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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十一話 暗雲が立ち込めています。

銀河帝国と自由惑星同盟側が和平条約の調印を行っている間、その随行委員たちは比較的暇になる。
そのせいなのか、はたまたすべてを見透かしているのか、ラインハルトとキルヒアイスはイルーナ、フィオーナ、そしてティアナの到着を待っているかのようだった。
「どうしましたか?イルーナ姉上。」
ラインハルトが執務室に彼女たちを招き入れ、会議等に使う円卓にしつらえられた椅子をすすめた。ほどなく従卒たちがやってきてコーヒーを各員の前に置いていった。
「ラインハルト、キルヒアイス、私たちは今後のことを相談しに来たのよ。」
イルーナが穏やかな口ぶりで切り出した。その中にはかすかに、ほんのかすかだが、先の嵐を予感させるような少し熱気をはらんだ調子が入っていたのは隠し通せなかった。
「今後の事?・・・なるほど、キルヒアイスともその話をしていたところです。」
ラインハルトはコーヒーカップを取り上げると、一口飲みほした。イルーナたちもそれに倣う。暫くは無言でカップを傾ける時間が続いたが、カタッという冷たく乾いた音と共に皆のカップがソーサーの上に置かれた。
「内乱、ですね。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵の争いになるという。そしてその際に我々がどう動くべきか、その相談にまいられたというわけですか。」
ラインハルトの言葉に、イルーナたちは顔を見合わせた。何のことはない、ラインハルトとキルヒアイスはそのことについて既に予測してすっかり話し合いを進めていたのである。私たちが来るまでもなかったわね、と苦笑するイルーナに、
「いや、我々もイルーナ姉上たちの意見を聞きたかったのです。今回の内乱についてはそちらは予測し得ていたかどうか、その辺りをまず伺いたかったのですが。」
「今回の事については、原作とかけ離れたことだわ。つまり、ここから先は本当に私たちの知っている未来と異なっている未来になりそう、そう思っていた方がいいわよ。」
ラインハルトとキルヒアイスは顔を見合わせてうなずき合った。
「我々の結論から申し上げてもよろしいですか?」
ラインハルトの言葉に3人はうなずいた。


