ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第六十二話 稲妻が走ります。
帝国歴486年9月27日――。
ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間――
ブランデンブルク侯爵家の跡目争いは、ついに枢密院や貴族議会で審議されることとなった。正確に言えば、枢密院で一案を作り、それを貴族議会に提出して可決される、という流れである。ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯もそれぞれ自派の派閥を構築することに懸命になっていた。表立っては違法でも何でもない以上、リヒテンラーデ侯爵もそれを留め立てする権利もない。ない代わりに彼は皇帝陛下にひそかに拝謁して事の次第を報告していたのである。
「ブランデンブルク侯爵家の跡目については、確かに決めなくてはならぬことでございます。しかしながら陛下。臣が憂いておりますのは、この跡目争いというものはあくまでも表だったことであり、本題は恐れ多くも皇帝陛下の跡目相続にあるのではないか、とのもっぱらの噂でございます。」
「はっはっは。それは難儀じゃな。」
フリードリヒ4世は他人事のように薄く笑った。
「ブラウンシュヴァイクの子息・子女かリッテンハイムの子息たちか、いや、リッテンハイムにはもう一人子女がおったな。」
「サビーネ・フォン・リッテンハイムには、例の女性士官学校と申すところに入校し、いまは候補生の身分と聞いております。が、先日の自由惑星同盟を称する反徒共への使節の一員として同行したとか。」
「ふうむ・・・。」
「そのようなことよりも、陛下――。」
「わかっておる。余がブラウンシュヴァイク公らをここに呼び、跡目を継ぐ者は誰々と皆の前で申し渡せばよいというのであろう。」
「恐れ多きことながら。」
フリードリヒ4世はかすかに首を振った。
「そなたの申す通りにすれば、一方からは怨嗟の声を受けるであろう。その声が果たして声だけにとどまるか否か、どう思うな?」
リヒテンラーデ侯爵は沈黙した。フリードリヒ4世陛下の言葉は分りすぎるほどわかっていた。このような跡目争いに敗れた側は、そのままでいるとは思えない。場合によっては「君側の奸を除く。」などと称し、反乱の兵を上げることも辞さないだろう。
「いっそ両名を呼んで申し渡すか。血みどろの争いを繰り広げてみよ。御前の前であろうと遠慮には及ばぬ、と。」
「・・・・・!!」
リヒテンラーデ侯爵は戦慄を禁じ得なかった。冗談とも思えぬような調子だった。穏やかな声であるが、その中には一種冷徹な突き放すような声音も交じっていたのだった。
「ともあれ、陛下。まずはこの問題を多数の中で話すことこそ肝心かと。体勢の中で跡目争いが決せられれば、ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯もそうそう暴挙には出まいかと愚考いたします。」
「国務尚書の良きように。」
最後は必ずそうであった。重臣たちが拝謁する際、皇帝陛下は時たまはっとするような一言を発するのであったが、それが決断に直結するということはなく、最後は重臣たちの意向に沿うような形にしてしまう。幕末の長州藩の毛利敬親は改革派、保守派双方に対しても「そうせい。」と言質を与えていたことから「そうせい公」などと呼ばれていたが、フリードリヒ4世もまさに「そうせい公」ではなかったか。
もっともリヒテンラーデ侯爵は、そのような太古の一小国のそのまた一藩の一君主のことなど知るよしもなく、ただ急ぎ足で閣僚を呼び集めるために、廊下を歩き続けていた。
(自由惑星同盟への使節が一応成功に終わったというに、またつまらぬことで火種を持ち込む輩が後を絶たぬ・・・!!銀河帝国はこの先どうなってしまうのであろうか・・・・。)
彼は我知らず湧き上がってくる不安を感じて、足を止めた。今のフリードリヒ4世が死去すれば後継者問題は火種どころではなく、一気に火災となって周囲を焼き尽くすであろう。そうなってしまえば、誰にも鎮火することはできない。当事者でさえもである。憎悪と滅亡の火は帝国国土を焼き尽くし、人や田畑を飲み込み、暴れるだけ暴れ、最後には「虚無」を帝国にもたらすのだろう。
リヒテンラーデ侯爵は戦慄した。そうなってしまう事だけは絶対に避けなくてはならない。
たとえどんな手を使おうとも、である。
* * * * *
