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魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです

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第15話『黄金の魔法使いの憂い』

「……すぅ、はぁーーっ」

 深呼吸して、自身の魔力の巡りを確認する。
 異常無し。全身の血液を伝って、なんの属性も持たない純真な魔力は、ただ命じられるまで脈動を続けている。
 指先に魔力を集わせる。至って正常の流れだ。脳裏にその術式を描き出し、自身が最も得意とする魔術を編む。

 ──火素(カノ)
 ──風素(エンフ)

 現世界式(プロジェクタリ)基礎魔術(オールマイティ)

「……『フィリア』ッ!」

 最下級熱魔法フィリア。
 極小の熱球を作り出し、対象を定めて撃ち放つ、基本的な初歩の魔法。それには本来、大した威力は伴わないが、黄金の少女の指先で形成されたソレは明らかにその範囲を超えている。
 直径2mはあるかという程の大火球。フィリアの遥か上位互換であるアルテ・フィリアと遜色無い威力を保持したその焔の鉄槌は、荒ぶる灼熱を必死に内へと押し留めようと蠢いている。
 炎が噴き出し、指先からジリジリと熱気が伝わってくる。頬を一筋の汗が伝い、今にでも暴走しそうなその奔流を無理矢理に押し留めようとし――

「……っ、ぎ……っ!」

 コントロールが狂った。
 見当違いの方向に火球が飛んで行き、空の彼方にその影を溶かしていく。空気中を覆っていた熱が次第に消え失せ、少女は憂鬱気に溜息を吐いてへたり込む。
 草原に身を投げ出して空を見上げる少女の視界に、突如水に濡れたタオルが落ちた。
 パチャッ、と音を立てて冷たい感触が顔を包み込み、少女が驚いて声を上げる。

「わぷっ!?」

「おう、お疲れ」

 顔に掛かったタオルを取ると頭上では見知った少年がこちらを覗き込んでおり、その手には簡素な水筒が握られている。視線を動かせば少年の横には白銀の少女も付いてきており、笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 メイリアは、笑みを返してその労いに答える。

 村の人々の案内で宿を取ったすぐ後に、村の横に平原がある事を知ったメイリアは、魔法の練習場所としてここを使用する事にしたのだ。ジーク達も暇潰しついでに同行し、近くの木陰で休みつつもメイリアの練習を眺め、時折こうやって気を利かせてくれる。熱魔法を使うとどうしても暑くなるので、こういった気遣いはかなりありがたいものなのだ。
 ジークが持ってきてくれた水筒を受け取って蓋を開き、中に入っていた冷たい水を少しずつ喉奥に流し込んでいく。

「ありがと。……ダメね、やっぱり全然制御出来ない。昔に比べればマシだけど、それでも火力が出過ぎてる」

「厄介な体質だな。対軍戦では強いんだろうけど、普通の魔法使いとして使うには威力が過剰だ。あの威力で、大した量の魔力は使ってないんだろ?」

「うん、小火球くらいの魔力しか込めてないのに、勝手に威力が高まって暴走する。消費魔力は変わらないからまだいいけど、制御出来てない内は危なっかしいことこの上ないわね。なんでこんな体質持って生まれてきたんだか……」

 愚痴をこぼすメイリアに苦笑しつつ、ジークが隣に腰掛ける。スィーラもジークの隣に腰掛け、彼の方に頭を預けた。
 ジークもまた彼女の真っ白な髪を撫でつつ、反対の手の指先に魔力を集める。現れた光は指先の動きをなぞるようにその軌跡を残し、大気に光り輝く記号を描いていく。

「『ルーン魔術』だっけ」

「ああ。古代の文字を魔力で刻んで、その文字の意味から対応する魔術を自動形成する。普通にやるよりは発動まで時間は掛かるけど、書いたら自動発動だから魔法に全意識集中する必要がないし、俺みたいな白兵戦メインには丁度良いんだ」

 実際、白兵戦をメインとするタイプの対魔傭兵(リ・メイカー)の面々には、この魔術が必須項目とされている。流石に基礎魔術程の応用性は無いが、その効果は筋力の底上げ、敏捷性の強化、反射神経の向上などの身体補助から属性の付与など、主に補助に特化するよう造られたものだ。

 ジークはそのままルーン文字を完成させ、溢れ出した緑色の光をメイリアに付与する。、輝きは自然とメイリアの体を覆っていったが、しかし何の効果も及ぼすことはなくその力を消した。

 回復魔術に連なる、体の異常を調べるためのルーンだ。直接的な回復効果はないが、少ない魔力で体の異常を感知出来るため、病や呪いなどの異常の早期発見に繋がる、有用なルーン魔術。
 それに何の反応もないという事は、メイリアの異常な増幅体質は呪いや欠陥ではなく、先天的な体質という事になる。そうなればもう、現代の医学ではそれをどうにかする事は不可能だ。それを踏まえて制御を成功させる、または利用するしか、魔術で更なる発展は望めない。