「結論から申し上げれば、我々はどこの陣営にも与しません。あくまで帝国軍人としてその本分を尽くすべく動きます。」


静かな、だが断固たる答えだった。キルヒアイスは何も言わなかったが、その静かな強い意志を宿した瞳がラインハルトと完全に意見が一致していることを示していた。ラインハルトの言葉と、キルヒアイスの瞳。その背景には二人で何度も話し合って決めたという色が濃く出ている。
「その理由は?」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの問いかけに、ラインハルトはまっすぐに彼女を見つめ返して、
「今回の戦いはいわゆる『私怨』から出てきたことです。私の進むべき道には大義名分が必要であり、私自身光の中を歩んでいきたいと思っています。多少権謀算術を弄することになろうと、本質はそのような姿勢でありたい。それだけ申し上げれば充分でしょう。」
それに、とラインハルトは言葉を続けて、
「私が自らの私利私欲のためにブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵のどちらを利用するだけ利用して捨て去ってしまう策を仮に取ってしまえば、歯止めが利かなくなります。敵だけならまだいい。それが味方を、民衆を、そしてキルヒアイスや姉上たちまでを平然と利用して顧みなくなった時、私は私でいられるのでしょうか?」
答えは、否だ。と、ラインハルトは結んだ。
「ミューゼル大将閣下のおっしゃる通りだと思います。効率的、能率的、効果的、そういう面を最大限に突き詰めていけば、手っ取り早い方法を選ぶことができます。でも、私たちは人間ですし、相手も人間です。1プラス1を2であると受け入れることのできる人はどれだけいるでしょうか?その答えが自分たちにとって受け入れがたいものであった場合に。」
フィオーナの言葉に全員がうなずいていた。
「そうだ、フロイレイン・フィオーナのいう通りだ。我々は人間であり、機械ではない。そして我々が相手取るのもまた、人間なのだ。その深層心理についてはデータをもって表すことなど到底できはしない。だが、同じ人間であるからこそ、その傾向については分かるつもりだ。迎合しやすい人物像というものもな。」
そういう人物につけ込もうとするのは少々あくどいやり方なのかもしれんが、とラインハルトは苦笑交じりに付け加えた。
「ですが、まだ内乱が勃発すると決まったわけではないのではないでしょうか?皇帝陛下がご存命の今、後継者争いなどは起こりえない問題ですし、リヒテンラーデ侯爵はじめ宮中の主要閣僚たちが目を光らせています。」
と、キルヒアイス。
「そうなれば、1年間の休養期間というわけね。戦争は起こらないから、昇進の道は閉ざされて、シュミレーターと訓練に明け暮れる退屈な日々が続きそう。」
ティアナがやるせないようなけだるげな調子で言った。
「ティアナ。」
フィオーナがたしなめた。
「冗談よ。そうなれば1年間は私たちは何もできず、無為な日々を過ごすことになるわ。内乱が起これば確かに大勢の人が害を被るし、死ぬ人も大勢出ることにはなる。でも、キルヒアイス。1年間帝国の寿命が延びれば、それだけ辺境で虐げられている・・・そう、農奴や奴隷、そして貧困で喘いでいる人たちが死んでいくのよ。結局のところ、どちらにしても犠牲者はでないはずがない、という事ね。私は個人的な意見としては、荒療治を試みてでも今の帝国の体制をひっくり返す必要はあると思うのよ。もちろん、その後に盤石な体制を、皆を守る体制を敷くことが必要だけれどね。」
ティアナはソーサーの上に置かれていた小さなスプーンを振り回しながら、
「犠牲ゼロ。それはとても理想とすべきことだし、もし本当にそうなれば素晴らしいことだけれど、でも、誰かが言っていたとおり、一滴の血も流さず、一人の犠牲も出すことなく登極することはできないわ。血に染まっていない王座は古来存在しない。残念ながらね。」
キルヒアイスはうなずいた。
「フロイレイン・ティアナのおっしゃること、よくわかりました。ですがおっしゃられた理想をわたくしは持ち続けていたい。きれいごとであるかもしれませんが、それこそが『人間らしく』あり続けるために必要なのではないかと思うのです。」
「キルヒアイスらしいな。」
ラインハルトは親友にあたたかなまなざしを向けた。3人はそれを温かく見守っていた。ラインハルトとキルヒアイス、原作ではヴェスターラントの大虐殺において二人の間に亀裂が発生することがあった。せめてこの現世においてはそうあってはならないでほしい。そのためにもキルヒアイスには登極の道においては清廉さばかりではなく陰謀権謀算術を弄する必要があることを理解してほしいと3人は願っていた。他方、ラインハルトには、一本の背骨のごとくしっかりしたものを持っていてほしい、どんなことがあろうとも最後の清廉さだけは失わないでいてほしいと3人は思っていた。
「こちらも覚悟はできているつもりだ。今までも決して安易な道ではなかったが、これから先はより困難な道になるだろうという事はキルヒアイスと話し合ってきた。イルーナ姉上、フロイレイン・フィオーナ、フロイレイン・ティアナ、そしてアレーナ姉上やあなた方同志たちに言いたいのだ。どうかこれからもよろしくお願いしたい。」
3人が驚いたことに、ラインハルトは軽く頭を下げてきたのである。キルヒアイスも同様だった。
「こちらこそ。私たちは全力であなたたちをサポートするわ。」
イルーナが静かにそう言い、フィオーナ、ティアナも共にうなずいた。
「ラインハルト、あなたはそれで内乱が起こった場合にどう動くの?」
ラインハルトの顔色に笑みが浮かんだ。それは強敵や高い困難な壁を前にした時のあの闘志にあふれた顔だった。
「一介の佐官等ならともかく、私も曲りなりには大将だ。それなりに握手を求めてくる人間もいるでしょう。それを待ちます。」
「その相手とは?」
「イルーナ姉上らならお分かりだと思いますが。・・・・固有の武力を持たず、かつどちらの陣営にも属さない人物、すなわち・・・・クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵。」
かの老人を担ぎ上げ、中央政権を守る動きを見せつけることで、どちらにも属さないことを表明します、とラインハルトは言葉をつづけた。
「ただし、どちらかの陣営が雌雄を決するとき、帝室の勅命でどちらかに加担するようなことがあれば、話は別ですが。」
ラインハルトはただ硬直的に中立を表明するつもりはないらしい。戦局・政局の動きに応じてその辺りは臨機応変に動かなくてはならないだろう。イルーナはその辺りのことをラインハルトが見据えているのを知って、安堵した。後は情報、そして疾風迅雷の動きが決定打を与えるだろう。


