SAO~円卓の騎士達~
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第七十七話 学校へ
~和人 side~
学校の第二校舎三階北端にあるパソコン室。
俺たちは準備を始めるべく、パソコンを起動させ、先程からキーボードやマウスを忙しなく動かしている。
さらに俺と同じメカトロニクスコースを受講している二人の男子生徒、それに刻君もやってきました。
さらに本来は文系だが、中学からプログラミングを手伝って貰っていて、プログラミングにだけ強い龍也もいる。
和人「悪いな、早くから来てもらって。」
「気にすんなって。むしろデータが取れるんだからな、早くやろうぜ!」
「カズ、一応細かい調整はしてきたけど、確認してみてくれ」
龍也「必要な物は揃ってるよな? それじゃ、微調整しつつ完成させる。」
道具を色々と出して、持ち運び用のHDなどをパソコンに接続させ、パソコンの画面が次々と違うものに変わっていっていく。
そこから、俺達が持ってきた直径7cmほどのドーム型の機械を明日奈の右肩に乗せた。
細いハーネスで固定されていて、基部はアルミの削り出し材、ドーム部分はアクリル製、その中にはレンズ機構がある。
基部のソケットから二本のケーブルが伸びていて、一本は椅子に座っている明日奈の上着のポケットに入ってる携帯端末に繋がれ、もう一本は俺達が使ってるパソコンに繋がれている。
和人「これじゃジャイロが敏感すぎるんじゃないか?」
龍也「視線追随を優先するなら、ここのパラメータにもうちょっとここに余裕を持たせて。」
「そうだな。 ラグのことを考えても、そこら辺は最適化プログラムに期待するしかないか。」
「賛成。 カズが組み込んだOSもあるんだし、そんな感じの方がいいだろ。」
明日奈「あの~、まだこの姿勢の方がいいの?」
明日奈はもう30分以上はこのままだ。
和人「もう少しだけ待ってくれ。 ま、取り敢えず初期設定はこれでいくのがベストだろ。 それじゃ、繋いでみるぞ」
俺がそう言うと龍也がキーボードのEnterキーを押した、そして、
和人「ユウキ、ラン、聞こえてるか?」
ユウキ『は~い、しっかり聞こえてるよ~。』
ラン『大丈夫です。』
俺の問いかけに、明日奈の肩の上にあるドーム型機械のスピーカーから、ユウキとランの声が聞こえてきた。
打ち上げの時のユイの場合とは少し違う。
和人「OKみたいだな。 それじゃ、レンズ周りを初期設定するから、視界がクリアになったところで声を出してくれ。」
ユウキ『うん、了解だよ』
俺の言葉にユウキが応じている。
明日奈の右肩にあるこの半球形のメカこそ、俺達の班が今年度の頭から考えて、製作を頑張ってきた『視聴覚双方向通信プローブ』だ。
簡単に説明すると、アミュスフィアとネットワークを通して、現実世界やその遠隔地に視覚と聴覚によるやり取りをしようという機械だ。
プローブ内のレンズとマイクに収集されたデータ、それらは携帯端末を介してネットに送信され、フルダイブマシンを経由して、仮想空間にフルダイブしている人に届く仕組み。
レンズはドーム内を自由に回転して、視線の動きと同期して映像を得る。
今回はフルダイブマシンをメディキュボイドに置き換え、専用の仮想空間にいるユウキとランに届くようにした。
いまユウキとランは、自分の体が10分の1くらいに小さくなって、明日奈の肩に座っている感じのはずだ。
考えている間に、ユウキの『そこ』という声が聞こえてきて、それを龍也が調整したのかして、「OK、これで終わりだ。」と言っている。
それから、明日奈に急激な動きは避けること、あまり大きな声を出さないように、などの注意を幾つか言った。
俺がプローブとパソコンを繋げているケーブルを抜き取ったのでこれで自由行動が出来るようになる。
なぜこんなことをしているのかと言うとユウキが『学校に行きたい』と言い始め、それを叶えるためにこれを用意したのだ。
ユウキ『ありがとう、キリト。』
ラン『本当に有り難うございます。 何から何まで。』
明日奈「私からもありがとう、和人くん。 急なお願いだったのに、やってくれて。」
和人「どういたしまして。 まぁ俺達からしても、データが欲しいところだったから、渡りに船だな。 それにユウキも学校に来れたから、一石二鳥だ。」