「ま、気楽にやっていけばいいさ。目的地も特に決まってない旅だからな、先は長いだろ」

「……そうね、少しずつ練習していくわ。サポート、お願いね」

 メイリアはその眼に少しの憂いを浮かばせたが、直ぐにそれを振り払って穏やかな笑みを浮かべる。スィーラの差し出した手を取って起き上がると、地面に転がった自身の杖を拾い上げた。
 クルクルと杖を回して背のホルダーに杖を挿し直し、背に付いた草をはたき落とす。ぐっと伸びをしてから一つ息を吐くと、天上に輝く太陽を見上げる。

「それじゃ、行こっか」

「おう」

 青衣の少年の返事に続いて肯定の意を示した死徒の少女が、彼女のやる気を表すように、きゅっとその両手を掲げ、胸の前で握り締めた。







 ◇ ◇ ◇








「……それで、仮に俺が唯神教徒から感染者達を守ったとする。その後の予定は決まっているのか?魔蝕病の一般的な治療方法は確立されていないのは知ってだろうけど」

「あくまでも『一般的な』治療方法だろう?元対魔傭兵(リ・メイカー)のアンタならよく知ってる筈だ」

「……成る程な」

 村に置かれた少し大きめの小屋に村の主だった大人達が集まり、備えられた多くの椅子に腰を下ろしている。その中にはジークにメイリア、スィーラも混じっており、後者の二人は状況の詳細を把握する為、直接会話には参加せずに傍に寄って会合に耳を傾けていた。

 が、フィンの言い分にジークが納得したように答えた所で、メイリアが口を開く。

「どういうこと?魔蝕病の治療方法が、対魔傭兵(リ・メイカー)に関係してるの?」

「正確には違うな。関係してるのは対魔傭兵(おれら)じゃなく、《神殺し》――現対魔傭兵当主、今代ノット・ルーラーだ」

 ノット・ルーラー。
 その名は、かつての共栄主世界戦争『ワールド・エゴ』に於いて、人々の王……霊王として人間達を率い、世界を混沌に貶めた神を殺した伝説の偉人。富豪の子が通うような学校と呼ばれる施設の教科書でもその名が載っている、人類史上至高にして最強の存在。
 その性別は判明していないが、彼、または彼女が創設したとされる精鋭部隊、『リ・メイカー』は、今も『対魔傭兵(リ・メイカー)』として残っている。そしてその当主は代々《神殺し(ノット・ルーラー)》の名を継ぎ、霊長の王として世界の均衡を護る守護者となるのだ。
 その名を継ぐに相応しい力と智慧を身に付けた者にのみ、初代から伝わるその秘伝を継ぎ、霊王として名を連ねる権利を得る。

 そうして継がれた秘伝の術の中には、『魔蝕病』を治癒する秘伝も存在する――噂となって大陸中に広まったそれは、ジークも訓練時代に、《神殺し》本人から聞いた事だ。

 つまりは、れっきとした事実。《神殺し》には、魔蝕病を治癒する術があるというフィンの言い分には、何一つ誤りは存在しない。だが――

「反対だな」

 ジークは、彼の考えを否定した。

「何故」

 フィンが少しだけ声を荒げて、ジークに問い掛ける。
 横からベガがフィンを諌めて落ち着かせ、冷静さを取り戻したフィンが「すまない」と一言言ってから、改めてジークに視線を向けた。

「訳を聞いてもいいか?」

「確かに師匠は……《神殺し》は魔蝕病を治す方法を知っている。というか、持っている、の方が近いな。あの人以外には出来ない事だし……ただ、肝心の《神殺し》が何処に居るか、分かってるのか?」

「対魔傭兵のアンタなら知ってると踏んだ」

「だろうな。だが、俺が話してるのは距離の問題だ」

 ジークはポーチの中から、細く巻いて布で縛った大きな地図を取り出し、皆に見えるよう真ん中の大机に広げて見せる。円状の大陸を中心に十字を切るように広がった四つの大陸――中央大陸を含めれば計五つの大陸が描かれたこの地図は、言うまでも無くこの世界の果てまでを表した世界地図だ。
 中央の大陸から見て下側、南大陸の南端より少し上辺りに存在している国。つまりは、大国ヴァリアを指しつつ、ジークが「ここが現在地だ」と補足する。
 そこから一気に指先を動かして、中央大陸を超え、北大陸の最北端。いくら先端とはいえ、北大陸を横断する程巨大な山を指して、再度ジークが口を開いた。

「この山の麓が、俺達対魔傭兵の拠点だ。更に言えば、《神殺し》が対魔傭兵の新規兵を訓練する場所――『果ての平原』が、この山を越えたここだ。辿り着こうと思ったら、大型船を貸し切ってノーストップでも、7年は船旅をする事になるだろうな」

