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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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ハンティング

浮遊城アインクラッドの攻略は、勇敢なる騎士(ナイト)ディアベルの呼び掛けにより始まった。

しかし、そのディアベルもボス攻略の最中に命を落とした。

その後、第1層のボスが攻略されたことは、すぐに《はじまりの街》に留まるプレイヤー達に知れ渡り、これをキッカケに多くのプレイヤーが立ち上がった。

以後、攻略の指揮権を巡ってギルド間での対立が起きたものの、最終的には攻略組のトップギルドと呼ばれた《血盟騎士団》が、攻略の指揮を執行(しっこう)することで落ち着いた。《血盟騎士団》が攻略を指揮するようになってからは、指揮系統の混乱による死亡者が少なくなり、多少の犠牲を払いながらも、第57層まで行き着いた。

ディアベルが始めた初期のボス攻略は、大勢のプレイヤーに希望を与え、攻略のためのギルドを立ち上げさせた。彼の行為は決して無駄ではなかったと、今でも思う。しかし、1人の少年が自ら汚名を被るという最悪の結果を招くことにもなってしまった。





現在、攻略の最前線となっている第58層。

俺は今日の朝からダンジョンに潜り続け、レベルを上げてきた。ようやくそれが終わり、転移門から58層へと帰ってきた。目の前の風景が転移門広場へと変わった途端、転移門近くで、あるギルドに(すが)るように頼み込んでいる男の姿が見えた。

「お、お願いです!どうか……どうか……!」

「しつこいな。俺達は忙しいんだ。他の奴に頼めよ」

ギルドリーダーの男が、自分達に何かを頼み込もうとする男の手を払い()け、他のメンバー達と共にその場から去っていく。

自分の頼みを断られた男は、失望のあまり地面に膝を付いて(うな)()れた。その男が何を頼もうとしたのかが気になった俺は、とりあえず声だけでもかけてみることにした。

男の傍らへと歩み、右肩を手でトンと軽く叩いた。

「………?」

男は無言のまま振り向く。緑がかった茶色の髪、シャツの上に灰色の防具を身に付けたその男は、眼に溜まった涙が頬を伝って流していた。

一瞬、悲しみと絶望……、と脳裏で呟きながら本題を戻した。

「……さっきのギルドに、何を頼もうとしたんだ?」

俺が声をかけた後も、男は涙を流したまま、「お願いです!どうか……どうか……!」と、まるで壊れかけのラジオのように何度も繰り返した言い続けた。声をかけたのま間違いだったかも、と今になって悔いている俺だが、今更引き返すことはできない。それに、事情が気になるのに変わりはない。

詳しい話を聞くため、俺は男と共に主街区にあるNPCレストランへ移動した。レストラン内の一番奥の席に腰を掛けた途端、男はようやく落ち着きを取り戻し、会話できる状態となった。

「先ほどは、お見苦しいところを見せて、すいませんでした。俺は《アッシュ》と言います。《シルバーフラグス》という小ギルドのリーダーでした」

「でした……」

なぜ過去形で話すのか、大体想像はついた。

アッシュは震えるような唇を動かし、事情を詳しく説明し始めた。

「5日前、最近俺のパーティーに加入した、《ロザリア》という女性プレイヤーに、いい狩場を見つけたから付いてくるように、と言われたんです。……しかし、そこには……オレンジプレイヤーの集団が待ち構えていたんです。俺達は逃げるために必死に戦いましたが、メンバー全員が殺されてしまい、俺だけなんとか生き延びたんです」

アッシュの話を聞いた俺は、怒りが(あら)わになろうとした。かつて家族を殺された自分と、似た境遇を感じたのだ。

俺の経験上、どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身を(やつ)すと人格が変わるプレイヤーは多い。悪を気取ってゲームを楽しむ奴もいるだろう。

しかし、現在のSAOは現実と同一化されている。だからこそ、プレイヤー全員が協力して第100層を目指さなければいけない。中には攻略に参加せず、宿屋で怯えながら引きこもってる者もいる。実際、《はじまりの街》に残ったプレイヤーも数多くいるはず。