リヒテンラーデ侯爵が黒真珠の間に通じる廊下を再び急ぎ足で歩き始めた頃、ブラウンシュヴァイク公の邸では公に味方する有力貴族、軍の有力者等が集まって、協議をしていた。
「リッテンハイム侯の専断ぶりには目に余るものがありますぞ!きちんとした遺言書があるにもかかわらず、それを無効だと言い募るとは!」
「先代の侯爵閣下の御直筆があるというのに!」
「それを無視するとは、どこまで顔の皮が分厚い御仁なのか!」
「全く信じられませんなぁ。」
このような会話がそこかしこでアルコール交じりに盛大に繰り広げられていたが、当のブラウンシュヴァイク公は息子のフランツとエリザベートに相手をさせていただけで、自身は甥のフレーゲルと少数の家臣たちと共に防音処理を施した別室に引っこんでなにやらひそひそと話し込んでいた。
「だからお前は先見性がないというのだ!!」
ブラウンシュヴァイク公がフレーゲル男爵に怒鳴りつけている。
「今リッテンハイムとたもとを分かつにあたって、少しでも多くの有力者を味方にしておかなくてはならんという時期に、あの『金髪の孺子』や『プラチナブロンドの小娘』がリッテンハイムめの味方に回ったらなんとするか!?」
「そうはいいますが、叔父上、あのような者が我が陣営に味方することなどあり得ませんし、あったとしてもそれは我が陣営にとっては屈辱の極みでしょう。我が陣営に属している者で、あの孺子や小娘を嫌っている者が少なくありません。そのような者が離反いたしましたら、なんとなさいますか?」
「あの孺子どもの性根はともかく、あれらの軍才は比肩する者がいないと聞く。現に先刻のティアマト会戦では反徒共を大敗させておる。そのような者どもが敵に回った場合、お前は彼奴等をはねのけ、リッテンハイムの首を討ち取ってこれるか?!」
フレーゲル男爵は仏頂面で黙り込んでしまった。今までは金髪の孺子憎さでやってきた様々な工作が、こうなってくると悉く裏返しになって跳ね返ってきている。金髪の孺子もプラチナブロンドの小娘も絶対にブラウンシュヴァイク陣営に味方するなどと言わないであろう。
「ご心配には及びません。まだ手はあります。」
一同が声の主を見る。ベルンシュタイン中将であった。リッテンハイム侯と袂を分かつというところに至ってから、ベルンシュタイン中将は積極的にブラウンシュヴァイク公の陣営に表立って顔を出すようになっていた。
「ベルンシュタインか、卿の意見を聞こう。話してみよ。」
ブラウンシュヴァイク公の言葉にフレーゲル男爵も生気をよみがえらせ、彼に視線を向ける。
「先にも話しました通り、自由惑星同盟との和平期間は1年間であり、我々はこの間に勝敗を決さなくてはならない、というところまではご理解いただいているということでよろしいですか。」
「むろんのことだ。つまりは短期決戦で片を付ける、という事だな。」
ブラウンシュヴァイク公がうなずく。このことは既に家臣たちの間でも繰り返し論じられてきたことであった。リッテンハイム侯爵との抗争に明け暮れて、そのすきを同盟に突かれでもすれば、たまったものではないし、後世の良い物笑いとなるであろう。
もっとも後世というものが存在すれば、だが。
「おっしゃるとおり短期決戦です。そうでなくては内乱は長引くだけです。そこで・・・。」
ベルンシュタインは一同を見渡して、
「我々はリッテンハイム侯爵を・・・・激発させます。」
『激発!?』
一同が一斉に驚きの声を上げる。
「ええ、彼に無実の罪を擦り付けます。内容は何でもよろしい。皇帝陛下暗殺未遂でもブランデンブルク侯爵家の跡目争いにおけるヘルマン様の暗殺未遂でも結構です。そうすれば慌てふためいたリッテンハイム侯爵は帝都を脱出し、領内に帰還してこちらに挑もうとするでしょう。」
「つまりは、候を賊軍として討伐するというわけだな、卿の考えでは。」
アンスバッハ准将が念を押すように尋ねる。
「その通りです。帝室に弓を引く賊軍だと決めつけ、それが認められれば、そしてこちらが皇帝陛下とその後継者を掌握してしまえば、ミューゼルやヴァンクラフトとてこちらに味方に付かないわけにはいきますまい。つまりはこちらが皇帝陛下を擁し奉っている宮廷正規軍という立ち位置を表明致せばよいのです。」
「なるほど!!」
「それでこそこちらの立場はますます強化されるというものだ!」
「リッテンハイム侯とて賊軍とされてしまえば、なにほどのこともあるまい。」
人々がざわめく中、ブラウンシュヴァイク公は、