龍也「んじゃ、何かあったら呼んでくれ。」
それから職員室まで向かう間、ユウキは何かを見つけるたびに小さな歓声を上げていた。
ランは流石に落ち着いているがレンズ越しでも楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
その様子を見て、俺達は微笑を浮かべる。
思えば、二人は普通に学校に通っていたとしても中学三年生に当たるから、中高生の通うこの学校は目新しく感じるのかもしれない。
ちなみに、彼女には俺達が『SAO生還者(サバイバー)』であることは既に伝えてあって、ここがその生還した学生達が通う学校であることも。
そして、職員室の前に来た時、ユウキが静かになった。
明日奈「ユウキ、どうかしたの?」
ユウキ『えっと、ね。 ボク、昔から苦手だったんだよ、職員室は。』
ラン『この子イタズラ好きでしたから。』
明日奈「ふふ、大丈夫だよ。 ね、和人くん?」
和人「ああ。 ここの教師は変わった人が多いからな。 良い意味で。」
なんとなく彼女の言葉の意味が理解できたので、明日奈と一緒に安心させるように答える。
明日奈「失礼しまーす!」
ユウキ『し、失礼しま~す。』
ラン『ふふ、失礼します。』
和人「くく、失礼します」
明日奈は声をそれなりに大きく、ユウキは小さめに、ランと俺は少し笑ってから普通の声で職員室に入る。
先生方がこちらに目をやったけれど、俺を認識すると納得したような笑顔を浮かべてから、各々の机の上に視線を戻している。 けれど、六人の先生が椅子から立ち上がり、俺達のもとへ歩み寄ってきた。
見れば、今日明日奈が受講する科目の先生達だ。
俺が先生方に簡単ながら説明を始めて、全員頷いたりしている。
予め連絡を入れておいて良かった。
和人「と、いうわけなんですが、大丈夫ですか?」
「ええ、私の授業は大丈夫よ」
「俺のところも問題無いぞ」
「キミ、名前をなんと言ったかね?」
ユウキ『は、はい。 ユウキ、紺野木綿季です!』
ラン『私は紺野藍子。 木綿季の姉です。 わずか三十分ほどの差ですけど。』
現代国語を担当する六十代後半の白髪白髯のお爺ちゃん先生が訊ねて、少し驚いてから表情を綻ばせている。
他の先生達も驚いたり、感心したりしてる。
「紺野さん。 君たちが良かったらなんだが、これからも授業を受けに来たまえ。 今日からやる芥川の『トロッコ』は最後まで行かんとつまらんからね」
ユウキ『あ、ありがとうございます!』
ラン『はい。 お願いします。』
先生の歓迎ムードにユウキは凄く喜んでるみたいだ。
ランは相変わらず落ち着いている。
「それにしても、桐ヶ谷君達はよくこんなものを作れるわね~。」
「感心するしかないですね。」
若い女性と男性の先生は俺達に関心している様子。
確かに、高校生でこういうのを作てるのはかなり少ないだろう。
「しかし、これがあれば身体の不自由な人でもこうして社会に出ることが出来るのですから、社会貢献も出来る機械なんですよね?」
「特許とか取れるんじゃないかね?」
和人「実際、そういう話しも持ちかけられてます。 どうするかは、皆で話し合って決めますけど。」
初老の女性と中年の男性の先生も、プローブの簡単な説明を受けると社会的なことを話し、俺もそれに受け答えてる。
実際に社会貢献出来るなら光栄だ。
「そうかそうか。 よし、桐ヶ谷。」
和人「なんですか?」
「お前、今日は結城と一緒に授業を受けろ。」
明日奈「へ?」
和人「はい?」
1人の男性の先生が俺にそう言った。
明日奈とユウキとランは呆けた言葉を漏らして、俺も首を傾げる。
和人「あの、もう1回言ってもらってもいいですか?」
「今日は結城と授業を受けろ。担任命令だ」
和人「何故か、と聞いても?」
「機械に何かあった時に、お前が傍にいた方がいいだろう? 万が一ってやつだ。」
和人「職権乱用じゃないですか。」
「こういう時に職権っていうのは使うんだよ」
和人「俺、学年が違いますよ?」
「お前、自分の学年どころか高校3年の授業も個人的に終わってるだろうが。 冬休み前、結城達の学年のテストを試しにやらせてくれって言って、余裕で平均点越えてたのは何処のどいつだ?」
和人「理系科目だけじゃないですか。」
「結城の選択は文系だが、今日は問題ない。 皆さんも、構わないですよね?」
