ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜
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第二章 追憶のアイアンソード
第20話 少年の意地
そして――翌日の練兵場。
竜正は、城の窓から自身を見守るフィオナの眼差しを背に受けて……バルスレイとの稽古に臨んでいた。
「……」
「ほう。何があったか知らぬが……目の色が、昨日までとは違うな」
一人前の剣士――には至らない技量ではあるものの、その面持ちはすでに戦士としての覚悟を、微かに滲ませていた。
そんな彼の変貌が、皇女フィオナに由来しているとは露も知らないバルスレイは、感心するように竜正を見据える。
そして――稽古が始まった。
(ただがむしゃらに向かうだけじゃダメだ……。相手がどう動くか。それに対抗するためには、自分がどう動くべきか。それを見据えて動くんだ……!)
訓練用の剣が再び火花を散らし、練兵場に衝撃音を響かせる。連日続くその激しさを受けてか、徐々に兵達も観戦に集まるようになっていた。
――そんな中。この剣戟の中で、竜正の「戦闘」は大きく変貌していた。
より素早く、より強い一撃を叩き込めばいい。それだけを考えて戦っていては通用しない強敵・バルスレイ。
そんな彼に抗するためには、力押しの剣術から卒業しなければならない。日々の稽古の中で培った経験を経て、そう気づいたのだ。
そして。
その変化は――先手を打とうと横薙ぎに払われた、バルスレイの素早い剣をジャンプで回避する瞬間に現れていた。
「む……今の一閃を躱すか」
「……ッ!」
猪突猛進な戦い方ばかりを繰り返していた少年が、一転して冷静な立ち回りを見せて自分の一閃をかわしたことに、バルスレイは目の色を変える。
バルスレイが見せる僅かな仕草一つから、次の攻撃を読み――回避する。それは口にすれば簡単だが、彼の剣速に対応できる身体能力が要求される、至難の技なのだ。
ゆえに――彼と戦い、再起不能にされた剣士を数多く見てきているギャラリーは、竜正の動きに度肝を抜かれていた。彼を妬み、野次を飛ばすために来ていた近衛騎士達も、その戦いぶりに圧倒されている。
帝国騎士共通の剣技である帝国式闘剣術の訓練を始めて、三ヶ月程しか経っていない少年が、あのバルスレイ将軍と渡り合っている。
――その事実が、人々に衝撃を齎し。
確信を呼んだ。
彼は――竜正は本当に、伝説に伝わる勇者なのだと。
(今までのような、「母親に会いたい」という動機が生む「焦り」に突き動かされた戦い方では、このような冷静な立ち回りは出来ん。負け続けたことで考えを改めたか、あるいは――他に負けられない理由が出来たのか)
一方、彼と相対するバルスレイも竜正の急激な成長に目を見張っていた。実際の剣技は未だに荒削りではあるものの、竜正が帝国式闘剣術の極意を徐々に――そして確実に吸収しつつあることを、剣を交えることで実感しているのである。
このまま成長し続けるのなら……あの古の剣術を、伝授できるかも知れない。そんな考えが、バルスレイの脳裏を過る。
(だが、あの剣術を伝える前に――確かめねばなるまい。この少年が出し切れる、真の全力というものを)
しかし、まだ足りない。まだもう一歩、足りない。そう判断するバルスレイは、瞳をさらに鋭く研ぎ澄まし――さらに素早い剣閃を放つ。
「ぐわぁッ!?」
急激に速度を上げる老将の剣。その速さに対応しきれず、竜正の土手っ腹に強烈な刺突が炸裂するのだった。
骨を軋ませ、内臓を押し潰すその衝撃に、竜正は目を見開き苦悶する。地べたを転げ回り、震えてうずくまる彼の姿に、人々は今までバルスレイに敗れてきた騎士達の影を重ねるのだった。
――やはり、如何に勇者といえど付け焼き刃ではこの程度なのか。
――バルスレイ将軍に勝てる騎士は、この帝国にはいないのか。
――アイラックスを倒せる人間など、ありえないのか。
口々に囁く人々の声も、激痛に苦しむ竜正には届かない。彼は痛みに苛まれながら、自分とバルスレイとの間にある絶望的な差を、改めて思い知らされるのだった。
(この少年が背負う欠点――それは小柄な体格ゆえのリーチの短さにある。今の一撃を完全に再現したとしても、彼の剣が私に届くことはない)
大人と子供。その物理的な体格差が、竜正の進撃に歯止めを掛けているのだ。
……その現実を彼に突き付けるバルスレイには、ある一つの想いがあった。
(――だが、実戦にそんな言い訳は通用せん。子供だろうが剣を取って戦う以上は立派な戦士だ。その壁を越えられぬ者に、戦場に立つ資格はない。……力無き兵など、あってはならんのだ)
アイラックス将軍の力により膠着状態を保ってはいるものの、国力の差で王国が圧倒的に不利であることには変わりない。
その差を僅かでも埋めるため、今の王国は国民から少年兵を募り、戦争に参加させている。――半人前にも値しない、遊びたい盛りの子供達を。
そうして犠牲になった幼い命を、バルスレイは敵将として幾度となく見てきた。だからこそ彼は、勇者として祭り上げられ、戦争に巻き込まれたこの少年を厳格に指導しているのだ。
せめて……母に会いたいと願う彼の想いが、異世界の戦場に散らぬように――と。
一方、竜正は目の前に突き付けられた難関を前に、再び焦りを募らせていた。
如何に強力なパワーを持っていようと、当たらなければ意味がない。それを当てさせるための「武器」がなければ、前には進めない。
その非情な現実が、竜正に重くのしかかるのだった。
(俺が大人になるまで待てって、言いたいのか!? 冗談じゃない、それまで母さんを一人ぼっちになんて……させるもんか!)