そして一番最悪なのが、他人の不幸を呼ぶ者、アイテムを奪う者、殺してしまう者。

この世界に於けるプレイヤーキラー……PK行為は現実での死を意味する。SAOでは、盗みや傷害、あるいは殺人といったシステム上の犯罪を《オレンジプレイヤー》。

その集団を《オレンジギルド》と通称する。

現実世界で戦ってきた俺に言わせれば、今のSAOで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐った奴だと言える。こんな自分でも、善と悪の区別くらいはできる。

俺の考えが終わるタイミングを見計らうように、アッシュが話を続ける。

「しかも、そのロザリアが、オレンジギルドと合流した時……虫の化け物に変わったんです」

「!?……虫の化け物、だと?」

その一言が俺を驚愕の境地へ導いた。

「詳しく説明しろ」

俺は今まで聞いた話のことなど忘れ、これからの話に全意識を集中させた。

「じ、実は……信じがたいことだと思うんですけど、ロザリアの体が、光り出して……そしたら、虫のモンスターに変身したんです」

アッシュが更に話を進める。

「で、化け物に変わったロザリアが……お、俺を、俺のギルドメンバー達に襲いかかってきたんです。一応、全員で立ち向かったんですけど、なんかすごく強くて……。それに、突然姿を消して、別の場所に現れたりして……もう訳がわからなくて……」

高速移動(クロックアップ)のことを言ってるのは容易に理解できた。

「ギルドメンバーも、あっという間に全員殺されたんです。それで……俺があなたに頼もうとしているのは……」

「復讐……」

「え?」

アッシュの言葉を途中で(さえぎ)り、結論を引き出した。

「要するに、お前はそのロザリアという女に……復讐したいんだろ」

「い、いいえ。違います」

「違う?」

意外な返答に俺は驚きを隠せなかった。自分の仲間を殺されて、復讐を望まないのはおかしすぎる。それが俺の結論だ。

アッシュは腰のポーチから長方形の結晶を1つ取り出し、テーブルの上に置いた。

「これは、回廊結晶か」

《回廊結晶》。瞬間転移のためのゲートを開き、一度に多人数を転移させるためのアイテムである。攻略組がボス部屋への近道として使うケースがよくある。

「これは、俺が全財産を(はた)いて買った回廊結晶です。監獄エリアが出口に設定されています。これで奴らを牢獄に入れてほしいんです」

「牢獄送りだと……」

俺は納得できず、反論した。

「そんなやり方は生温い。クズはどこまで行ってもクズでしかない。牢獄に送る必要などない。全員殺すべきだ。それこそ正しい復讐だ」

もしアッシュの言う通り、そのロザリアという女が虫の化け物……《ヴァーミン》だとすれば、牢獄送りなどで済む問題ではなくなる。

「もちろん、俺だって最初は殺そうと思いました。だから、この5日間、必死にレベル上げをしました。でも、気が付いたんです。死んでいった仲間達は、きっと俺がPKをすることを望まないと。だから、奴らを牢獄に送ることにしたんです。それが俺なりの復讐なんです」

「………」

俺は反論できなかった。身近にいる者を殺されたというのに、相手を殺したくないと言う者に会ったのは初めてだった。

俺はずっと前に、親友を殺した相手に復讐をしたいため、殺したことがある。復讐すべき相手に与えるべき裁きは《死》だと常に考えていた。《死》以外の復讐など考えたこともなかった。だからこそ、アッシュの言い分には納得がいかなかった。

だが、自身のギルドメンバーを殺した相手を牢獄に送ることが復讐だというのなら、俺にそれを止める権利はない。これはあくまでアッシュという他人の復讐であって、俺の復讐ではない。