* * * * *

ラインハルトたちがこのように決意を新たにしているころ、帝都で一つの動きがあった。


 家族というものは、いざというときに血によって結束力を生む得難い存在であるが、時としてその血が災いを呼ぶことがままあるものだ。こと、それが帝位だの皇位だのという至高の位を継承するにあたっては尚更である。


皇帝フリードリヒ4世には皇太子がいたが、すでに死去している。その子に帝国歴482年生まれのエルヴィン・ヨーゼフ2世がいる。ところが、この孫につき、奇怪な噂が流れていた。すなわち、皇太子死去した年月とエルヴィン・ヨーゼフ2世が誕生した年月には時間軸に開きがあり、皇太子の種ではないのだというのだ。くしくもブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵がカロリーネ皇女殿下に対してはなった噂と全く同じ色合いのものである。もっともブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵はこの孫について、追い落としを図ろうとはしなかった。何しろ自分たちには同じ皇帝の孫という手駒がいるのだ。追い落としにかかれば、それをネタにされ、相手方から糾弾される隙を与えかねない。
 そのブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯であるが、フリードリヒ4世の娘を妻に娶っており、それぞれに帝位継承権を持つ子供がいた。


原作とは異なり、あるいは紹介されていなかった者もこの現世においては確かに存在するのである。ブラウンシュヴァイク公には長女エリザベートに長子フランツが、リッテンハイム侯爵には長女サビーネ、長子ヴィルヘルム、次男レオポルトがいた。皇帝の帝位継承権を争うにあたって、有力な後ろ盾がないエルヴィン・ヨーゼフ2世の存在はかすみがちであり、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵の子供たちの誰かが継ぐだろうとうわさされていた。


 こうした重要な国事は通常は枢密院や国務尚書らの閣僚の助言をもとにして皇帝の聖断で行われるが、時として貴族議会の投票によって決せられる。例えば、閣僚ら少数の人間の助言で決定してしまっては、波紋が大きくなるような重要問題についてである。
 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵は以前からこの問題については、水面下で互いに勢力を築き上げてこの来るべき貴族議会での投票に備えていたが、ここにある問題も絡んできた。
 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯には及ばないものの、それなりに権威をもつ侯爵家が存在する。ブランデンブルク侯爵家がそれである。当主であるシャウフト・フォン・ブランデンブルクには2人の子供がいたが、その子供たちは早くから死亡しており、2人の孫だけがいるような形で有った。
今年17歳になるエリーゼ・フォン・ブランデンブルクと19歳のヘルマン・フォン・ブランデンブルクであった。順当にいけば長子の娘であるエリーゼが相続権を有することになるのだが、ここで問題が起こった。当主のシャウフトが急死し、その遺言状が発見されたのだが、それによるとヘルマンがブランデンブルク侯爵家を継ぐべし、とあったのである。
 エリーゼ側は当然これに猛反発した。家人も親戚もこぞって彼女に味方したのである。遺言状は偽造されたに違いないと、言い張った。
 これに対してヘルマン側は遺言状は正規の手続きにのっとったものであり、侯爵自身の直筆まで添えられているのだと主張した。
 どちらも譲らず、双方に貴族たちがそれぞれ味方して次第に問題は大きくなっていった。

