつ歪めていった。あとは――些細なきっかけと、たまった不満の決壊。鈴のいないところで散々喧嘩して、言い合って、最終的に俺たちは仲違いした。中国に戻るという点では合意したが、花琳は戻り次第離婚すると怒鳴られた。
 こういう時、男は駄目だよな。謝ってももう遅いぐらいに花琳の決意は固くて、しかも俺が原因なのは間違いない事実だった。俺は頷くしかなかった。唯一鈴音の親権だけは悩みに悩んだが、俺が譲った。これからの世の中、男で一つで娘を育てるってのは余計に鈴音に負担をかけると思ったからな。

 日本にいる間はなんとか取り繕ったが、中国本土に戻ったらもう駄目だ。互いに鈴音の前でムキになって喧嘩して、鈴音にそれをどう伝えるかなんて当たり前のことでさえ大喧嘩した。

 もしそこに不幸があるとしたら、俺達の言い争った場所が空港のすぐ近くのビジネスホテルで駅が近かったこと。そして鈴音、お前がその言い争いを聞いていたであろうことだ。お前は突然自分の財布と荷物だけ持ってホテルからいなくなった。俺たちは直感的に「話を聞かれてしまった」と思った。

 どんな気持ちだったのか……お前はもうその時のことを覚えていないから確認も出来ないが、俺たちは自分たちの醜さを悔いた。もっと素直に娘を愛せていたら、あんなにも長く言い争う事にはならなかったはずなんだ。

 鈴音、お前は土地勘もない中国の駅に一人で飛び込んで、行先も分からない特急列車に飛び乗った。
 なんでか、なんてのは考えればわかる。人間の嫌な部分を見てしまったときや悲しい時、人は自分の知らないどこかに逃げたくなるからな。駅員さんの話によるとお前はぐずっていたらしい。
 すまない鈴音、今更謝ってもお前は困るだろうが、本当に泣かせたくはなかったんだ。

 俺たちは離婚の事なんてすっかり忘れてお前を探した。中国だって場所によってはかなり治安が悪い。子供が行方不明になったらそのまま戻ってこない可能性は十分にある。親のせいで飛び出した子供がそんな事になったら死んでも死にきれない。探して探して探し回った。
 だが、完全には分からなかった。警察にも相談したが、あまり当てにはならなかった。

 その日、俺たちは失意のうちにホテルで眠りについた。明日になったら鈴音がホテルに戻って来て、「寂しくて帰ってきた」ってぐずりながら甘えにくるんじゃないかと淡い期待を持って……。


 その日、俺たち二人は同時に同じ夢を見た。

 鈴音が――俺たちの鈴音が、ばらばらに砕けた電車の中で力なく横たわっている夢だ。

 あの夢は、余りにも現実味が強すぎた――俺たちは次の日の朝、目が覚めると同時に列車事故の情報がないか調べた。そこに鈴音がいてほしいというより、夢が現実であってほしくないという確認だった。

 テレビに、列車事故のニュースが映ったよ。
 生存者は女の子一人。心臓が止まったかと思った。

 ……その女の子はやはりというか、鈴音だった。
 燃え盛る列車の中で発見されたお前の周囲は何故か炎が燃えていなかったらしい。また、激しい出血の後があるにも拘らず、奇跡的にも鈴音の体は掠り傷一つない完全な無傷だったらしい。……他の乗客全員が死亡していたにも拘らずな。

 その話を聞いた時には神に感謝したよ。肌身離さず持たせていたペンダントが無くなっていたが、きっとあのペンダントが鈴音の身代わりになってくれたのだと思って先祖にも感謝した。こうして奇跡は奇跡のまま終わる……そう思っていた。

 事故の後、意識がない鈴音がもうそろそろ目を覚ましそうな兆しを見せた頃……ある日本人の青年が俺達の元を訪ねてきた。そこで私たちは、奇跡とやらのカラクリを知ってしまったんだ。