「……いいだろう。引き受けてやる」

と言った途端。

「ほ、本当ですか!!あ、ありがとうございます!!」

依頼を引き受けると言った俺に対して、アッシュは深々と頭を下げた。

アッシュの復讐に関してはいまいち納得がいかないが、もし自分の復讐だったら、それ以上に納得がいかなかっただろう。

その後、俺は連絡できるようアッシュとフレンド登録を済ませ、回廊結晶を受け取り、そのままレストランから立ち去った。











その頃、第35層に1人の少年と1人の少女が辿り着いた。

35層主街区《ミーシェ》は、白壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農村の(たたず)まいだった。それほど大きい街ではないが、現在は中層プレイヤーの主戦場となっていることもあって、行き交う人の数はかなり多い。

ビーストテイマー《シリカ》のホームタウンは8層にある《フリーベン》という街だが、もちろんマイルームを購入しているわけではないので、基本的にはどこの街の宿屋に泊まろうとそれほど大した違いはない。最重要ポイントは供される夕食の味なのだが、その点シリカはここの宿屋のNPCコックが作るチーズケーキがかなり気に入ったので、《迷いの森》の攻略を始めた2週間からずっと逗留(とうりゅう)を続けている。

《ビーストテイマー》とは、システム上で規定されたクラスやスキルの名前ではなく、通称である。戦闘中、通常は好戦的なモンスターがプレイヤーに友好的な興味を示してくるというイベントがごくまれに発生する。その機を逃さず餌を与えるなどして飼い馴らしに成功すると、モンスターはプレイヤーの《使い魔》として様々な手助けをしてくれる貴重な存在となる。その幸運なプレイヤーを、賞賛とやっかみを込めてビーストテイマーと呼ぶ。

物珍しそうに周囲を見回す黒衣の少年《キリト》を引き連れて、大通りから転移門広場に入ると、早速顔見知りのプレイヤー達が声を掛けてきた。シリカがフリーになった話を速くも聞きつけ、パーティーに勧誘しようというのだ。

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……」

受け答えが嫌味(いやみ)にならないよう一生懸命頭を下げてそれらの話を断り、シリカは傍らに立つキリトに視線を送って、言葉を続けた。

「……しばらく、この人とパーティーを組むことになったので……」

ええー、そりゃないよ、と口々に不満の声を上げながら、シリカを取り囲む数人のプレイヤー達は、キリトに胡散(うさん)臭そうな視線を投げかけた。

シリカはすでにキリトの腕前の一端(いったん)を見ていたが、所在なさそうに立つ黒衣の剣士は、その外見からはとてもじゃないが強そうに思えない。

特に高級そうな防具を装備しているわけでもない。鎧の(たぐ)いは一切なし、シャツの上は古ぼけた黒革のロングコートだけ。背負うのはシンプルな片手剣1本だけ。そのくせ盾も持っていない。

「おい、あんた……」

最も熱心に勧誘していた背の高い両手剣使いが、キリトの前に進み出て、見下ろす格好で口を開いた。

「見ない顔だけど、抜け駆けはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声かけてるんだぜ」

「そう言われても……成り行きで……」

困ったような顔で、キリトは頭を()く。

もう少し何か言い返してくれてもいいのに、とちょっとだけ不満に思いながら、シリカは両手剣使いに言った。

「あの、あたしから頼んだんです。すみません」

最後にもう一度深々と頭を下げ、キリトのコートの(そで)を引っ張って歩き出す。今度メッセージ送るよー、と未練がましく手を振る男達から一刻も速く遠ざかりたくて、シリカは早足で歩いた。転移門広場を横切り、北へ伸びるメインストリートへと足を踏み入れる。

ようやくプレイヤー達の姿が見えなくなると、シリカはホッと息をつき、キリトの顔を見上げて言った。

「……す、すみません。迷惑かけちゃって」

「いやいや」

キリトはまるで気にしていない感じで、かすかに笑みを(にじ)ませている。

「すごいな。人気者なんだ、シリカさん」

「シリカでいいですよ。……そんなことないです。マスコット代わりに誘われてるだけなんです、きっと。それなのに……あたし、いい気になっちゃって……1人で森を歩いて……あんなことに……」