 これについては理由がある。先ほど、重要問題は貴族議会の投票によって決せられると述べたが、皇帝の帝位継承権については、貴族議会から投票によって任命された「委員」5名と選定諸侯6名の計11名で協議されることになっている。全貴族を協議に参加させることはあまりにも時間と労力がかかりすぎるためだ。ブランデンブルク侯爵家は選定諸侯として皇帝から任命された6家の一人であった。
 この選定諸侯がどのように重要な立ち位置なのか、説明するまでもないだろう。皇帝の帝位継承権はその親族や一門にとっては多大な権威、そして利権、金が絡む問題であり、そう言った問題に携わる家柄とのやりとり、駆け引きには「袖の下」が、それも多額な金額が動くことは言うまでもない。
この6家選定諸侯については、貴族議会で不信任の議決がなされ、かつ皇帝自らが不信任としない限りは半永久的に続くことになっている。票の数では11分の1とはいえ、ブランデンブルク侯爵家は選定諸侯の筆頭格で有り、その発言の力たるや皇帝の帝位継承権を動かしうるものであると噂されていた。噂だけというのは皇帝の帝位継承権に関する会議は、場所、日時、一切が非公式であるためである。

ブランデンブルク侯爵家が選定諸侯の筆頭格であるか否かは定かではなかったが、帝位継承権を得ようとする者たちにとっては、ブランデンブルク侯爵家の跡取りが誰かという事は非常に重要なことであった。


ヘルマン・フォン・ブランデンブルクにはブラウンシュヴァイク公が味方し、エリーゼ側にはリッテンハイム侯爵が味方した。かねてから双方とも自分の娘、息子を相手に縁組させ、それをもって自己に有利に働きかけさせようとしていたのである。政略結婚というものはいつどこの時代にも存在するのだ。