「ベルンシュタイン、卿の考えはわかった。しかしながら、どうも気は進まん。リッテンハイム侯爵を貶める様なやり方は大貴族の長には似合わぬ・・・・。」
ベルンシュタイン中将はブラウンシュヴァイク公の面をじっと見守っていた。ブラウンシュヴァイク公は最初は気が進まないという顔つきだったが、ベルンシュタインの顔を見ていたブラウンシュヴァイクは、次第に顔色を改めていた。彼の表情から事はそう呑気なことを言っていられないという事が分かったようである。
「・・・が、今回のことではそうもいっておれんようだな。卿の策を実行するためには、此方が疾風迅雷、素早く動かなくてはならん、というわけだ。」
「御意でございます。」
「皆、異論はあるか?」
ブラウンシュヴァイク公爵は集まった家臣や一門をぐるりと見まわした。誰に何も言わない。ベルンシュタイン中将のことをどう思っているかは別にして、彼の策をとることに異論はないという顔であった。
「よし、アンスバッハ!」
「はっ!」
「卿は儂と共に宮中に同行せよ。儂は今から皇帝陛下に謁見奉り、国務尚書と会談する。フェルナー、卿は兵を召集しろ。フレーゲルはシャイドら一門と共にかねてから話をつけた貴族諸侯に決起を促せ。シュトライトはフランツと共にヘルマン殿のもとに行き事情を話すのだ。そしてベルンシュタイン、卿はリッテンハイム侯・・・いや、リッテンハイムの追い落としに全力を尽くせ。他の者はエリザベートを守れ。」
ぬかるな!とブラウンシュヴァイク公の一声に一同は立ち上がり、それぞれの役目を果たすべく出ていった。ベルンシュタイン中将もその中に混じっていたが、ブラウンシュヴァイク公爵の最期の言葉が引っかかっていた。公は最後にリッテンハイム「侯」とおっしゃっていた。リッテンハイム侯爵の追い落としをまだためらっておられる・・・・。そう思わずにいられなかった。だが、いったん回りだした歯車をここでとめるわけにはいかなかった。次の戦いに備えるためにも・・・・。
軍務省 高等参事官 参事官室――。
■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト大将
ブラウンシュヴァイク陣営とリッテンハイム陣営双方の動きが活発化しているわ。ブラウンシュヴァイク公にはミュッケンベルガー元帥、クラーゼン参謀総長、ポーアルネ財務尚書、統帥本部次長クラウディッツ子爵、帝国正規艦隊司令官の一人ウェリントン伯爵、ブラウンシュヴァイク公一門及び帝都周辺の有力貴族が味方し、リッテンハイム侯爵には前財務尚書のカストロプ公爵、内務尚書メッテルニヒ伯爵、司法尚書ナッサウ伯爵、宇宙艦隊副司令長官補佐バイエルン侯エーバルト、軍務尚書次官ブリュッヘル伯爵、そしてリッテンハイム侯爵一門や辺境(帝国領土銀河基準東南方)の貴族等が味方している。こうしてみると、大小さまざまな確執が混ざり合って、それがブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の争いに凝縮されているのがよくわかるわ。
軍務尚書マインホフ元帥と統帥本部総長ワルターメッツ元帥は中立の立場。これはアレーナからお二人によく話した結果ね。ランディール侯爵、ケルリッヒ宮内尚書、典礼尚書カウニッツ・フォン・ベルトナルド子爵も中立の立場。そして、ラインハルトと私も中立の立場。すなわち皇帝陛下に忠誠を尽くす、という表明をしたに等しいことになるわ。
「どう思うかしら、オーベルシュタイン大佐。ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、双方ともにかなりの味方を集めたようだけれど。」
私は目の前に立つ無表情かつ無機質な灰色(白髪かしら?)の髪が目立つ彼に声をかけた。オーベルシュタインを登用して、まだそう日は経っていないけれど「絶対零度のカミソリ」という評価は本当だわね。私はロイエンタールの二の舞になるのは御免こうむりたいから、最初に私の目的や立ち位置をはっきりと話しておきました。その上で協力するか否かを尋ねたところ、彼は協力すると言ったわ。私たちを利用するところまで利用しようというのでしょうけれど、彼の目的がはっきりしている以上、それに沿って行けばさしあたっては大丈夫なようね。
「人数は集まりましたが、さて、その力量はどうですかな?そもそも上に立つ者の器が小さければ、最良の酒と言えども多くは入らず、無駄に流れ去ってしまうだけのように小官には思えますが。」
「ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯も一応は和平交渉で同盟と一年間の停戦にこぎつけただけの外交術や胆力はあるわ。」
「残念ながら、それらはあくまで個人に終始する技量です。今から上演される劇で求められる役者というものは、上に立つべき力量を持った者。ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯がそれにふさわしい演技ができるとは、言い難いですな。」
乾いた無味乾燥な声ながらも言っていることは冷淡であり、的を得ているわね。淡々と感情を交えずに話す分にはむしろこの方が楽でいいわ。
「それぞれの器はどっこいどっこいというわけね。では一体どちらが勝つかしら?」
「そのような無粋な質問を小官に投げかけるとは、ヴァンクラフト大将閣下もお人が悪いですな。」
「私もラインハルトも・・・いいえ、ラインハルトがこの内乱を乗り切って覇権を握るためにはどうすべきかを考えなくてはならないのだから。」
「・・・・・・・。」
オーベルシュタインはじっと私の眼を正面から見つめている。時折光コンピューターを組み込んだ例の義眼が光るけれど、私は別に意に介さない。
「あなたの考えを聞く云々以前に私の考えを話した方がいいかしら?」
「お考えになっていらっしゃることは小官にはわかっているつもりです。端的に申し上げれば『漁夫の利』を狙っておいでなのでしょう。」
私はうなずいた。「端的に言えば」その通りなのだから。
「リッテンハイム侯を激発させ、ブラウンシュヴァイク公をして討伐せしめる。その過程でミューゼル大将閣下と閣下が参軍し、功績を立てれば地位向上が狙えるでしょう。敵の一人を撃滅し、自らの地位を向上させる一石二鳥の策、そんなところでしょうかな?」
「いけないかしら?」
「そうは申しません。ですが毒を以て毒を制すということであれば、その毒に感染し命を落とされないように気を付けるべきかと。」
オーベルシュタインは抽象的にそう言ったけれど、私自身その危険性はよく承知しているつもりよ。
「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯双方の陣営をよく監視すること。特にブラウンシュヴァイク陣営のアンスバッハ准将、シュトライト准将、フェルナー大佐、そしてフレーゲル男爵、この四人をよく監視してちょうだい。」
「承知いたしました。」
オーベルシュタインが出ていくのをちょっとだけ間の悪い思いで見送った。ベルンシュタインの名前を出さなかったのは、まだ彼の根底が知れないから。ひょっとしたらブラウンシュヴァイク公かリッテンハイム侯陣営のどちらかにつながっているかもしれないという考えが脳裏を掠めたの。オーベルシュタインは「無私」のはずなのに、どうしてかしらね。
どうも前世からの癖が抜けないのかもしれないわ。
* * * * *
それからしばらくして――。
リッテンハイム侯爵邸 居間
■ サビーネ・フォン・リッテンハイム
これで何回目のため息なんだろう。家族の顔を見るたびに、声を聴くたびに、どうしても出てしまうの。ティアナお姉様やフィオーナお姉様に言われて、私もそうしなくちゃって思って、お父様たちを説得に邸に戻ったのだけれど、お父様のご機嫌はとてもひどかったの。お母様もヒステリー気味で、お兄様たちも同じだったわ。皆が皆じゃなくなっちゃったみたい・・・ううん、私だけが違う世界のお父様お母様たちに会っているような、そんな気分に・・・・。
「サビーネ、よくもそのような言葉が出たな。仮にも侯爵家一門の者とは思えぬ言葉だ。儂に手を引けだと?ブランデンブルク侯爵家の跡目争いから手を引き、ブラウンシュヴァイクと和睦しろだと!?」
私を見るお父様の眼が怖い。
「は、はい!ですけれど、お父様、このままではお父様たちがブラウンシュヴァイク公と戦うことになってしまいますわ。そんなことは耐えられません!」
「何を言うか!?あちらが手を引けばそのようなことは起きんわ!だいたい相続たるもの直系という風に決まっておるのに、ブラウンシュヴァイクめ、怪しげな遺言書を盾に取りおって!!」
「ですが――。」
「儂はもうブラウンシュヴァイクの下風に立つのは嫌なのだッ!!!」
お父様の声に私はぞっとなってしまったわ。まるで・・・昔の本に出てくる悪魔にとりつかれた人みたい。こんなの・・・お父様じゃない・・・。昔の優しかったお父様はいったいど子に行ってしまったの・・・・?