 = =



「これを見てくれ、鈴音……その青年、『水津花』くんが渡してきたお前の体の精密検査の結果だ」

 ぱさり、と机の上に置かれた紙をペラペラめくる。それなりに勉強したので学はある筈なのだが、やっぱり医療関連の事は分かんない部分が多いなぁ……と思って写真みたいなのがあるページだけ流し見していると、一ページだけ変に分厚い紙を見つける。

「ん?なになに……『専門的なワードが多すぎてほとんど内容が入ってこなかった貴方の為に、このページで精密結果のどこがおかしかったのかを書き出しました。面倒くさがりな貴方がいい加減にページをめくり始めたらこの厚みのある1ページで「ん?なになに……」ってな感じに目を止めてくれると信じています』………ってそんなページあるんなら1ページ目に挟みなさいよ!?この資料作った奴絶対性格ヒネクレてるでしょ!!」
「流石俺の娘、やっぱり親と同じ道をたどったな!」
「流石はわたしの娘!こういう時に家族だなぁ~って思えるわね!」
「そこはなとなーく馬鹿にされてる気がするんだけど気のせいかしら!?というかパパとママも最初から教えてよッ!!」

 同じ仕掛けに引っかかった両親の満面の笑みが無性に腹立つ。なんかしょうもない引っ掛けクイズに引っ掛けられて勝手に「この人も同レベルの知能なんだー」と妙な安堵を受けられてる感じの苛立ちである。
 ちなみにこのページは悪意の設置ではないことが後に明かされるのだが、今の鈴のは知る由もない事である。

「あーもー何なのよこの肩たたいてほっぺプニッてやる悪戯にひっかかった時みたいな虚脱感とやるせなさは……別にそういう場を和ませようみたいな変な気遣いはいらないから!今マジメな話してる自覚あんの!?ないとか言ったら殴るわよ!!」
「殴る……か。鈴音、お前IS学園入学初日に同級生を投げ飛ばしてきたらしいな」
「え?何のこと………うっ!?そういえばそんなことやらかしてた!!」

 今となっては懐かしい、一夏・ユウ・ジョウが完全にリア充になっていると思い込んだ自分の恥ずかし過ぎる暴走の記憶が蘇る。あの時はジョウの超必殺技「ガジェットエクストリームアタック」が炸裂したり、ジョウに周りをトントンリズムを取りながら「NDK?NDK?」と馬鹿にされたり……。
 あれ、なんでだろう。羞恥で始まった筈の記憶がジョウへのふつふつとこみ上げる怒りに変わっていく。とりあえず次にあったらなんか仕返ししよう。素直に引っかかってくれるかどうか微妙だけど。

「なんか全然違うことを思い出しているようだけど、本題に入るぞ。鈴音……お前は気にしていないようだが、おかしいとは思わなかったか?」
「は?おかしい?ジョウの頭がおかしいってこと?そんなの前から知ってるってば」
「違う、そうじゃない」

 今更不思議なことを聞いてくる親だと思っていたら勘違いだったらしい。まったく紛らわしい事を言うんだから……とウンザリした顔で睨んでやると、何故か両親は小声でヒソヒソと「なんでこんなに察しの悪い子に……」とか「教育がまずかったのか……」とか失礼千万な事を言っている。

「茶番はいいからつ・づ・き!」
「あ、ああ。おかしいのは腕力の話だ。お前、そんなに小柄で腕も細いのにどうやって同級生たちを投げ飛ばしたりできたと思う?……おかしいんだよ、それが。お前は代表候補生にたった2年で上り詰めたが、そのときの成績で一番評価が高かったのは体力テストだったな?」
「そうだけど……それは一夏たちに会いたかった一心で死ぬほど頑張ったんだから強くもなるわよ!」
「人間の身体能力は体格に左右される。脚が短かったらその分だけポテンシャルは狭まってしまう。なのにお前、そんな華奢な体のまま当時育成所でトップだった子を後から追い抜いたろ?」