サビーネ・フォン・リッテンハイムがフィオーナを尋ねてきたのは、ラインハルトとキルヒアイスたちとの会談の翌日だった。折あしくイルーナ・フォン・ヴァンクラフトは和平交渉使節の最終調整会議に出席していて不在だったので、フィオーナの下を訪れたのである。
「どうしましたか?」
フィオーナは尋ねたが、サビーネの顔を見て、すぐに、
「今美味しいダンプフヌーデルが出来上がったんです。ティアナとアリシアが作ってくれたんですよ。良かったら召し上がりませんか?」
「よろしいのですか?」
「ええ。」
にっこりしたフィオーナがサビーネの手を取って部屋の中に案内した。中には数人の女性がいたが、サビーネの姿を見ると、立ち上がった。
「サビーネ様。」
エステル・フォン・グリンメルスハウゼンがあいさつしたが、サビーネは恥ずかしがって、
「嫌ですわ。わたくしはまだ候補生の身です。あなたは大尉なのですから、そのように敬語を使っていただいては困ります。」
「ですが、サビーネ様はリッテンハイム侯爵のご息女でいらっしゃいますから――。」
「わたくしはそのような家柄にふさわしくはないのです。」
「でも――。」
「はいはいそこまでね。」
ティアナが両手を叩いた。
「二人ともこの場では敬語はなしよ。サビーネは貴族社会ではエステルよりも上の立ち位置。エステルは軍隊社会ではサビーネよりも上の立ち位置。つまり、プラスマイナスゼロだもの。そうでしょ?」
そんな単純な話なの?とフィオーナが笑いながらお茶を皆のカップに入れている。それを手伝いながらアリシアが、
「良いではありませんか。お二人とも、良いお友達になれそうですよ。」
エステルとサビーネは互いの顔を見て、頬を染めた。フィオーナとアリシアがめいめいにお茶の入ったティーカップを渡すと、皆が待ちきれない様子でフォークを取った。暫くは、
「これフワッフワ!」
「美味しいですわ!」
「でしょ?ちょっぴりブランデーを入れたの。あとレモンピューレもね。」
「こんなにおいしいダンプフヌーデル、家でも食べたことはありませんわ!」
という会話が食器の触れ合う音、お茶を淹れる音、美味しそうに咀嚼する音交じりに楽しそうにかわされた。
『ご馳走様でした。』
皆が満足したようにフォークを置くと、アリシアが新しくお茶をカップに注ぎ始めた。
「サビーネ、それで今日はどんなご用事?」
ティアナの問いかけに、サビーネは今までの楽しそうな顔を一転させた。一気に顔が暗くなり、表情が沈んでいく。フィオーナ、ティアナは敢えてサビーネに問おうとせず、彼女が自然に話し出してくれるのを待っていた。
「お父様のことなのです・・・・。」
そう小さな声で話し始めたサビーネは、フィオーナたちにブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵の争いに、ブランデンブルク侯爵家の跡目争いが加わって双方が火花を散らしあっていることを話した。
「・・・・お父様はすっかり変わってしまわれました。優しかったお母様も・・・お兄様も・・・・。皆私ではなく他の方を向いていますわ。私怖くって・・・・。ブラウンシュヴァイク公と私のお父様たちがもし戦うことになったらって思うと・・・・どうなるのかわからなくて・・・。」
あまりにギラギラとした生々しい事実の羅列に、
「権力は人を変える、か・・・。」
ティアナが片手を頬に充てて「はあっ」とやるせない吐息を吐いた。だが、すぐに頬から手を外してサビーネを向く。彼女の身じろぎに合わせて、キッとかすかに椅子がきしんだ。
「あなたはそんなものとは無縁の子よ。そして、その姿勢は正しいことだし、あなたを守ってくれるのだから、リッテンハイム侯爵たちに言われてもスタンスを変えては駄目。」
「ティアナ、そういう風に言うけれど、サビーネのお父様お母様お兄様ご家族みんながそういう状態になっているのよ。ご家族とただ一人立場を違えたサビーネの気持ちを汲んでやらないと・・・・。」
「フィオ、そういうのであれば、選択肢はあまり多いとは言えないわよ。・・・・いい?サビーネ。あなたが本当にお父様お母様たちを心配しているのであれば、命を懸けて説得しなさい。ブランデンブルク侯爵家の跡目争いなんかから手を引けっていうの。」
「お父様がそれを承知なさるとは――。」
「承知をしようがしまいが、そう言わなくては駄目よ。はっきり言っておくけれど、このままではブラウンシュヴァイクとあなたのお父様たちとの間で戦争が起こるわ。そうなれば大勢の人が死ぬわよ。あなたのお父様だって無事じゃすまないかもしれない。」
「そんな・・・!!」
サビーネの顔が青ざめた。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵家、そしてブランデンブルク侯爵家の跡目争いだけの問題ではない事、多くの人を巻き込んだ凄惨な殺し合いに発展するであろうことにあらためて気がついた顔である。
「サビーネ、あなたはリッテンハイム侯爵家の人間かもしれない。でもね、あなたは同時に帝国軍士官候補生であるわ。まだ正規の身分ではないけれど、あなたも軍属の一人には違いないわ。・・・・ここから先は本当に残酷なこと言うことになるって自覚しているけれど・・・・。」
ティアナは一瞬息を吐いたが、キッと顔を引き締めて、
「あなたは選ばなくちゃならないことになるかもしれないわよ。お父様たちご家族を選ぶか、帝国軍人としてあるべき道を選ぶかをね。」
「お父様を・・・お母様を・・・見捨てることになるっていうの!?そんな・・・!!そんな・・・・!!そん、な・・・・!!」
サビーネが自分の胸を抑えて「ううっ!!」と苦しそうに浅く呼吸を繰り返し始めた。
「ティアナ!!」
ハッハッハッハッハッハッ・・・・と浅い呼吸を繰り返しているサビーネを懸命に介抱しながらフィオーナがたしなめた。
「あなたのいいところは誰に対しても率直に物を言うことだけれど、場面場面ではそれがかえって逆効果になるときもあるわよ。」
「今がそうだっていうの?」
ティアナもそばに来て、サビーネの背中を撫でながら尋ねた。
「違うわよ、フィオ。確かにサビーネにはつらい衝撃的なことを言ったわ。でもね、サビーネを気遣って誰も言わなければ、説得に動く機会を奪い去ることになる。この子自身が悲惨な最期を遂げるかもしれない・・・・。ある意味それは私が放った言葉よりもずっとずっと残酷なことじゃない?」
「・・・・・・・。」
フィオーナがサビーネを抱きしめるようにして落ち着かせながら、口をきゅっと結んだ。暫くは誰一人口を利かなかった。
「・・・・・ティアナの言う通りだわ。」
ややあって、フィオーナが低い声で言った。
「認めるのはつらいことだけれど、サビーネ、あなたはこれからつらい選択を迫られることになるかもしれない。でも、これだけは言わせてね。あなたは一人じゃないの。教官が、私が、ティアナが、皆が、あなたの側についているわ。そのことを忘れないでいてほしいの。」
フィオーナの言葉は顔色を悪くしているサビーネに届いたかどうか、自信がなかった。気分が悪いと訴えるサビーネに、エステルが「私が付き添って私の部屋で休んでいただきますわ。」と言ったので、フィオーナたちは同意した。