「いつもいつもそうではないか!!ブラウンシュヴァイクは議長、儂は副議長。盟主たる地位もブラウンシュヴァイクが必ずと言っていいほど上なのじゃ!!だいたいルドルフ大帝の功臣という点ではブラウンシュヴァイクと我がリッテンハイム侯爵家は何ら遜色などない!!いや、むしろ先祖の失態がなければ、儂は筆頭公爵であり、奴と同格以上であったのだ!!既に償いもし、皇帝陛下の一声があればすぐにでも公爵に戻れるというところまできておるというのに!!あ奴やリヒテンラーデのバカジジイめらが邪魔立てするからなのだ!!」
「お、お父様――。」
「サビーネ!!あなたもいつまでもそのようなことを申していないで、お父様に力を貸しなさい。」
お母様の眼が吊り上がっている。お兄様たちも私を冷たい目で見て、協力するように、っておっしゃってきている。怖い・・・・。私、怖い・・・・。怖い、怖い、怖い!!!
こんなの・・・・私のお父様、お母様、お兄様たちじゃない・・・・。
思わず、隣を向いた。耐えきれなくて・・・・どうしようもなくて、縋りつきたくて・・・・・。この状況から助けてほしくて・・・・。
「リッテンハイム侯爵閣下。」
澄んだ声でフィオーナお姉様が私の手を握りながら話し始めた。
「どうかサビーネ様の話をお聞き届けください。このままでは内乱は確実です。はっきりと申し上げておきますが・・・・・。」
フィオーナお姉様はここで私を見た。目がためらっておられるわ。そうよね、怒っている相手に本当のことを話しても血が上っているから絶対に聞き入れられないってお姉様自身がおっしゃっていたわ。でも、嘘をついても結局は同じだもの。お父様は絶対にブラウンシュヴァイク公をお許しにはならないわ・・・。さっきの会話でそれがよくわかったの。
ありがとうお姉様。一緒についてきてくれて。私の心は決まりました。だからお姉様、私、言います。はっきりと言います。
「お父様、ブラウンシュヴァイク公と戦うことになっても、お父様に勝ち目はありませんわ。」
私の声にお姉様もお父様もお母様もお兄様たちもみんなみんなびっくりした顔をしている。でも何度だって私は言うわ。
「あちらにはミュッケンベルガー元帥閣下がおられますわ。それに有力な貴族方やその家臣の方々も。」
「儂の勢力があれよりも劣っていると言うか!!!この親不孝者めが!!!」
お父様が目をむき出して私に罵声を浴びせてきた。今にも気絶しそうに辛かったけれど、でも、最後まで言わないといけない。目をそらしてはいけない。フィオーナお姉様の手がきゅっと私の手を強く握りしめてきた。その手を握り返しながら、
「なんと言われようと、私はお父様に死んでほしくはありません!!賊軍になってほしくはありません!!お母様、お兄様方が流刑、死刑にされるところを見たくはありません!!」
私は生まれて初めて大声で話していた。これもきっと女性士官学校で訓練を受けたからだわ。皮肉なことだけれど、お父様がさげすんでいた場所での教育を受けたから、こうしてお父様としっかりお話ができるのね・・・。
「お父様お願いです!!どうか考え直してください!!」
一瞬お父様の顔が酢をのんだように固まったのが見えました。信じられないと言った顔のほかに、他の色もにじみ出てきたわ。そう、徐々に憎悪が見えてきたの。
「ええい、煩いわ!!癇に障ることばかり言いおって!!お前もやはりあやつの子供か!!!親の血を引いていないとこうも儂を辱めるかッ!!!!」
部屋が急に寒くなってきて、体が震えだして、体中がじいんと嫌な痺れで動かなくて・・・。ただ、周りの声だけははっきりと聞こえていたわ。そして、お父様は私にとって忘れられない一言をおっしゃった。それだけが私の感じることのできた事実・・・・。
「あなた!!サビーネに向かって何ということを――!!!」
「黙れッ!!もとはと言えばお前のせいではないか!!お前が儂の兄と密通などしなければ、このようなことにならずに済んだのだ!!!」
ゲオルク叔父様が!?私の脳裏に浮かんだのは、金髪の口ひげをはやした優しそうな叔父様のお顔。もう亡くなられてしまったけれど、いつもいつも、あまり体が丈夫ではないお母様に寄り添って、そして私にもとても優しくしてくれた叔父様。
あ、あの叔父様が私のお父様だったなんて・・・!!!