ピナのことを考えると、自然と涙が浮かんでくる。

「大丈夫」

あくまで落ち着いた声で、キリトが言った。

「絶対生き返らせられるさ。心配ないよ」

シリカは涙を拭い、キリトに微笑みかけた。不思議に、この人の言うことなら信じられる気がすると思いながら。

やがて、道の右側に、一際大きな2階建ての建物が見えてきた。シリカは定宿、《風見(かざみ)鶏亭(どりてい)》だ。そこで、自分が何も聞かずにキリトをここに連れてきたしまったことに気づいた。

「あ、キリトさん。ホームはどこに……」

「ああ、いつも50層なんだけど……。戻るのも面倒だし、俺もここに泊まろうかな」

「そうですか!」

嬉しくなって、シリカは両手をポンと叩いた。

「ここのチーズケーキ、けっこういけるんですよ」

言いながらキリトのコートの袖を引っ張って宿屋に入ろうとした時、隣に建つ道具屋からぞろぞろと4、5人の集団が出てきた。ここ2週間参加していたパーティーのメンバーだ。前を歩く男達はシリカに気づかず広場のほうへ去っていったが、最後尾にいた1人の女性プレイヤーがチラリと振り向いたので、シリカは反射的に相手の眼をまっすぐ見てしまった。

「……!」

今一番見たくない顔だった。《迷いの森》でパーティーと喧嘩別れする原因になった槍使いだ。顔を伏せ、無言で宿屋に入ろうとしたが、

「あら、シリカじゃない」

向こうから声を掛けられ、仕方なく立ち止まる。

「……どうも」

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

真っ赤な髪を派手にカールさせた、確か名前をロザリアと言ったその女性プレイヤーは、口の端を歪めるように笑うと言った。

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

「いらないって言ったはずです!急ぎますから」

会話を切り上げようとしたが、相手にはまだシリカを解放する気はないようだった。目ざとくシリカの肩が空いているのに気づき、嫌な笑いを浮かべる。

「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」

シリカは唇を噛んだ。使い摩は、アイテム欄に格納することも、どこかに預けることもできない。つまり身の回りから姿が消えていれば、その理由は1つしかないのだ。そんなことはロザリアも当然知っているはずなのに、薄い笑いを浮かべながらわざとらしく言葉を続けた。

「あらら、もしかしてぇ……?」

「死にました……。でも!」

キッと槍使いを睨みつける。

「ピナは、絶対に生き返らせます!」

いかにも痛快という風に笑っていたロザリアの眼が、わずかに見開かれた。小さく口笛を吹く。

「へぇ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

「できるさ」

シリカが答える前に、キリトが進み出てきた。シリカを庇うようにコートの陰に隠す。

「そんなに高難度の高いダンジョンじゃない」

ロザリアはあからさまに()()む視線でキリトを眺め回し、赤い唇に再び(あざけ)るような笑みを浮かべた。

「あんたもその子にたらしこまれた口?見たとこそんなに強そうじゃないけど」

悔しさのあまり、シリカは体が震えるのを感じた。(うつむ)いて、必死に涙を(こら)えた。

「行こう」

肩に手が乗せられた。キリトに(うなが)され、シリカは宿屋へと足を向けた。

「ま、せいぜい頑張ってね」

ロザリアの笑いを含んだ声が背中を叩いたが、もう振り返ることはなかった。

しかし、その光景を建物の陰から眺める者がいたことは、まだ誰も知らなかった。





《《風見(かざみ)鶏亭(どりてい)》の1階は広いレストランになっている。その奥まった席にシリカを座らせ、キリトはNPCの立つフロントに歩いていった。チェックインを済ませ、カウンター上のメニューを素早くクリックしてから戻ってくる。