サビーネがエステルに付き添われて出ていった後、居残った転生者組はほうっというと息を吐いた。
「結局のところ。」
ティアナが口火を切った。
「原作の知識があるっていうのも、あまり役に立たないってことね。原作に沿って時間が進むならともかく、現世のこの世界においては原作からかい離し始めているんだから。ローエングラム公・・・・じゃなかった、ラインハルトが主人公じゃない内乱だなんて想像できなかったし。」
「せいぜいのところ、今の時点で原作知識が有効なのは、危険を未然に防止することくらいでしょうか。地球教団を殲滅し、フェザーンを孤立させ、ハイドリッヒ・ラングやシャフト技術大将を処断する・・・・。」
アリシアの言葉は、最後にはとりとめのないような口ぶりで消えていった。無理もない。地球教団はこの世界においても布教活動を続けているが、テロリスト集団だという尻尾をなかなか出さない。アレーナの諜報機関をもってしても、せいぜい武器所有、サイオキシン麻薬所有の報告がちらほら上がってくる程度である。そして、フェザーンについても地球教団とかかわりがあるという事実は一切つかめていない。
「証拠がなければ、何一つできないのよね。」
と、ティアナ。
「そう言う事・・・いえ、少し違う場合もあるわ。証拠がなくとも、疑わしきは罰す。放逐する。カロリーネ皇女殿下の時がそうだったでしょう?」
「というと、フィオ。まさか証拠がない段階で一方的にフェザーンや地球教徒に対して攻撃を仕掛けることも辞さないというの?」
「わからないわ・・・。少なくとも私はそういうことはしたくはない。彼らと話し合いや妥協の余地があればそうしたいけれど・・・原作やOVAを見た限りではそれは絶望的ね。」
とにかく、とフィオーナは言葉をつづけた。
「今は来るべき内戦に備えてこちらの戦力を強化しなくちゃね。」
戦力の強化、そのとおりだ。元帥府を開設し宇宙艦隊を傘下に収めた原作などとは違い、今はラインハルトもイルーナも一介の大将。合わせてもわずか3万隻程度の弱小な兵力しか握っていないのだから・・・・。
 
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