「リッテンハイム侯!!」
突然ドアがバ~ン!!と開け放たれ、貴族の方が一人飛び込んできた。軍服を着た人たちも一緒だったのはわかるけれど、顔がぼんやりとしていて誰だかわからない。
「何か?!今取り込み中だ!!」
「それどころではありませんぞ!!、ブ、ブラウンシュヴァイク公が兵を召集し、貴族に働きかけ、自身は宮廷に赴いたということです!!」
「な、何!?ええい!!何故早く報告せん!?こちらも急ぐぞ!!宮廷に赴くのだ!!兵を集めよ!!有志と連絡を取って非常時に備えるのだッ!!」
急に周りがワンワンとうるさくなって、何を言っているか全然聴き取れなくて、私は周りに出現した渦に巻き込まれてグルグルと回転し始めた。
暗闇に向かって・・・・。
* * * * *
それからしばらくして――。
エリーセル家 フィオーナの私室にて――。
■ フィオーナ・フォン・エリーセル中将
可哀想なサビーネ。まさかあんなことになるなんて・・・・。
サビーネがリッテンハイム侯爵に話をするというので、私も一緒に行ったの。ティアナは『一人で行かせればいいじゃない。』なんて言うけれど、そんなこと危なくてできないわ。ティアナも最後にはついてきてくれたから多分本気の本気ではなかったのだろうけれど。
その結果、サビーネはお父様・・・いいえ、お父様だと信じていたリッテンハイム侯爵から、実の娘ではないと言われてしまって、ショックで倒れ込んで、寝込んでしまったの。サビーネのお母様はさすがに娘を助けようとなさろうとしたのだけれど、でも、リッテンハイム侯爵はお構いなしにサビーネと私に屋敷を出ていくようものすごい剣幕でせまったわ。ティアナが来てくれなかったら、どうなっていたことか・・・・。
ほうってなんておけないし、私一人じゃ心もとないから、尾行に気を付けて私の家にひとまずサビーネを匿うことにしたの。お父さんお母さんはとても驚いていたけれど、でも、優しく看病を手伝ってくださったわ。
それにしてもOVAの謎がようやくわかったわ。どうしてお二人が金髪ではないのに、サビーネは金髪なのかということが。遺伝云々の問題はこの際置いておいて、片方が金髪だから、という理由が一番しっくりくるわね。
可哀想なサビーネ・・・・。
サビーネはベッドの上で眠っている。凄い熱だわ。時々苦しそうに息をして、うわごとを言っているのが聞こえる。「許して・・・許して・・・・。」って・・・・。
思わず大きなため息が出たわ。この子は何も悪くないのに。どうしてこういうことになってしまったのだろうって、思ってしまう。私たちが連れ出してしまったから?
「フィオ。」
ティアナがサビーネの髪をなでる私の腕に手をかけてきた。
「あなたのせいじゃないわ。私のせいよ。でもね、私は後悔はしていないわよ。どのみちこの子は遅かれ早かれとてもつらい思いをすることになるんだから。」
「それはそうだけれど・・・・。私たちが命令したように思ってしまって・・・・。それにティアナが後悔しようがしまいが、今苦しんでいるのはサビーネ本人だもの。それは否定できないでしょう?」
ティアナはやるせないように息を吐き出すと、立ち上がった。
「そうよ。今苦しんでいるのはサビーネ本人よ。そんなことわかってるわ。でも、あなただってわかってるでしょう?これから先は遊びでも何でもないのよ。どっちかが死ぬまで戦って生き残った方が覇権を握るの。あなたも私も散々前世で経験したじゃない。・・・・できればそういうことは避けたいって、私だって思っているわよ。」
最後はティアナの本音ね。私たち、お互いに嫌というほど苦しんだわ。近しい人、親しい人が敵味方に分かれて殺し合いをする、そんな世界があることすらサビーネはつい今まで知らなかったでしょうね・・・。可愛そうだけれど、これも試練なのかもしれないわ。
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