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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜

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第三章 贖罪のツヴァイヘンダー
  最終話 次の時代へと

 澄み渡る青空の下。
 緑に囲まれた山道の中を、赤いマフラーを靡かせる一人の騎士が歩んでいた。

 風のせせらぎ。小鳥のさえずり。それだけが響く、穏やかな道。その道程を歩む彼は……腰に、一振りの剣を提げていた。
 この争いとは無縁な世界には、到底そぐわないものを。

「……?」

 ふと、彼は何かが近づいてくる気配を感じ――振り返る。
 木が軋む音。馬の蹄が地を踏みつける音。それらが立て続けに響く、そのリズムを――騎士はよく知っていた。

 彼が振り返った先から現れたのは――馬車の一団。土埃を巻き上げ、山道を駆け抜ける馬車の群れを前に、小鳥達は散り散りに逃げて行く。
 だが、騎士はその場に立ち止まったまま、一団を静かに見つめていた。

「なぁ、本当に良かったのかい? 村を出て行くなんてさぁ」
「しょうがねぇべ。なんでも王宮じゃあ、帝国勇者が大暴れして、たいそう死人が出たって話じゃねぇか。きっと今頃、帝国軍が調子に乗って攻めてきてるんだよ。これ以上、この国にいたら危ない」
「だけど、身重のベルタちゃんまで連れて行くこたぁなかったんじゃないかい? これから行く公国って国は、随分遠いんだろう?」
「だから安心なんだべ。公国はまだ帝国に侵略されてねぇ、中立国だ。そこまで行きゃあ、ベルタもゆっくり出産に臨めるさ」
「そうだといいけど……」

 一団の中の一台では、熟年夫婦がそんな会話をしながら窓から外の景色を見つめていた。

 その後方に続く二台目の中では、亜麻色の髪を持つ美しい妊婦が、我が子を宿す腹部を愛おしげに見つめている。
 その向かいに座る彼女の父も、優しげな笑みで娘を見守っていた。

 ――そうして彼らは、追い抜いた騎士の存在に気づくことなく。遥か遠くの国を目指して、旅を続けていた。
 一団が通り過ぎた後に残された土埃と風に、騎士の黒髪が撫でられる。艶やかに揺れる彼の髪が落ち着き、再びこの山道に静けさが戻る頃には――あの一団は、影も形もなく姿を消していた。

「……」

 彼らが走り去った方向を、騎士は暫し見つめ続ける。その中にいた、妊婦の姿を思い浮かべて。

(……最後に、君の笑顔に会えて……良かった)

 やがて。彼は朗らかな笑みを浮かべると――再び、この山道を歩み始めて行く。決して終わることのない、償いの旅路を。

 そして。
 その背中を、戻ってきた小鳥達がさえずりと共に見送っていた。




 ――私達が暮らすこの星から、遥か異次元の彼方に在る世界。

 その異世界に渦巻く戦乱の渦中に、帝国勇者と呼ばれた男がいた。

 人智を超越する膂力。生命力。剣技。

 神に全てを齎されたその男は、並み居る敵を残らず斬り伏せ、戦場をその血で赤く染め上げたという。

 如何なる武人も、如何なる武器も。彼の命を奪うことは叶わなかった。

 しかし、戦が終わる時。

 男は風のように行方をくらまし、表舞台からその姿を消した。

 一騎当千。

 その伝説だけを、彼らの世界に残して。

 だが。
 男の旅路は、まだ終わらない。
 人類の希望たる、勇者としての使命を全うするまで。つまり――死ぬまで。
 人々の笑顔を守るため、奴隷のように戦い続けていく。

 それでも。
 彼を孤独にさせまいとする者の、一途な愛があれば。

 彼はきっと、この戦いの人生を――駆け抜けていける。
 人々に希望を齎す、本当の勇者として。 
 

 
後書き
 本作をここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
 本編は今話で一旦終了となりますが、次回からは断章「生還のグラディウス」が始まります。もうちょびっとだけ続きますが、何卒最後までよろしくお願い致します。 
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