「補給を含めると……8年から10年は掛かる、という訳か。患者達がそんな旅に耐えられるか……いや、そもそも、それまで魔蝕病が待ってくれるかどうか……」

「更に言えば、『唯神教徒』の妨害もあると思った方が良いだろ」

 魔蝕病はその最終段階、人体を魔物に作り変えるという症状が完全に発症するまで、個人差はあるが9年ほどと言われている。
 彼らの言では、この村が魔物に襲われたのが一年弱ほど前。魔蝕病が発症したのが数ヶ月前だそうだ。となれば少なく見積もって、彼らの余命はあと8年。無理な旅を続ければ、更に悪化する可能性もあるだろう。

 助かる確率は、2割程か。

 と、これまで沈黙を保っていたベガが、思い付いたように声を上げた。

「……そういや、ジーク。アンタも、この『果ての平原』とやらから来たのかい?」

「ああ、つっても、俺の故郷はヴァリアの更に南だがな。《神殺し》と会って、色々あって向こうで5年ほど訓練してから、対魔傭兵としてこっちに派遣された」

「だが、アンタどう見ても20そこらの齢にしか見えないよ?一歳の時にはもう出てたとでも?」

「いや、専用のアーティファクトで転移していた……ああ、残念ながら、対魔傭兵専用のアーティファクトだぞ。組織を抜けた俺にはもう使えないし、一般人なんて以ての外だ」

 ベガの言いたい事を察した様で、ジークが否定する様に手を振って見せる。そうして落胆する大人達を見ていたメイリアが、唐突に難しい表情をした。
 ジークがふとそちらに気付き、「どうした?」と問い掛ける。

「ねぇジーク、確かヴァリアゾードの街に居た時使ってた、遠信機……だっけ?あれで本人に連絡出来ないの?」

 メイリアの問いにジークが「あぁ」と思い出したようにポーチに手を入れ、中から遠信機を取り出す。そして自身の魔力をその内に込めたようだが、彼は一つ舌打ちすると、そのまま遠信機を机の上に放り捨てた。

「駄目だ、こりゃもう使えない。俺の魔力はもう登録も切られちまったみたいだし、これは《神殺し》の魔力を分けて貰って、自分の魔力と混ぜ合わせる事で初めて使えるアーティファクトだ。後で解体して、中の魔石を取り出そ――」

 と、ジークが面倒そうに呟いた横で。
 ジークの後ろから顔を出したスィーラが、ふと机に投げ出された遠信機を手に取った。

 特に止める理由もないので気にする事もなく、ジークは再び『果ての平原』に渡る手段を再思考する。船で渡るのは時間的問題でまず無理だろう。飛龍便を使うという手も考えたが、時間的問題をクリアしたとしても、流石に人数が多過ぎる。複数の便を使えば解決するのかもしれないが、元より富豪用の移動手段として運営が始まった飛龍便は、その金額が馬鹿高い。村の資金を注ぎ込めば一本は買えるかもしれないが、二本目は無理だ。

 高速で思考を回転させ、新たな手段を模索しようとした所で、気付く。

『――また、珍しいケースだな、これは』

 遠信機から、そんな声が聞こえてきた事に。

「ーーっ!?」

 ジークが即座に反応し、座っていた椅子が木製の床に転がる。ドン、と鈍い音が脆い家を伝って全員に伝わり、凄まじい形相で声の元たる遠信機を睨み付けるジークに困惑し、中には怯えの表情を見せる者も居る。
 と、唐突に、ジークの背後から伸びた大杖が、ゴンっ!という鈍い音と共に、ジークの脳天を盛大に打ち付けた。

「あがっ!?」

「皆を驚かせないの。あんた強いんだから、ジークがそんなだとしてると周りはビックリしちゃうのよ?」

 メイリアがジト目でジークを見つめ、肩に担いだ杖を下ろす。ジークも打ち付けられた頭をさすりつつ、「すまない」と一つ謝って倒れた椅子を立て直した。

 椅子に改めて座ってからジークの視線は遠信機に移り、その先に居るであろう人物に口を開いた。

「……よう、師匠」

『ジークか。どうにも好き勝手してくれたそうだな』

「後悔はしてねぇよ。邪魔するなら、例えアンタでも剣を抜く。負けるにしてもな」

『興味無い。面子上除名はしたが、別に気にしてはおらんよ。せめてその(ファナトシオルグス)を返せ、という気分ではあるが……まあ、一本くらいはくれてやろう』

 おどけて言って見せる『彼女』に冷や汗を流しつつ、遠信機をテーブルの上に置く。その動作で周囲の大人達もその通話相手に気付いたらしく、驚愕したような顔でジークを見た。

「噂をすれば、って言うのかね。これは」

『……どうやら、また面倒ごとに巻き込まれているらしいな。どれ、話は聞いてやろうか』

 そうして彼女は。

 今代霊王――対魔傭兵(リ・メイカー)の長、《神殺し》たる彼女は、そう言って一つ溜息を吐いたのだった。






 
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