 ……ちなみにその追い抜かれたかわいそうな子が万春々ことはるるである。鈴は全く悪びれていないが。ちなみに春々の身長は鈴より10センチほど高く、スタイルも鈴を上回っている。足の長さなど言うまでもなく寸胴ボディの鈴より長く大きい。
 と考えると同時に自分の体のちんまさに果てしない悲しみを感じるのだが。

「はっきり言うが、努力だけでどうにかなる問題じゃない。原因はお前の持っているカルテの中にあったんだ」
「なーんか釈然としないわね……」

 努力のおかげだけではない……と言われても、実際に鈴は特訓して強くなった。今更その努力を否定するような物言いは少し不快だったが、ここで突っかかっても話が進まない。渋々ながらカルテを覗き込んだ鈴は――そこで絶句した。

「これ……本当なの?」
「……………すまん」
「……………ごめんなさい、鈴。今までずっと言い出せなかったの」

 生唾を飲み込む。視界が白んでいく。そんな、嘘だ。そう叫びたい気持ちを必死で抑え込み、鈴はその残酷すぎる真実をもう一度両親に問いかけた。

「身体能力の大幅な向上と引き換えに、アタシの体の成長が2年前から完全停止してるって、本当なの……?」
「そうだ……」
「鈴音……」
「それじゃ――」

 鈴は、そのまま魔女に変貌して歯車飛ばしたり剣振り回しそうな絶望に染まった顔で、音もなく涙を流した。もしこの内容が真実であるなら、自分が今までやってきたことは何だったんだろう……そんな無力感に苛まれながら、声を絞り出す。

「アタシが今まで身長伸ばすために鉄棒したり牛乳いっぱい飲んだりお風呂でこっそり豊胸マッサージ試したりしたのに体が幼児体系のまんまな理由って…………」

 この世には――開けてはいけないパンドラの箱が無数に存在する。
 鈴にとってその真理は、世界は、余りにも峻酷(しゅんこく)だった。

「全部、パパの渡したペンダントのせいだ……!心臓の代わりになったペンダントの影響でお前はこれから怪力と引き換えに一生幼児体系のままだッ!」
「御免なさい、鈴!わたし、わたし何て言ったらいいか……!!」
「………………………………………」

 鈴はFXで有り金全部溶かした人のような虚ろな目で立ち上がって台所に行き、そして先端の尖った包丁を片手に戻って来て――。

「えっ、抉るッッ!!今すぐ抉り出してやるこんな貧乳の呪いのペンダントッ!!ちっきしょー胸に傷が残ろうがもう知ったこっちゃないわよ!!傷の代償に返せ!!アタシの2年分の体の成長と女らしさを返せぇぇぇぇぇーーーーーーッッッ!!!」
「早まるな鈴音ーーーッ!!きっと嫁の貰い手見つかるから!!胸の小ささで人の価値は決まらないから!!」
「そうよ鈴音!!世の中ちっちゃくても需要があるのよ!!」
「どぅぅぅぁあれがギネス認定級まな板貧乳かぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!!」

 ドガッシャァァァン!!とちゃぶ台をひっくり返して包丁を心臓に刺そうとする鈴と、必死にそれを止めようとする両親の揉み合いは、とうとう麟王が「無駄なことはやめよ」と勝手にIS展開させて絶対防御を発動させるまで続いたとか。

 凰・鈴音――御年15歳。まだ前途多望で恋に燃える乙女にとって最もネックだった幼児体系という悩みは、「解決不可能」という残酷すぎる答えによって世界から見放されたのであった。
  
 

 
後書き
ごめん、次回はもうちょっと真面目にやる……。

あ、でも鈴ちゃん大暴走回のアレはマジな伏線です。この小説に根拠のない強さはありません。…………佐藤さん以外は(ボソッ)。 
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