【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第六章 滅亡、そして……
第65話 人間、王都へ
魔国ミンデアの歴史は刻一刻と終了へと向かっている。
とうとう、人間の軍が魔国王都を目指して出発したという情報が入った。
ダルムント占領からさほど時間は経っていない。
だが魔国の軍はダルムント撤退の際、食料やその他物資を廃棄する時間がなく、丸々人間側に奪われてしまっていた。
そのため人間側は次の補給が到着するのを待つ必要がなかったものと思われる。
王都の防衛については、始まる前から絶望的な状況と言ってもいい。
街は城壁で囲まれてはいる。
だが魔王軍が既に崩壊している現状では、城壁一周をくまなく守ることは不可能。
魔王城も城とは名ばかりの高層ビルであるため、とても籠城できる構造ではない。
軍としては今のところ、街の建物の中で頑丈な造りをしているものをトーチカとして使って戦う方針と聞いている。
恐らく今取り得る最善の戦い方なのだろうが……やはりそう長くは持たない気がする。
もうすでに、軍において自分がマッサージ師として出来ることはない。
施術は場所と時間が必要だ。市街戦ともなると、自分の能力は生かすことができない。
むしろ邪魔となってしまうだろう。
王都以外の拠点はすでに存在せず、外に逃げ場はない。
人間が攻め込んできたら、抵抗して殺されるか、抵抗せずに殺されるか、もしくは殺される前に自害するか。いずれかになると思う。
……死に場所くらいは選ばせてもらおうかな?
できれば思い出の詰まっている治療院がいい。
***
「今日からちりょう院あけるんだよねー」
年相応にかなり高いが、済んだ声。
寝起きからさほど時間が経っていなくても、この声は心地よい。
王都への帰還翌日。
久しぶりに迎える、ルーカス邸の四畳半和室での朝。
起きると、ちゃぶ台に銀髪褐色幼女――カルラが座っていたので、一緒にお茶を飲んでいたところだ。
魔王は色々バタバタしているらしく、いない。
ちなみに、ルーカスも家にいない。
昨日、彼もここに一緒に戻ってきたが、職人とおぼしき人と応接間のほうで何やら話し込んでいた。
そのあと「時間がない」「早く出来ないのか」とブツブツ言いながら出ていったのを最後に、戻ってきていない。
「はい。人間が来てしまうと閉めないといけなくなりますからね」
「がんばろー」
「おー」
あと、何日できるか――
それはわからないが、できる限り治療院で診療させてもらいたい。
食事や支度を終えて外に出ると、空から注がれるのは眩いばかりの朝日。
その爽やかさは以前と何も変わらず、今このときも人間の軍が向かってきているとは、とても思えなかった。
治療院はさぞホコリが積もっていることだろう……と思っていたのだが、全くそんなこともなく、以前とほとんど変わらない状態だった。
本人は何も言っていなかったが、恐らくメイド長のシルビアが来て掃除をしてくれていたのだろうと思う。
久しぶりにひらいた治療院は、さすがに満員とまではいかなかった。
だが、来院した患者さんは懐かしい顔ばかりで、嬉しかった。
***
人間の軍が接近。まもなく攻め込んでくる――。
その知らせが来たのは、王都に戻ってきて四日目の朝、治療院で弟子たちと朝の準備をしていたときのことである。
ぼくはすぐに開院取りやめを決め、弟子たちを魔王城やそれぞれの家族の元に帰した。
皆、当局の指示に従って避難する予定だ。
民間人については、成人で魔法が得意な者は軍に協力して戦うが、そうでない者たちは魔王城への避難が推奨されている。
そして、ぼくも戦えない民間人の一人ではあるが……治療院に残ることにした。
やはり最後はここがいい。
結局、再開してから二日間しか治療院をまともに開くことができなかった。
だが、それでもまたここで診療することができたのはよかったと思う。
これはもう何度も思っていることだが、こちらの世界に来て十分に望みは叶った。
特に思い残すことはない。
ぼくは誰もいない施術室で一つ大きく伸びをした。
ヨロイと武器は、一応ここに持ってきてある。
……うーん、どうしよう。
少し迷ったが、とりあえず装備は着けておくことにした。
開業当初はベッドを十台置いていたが、今は十四台。
七台を二列に並べている。
その間の通路でゆっくりと黒いパーツを着けていくと、遠くから火魔法と思われる爆音や、建物が壊れる音などが耳に入ってきた。
すでに人間の軍の攻撃が開始されているようだ。
――いよいよか。
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