和人「あのー、俺の意思は?」
「私は構わんよ。」
「同じく、僕の授業も大丈夫です。」
「折角ですし、それに他の生徒の刺激にもなると思いますから。」
和人「あ、俺の意思は無視なんですね? はぁ。」
そして昼休み。
龍也「そりゃ災難だったな。」
和人「あぁ。 お陰で回りの奴等からジロジロ見られて気疲れした。」
龍也「まぁ、午後も頑張れ。」
ユウキ『何かゴメンね。 僕のワガママのせいで。』
和人「あ、いや、ユウキが楽しければ良いんだぞ? ところで授業内容分かるか?」
ユウキ『全然分かんない!』
ラン『私はなんとかついていけるくらいです。』
桜「そういえば、ユウキとランが退院した時って学校どうするの?」
ユウキ『僕、この学校来ようかな。』
ラン『良い人ばかりですから。』
和人「だとしたら、眼鏡の役人辺りに話しとくか。」
ユウキ『眼鏡の役人って?』
明日奈「クリスハイトさんよ。 ALOで会ったでしょ。 あの人色々な方面に顔の立つ役人なの。」
何気なくクリスハイトのリアル情報が漏洩していく。
そしてその後も滞りなく授業が続き、そして学校が終わった。
和人「他にどこか行きたいところあるか? 後二時間くらいならバッテリーもつし、予備の分も有るから八時間は平気なはずだ。」
ユウキ『えっと、じゃあ一ヶ所だけ。 学校の外だけど。』
明日奈「分かったわ。 どこ?」
ラン『横浜の保土ヶ谷区にある月見台ってところなんですが。』
龍也「分かった。 じゃあ行こうか。」
学校のある西東京市から電車を乗り継いで移動し、俺達は横浜市保土ヶ谷区へと到着した。
電車内では小さな声で囁くように喋り、だけどそれ以外の路上とかでは人の目を気にしないで七人で話しをして移動した。
移り変わった街の風情と接しながら移動したからか、目的地の星川駅で電車を降りた時には夕方の5時半を過ぎていて、空の色も紫に変化していた。
ユウキ『何回かここも来たんだよー。』
ラン『全然変わってないです。』
桜「行きたいところってどこなの?」
ユウキ『あ、そうだね。 駅前を左に曲がって、それから信号を、』
和人「ん、了解。」
少し歩いてからわたし達は一軒の住宅の前に辿り着いた。
白いタイル張りの壁を持ち、青銅製の門扉を構える家。
肩にあるプローブからはユウキとランの長い吐息が聞こえてきた。
間違いない、この家がユウキとランの、
和人「ここがユウキの家なんだな。」
ユウキ『そうだよ。 まさか、もう一度見られるとは思ってなかったけどね。』
白い壁と緑色の屋根、周囲の住宅よりも小さめの家だけど広い庭、芝生には白木のベンチ付きのテーブル、赤レンガで囲まれた大きな花壇のある家。
だけど、放置されているのが良く分かるくらいになっている。
テーブルは色をくすませていて、花壇には枯れた雑草、家の窓全てが雨戸によって閉められている。
もう、この家には誰も帰って来ていないから、だから周りの家と違って温かさが欠けてしまっている。
ユウキ『ありがとう、皆。 僕達をここまで連れて来てくれて。』
ラン『私も、本当に有り難うございます。 こんなにやりたいことが出来るなんて。』
明日奈「ユウキとランの家だもの、わたしも見れて良かったって思うよ。」
その後向かいにある公園の膝の高さくらいまである石積みに腰かける。
ここからなら、ユウキとランでも家を全部見渡せるはずだから。
ユウキ『実はね、この家、売ろうと思ってるんだ。』
明日奈「え? 何で?」
龍也「維持費や修理でどれくらいかかるか分からないし、その分を払いきれるか分からないんだろ?」
ラン『それもそうですけど、あの家だと二人で住むには大きいんです。 もう父も母もいない、あの家は。』
桜「それじゃあ二人は何処に住むの?」
ユウキ『どこかなぁ。 皆と何時でも会えるような所が良いな。』
龍也「・・・売る売らないはお前らの勝手だけどさ。 想い出まで一緒に捨てようとするなよ。」
ラン『勿論です。 それこそ、父と母に申し訳ないですから。 これは辛いことを忘れるための選択では無く、前に進むための選択です。』
龍也「・・・言うまでもなかったか。」
しばらくの沈黙の後
ユウキ『帰ろっか。』
ラン『そうね。』
和人「分かった。」
~side out~
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