それまで保っていた戦いのリズムを捨て、竜正は元のがむしゃらな剣術でバルスレイに挑みかかる。だが、二人の間にある差は勢いで覆せるような甘いものではない。
喉に痛烈な刺突を受け、竜正は再び吹き飛ばされてしまうのだった。
「げほっ……がはッ!」
「――これが真の戦い、というものだ。この壁が越えられぬまで、貴殿を戦場に立たせるわけにはいかん。まして、この帝国に伝わる秘宝である『勇者の剣』を託すことなどできん」
冷酷なバルスレイの言葉が、竜正の胸を締め付ける。
――自分ではここまでが限界なのか。一日も早く母に会おうなど、甘かったのか。
(ごめん……母さん。俺は、俺は……)
その弱い心が、竜正の身体から力を奪い――彼の剣を握る手を、緩ませて行く。
もはや、今日の彼には立ち上がる力などない。
誰もが……バルスレイさえもが、そう感じた瞬間であった。
「――勇者様ぁあっ!」
こんなむさ苦しい騎士達の世界とは、最も無縁であるはずの。
静かな一室で、療養しているはずの。
幼い皇女の叫びが、風に乗って練兵場へ響き渡るのだった。
「こ……皇女殿下!?」
「み、み、見ろ! 皇女殿下がお見えになられているぞ!」
「なぜ皇女殿下がこのような場へ!?」
その声を聞き取った観衆は、この帝国の頂点に近しい存在を目の当たりにし、騒然となる。城の窓から練兵場を見つめるサファイアの瞳は、その喧騒を気にも留めず、倒れ伏した少年に一途な眼差しを注いでいた。
「立って! 立ち上がって! そしていつか、お母様の元へ……けほっ、一日も、早くっ……!」
病弱な身体を押した反動に苦しめられ、幾度となく咳き込みながらも、彼女は懸命に声を張り上げる。そんな姿を前に、騎士達は慌てて救援を要請し、騒ぎ続けていた。
「何をしているか貴様ら! 早急に皇女殿下を医務室へお連れせぬかッ!」
そして――内心で驚愕しつつも、あくまで冷静に状況を見つめていたバルスレイは騒ぎ立てる騎士達を一喝する。次いで、彼女の叫びから……立場を越えた竜正との繋がりを悟るのだった。
「実績を立てる前から皇女殿下と関わりを持つ、か……。貴殿が勇者でなければ、今頃は不敬罪で首が飛んでいたところだな」
「ぐ、う……フィ、フィオナ……!」
「――だが、これでようやく貴殿が急成長した理由が読めた。さぁ、皇女殿下の御心に応えて見せよ。ここで屈するようなら、あと五年は修練を続けて貰う」
「……ッ!」
鋭い眼光で自身を射抜くバルスレイと、竜正は倒れ伏したまま視線を交わす。その眼には――もはや、諦めの色はない。
(誰が……諦めるものかよ! フィオナがあんなにも、俺のために……頑張ったのに! 俺がここで挫けたら、全部が無駄になる! フィオナの想いが、無駄になるッ!)
震える両足に鞭打ち、ふらつきながらも――立ち上がる。身体こそボロボロだが、その瞳は戦う前より熱く煌めいていた。
(無駄になんて、させない! 俺が、させるものかァッ!)
そして、剣を握る力が――最高潮に膨れ上がり、眼前の敵へ狙いを定める。その一点に集中された殺気を浴び、バルスレイの気力が一気に引き締まった。
(来るか!)
そう身構えるバルスレイを目掛けて、竜正は刺突の体勢で突進する。先程と変わらない様子で突撃してくる少年に対し、老将は油断することなく眼を細めた。
(刺突と見せかけて横薙ぎか。切り上げか。さぁ、来るなら来い。私も、その全力に応えて見せ――)
そして、双方の間合いが――バルスレイが届き、竜正が届かないところまで詰まる瞬間。
竜正の剣が、手元から離れ――
(――なんとッ!?)
――矢の如し速さで、バルスレイの胸を打ち抜くのだった。
「届かないのなら、届かせればいい……! そうだよな、バルスレイさんッ!」
少年は反動により跳ね返って来た剣をキャッチし、慢心することなく残心を取る。敵に油断を見せてはならない、という師の教えを真摯に受け止めている証だ。
(信じられん……! 荒削りな狙いだったとはいえ、私に教わる前から己の感性のみで投剣術を放つとは……!)
一方、胸を抑えているバルスレイは、竜正が咄嗟に見せた気転に目を見張っていた。そして、今こそ彼は確信する。
この若き勇者こそ、失われた帝国の秘剣――帝国式投剣術を受け継ぐに相応しい剣士であると。
(幼いこの少年に託すのは非情かも知れん……が。もはや、彼しかいまい。アイラックスを越えられるのは――この世界に、彼一人だ)
そして――バルスレイ将軍が一本を取られた、という非常事態を目の当たりにして静まり返っていたギャラリーを前に、老将は高らかに宣言する。
「――見たか! これぞ、我が帝国が誇る伝説の勇者の剣! この剣が我らの切っ先となり、帝国の未来を切り拓くのだ。皆の者! この若き勇者と共に、帝国の安寧を築き上げるのだッ!」
その宣言を受け、騎士達は僅かな沈黙の後――爆発するような歓声を上げる。
皆、確信したのだ。バルスレイ将軍と勇者が共に立ち上がれば、必ず王国に――アイラックスに勝てるのだと。
そして、勇者を讃える歓声を聞き――騎士達により医務室へ連れられていたフィオナは。
「勇者……様ぁ……」
自らが思慕の情を寄せる少年の勝利を知り、暖かな笑みを浮かべるのだった。
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