向かいに腰掛けたキリトに、自分のせいで不愉快な思いをさせてしまったことを謝ろうと、シリカは口を開いた。だがキリトは手を上げてそれを制すると、軽く笑った。

「まずは食事にしよう」

丁度その時、ウェイターが湯気の立つマグカップを2つ持ってきた。目の前に置かれたそれには、不思議な香りの立つ赤い液体が満たされている。

パーティー結成を祝して、というキリトの声にコチンとカップを合わせ、シリカは熱い液体を一口すすった。

「……おいしい……」

スパイスの香りと、甘酸っぱい味わいは、遠い昔に父親が少しだけ味見させてくれたホットワインに似ていた。しかし、シリカは2週間の滞在でこのレストランのメニューにある飲み物は一通り試したのだが、この味は記憶にない。

「あの、これ……?」

キリトはニヤリと笑うと、言った。

「NPCレストランはボトルの持ち込みもできるんだよ。俺が持ってた《ルビー・イコール》っていうアイテムさ。カップ一杯で敏捷力(びんしょうりょく)の最大値が1上がるんだ」

「そ、そんな貴重なもの……」

「酒をアイテム欄に寝かせてても味が良くなるわけじゃないしな。俺、知り合い少ないから、開ける機会もなかなかないし……」

おどけたように肩をすくめる。シリカは笑いながら、もう一口だけゴクンと飲んだ。どこか懐かしいその味は、悲しいことの多かった1日のせいで硬く縮んだ心をゆっくり溶きほぐしていくようだった。

やがてカップが空になっても、その暖かさを惜しむようにシリカはしばらくそれを胸に抱いていた。視線をテーブルの上に落とし、ポツリと呟く。

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

キリトは真顔になると、カップを置き、口を開いた。

「君は……MMOは、SAOが……?」

「初めてです」

「そうか。……どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーは多い。善人になる者、悪人になる者……。それをロールプレイと、従来は言ってたんだろうけどな。でも俺はSAOの場合は違うと思う」

一瞬、キリトは眼が鋭くなった。

「今はこんな、異常な状況なのに……。そりゃ、プレイヤー全員が一致協力してクリアを目指すなんて不可能だってことはわかってる。でもな、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴、……殺してまでする奴が多すぎる」

キリトは、シリカの眼をまっすぐ見つめてきた。怒りの中に、どこか深い悲しみの見える眼の色だった。

「俺は、ここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐った奴なんだと思ってる」

吐き捨てるように言う。直後、()()されたようなシリカの表情に気づき、すまない、と軽く笑った。

「……俺だって、とても人のことを言えた義理じゃない。……最初のパーティーメンバーの1人だったアイツが、自分から悪役をかっても……俺は、怯えて何もしようとしなかった。アイツ1人に、重荷を背負わせてしまったんだ。その上、俺は仲間を……見殺しにしたことだって……」

「キリトさん……」

シリカは、目の前の剣士が、何か深い懊悩(おうのう)を抱えているのだとおぼろげに悟っていた。(いたわ)りの言葉を掛けたかったが、言いたいことを形にできない貧弱(ひんじゃく)語彙(ごい)がうらめしい。その代わりに、テーブルの上で握り締められたキリトの右手を、無意識のうちに両手でギュッと包み込んでいた。

「キリトさんはいい人です。あたしを、助けてくれたもん」

キリトは一瞬驚いたように手を引っ込めようとしたが、すぐに腕から力を抜いた。口元に、穏やかな微笑が滲む。

「……俺が(なぐさ)められちゃったな。ありがとう、シリカ」

その途端、シリカは、胸の奥のほうがずきん、と激しく痛むのを感じた。わけもなく心臓の鼓動が速くなる。顔が熱くなる。

慌ててキリトの手を放し、両手で胸をギュッと押さえた。でも、深い(うず)きは一向に消えない。

「どうかしたのか?」

テーブル越しに身を乗り出してくるキリトに向かってぶんぶん首を振り、どうにか笑顔を作った。

「な、なんでもないです!」

そんな2人のやり取りを奥まった席でフードを被った男が腰を掛けながら、環視するような視線でそれとなく眺めていた。

__これで役者は(そろ)った。後は、あの2人を尾行すればいい。
 
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